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一章
14話 王子はタンパク質の男と出かける
しおりを挟む夏季休暇が始まる前日。
フォルトデル学園に通う子女たちも、長い休暇は年頃らしく嬉しいようで、休暇に何をするか、どこに行くか、という話題で盛り上がっていた。
教室の一角では、エリオットの周りを生徒達が取り囲んで、口々にお誘いとやらをしていた。
「エリオット殿下!休暇に入ってからご予定が合えば、両親が是非パーティーにお誘いしたいと申しておりました!」
「お誘いありがとう、予定を確認しておくよ」
「今度、所有の別荘で他クラスの方達との交流会を計画しておりますの、殿下も如何ですか??」
「それは楽しそうだ。しかし、まだ予定がわからないので、おって連絡するよ」
「エリオット様!うちの父が寂しがってまして、よかったら会いに来てくださいね!あ、勿論私にもです!!」
「ああ、お父上によろしく伝えておいてくれ」
「エリオット!今度山に修行に行こう!長い休みをトレーニングに使わなくてどうする!新しいプロテインも既に用意した!さぁ、予定を教えてくれ!」
「は?」
「エリオット殿下!殿下は茶菓子がお好きだとか!自分で言うのも何ですが、うちのパティシエは有能ですので、一度ご賞味いただきたくて、是非とも我が家に一度お越しください!」
「そうか、でも、うちのパティシエも負けていないぞ?」
エリオットがお誘いを捌ききるまでに、実に30分以上の時間がかかった。
馬車の中で、やっと一息つけるとエリオットは軽く目をつぶった。
「毎年の事だが、慣れないな」
「皆、殿下との繋がりを持ちたくて必死なのでしょう。貴族の子女としての仕事のようなものですよ。ですが、中には本当に殿下と休暇を過ごしたい方だっているはずです、無下には出来ませんよ?」
「わかってる、なるべく受けるつもりだ」
アイリスとの約束はもう既にしてあるし、とエリオットは制服の上着を脱いでセバスに渡し、肩を楽にした。
そうして夏季休暇が始まった。
最初の二日間は公務に追われそれをこなす日々だったが。
最初の約束の日は、夏季休暇3日目。
「なぁ、エリオット。来てくれたのは嬉しいんだが、」
「何だ?」
「お前の国の「は?」はわかった、是非行こう!って意味があったりするのか?」
「お前と私の住んでいる国は一緒だろう?何を馬鹿な。お前の知っている方の、は?だ」
「ああ、なるほど。真面目に捉えた俺が馬鹿だったようだ」
「わかってきたじゃないか」
エリオットとアスラン、そしてセバスは街を越えて少ししたところにある、山に来ていた。標高はそれほど高くはないが、登山コースを外れれば、険しい道が続いている。今はとある噂のせいであまり人がいないが、昔は大人気の登山コースだったらしい。
3人の格好も、重装備とまではいかないが、長袖に、長いズボン。水と簡単な食料。人によってはナイフとプロテインを持っていた。誰が見ても王太子と騎士団長の息子には見えない。
「ところで、トレーニングが目的ではないと言っていたよな?エリオットは、何故付いてきてくれたんだ?」
登山コースを歩き始めてから数分後、アスランは思い出したようにエリオットに質問した。
「ん?ああ、アイリスが食べたがっていた料理に使う材料が、ここの周辺で採れるらしくて。なぁ、セバス」
「はい、クマオール茸はこの近辺にしか生えていないとされています。城下町でも売っていますが、アイリス様に採れたてを食べさせたいと聞かなくて」
「成る程。苦労しているなセバスチャンも」
「まったくです」
「あれ?話すり替わってね?」
そんな主人を見ながらああ、でも、とセバスは続け、
「アスラン様と遊びに行かれるのを楽しみにしておられましたよ?」
「そうか、これはいい事を聞いた」
「悪くないと言っただけだ。マシって意味だマシって」
そんな話をしながら、エリオット達は歩いて行った。
それから数分後、最初の目的についたらしいアスランは、そこにあった大きめの岩を抱きしめるように持ち上げた。そして、ゆっくりとした呼吸を意識しながら、スクワットを始めた。
「…49、50!ふっ、はぁ!こんなもんだろう!さぁ!エリオットもやってみろ!」
「いや、出来るか」
アスランは途端に残念そうな表情を浮かべる
「そうか、でも、セバスは出来ているぞ?」
エリオットが横を見やれば、セバスチャンが岩を持ち上げて、スクワットを開始していた。
「こいつは、あれだよ。あの、ゴリラとかの生まれ変わりだから」
「え、そうなのか!?」
「真に受けないでください。人間ですから」
「な、なんだ、そうか。でも、それは残念だ。ゴリラ流のトレーニングを学ぶいい機会だと思ったのだが…」
エリオットとセバスは流石に何も返さないようにした。目が本気だった。
そんな事はいざ知らず、アスランはトレーニング後に、水に溶かしたプロテインをゴクゴクと飲んでいた。
水を少し飲んだエリオットは、
「良く喉が乾かないな、さっきからプロテインしか飲んでいないだろう?」
と、多少呆れ混じりに聞いた。
「勿論、普通の水も飲むが、なんだろうな、慣れたのか、これでも喉は潤うんだ」
「飲み過ぎは体に良くないですよ?お身体を壊します」
と、セバスが心配するが、アスランは冗談が上手いと笑い飛ばした、
「セバスチャンはユーモアのセンスもあるのだなぁ、本当に。プロテインは完全栄養食なんだぞ?」
「お前それ誰に聞いた」
「お爺様だ」
「そうか、それなら間違いないな。でも飲み過ぎるなよ?よし、もう行こう、日が暮れてしまう」
もうエリオットは流す事に決めた。
その後も着々とアスランのトレーニングは進んで行くが、エリオットの目当てのキノコは一向に見つからなかった。
もう諦めムードが漂い始めた頃、アスランが大きな声を上げた。
「あったぞ!」
「え、あったのか!?」
「ああ!ここの木は蹴り技の練習に持って来いなんだ!」
「今本気で友達をやめようと思ったわ」
「何故だ!?」
「今のはアスラン様が悪いかと…」
ため息をついたエリオットがふと木の根元に目を移すと、そこには茶色いキノコが生えていた。間違いなくクマオール茸だと確信し、
ああ、あった、あった!と手を伸ばした瞬間、
「それに触れてはならん!!」
と、老人の声が響いた。
反射的にエリオットは手を引っ込める。
3人が振り返ると、籠を背負った老人が立っていた。
「お前さん達、クマオール茸を探しておったのか?」
先ほどの声の厳しさとは打って変わって、優しくその老人は声をかけてきた。
「ええ、ですが、何故それを?」
老人はカラカラと声を出して笑い、
「ここに来て、キノコに手を伸ばそうとする人間は大抵クマオール茸目当てじゃからのう。ああ、ちなみにそれは毒キノコじゃ。絶対に触ってはならんぞ。触っただけでも、最悪死ぬかもしれんからな。」
「ありがとうございます。助かりました」
エリオットがお礼を言うと、再度老人は豪快に笑った。
「エリー、前から言ってますよね?拾い食いはやめろと。弟がご迷惑おかけしました」
「はぁ?拾い食い?」
「何じゃ、お前さんら兄弟か?似とらんの」
老人の素朴な疑問に、セバスはあははと笑った。
「よく言われます。私が父親似の黒髪で、弟が母親似の金髪ですから、まるで2人の生き写しだって言われるくらいで」
「そうかそうか、んで?そちらの青年は?」
「俺はアス」
「友人のテインです。テイン・プロです」
セバスチャンがアスランを遮り、そう誤魔化した。老人は変わった名前じゃのうと驚いていたが、そうじゃ!と思いついたように口にしてから、
「ここで会ったも何かの縁。
クマオール茸探し、儂が手伝ってやろう」
と、エリオット達に提案した。
願ってもいないことと、3人はその提案に乗っかり、案内をお願いした。
「それじゃあ、マタギさんはこの先に住んでいらっしゃるんですね?」
老人の名前はマタギというらしく、山小屋で同い年の奥さんと細々暮らしているらしい。
「そうじゃ、もう住んでかれこれ50年くらいになるかのう。ばあさんがこの山が好きでなぁ、結婚したらこの山で暮らしたいって聞かなくてなぁ。20歳の時に一緒になって、それから、ずっとじゃ」
無意識に惚気ているマタギの話を聞いて、エリオットはアイリスとの老後を思い浮かべていた。
(イノシシを狩って生活するのも、アイリスと一緒ならまたおつなもんだな)
アスランはその話を聞いて、羨ましがった。
「山に住んだら、トレーニングし放題ですね、マタギさん」
「ト、トレーニング?」
「困惑させるな。すみません、マタギさん。テインは病気なんです」
病気?!俺は至って健康だ!と抗議するアスランに、マタギはくっくと喉を鳴らした。
よく笑う人だとエリオットはにこやかにマタギを見る。何もなければ、この人のような人生が理想だと、そう考えていた。
暫く歩くと、マタギが足を止めた。
「着いたぞ、ここいらにクマオール茸はたくさん生えておる」
エリオットは流石に少し疲れたのか、深呼吸をした。その様子を見ていたマタギは、持っていた袋から、丸まった紙のようなものを取り出して、それを開いた。食品を包む用途の紙だ。紙の中には、飴玉のようなものがいくつか入っており、
「疲れたのならこれを舐めるといい。
甘くて疲れが取れるぞ」
と、3人に渡した。
アスランは喜んで食べ、エリオットは口に入れる直前、思い出したように、
「なぁ、兄さん?兄さんはかなり食い意地が張っているからなぁ、飲み込んで喉に詰まらせないように気をつけろよ?」
と、先ほどの仕返しとセバスにやり返した。
セバスは少しムッとしたような顔をして、ご心配ありがとうございます、エリーと、背を向ける。
マタギは仲がいいのか悪いのかと思いながらも、ほれ探すぞと急かした。
クマオール探しが始まってすぐ、アスランが小さくなった飴をカリッと噛んだのをきっかけにしたかのように、バタン、と倒れた。
エリオットとセバスが駆け寄る。
「テイン!?どうした、テイン!」
そしてその直後セバスも倒れてしまった。
残されたエリオットはマタギにどうしようと近寄るが、足を急にふらつかせ、倒れ込んでしまった。
エリオットが目を閉じる前、
「…すまんな」
とマタギが悲しそうに謝る姿が目に映った。
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