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EP1_5章

5章_10 王の帰途

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 村の正門では、王エオメルと、
その妃になるシンシアが馬車に乗り、
まもなくレフコーシャへ向けて出発するため、
湖畔の村、アムリタを出ようとしているところだった。


「シンシアよ、実につれない表情だ。
何か思い残しがあるのかな?」

公王エオメルの問いに、
シンシアは首を横に振り、嫋やかに微笑む。


「そうか、無いのだな。ならばよいが・・・。
慣れるには時間が必要だろうが、
公都では心労の無いよう取り計らおう。」


田舎村の娘が、
文化も言葉も異なる公国の妃になろうというのだ。
心配、不安この上ないのだろう。
公王エオメルはそう思うことにした。


しかし、シンシアの表情は、
それに過ぎるほどに物憂げで、
まるで未亡人のように映った。


「大公殿下、レフコーシャからの護衛兵も集まりました。
まもなく出発いたします。」

伝令の声に、公王エオメルの意識が瞼の裏から戻る。

「よい。予定通り、晩のうちに出立する。
陽射しの強い日中の移動は、兵には堪えるからな。
ロクサリオはどうした?」


「ロクサリオ将軍は、
明日にここを出られると仰っていました。」

ロクサリオがこのアムリタに時折帰っていたことを思い出し、
公王エオメルはロクサリオの不在にそれ以上言及しなかった。


「ロクサリオにも、長らく苦労を掛けたはずだ。
少しくらい休ませてやらんとな。では、出発せよ。」


公王エオメルの一声で、馬車は静かに動き出す。
馬車の一隊の最後尾に、公王エオメルとシンシアの乗る馬車はいた。

静謐なる星空の夜、
シンシアは両の手のひらを組んで、星に祈る。

どうか、私の娘を、愛しきロクサリオを、
幸せにしてください。


シンシアの涙の代わりに、
流れ星が一つ、澄んだ夜空を彩った。
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