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一章
12話 王子は監視される
しおりを挟むいつものようにセバスチャンを連れて王城を出ようとしたエリオットを、1人の女性が呼び止めた。顔見知りらしく、立ち止まった彼は女性の話を聞くために、予定変更と自室に戻る。
そして、椅子に腰掛けて大まかな話を彼女から聞いた後、
「すまない。もう一回言ってくれないか?」
と、聞き直した。
その目には驚きや困惑が宿っており、エリオットが酷く動揺していることが見て取れる。
聞き直された女性は立ったまま、
「ですから、暫く教員として学園に勤務することになりました、殿下達のクラスの一部の授業を担当すると思いますので、宜しくお願い致します。と、申し上げているのです」
至極冷静に答えた。
エリオットは前髪を両手でかきあげながら、机に肘をつく。
暫しの沈黙の後、
「セバス、…この件知っていたか?」
「ええ、夫ですから」
「正直でいいんだけど、今は知らないって言ってくれた方がマシだった」
と、更に机に頭を寄せた。
「…なんでそうなった?」
エリオットが俯き加減で聞くと、その原因の女性、ミシェルは淡々とその過程を説明し始めた。
「ガルディオス閣下より、エリオット殿下が最近アイリスお嬢様に近すぎるから、おいたをしないように見張れとのご命令を受けました」
(自分で手ぇだせねぇからってミシェル使って来やがったあの親バカ…!)
「…それでなんで教員になるんだよ…。というか、ガルディオス卿の命令なんてよく素直に聞いたな?」
「勿論、学校内での行動も監視させていただくためです。教員になれば、中に入っても動きやすいですし。後、私自身殿下のおいたは危険視しておりましたから、今回はただの利害の一致です」
「一応、ミシェルは教員の資格持ってますからね。ああ、私もですけど」とセバスが補足をした。
潜入捜査に使うべきスキルや資格をここで持ってくるあたりこいつらは本当に…とエリオットは机に頭が沈みそうな程うなだれた。
ミシェルは、わかっているとは思いますがと前置きしてから、
「殿下が最近、オオカミ殿下になりかけているので、やりすぎてアイリス様に嫌われる前に止めて差し上げようとしているんですよ?ガルディオス様はあわよくば仲を引き裂けと仰られましたが、私にそんな気はありません。ただ、歯止めの利かない馬車、ああいえ、馬殿下を止めて差し上げるようとしているだけです」
「お前ら夫婦ほんと不敬罪恐れないよね、尊敬するわ」
「タイヘンシツレイイタシマシタデンカ」
「よーしミシェルその調子だ、感情込めろ」
かくして、エリオットは自身の欲と戦うことになってしまった。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
翌日、エリオットのクラスに、一限が始まる直前、新しく生物学の教師になったミシェルが入ってきた。
「ミシェルと申します。新しく、このクラスの生物学を担当することになりましたので、宜しくお願い致します」
そんな挨拶に、何故アイリスの従者がと騒がしくなる教室。しかしすぐに生徒の目は別の場所に向かうことになった。
ガタガタガタガタと、何かが激しく揺れるような音、その音は段々と大きくなり、教室にいればそれを無視できないほどの音になった。驚いた生徒達だったが、その震源地は割とすぐに見つかった。
椅子に座っていたエヴァン・イルフェインが震度7で揺れながら怯えていたのだ。
その顔はすでに血色のけの字も書けないほど白かった。
「イルフェインさん、どうなされました?」
ミシェルは何故そんなに怯えてらっしゃるのかしら?と、わざとらしく首を傾げた。
ここで、リリスがエヴァン奪還の尻尾をつかんだと、ミシェルに突っかかった。
「あの!ミシェル…さん?いえ、ミシェル先生!彼、怯えているじゃないですか!最近エヴァンの様子がおかしいって思ってましたけど、もしかして先生が…」
そこまで言ったところで割り込んでくる者がいた、
「やめろ!!何してんだ!!俺は平気だ!おかしくなんかない!!」
他ならぬエヴァン・イルフェインその人。
そのあまりの勢いにえ?とリリスは口を開けたまま固まってしまった。
「すみません、ど、どうぞ、授業を始めてください。ミシェル先生」
吃るエヴァンに、ミシェルはええ、ありがとうございますと微笑んだ。
しかし、俺様なレオンはそうはいかなかったらしく、
「エヴァン!お前の事心配してくれたリリスに対してそれはねぇだろ!謝れよ!!んで、早く正気に戻りやがれ!」
とエヴァンに吠えた。
対して彼は、爆弾投下の準備をしていた。
「うるさいマザコン!」
今までのざわめきが嘘のように静かになる教室。生徒の体感的には、業務用冷凍庫レベルの温度になっていた。
「…は、はぁ?!ち、ちげーし!お前、余計なこと、じゃねぇ、根も葉もない事言うな!」
「レオン・マザコン、そんなに騒いでは授業が始められません。静かにしなさい」
ミシェルも参戦した。
「マルグマだ!マしかあってないだろ!お前!誰に向かってもの言ってやがる!父上に報告されたいのか!?」
「お父上に!?えと、それは、その、…ママにはいいのですか?」
「はっ、そりゃあ勿論ママにも…………あっ」
レオンは静かに席に着いた。
居た堪れない空気が教室を包み込む。
「授業を始めます、全員座ってください」
ミシェルは何事もなかったかのように教科書を開いた。
滞りなく授業は進んでいき、中盤だが、ミシェルは前任よりわかりやすいと生徒に評価されていた。
「36ページのカドナ草ですが、すり潰さずに煎じて、ココイット草を煮出したものと混ぜると、液体タイプの栄養剤になります。その効果は、例えるならば目的地まで、まるで何かに引き寄せられるように走っていけるほどと言われています。個人差はありますが、そうですね、体質に合う人はまるで磁石に引き寄せられるように感じるのではないですか?ああ、勿論これは身体が、ですよ?」
最後の注意に生徒は皆首を傾げたが、エヴァンだけはガタッとまた机を揺らした。
授業が終わると同時に、エリオットはミシェルを人気の無いところまで連れてきた。
「教師をこんなところに連れ込むなんて。
なんですか殿下、私には夫がいますよ?」
「残念だったな、俺にも可愛い可愛いアイリスがいる。いや、そんな話じゃない。
目的は俺の監視だけじゃなかったのか?」
レオンに喧嘩を売った事を言っているのだろうと、ミシェルは思った。
しかし、エリオットは別に怒っているわけではない、ただ、どうするのかと聞いているだけだろうとも考え、
「殿下、もうご存知、いえ、先程ので再認識したと思いますが、あんな三下娘やマザコン子息を相手にするのと、訳が違いますからね?それを確認していただこうと」
相手が望んでいる答えだけ返した。
「確認しなくてもわかってる」
エリオットは苦い顔でため息をついた。
そんな彼に、ミシェルは微笑んで、
「殿下。殿下はアイリス様の婚約者であらせられます。つまり、私の未来の主でもあるのです。しっかりしてください、これくらい我慢しなくてどうします」
彼女なりの労いの言葉をかけた。
エリオットはそんな気遣いにため息ではなく、
「ほんとガルディオス卿の最後の晩餐砂利とかにならねぇかな」
「ああ、それは同意します」
軽口で返した。
そして、彼のいない教室でリリスが悪巧みをしている事をエリオットはまだ知らない。
教室に戻ったエリオットに、リリスが駆け寄ってきた。今度は何かと彼は身構えたが、
リリスが思いっきり転んだ事で、構えをとくことになった。
「だ、大丈夫か?」
流石にそのままはして置けないので、手を貸して立ち上がらせた。
「あ、いえ、すみません…私、慌てん坊で…」
怪我をしないように気をつけて、とエリオットが微笑み、リリスは恥ずかしそうに自分の席に戻った。
(…なんだかやけに大人しいな)
と、エリオットは警戒をとかなかったが、これは警戒なんて関係ない事例だと、
二限の休み時間
「きゃっ!いたたたぁ!」
「大丈夫かい?」
三限の移動教室の廊下
「いやっ、虫!?…いたた」
「大丈夫、かい?」
昼休み前半
「わっ!危ない!」
「…大、丈、夫かい?」
昼休みが中盤に差し掛かってから気がついた。
(…次転んだら水筒の中身を熱した油に交換しておいてやるからな)
リリスはエリオットがいるところでわざと転び、その度に体を抱き起こして貰っていた。
勿論、エリオットが一番助けやすい位置にいるときに限って。
ミシェルの監視が鋭くアイリスに触れられないエリオットに対して、リリスは無自覚ながらも最悪の気の引き方をしていた。ヒロインが転んで王子様に助けてもらうという古典的な方法でフラグを立てようとしている彼女は、着々と殺人計画を立てられている事に気がつかない。
助けてもらう事でアイリスの嫉妬心を煽るのも目的だったが、生憎、よく転ぶわあの子くらいの認識でしかなかった。
エリオットは流石に限界を迎えたのか、人気のない所までリリスを誘導した、
もちろんリリスはそんな事に気がつかず、今までの集大成のごとく盛大に転んだ。
同じようにエリオットが駆け寄る。
「いたたた、エリオッ」
「大変だ!!その転び方は危ない!!もしかしたら、骨が折れているかもしれない、だから、リリス、君はここで少し待っていてくれ、すぐ助けに来るから!」
と、遮られ、
「え、は、はい」
と答えてしまった。
エリオットが走り去ってから、2分後、
「こっちです!」
と、彼が助けを連れて帰ってきた。
「だ、大丈夫ですか!?」
用務員のおっちゃん2人組だった。
「すみません用務員さん…。私は大切な会議があるので、保健室まで彼女を送れません。どうかよろしくお願いいたします」
「い、いえいえ、王太子殿下!私達にお任せください!さぁ、たてますか?保健室で横になった方がいい!さぁ!」
「え?…ちょ、え?」
エリオットの手前、大丈夫とは言えなかったリリスは、そのまま用務員のおっちゃんに挟まれて、保健室へと連れ込まれた。
(なんでよぉぉぉぉぉおぉぉぉおお!!)
心の叫びを残して。
それを影から見ていたエリオットは、
「横になってそのまま永眠しろ」
流石に今回は小声でも口に出さないと気が済まなかったらしい。だが、ストレス発散には程遠かった。この手のストレスを発散させてくれる人はアイリスしかいない。それなのに、頼みの綱のアイリスには迂闊に触れてはいけませんよ令が出ている。それに逆らえば、デート禁止やら、学校以外でしばらく逢うの禁止やら、色々禁止が増えるだろう。
何とか我慢している状態だった。
そこに居るのに触れられない、気軽に話せないジレンマは彼を苦しめた。話しても問題はないようだが、話しているとつい、抱きしめたくなってしまう。本気でアイリスから禁止されるなら我慢できる。だが、今回は他の人間の差し金だ。自分との勝負になるだろう。
エリオットは再度気合を入れ直した。
その数時間後、エリオットはさらなる地獄を体験することになる。
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