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EP1_1章

1章_4 台地の都へ

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 辺り一面の水たまりの他は、
荒野のような殺風景が広がった。

この台地の標高を考えると、
しっかりとした水場でもない限り、
植物が育つには厳しいのだろう。

物珍しそうに辺りを眺めるカムランを見て、
メリッサはこの台地の事を話してくれた。

「この円形で広大な台地は、
太古の火山の火口であったと言われているんです。
周囲を山に囲まれた土地ですから、
おそらくそうなのでしょう。

太古の昔に火口だったという土地柄、
台地の地中からは他では見られない特殊な鉱石も採れるんです。」

そう言って、メリッサは左腕から腕輪を外し、
カムランに差し出す。

その手のひらに乗せられた銀の腕輪には、
宝石のような石が埋め込まれている。

「お近づきの印に、差し上げます。」

メリッサはにっこりと笑った。
丁度、鉛玉と同じような大きさの石だ。
よく見ると群青色の石は透けていて、
中に金色の粒が散らばっており、少し光って見える。

それは、目を奪われるような美しい光だった。


「ありがとうございます。これは綺麗なものですね。よく売れそうだ。」


カムランの口からうっかり言葉が漏れた。

「そうかもしれません。他所ではそうなのでしょうね。」
ため息のような声がカムランに刺さる。

「この石は、星晶石といいます。
レフコーシャ近郊では豊富に採掘されるものですが、
この台地でしか産出されません。

見た目も綺麗なこの石を、なぜか迷い星は嫌います。
普通の迷い星はこの石には近寄りません。

それに、鉱石としても通常の金属鉱石を優に超える頑丈な物です。
さらにはこの星晶石で鍛えた武器であれば、
迷い星の身体を貫くこともできます。」

メリッサが持つ杖も、この鉱石が使われているという。
星晶石の難しい加工技術も、
レフコーシャ門外不出のものとして管理されているとメリッサは話した。


「それから、この腕輪はこの台地に住まう民には
護身用として無償で配られていますから、
売ってお金になるものではありませんし、
この国からの商用持ち出しは固く禁じられています。」

メリッサは少し口を尖らせて釘を刺した。


だんだんと日が高くなり、
昨日の天気とはうってかわって、太陽が照り付ける。

爽やかな風が道半ばの二人を元気づけた。



そして、太陽の日差しの下、歩くこと数刻。
メリッサの歩みが少しずつ遅くなっていた。

「向こうにちょっとした岩場が見えます。
そこで少し休みましょう」カムランの提案に、
メリッサは大きく頷いた。

「是非、そうしましょう。」

メリッサの額には玉の汗が光る。

二人は岩場までもう少しのところまで歩みを進めた。
前方の岩場をよく見ると、腰掛けるのに良さそうな岩がいくつかある。

そこで一時間ほど休んでから出発しても、到着はそう遅れない。
カムランは王都を発って以来の町での休息が待ち遠しくなっていた。

岩場が近づくにつれ、メリッサの足取りがいっそう重くなる。
こんなに歩き通すことなど彼女には滅多にないのだ。
きっと休むことで頭が一杯になっているのだろう。

そんなふらふら歩きのメリッサを、突如左腕が制した。

「今、岩陰に何か見えた」

怪訝な顔を岩場に向けているカムランの腕だ。

二人は岩場を見つめた。そこには蠢く影が三つ、いや四つあった。

「おそらくあれは、ランドウルフ。何処にでもいるのですね。」

歩き疲れていまいち焦点の定まらないメリッサとは違い、
カムランにはよく見えていた。
ランドウルフは、中型の狼だ。非常に好戦的で、
弱った獲物を集団で狙う厄介な存在である。

「やっと、多少の恩返しが出来そうです。」

怯えるメリッサの前に立ち、
カムランは背に備えた槍の包みを取った。

穂先の根元に小斧がついたような形の槍だ。
その一風変わった槍を見て、
おそらくこの国の武具ではないのだろうとメリッサは感じた。

カムランの戦意を読み取った四匹のランドウルフが、
じわじわと詰め寄ってくる。

ふいに、一番左にいたランドウルフが素早く飛びかかる。

二人を襲うべく開かれ大きな口を、素早く槍が薙ぎ払う。

ランドウルフの上あごから上が完全に切り離され、
あっけなく地面に転がった。

それを見て三匹が一斉にカムランを襲う。

しかしカムランは表情一つ変えることなく三匹を次々と叩き付け、
切り結び、貫き通した。

そのあっという間の出来事に、メリッサは言葉も出なかった。

「さあ、岩場で休むとしましょう。もうあと一息です。」

カムランは怖がらせないように、へたり込んだメリッサを優しく引き起こした。

「蠍の時は無様な姿を見せてしまいましたからね。
これで少しでも汚名返上になるとよいですが。」

小さな冗談も付け加えて彼は笑った。

カムランはすっかり気の抜けてしまったメリッサの腕を引き、
再び歩き始める。
そうして照り付ける太陽から逃げるように二人は岩陰に腰を下ろした。

「あなたは、旅の商人ではなかったの?」
あまりに戦い慣れた様子のカムランを目の当たりにして、
彼女は少し距離を置いてカムランに向き直った。

「どうか、怖がらないでください。賊や暴漢などではありません。
説明不足でしたね。今回は旅ついでの郵便屋ですが、
依頼さえあれば傭兵、討伐なんでもやります。」

そこまで言って、カムランはメリッサに水袋と果物を渡した。
狼に対峙した時の顔つきと、目が追い付かない程の槍捌きを目の当たりにして、
メリッサはすっかり驚いていた。

水袋を持ったまま固まってしまった彼女を見かねて、
カムランが水袋の栓をポンと抜いて再び手渡した。

「休憩は半刻です。お疲れのようですから、
しっかり休息をとってくださいね。」

そう言って、カムランはメリッサから少し離れた場所にある岩陰に腰を下ろした。
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