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EP1_6章

6章_11 ゲントの仕事

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 「よう!すっかり忙しい身になっちまったみてえだな。
まあ、忙しいのは良いことだ!」


大荷物を抱えて笑うたわし髭の男は、
レフコーシャの刀鍛冶、ゲントだった。

「ちょうどブラナスに用事ができたもんでな、
あんたも居るっていうから持ってきてやったぞ。
俺に注文してった仕事、まさか忘れてくれた訳じゃあねえだろう?」

ゲントは背負っていた縦長の包みをカムランに渡し、
部屋の椅子に沈み込むように腰を降ろした。

レフコーシャから早馬を走らせて来たというのだから、
相当疲れているのだろう。カムランはメイドに頼み、
冷たい紅茶を出してもらうことにした。


「ゲントさん、ありがとう!
こんなに良いものを打ってくれたなんて!」

包みを解いたカムランは、
ゲント会心の作に感激を隠せなかった。

白銀の長い柄の先に、
星晶石を感じさせる深い蒼色の穂先を持つ美しい槍が、
カムランの目の前に現れたのだ。


穂先はカムランが使っていたハルバートと
よく似た小斧のようになっており、
少し振るだけで、まるで今までと変わらない、
いやそれ以上の感触が手に伝わってくる。


「あんたの得物の使用感をそっくり落とし込むには苦労したぜ、
しかも、振りも速く、遥かに頑強な代物だ。
穂の根元に【星薙ぎ】と銘打った。
そいつをよろしく頼んだぞ。」

紅茶を一息で飲み干したゲントは、
用事が済むなり部屋から出て行った。

代金を渡そうとカムランは追いかけるが、
公国の英雄になるかもしれない男から金は受け取れない、
と言ってひらひらと後ろ手を振りながら行ってしまう。


「今日は他にもお客がいるんだ。まったく、
刀匠に配達までさせるなんてよ、
給金考え直してもらわねえとならんな。
なんにせよ、また会えることを楽しみにしとこう。」

余程急いでいるのか、
それだけ言うとゲントは大股で歩き去っていった。

 ゲントの背中を見送ったカムランは、
部屋に戻り、彼が持ってきてくれた槍を改めて手に取った。

一見すっきりとしたデザインの細部には、
あの分厚い手から生み出されたとは到底考えられない
美しい細工が各所に施されている。


特に目を奪うのは、
穂先に輝く北斗七星の形にちりばめられた星晶石の輝きだ。
頑強さ、扱い易さに加えて、
美しさも備える【星薙ぎ】と銘打たれたこの槍は、
これから始まる旅の中でも最高に頼りになる存在だとカムランは感じていた。
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