5 / 104
EP1_1章
1章_2 星鏡の台地
しおりを挟む
しかし、やられていたのは男ではなく蠍の方だった。
蠍の腹部が大きな矢に射抜かれている。
痛みにもがく蠍に、更なる矢の追い打ちがかかった。
この大蠍から、どれくらい離れているのだろうか、
地平の彼方から騎馬が疾走してくるではないか。
しかし、それが近づくにつれ、彼はその認識が間違っていることに気付いた。
駆け寄ってきたそれは、半人半馬のケンタウロスだった。
透明蠍にケンタウロス、今夜はどうかしている。
彼は現実離れした出来事の数々に、頭の整理がつかないでいた。
人間の体躯をした半身に、もう半身は栗毛の馬。
そして背中に白銀の翼を備えたそれは、
みるみるうちに男のすぐ傍へと駆けてきた。
このケンタウロスは女性だろう。
体躯と顔立ちから彼はそう推測した。
背中に控えめな翼がある彼女は、
童話に聞くケンタウロスとは少し様子が違っていた。
あっという間に蠍の目の前に現れたケンタウロスは、
矢にもがく蠍を押さえつけ、尾針を槍で突き立てる。
男を圧倒した大蠍は、ケンタウロスの前にあっけなく敗れ、
逃げることもできずに地に伏した。
想定外の出来事の連続に、
彼にはケンタウロスしか目に入っていなかったが、
その背の上には一人の人間がいた。
痛みにぼやける視界だったが、
見たところ彼とそう歳の変わらない女性がそこにいた。
軽い身のこなしでケンタウロスの背から降りたその女性は、
ほとんど動かなくなった蠍に近づいて杖を掲げた。
「迷い星よ、導きましょう。」
小さく呟いたその言葉で、蠍は淡く輝きながら、
空へと浮かびあがり、そのまま消えていった。
蠍の中に輝いていた頭部の光が、
空中に消えた蠍よりもさらに天高く昇っていく。
その光は目視では追えないほどの高度まで上がっていった。
まるで夜空の一部になるかのように・・・。
男の命を奪わんとした蠍の最後は、
まるでそれが嘘であったかのような美しい光景だった。
「立てますか?どうしてこんな夜に一人で・・・」
女性が男に顔を向ける。
彼のやられ具合を見てか、少し痛々しげな表情だ。
男も女性に目をやった。
少し若いだろうか、おそらく成人してはいない。
星灯りが引き立てる白い肌に、背中にかかる長い髪。
整った顔立ちや服装からも、一般の市民階級ではないように伺えた。
「感謝します。助けて頂かなければ危うい所でした。
立てはしますが、足をやられてまともに歩けません。
朝を待ってから、レフコーシャを目指すことにします。」
男は痛みが声に出ないように、抑揚をおさえて言った。
「このまま、ここで朝を待つなんて無謀です。
幸いなことに、あの蠍には命を脅かすほどの毒はありません。
ですがそれでも、手当は必要です。このトラリスの背中に乗ってください。」
女性に肩を支えられ、
彼はトラリスと呼ばれたケンタウロスの馬身に跨る。
女性の小さい背中が視界を遮っていたが、
トラリスも上半身はほとんど彼らと変わらない大きさで、
跨っている馬身も少し大きめの馬くらいだ。
しかしトラリスは人間二人の重さを全く感じさせないしなやかな走りで駆け出した。
「メリッサと呼んでください。
貴方の名は何というのですか?
何より、なぜこんな夜に出歩いていたのですか?」
優しい声でこそあったが、メリッサの表情は訝しげである。
「申し遅れました。私はカムラン・リード。
・・旅の商人でございます。
台地への山道を越えたところで、
疲れ切ってその場で眠ってしまっていたようです。」
彼は痛みから気をそらすように、
行く先々の街で万事屋として商っていること、
今回は南の王都トルトーザからレフコーシャへの
書簡や小包を届ける最中であったことを話した。
「なるほど、その荷の多さはそういうことでしたか。
てっきり密売人の類かと疑ってしまいました。
郵便でしたら、急いでいる物もあるかもしれませんが、
レフコーシャまでは距離があります。
怪我の手当もありますから、道中の湖で休みましょう。」
穏やかな表情だったが、異論は受け付けないとメリッサの目が言っていた。
蠍の腹部が大きな矢に射抜かれている。
痛みにもがく蠍に、更なる矢の追い打ちがかかった。
この大蠍から、どれくらい離れているのだろうか、
地平の彼方から騎馬が疾走してくるではないか。
しかし、それが近づくにつれ、彼はその認識が間違っていることに気付いた。
駆け寄ってきたそれは、半人半馬のケンタウロスだった。
透明蠍にケンタウロス、今夜はどうかしている。
彼は現実離れした出来事の数々に、頭の整理がつかないでいた。
人間の体躯をした半身に、もう半身は栗毛の馬。
そして背中に白銀の翼を備えたそれは、
みるみるうちに男のすぐ傍へと駆けてきた。
このケンタウロスは女性だろう。
体躯と顔立ちから彼はそう推測した。
背中に控えめな翼がある彼女は、
童話に聞くケンタウロスとは少し様子が違っていた。
あっという間に蠍の目の前に現れたケンタウロスは、
矢にもがく蠍を押さえつけ、尾針を槍で突き立てる。
男を圧倒した大蠍は、ケンタウロスの前にあっけなく敗れ、
逃げることもできずに地に伏した。
想定外の出来事の連続に、
彼にはケンタウロスしか目に入っていなかったが、
その背の上には一人の人間がいた。
痛みにぼやける視界だったが、
見たところ彼とそう歳の変わらない女性がそこにいた。
軽い身のこなしでケンタウロスの背から降りたその女性は、
ほとんど動かなくなった蠍に近づいて杖を掲げた。
「迷い星よ、導きましょう。」
小さく呟いたその言葉で、蠍は淡く輝きながら、
空へと浮かびあがり、そのまま消えていった。
蠍の中に輝いていた頭部の光が、
空中に消えた蠍よりもさらに天高く昇っていく。
その光は目視では追えないほどの高度まで上がっていった。
まるで夜空の一部になるかのように・・・。
男の命を奪わんとした蠍の最後は、
まるでそれが嘘であったかのような美しい光景だった。
「立てますか?どうしてこんな夜に一人で・・・」
女性が男に顔を向ける。
彼のやられ具合を見てか、少し痛々しげな表情だ。
男も女性に目をやった。
少し若いだろうか、おそらく成人してはいない。
星灯りが引き立てる白い肌に、背中にかかる長い髪。
整った顔立ちや服装からも、一般の市民階級ではないように伺えた。
「感謝します。助けて頂かなければ危うい所でした。
立てはしますが、足をやられてまともに歩けません。
朝を待ってから、レフコーシャを目指すことにします。」
男は痛みが声に出ないように、抑揚をおさえて言った。
「このまま、ここで朝を待つなんて無謀です。
幸いなことに、あの蠍には命を脅かすほどの毒はありません。
ですがそれでも、手当は必要です。このトラリスの背中に乗ってください。」
女性に肩を支えられ、
彼はトラリスと呼ばれたケンタウロスの馬身に跨る。
女性の小さい背中が視界を遮っていたが、
トラリスも上半身はほとんど彼らと変わらない大きさで、
跨っている馬身も少し大きめの馬くらいだ。
しかしトラリスは人間二人の重さを全く感じさせないしなやかな走りで駆け出した。
「メリッサと呼んでください。
貴方の名は何というのですか?
何より、なぜこんな夜に出歩いていたのですか?」
優しい声でこそあったが、メリッサの表情は訝しげである。
「申し遅れました。私はカムラン・リード。
・・旅の商人でございます。
台地への山道を越えたところで、
疲れ切ってその場で眠ってしまっていたようです。」
彼は痛みから気をそらすように、
行く先々の街で万事屋として商っていること、
今回は南の王都トルトーザからレフコーシャへの
書簡や小包を届ける最中であったことを話した。
「なるほど、その荷の多さはそういうことでしたか。
てっきり密売人の類かと疑ってしまいました。
郵便でしたら、急いでいる物もあるかもしれませんが、
レフコーシャまでは距離があります。
怪我の手当もありますから、道中の湖で休みましょう。」
穏やかな表情だったが、異論は受け付けないとメリッサの目が言っていた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
【ショートショート】星・月のおはなし
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇用、朗読用台本になりますが普通に読んで頂いても楽しめる作品になっています。
声劇用だと1分半〜5分ほど、黙読だと1分〜3分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
荒野で途方に暮れていたらドラゴンが嫁になりました
ゲンタ
ファンタジー
転生したら、荒れ地にポツンと1人で座っていました。食べ物、飲み物まったくなし、このまま荒野で死ぬしかないと、途方に暮れていたら、ドラゴンが助けてくれました。ドラゴンありがとう。人族からエルフや獣人たちを助けていくうちに、何だかだんだん強くなっていきます。神様……俺に何をさせたいの?
水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?
ラララキヲ
ファンタジー
わたくしは出来損ない。
誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。
それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。
水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。
そんなわたくしでも期待されている事がある。
それは『子を生むこと』。
血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……
政略結婚で決められた婚約者。
そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。
婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……
しかし……──
そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。
前世の記憶、前世の知識……
わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……
水魔法しか使えない出来損ない……
でも水は使える……
水……水分……液体…………
あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?
そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──
【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】
【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】
【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです
珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。
老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。
そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。
婚約者から婚約破棄のお話がありました。
もふっとしたクリームパン
恋愛
「……私との婚約を破棄されたいと? 急なお話ですわね」女主人公視点の語り口で話は進みます。*世界観や設定はふわっとしてます。*何番煎じ、よくあるざまぁ話で、書きたいとこだけ書きました。*カクヨム様にも投稿しています。*前編と後編で完結。
こちらの異世界で頑張ります
kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で
魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。
様々の事が起こり解決していく
【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後
綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、
「真実の愛に目覚めた」
と衝撃の告白をされる。
王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。
婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。
一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。
文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。
そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。
周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる