悪役令嬢をヒロインから守りたい!

あんこ

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一章

24話 ヒロインは見つける

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リリスが内なる欲望を外に出さまいと必死に抑え込んでいると、不意にカナンが口を開いた。

「…本というのは不思議なものでして、自分にはまるで関係がないような本も、ある時、示し合わせたように自分と繋がったり、あるいは、これは自分のために書かれたのかと錯覚するほどの内容であったり。それが魅力でもあると思うんですよ」


まるで脈略のない話にリリスは理解できないと小首を傾げた。いい事を言っている風ではあるが、童話を探している客に割とヘビーな昼ドラ本とBL本を渡した後にするような話ではないし、そもそもそんな事は聞いてもいないと。

「…目当ての本があったはずなのに、何故だか本屋を出るときには違う本を買っているなんて経験、ありませんか?僕はそこに本質があると思うんですよ。本来人間とは、目当てのものがあっても、大量の物に囲まれれば目移りしてしまう生き物です。生活に必要な物なら別ですが、芸術などは本当は必要ないって事を本能でわかってるんですよ」

(本、本、本、本、うるさいな…)

魅力と言ったり、必要ないと言ったり、一体何が言いたいのか。
カナンはそんな彼女の冷めきった目線を知ってか知らずか、言葉を続けた。



「…ここで出会ったのも何かの縁です、どうでしょう。この後お茶でも」



「…………はい?」

本談義が続くと思っていたリリスは予想だにしない言葉に固まった。

「…ですから、お暇でしたらこの後お茶でも如何ですか、と」

心なしか、カナンの頰は少し血の気を取り戻しているようであった。
リリスはそこでやっと理解した。


(…まさか、口説かれてた……?)


リリスにとって、男性から声をかけられるなど日常茶飯事だ。今更そんなことに驚いてはいない。
しかし、今までの経験上、自身を口説いてきた男達は、皆、「リリスへの愛の言葉」を囁いた。対してこの男は、よくわからない本への想いを語った挙句、お茶に誘ってきた。

「……えっと」

いつもなら上手く返せるはずのリリスも、初めての経験に戸惑ってしまう。
そんな様子をみて、カナンは少し焦ったように「…ああ、勘違いさせてしまったならすみません」と謝罪の言葉を口にした。

リリスは、ああ、よかったと胸を撫で下ろした。別にカナンは自分を口説いていたわけではないのかと、何か別の意図があるのかと次の言葉を待った。


「…俗に言う口説く、というものをやってみたのですが、何分初めてな物で」

(あ、やっぱり口説かれてたぁぁぁぁぁ…!)

一体どこから口説きに入っていたのかもわからない。声をかけてきたものそれなのか?とリリスは考え込んだ。

「えと、その、珍しい口説き方ですね…!」

もう会話にすらなっていなかった。

「…珍しい、ですか。やはり、お茶に誘って魅力を知っていただこうなんて、厚かましいですよね…勉強になりました」

ホイホイとついて行ったら、自分の魅力を喫茶店か何かで延々と語られる羽目になっていたと、リリスは身震いした。そんなの生き地獄だと。

「あ、その、勉強になったなら、よかったです」

いつもの猫かぶりは何処へやら、手探りで会話していくリリス。
もう逃げ出す準備もできていた。

しばらく無言が続いたが、カナンは意を決したようにリリスに真っ直ぐ向き直った。

「…あの」

まさかここでいきなり告白されるのではないかとリリスは体に力がはいる。

「な、なんでしょう」


「…一目惚」

カナンが全てを言い切る前に、リリスは踵を返して駆け出した。


「ごめんなさい!!私好きな人がいるんですぅぅぅぅ!」

そう叫びながら。

ポカンとしたまま、1人そこに残されたカナンは、はぁ、と1つ息を吐き出した。


「…一目惚れしてもらえると思ったのになぁ。この本なら」

また、本が売れなかったと肩を落とした。


✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

商店街の外れまで走ってきたリリスは、もう大丈夫だろうと立ち止まり、膝に両手を乗せて息を整えた。

(…なんなのよ、もう!!!)

やっと聖地を見つけたと思ったら、まさか、明らかな地雷に口説かれるとはと、勘違いだと知らないリリスは悪態をついた。

(あのままついて行ったら絶対お茶に惚れ薬とか仕込まれるとこだったわ。あの店主ならやりかねない)

無自覚に自分のことを棚に上げるのが趣味の彼女は人気がないのをいい事におよそ貴族令嬢とは思えない休み方をしていた。


しかし、彼女の休憩タイムはすぐに終わりを迎える事になった。

「お前もいい根性してるよなぁ?わかってんのかぁ?」

「…覚悟はとっくに済んでる。約束の金は渡してくれるんだろうな?」

彼女の後ろ側から、物騒な会話が聞こえてきた。咄嗟に物陰に身を隠すリリス。片方は遊んでいるようで、しかし、悪意を感じる声色。もう片方は緊張感を纏わせた若い声。
どちらもリリスの存在には気づいていない様子だった。


(…裏路地。怪しいやつら。約束の金。


…麻薬の取引現場!?見つかったら変な薬飲まされて…やだ、私命狙われる名探偵に…)

前世ではショタの名探偵アニメの見過ぎなんて言われそうな発想に行き着くリリスだが、

「いい奴だなぁ?お前。家族がそんなに大事かぁ、自分を売るとかよぉ。奴隷になるんだぜ?これから」

「…そんな事はいい、本当に俺の家族に金は渡してくれるんだろうな?」

この会話で考えを改めた。
これは人身売買だ、と。
しかも、多分、自主的な。

(面倒くさ…、見つかったら私も奴隷生活じゃない。早くいかないかしら)

と、もう衣服の汚れなど御構い無しに座り込んで悪態をつくリリス。

だが、ここで、彼女はある悪巧みを思いつく。何故、最近上手くいかないのか、何故、アイリスに勝てないのか。自分に足りないものとは、何なのか。
偶然、ここでそれが重なったのだ。

(…それよ!それが足りなかったのよ!!)

思い立ったらすぐ行動。
リリスは立ち上がり、

「きゃぁぁぁぁ!!人攫いいいいいい!!
衛兵さんこっちですぅぅぅぅぅぅ!!」

思いっきり叫んだ。
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