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EP1_2章

2章_9 星石鉱の守備隊長

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 牡牛が弱ったマルスに狙いを定め、
走り出さんと構えたその時、

守備兵の輪から一騎の騎馬が踊り出た。

相当に急いで来たのか、
馬の息はすっかり上がってしまっている。

「金髪君、なかなか頑張るじゃない。
ウチの兵隊も助けてくれたんだってね。
こんなやつを相手にこれだけやれるなんて。」



流れるように馬から降り立ったのは、
星石鉱の若き守備軍隊長、エルザ・カナリスだった。


牡牛の正体は、
牡牛の目を意味する星、

一等星アルデバラン。

星座に疎いマルスは、
言われて始めて迷い星の正体を知ったのだった。

新たに眼前に現れた、
燃えるような赤色の鎧を見て、
迷い星アルデバランはエルザに狙いを変えた。

エルザに向かって駆けだしたその牡牛は、
今までよりもわずかにスピードが落ちていた。

エルザはそれを見逃さず、
盾の直撃を受けた右前脚を槍で執拗に狙っている。

牡牛もそれに引くことなく、
右脚をかばうように左に旋回しながら襲い掛かった。

エルザは腰のベルトから鞭を取り、
牡牛の残ったツノに鞭を巻き付け、
右手の槍は襲い来る牡牛の眉間ぴったりに狙いを定めて構えをとった。

ツノに巻き付いた鞭のせいで思うように方向の変えられない牡牛は、
自身の目の前に迫る槍の穂先に気付いて足をとめ、
鞭を振りほどこうと暴れた。

エルザはすかさず牡牛の右脚を槍で切り払う。
右脚は根元から切り落とされ、
地響きと共に巨体が地面に沈んだ。


勝敗は決したと皆が安堵する中、
エルザはとどめを刺しに牡牛へと歩み寄る。

牡牛は痛みに呻きながらも、
ギラギラと輝くその右目は相変わらずエルザを睨み付けている。


その右目に槍が向けられた刹那、
牡牛は万力を込めて立ち上がり、
三本の脚でエルザに飛びかかった。

エルザの喉笛を狙うツノは、
一瞬の間に彼女の足元から首へと突き上げられる。


皆が目を覆う中、重く金属のぶつかる音がした。


牡牛とエルザの間に割って入ったマルスの盾が、
牡牛の強襲を防いだのだ。

左腕の盾で牡牛の視線を塞ぎ、
右腕で牡牛の左ツノをがっちりと掴む。

暴れようとする牡牛を盾で抑えつけながら、
右腕で掴んだツノを思い切り引っ張り、
同時に牡牛のこめかみに強烈な膝蹴りを入れた。

耳をつんざくような牡牛の悲鳴と共に、
ボキッと鈍い音をたてて牡牛のもう一方のツノが折れる。

牡牛はついに暴れる力を失い、
地面に突っ伏した。

牡牛が倒れたのとほぼ同時に、
力を使い果たしたマルスもうつ伏せに崩れ落ちた。


「・・・不覚。これじゃ格好もつかないな。
でも、部下たちを可愛がってくれたお礼をしないと。」

不満げな表情のエルザは槍を地面に放り、
腰から長身の剣を抜いた。

その剣は波のように揺れた刃を持ち、

刀身は燃えるような赤色に、
少し青みがかったような美しい色をしている。

「紅の魔剣、フラム=ベイユ。」

エルザがそう呟くと、
それに呼応するように刀身が燃え上がる。

牡牛の右目に振り下ろされたその剣の炎は勢いよく牡牛に広がり、
瞬く間に牡牛を消し去った。

牡牛のいたところには、右目の光の輝きだけが残り、
その光はゆるやかに天へと昇り、
本来のおうし座の位置に収まってゆく。

一等星アルデバランは、
再びその赤い輝きを、夜空に灯した。

その輝きの美しさに、兵たちはひとときの間、目を奪われていた。
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