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EP1_1章

1章_2 星鏡の台地

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 しかし、やられていたのは男ではなく蠍の方だった。
蠍の腹部が大きな矢に射抜かれている。
痛みにもがく蠍に、更なる矢の追い打ちがかかった。
  
この大蠍から、どれくらい離れているのだろうか、
地平の彼方から騎馬が疾走してくるではないか。
しかし、それが近づくにつれ、彼はその認識が間違っていることに気付いた。
  

 駆け寄ってきたそれは、半人半馬のケンタウロスだった。
透明蠍にケンタウロス、今夜はどうかしている。

彼は現実離れした出来事の数々に、頭の整理がつかないでいた。
 
人間の体躯をした半身に、もう半身は栗毛の馬。
そして背中に白銀の翼を備えたそれは、
みるみるうちに男のすぐ傍へと駆けてきた。 

このケンタウロスは女性だろう。
体躯と顔立ちから彼はそう推測した。
背中に控えめな翼がある彼女は、
童話に聞くケンタウロスとは少し様子が違っていた。

あっという間に蠍の目の前に現れたケンタウロスは、
矢にもがく蠍を押さえつけ、尾針を槍で突き立てる。
男を圧倒した大蠍は、ケンタウロスの前にあっけなく敗れ、
逃げることもできずに地に伏した。 


 想定外の出来事の連続に、
彼にはケンタウロスしか目に入っていなかったが、
その背の上には一人の人間がいた。

痛みにぼやける視界だったが、
見たところ彼とそう歳の変わらない女性がそこにいた。  

軽い身のこなしでケンタウロスの背から降りたその女性は、
ほとんど動かなくなった蠍に近づいて杖を掲げた。



「迷い星よ、導きましょう。」

小さく呟いたその言葉で、蠍は淡く輝きながら、
空へと浮かびあがり、そのまま消えていった。

蠍の中に輝いていた頭部の光が、
空中に消えた蠍よりもさらに天高く昇っていく。
その光は目視では追えないほどの高度まで上がっていった。


まるで夜空の一部になるかのように・・・。


男の命を奪わんとした蠍の最後は、
まるでそれが嘘であったかのような美しい光景だった。
  

「立てますか?どうしてこんな夜に一人で・・・」

女性が男に顔を向ける。
彼のやられ具合を見てか、少し痛々しげな表情だ。
男も女性に目をやった。

少し若いだろうか、おそらく成人してはいない。
星灯りが引き立てる白い肌に、背中にかかる長い髪。
整った顔立ちや服装からも、一般の市民階級ではないように伺えた。


「感謝します。助けて頂かなければ危うい所でした。
立てはしますが、足をやられてまともに歩けません。
朝を待ってから、レフコーシャを目指すことにします。」

男は痛みが声に出ないように、抑揚をおさえて言った。  

「このまま、ここで朝を待つなんて無謀です。
幸いなことに、あの蠍には命を脅かすほどの毒はありません。
ですがそれでも、手当は必要です。このトラリスの背中に乗ってください。」

女性に肩を支えられ、
彼はトラリスと呼ばれたケンタウロスの馬身に跨る。
女性の小さい背中が視界を遮っていたが、
トラリスも上半身はほとんど彼らと変わらない大きさで、
跨っている馬身も少し大きめの馬くらいだ。
しかしトラリスは人間二人の重さを全く感じさせないしなやかな走りで駆け出した。


「メリッサと呼んでください。
貴方の名は何というのですか?
何より、なぜこんな夜に出歩いていたのですか?」

優しい声でこそあったが、メリッサの表情は訝しげである。


「申し遅れました。私はカムラン・リード。
・・旅の商人でございます。
台地への山道を越えたところで、
疲れ切ってその場で眠ってしまっていたようです。」

彼は痛みから気をそらすように、
行く先々の街で万事屋として商っていること、
今回は南の王都トルトーザからレフコーシャへの
書簡や小包を届ける最中であったことを話した。

「なるほど、その荷の多さはそういうことでしたか。
てっきり密売人の類かと疑ってしまいました。
郵便でしたら、急いでいる物もあるかもしれませんが、
レフコーシャまでは距離があります。
怪我の手当もありますから、道中の湖で休みましょう。」

穏やかな表情だったが、異論は受け付けないとメリッサの目が言っていた。
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