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EP1_3章

3章_1 神話の英雄

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 突然の出来事に落ち着きをなくす馬をなだめ、
前方に顔を向けると、
そこには五メートルはあろうかという大きさの
半透明の巨人が現れていた。


その手には巨大な棍棒が握られ、
腰には馬でも切れそうな大剣が鈍く光っている。

そして長く伸びた左足の足首の辺りに、
青みがかった光が眩しく輝いていた。

巨人の姿を見て真っ青な顔になったエルザは、
はちきれんばかりの声で叫んだ。


「全隊、街への帰還は中止!星石鉱まで下がって!
こちらに注意を引きながら後退!決して街に向かわせないように!」


街を目前にしていた兵士たちは無念の表情を隠せなかったが、
エルザの指示をすぐさま行動に移した。

兵士たちは馬首を返し、
街から離れて星石鉱へと向かい始める。

巨人もその動きを察知し、こちらを追いかけてきた。

ひとまず、街へ行かせない作戦は成功した。

しかし、護送の馬車は急な反転が出来ず、
隊から出遅れてしまう。

遅れに気付いたエルザは急いで救援に向かったが、
巨人が馬車に追いつくほうが一足早かった。

出遅れた馬車に巨人の棍棒の一撃が振り落とされ、
馬車の車体はバキバキッと大きな音をたてて崩れた。

たった一振りで、
もはや原形を留めていないほどに馬車は壊されてしまった。

中にいた盗掘犯二人は無事なのだろうか。

カムランはぞっとしたが、
迫りくる巨人の前に、馬車を一旦見捨て、
軍と共に星石鉱へ逃げる他なかった。


星石鉱へ撤退する一行を、
巨人は棍棒を振り回しながらなおも追い立てる。

一行の最後尾を守るエルザとカムランは何度となくその猛攻に襲われていた。


「このままじゃ持たない!もっと早く!」

カムランは馬の手綱を握るエルザに声を張り上げた。

「だめ!隊長騎はいつも、突撃は最初、
撤退は最後と決まっているんだから!
ほら、手綱を代わって!」

エルザはそう言うなり手綱を放り出す。

カムランは慌てて手綱をとったが、
エルザの後ろから腕を伸ばすしかなく、
エルザに後ろから抱き着くような変な恰好になった。

エルザはすぐさま炎の魔剣を抜き、
剣から溢れ出す業火を巨人の顔に放つ。

魔剣の不意打ちに一瞬足の止まった巨人の隙をつき、
最後尾の隊長騎は速度を上げて一行の後ろを追いかけた。

剣をおさめたエルザは、
カムランから手綱を奪うように取り上げ、
黙って前方を向く。

少し距離を取ることができたが、
炎を振り払った巨人は、
地響きのような足音と共に、再びこちらを追ってきた。


「隊長、あの巨人は一体?」


カムランの問いかけに、
エルザは後ろから追ってくる巨人の様子を伺いながら答える。

「恵まれた肉体に、狩れぬ物なしと言われた
神話の英雄、オリオンで間違いないと思う。

誰もがその名を知る有名な星座。

そしてあれの正体は、
オリオンの左足を司る一等星、リゲル。
私も、迷い星と化した姿を見たのはこれが初めて。」

確かに、カムランもその星座の名は聞いたことがある。
オリオンの力は一体どれほど強大なものなのだろうか。

エルザの張りつめた表情がそれを物語っていた。
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