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EP1_6章

6章_12 旅路の前に

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 出発の準備を終えたカムランは、
長旅を前に束の間の休息をとっていた。

記憶にも残らない淡い夢の外で、
ドアをノックする音が聞こえる。


ノックの音に夢から引き戻されたカムランは、
寝ぼけ眼を無理やり擦って覚まし、ドアを引く。


「ごめんなさい、お休み中だったみたいですね。」

ドアの前には、少しばつが悪そうに微笑むメリッサがいた。


「出発の前に、一つ聞いておきたいことがあったんです。」

暖炉の向かいのソファに腰掛けたメリッサは、
神妙な面持ちでカムランに向きなおる。


「今回のことは、私が勝手に言い出したもので、
貴方は断りの一つもいれなくて、本当にごめんなさい。
それなのに、どうして嫌な素振り一つ見せなかったのか、
少し不思議だったのです。

正直、命の保証もないような旅であることは、
よくお分かりでしょう。」

カムランを真っ先に推薦した当事者であるメリッサは、
個人的な信任の思いからカムランを巻き込んでしまったことを、
申し訳なく思っているようだった。


カムランは、メリッサの隣に一人分の間を開け、
そっと腰を降ろす。

「私の祖国アンバルでは、審判官も、
その補佐となる執行官も、過酷ながらも名誉ある仕事です。

私の上官であるバランも、
エンタール公家の与力となれと言いました。
だけどそれだけじゃない。

普段の仕事はもっと地味で、
裏方で、後ろ暗いものだってある。
でも今回は違います。

直接公家の護衛になるなんて、
ちょっと執行官の職域を超えている。

だから、少しわくわくするんです。
アンバルに貢献できるだけじゃない、

今まで自分の目に映った貴女は、
胸を張って守りたいと思えるお方です。
そんな風に思っています。」

カムランの話す言葉の端まで、
メリッサは目を閉じて耳を傾けていた。
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