上 下
69 / 104
EP1_4章

4章_20 八俣の大蛇

しおりを挟む
 しばらく混乱の収まらなかったメルヴィア軍は、
戻ってきたロキシェル将軍の指揮のもとに
一旦立て直しを掛けたものの、

闇夜に姿を消したポズナン将軍の軍を深追いすることを良しとせず、
本隊に合流すべく東へ進路を取った。


「多少、振り回されたが、我々の勝利だ!
今や大公は亡き者。今宵はそれで充分。
我らはブラナス東部に展開する部隊を援護し、
そのまま撤退する。東の戦地へ急げ!」

凛々しく剣を掲げたロキシェルの声に、
メルヴィア兵たちは勝利の喜びを口にした。


メルヴィア軍をまとめ上げ、
東に軍を進めるロキシェル将軍の元に、
斥候兵が前方からやってくる。


「将軍、前方に我が方の軍が見えてきましたが、
レフコーシャの軍勢だけでなく、
何やら魔物に襲われているようです!」

斥候兵の指さす方向に目を凝らすと、
向こうに九つの首を持つ大蛇が暴れ回っているのが見える。


その九つの首で次々とメルヴィア兵を締め上げ、
その毒牙で食らいつき、後方部隊には大きな損害が出ている。


「あれの相手は私がやる。他の者は味方の援護に回りつつ、
速やかに退却の用意を整えておけ。」


ロキシェル将軍はそこまで言うと、
返答も待たずに八俣の大蛇の下へと馬を走らせる。

大蛇がロキシェル将軍に気付くと、
九つの首それぞれが舌をちらつかせ、
とぐろを巻いて威嚇してきた。


「海蛇座の赤き心臓、二等星コルヒドレ。
その力、私が預かってやろう。」

コルヒドレの恐ろしい姿にたじろぐ様子もなく、
ロキシェル将軍は馬を飛び降りて剣を抜く。


中央の首の号令で、次々と襲い掛かってくる首を、
舞うように切り落としていく。

しかし、落としたそばから新たな首が生まれ、
ロキシェル将軍は再び八俣を誇る蛇の毒牙に襲われる。

「流石に神話の怪物だけはある。
けれど、お前を討伐した英雄ヘラクレスの物語は、
あまりにも有名な話だ。」


襲い来る毒牙を見事にかわし、
次々と首を落としながら進むロキシェル将軍は、
奥に控えた中央の首を切り落とし、
その延髄を鉄甲の左腕で引き抜いた。


その衝撃に激しく身を震わせ、
再生できなくなった中央の首は死に絶えてしまった。


再生能力を失って、怒り狂って暴れだした他の首も、
ロキシェル将軍の剣の前になす術もなく切り捨てられていく。

心臓の辺りに虚しく輝く赤い星を大蛇の体内から切り出した
ロキシェル将軍は、ペルセウスの時と同じように、
その輝きを左手に取り込んでしまった。
しおりを挟む

処理中です...