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一章

閑話 ヒドインは恥をかく

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(…あーもう、何なのよ!!)

リリス・クラスフィールは表情こそにこやかだが、内心荒れに荒れまくっていた。
デューク・カーナセント主催の夜会に、何一つ彼女の望むものが無かったからだ。

アイリスはいいとして、エリオットは来ないし、様子のおかしいエヴァンも欠席。デュークはもちろんレオンもいるが別にいつもの通りだ。しかも、自分はダンスもろくに踊れない。

夜会の話をもらった時は、どういった作戦でエリオットをたぶらかし、エヴァンの目を覚まさせたらいいかと必死に考えた。準備もしてきた、それなのに。

(誰よ、勝手にこのゲームの難易度アンノウンにしてるやつは!!)

イージーでいいのだイージーで。
十数分後には、踊れもしないダンスを踊らなきゃならない。所謂社交ダンスだ。

しかし、前世も庶民で今世も平民上がりの彼女にはそんなスキルがあるはずがなかった。
ヒロイン補正で踊ることが出来ると思っていた自分が恨めしい。そもそもヒロインがダンスを習うのは、王家主催の夜会で、それもエリオット自身に習うのだ。
卒業パーティーの時は、エリオットに習って一生懸命勉強したダンスを彼と踊る。

それでも約3年だ。
まだ貴族になって1ヶ月。ゲームですら約36倍の時間をもらえていたのに、なんで現実の主役である自分には厳しいのか。あいつらゲームキャラのくせにとリリスは悪態をついていた。

それもこれも全部。

「…悪役令嬢が職務放棄してるからよね」

とリリスは呟いた。
フラグを立てる役目のキャラクターが仕事をしない。つまりニートをしているのだ。
悪役令嬢がニートってどんな世界よと、テラスから見える星にため息を吹きかけるように吐き出す。

「寧ろ私の方が最近働いている気さえしてきた」


「テラスで星ばかり見てどうしたの?降ってきそう?」

そこに、主催であるデュークがやってきた。何だか気取った台詞に聞こえるが彼は大真面目に言っている。不思議系なのだ。

「降ってきたら素敵ですよね!星が欲しくなったら、デュークに頼みたいです!」

「ま、任せておいてよ!」

しっかりしていないと思われがちなデュークは常日頃から誰かに頼られたいと思っていた。そこをリリスが埋めてあげればそれが段々と好意に変わるのに時間は必要なかった。

でもかなり抜けてるのよねぇ、とリリスは再度上を見上げた。表情を星に感動している顔に固定して。

(この前のやつも、教科書をテープで修復しようなんて、どんな天然なのよ。普通エヴァンとレオンみたいに、アイリスを疑ってその方向に持っていこうとするよね。…なんで追加コンテンツとか買えないかなぁ。好感度あげるアイテムとか、ゲームだと無条件にボタン一つで受け取ってたじゃない。プレゼント渡すタイミングもちゃんと考えないと受け取ってくれないし。エリオット様もさぁ、明らかに婚約者がいるのでって感じよねぇ。てか絶対アイリスも記憶持ってるわよ。あいつよ、裏であいつが何か邪魔してるんだわ。あの悪役クソニート令嬢許せない。ああいうのは、上目遣いで涙目になってきゅるるんしとけば男が言うこと聞くって思ってるタイプだわ。ほんとうざ)

それはお前だとツッコんでくれる人はいなかった。リリスはデュークに目を戻す。攻略キャラなだけあり、容姿は群を抜いている。彼の纏う優しげな雰囲気は、ゲームの彼のイメージそのものだった。

「リリスちゃん、そろそろダンスの時間だよ。大丈夫そう?」

そんな目線を、彼女が不安に思っていると感じたのかデュークは優しい目でリリスを見つめた。

「はい、あんまり自信はありませんけど…」

リリスはダンスを教えてほしい、なんてデュークに頼めなかった。勿論、レオンにも、攻略が進んでいないアスランにもだ。エリオットが来るとふんでいた彼女は、エリオットにダンスを習うために「ある程度踊れますよ」とデュークとレオンの申し出を断っていた。クラシックバレエとか、なんかそういうのを前世でなんで習っておかなかったかなぁと、エリオットが来ないことを知った彼女は後悔した。そして、今さら習おうとしたって、後5分程度だ。エリオットが来ないことにショックを受けていた時間が長すぎたのだ。

テラスから、デュークに手を引かれてリリスは会場に戻った。

会場に戻ったリリスは自身に向く視線の多さを感じていた。何でこんなに注目されている、と。

レオンはもちろん嫉妬の目線だが、他の参加者からしてみれば、テラスから主催のデュークが手を取って戻ってきただけで十分に目立つ行為だったが、それ以上に平民上がりの彼女に興味を示していた。
思春期の子息達は、欲と打算の波に揉まれていないであろう平民の彼女に、純粋さを夢見ていた。戻ってきたリリスを待っていたのは、子息達の質問攻めだったのだ。
参加した令嬢達はつまらなそうにそれを眺めていた。

(…モブキャラ集まってくんなよ)

と、リリスが思っていることも彼らは知らない。

主催だからと、他の令嬢のご機嫌とりに回っていたデュークもそろそろ限界を迎えたらしく、近くで待っていた楽隊に合図をした。

指揮が立ち上がり、前奏が始まる。
優雅なヴァイオリンの音が響くと同時に、子女達はダンスの相手を見つけ、準備をしている。

無論、一番人気のリリスにもダンスの相手を申し込む子息たちが殺到したが、リリスはとっさに近くのテーブルに置いてあったカナッペに手を伸ばした。一つ口に入れる。

「わぁ、美味しい!」

と、小動物の如くモグモグと口を動かすリリスに子息達は"ああ、守りたい"と、デレっとした目で見つめていた。食べ物を口に入れたままの令嬢にダンスを躍らせる訳にもいかず、一曲目は他の相手を見つけようと散り散りになっていった。
勿論それを見ていた他の令嬢は、はしたないと眉間に皺を寄せていたが。

(何とかなったわね…。でも、これで終わるわけないし…あーどうしよ。アイリスほんと許さない。絶許よ絶許。…うわやっぱカナッペおいし。この組み合わせすごい合う。他の軽食も美味しそうね…)

リリスは考えるのをやめて自分はビュッフェに来たかのように自身に思い込ませた。
つまりは現実逃避だが。

そんな彼女の気休めも、

「リリスちゃん、お相手頼めるかな?」

主催のデュークが手を差し出してきたことで崩壊した。先ほどの手はもう使えない、ここまで自分にロックオンされたら、つい食べちゃいましたじゃ済まされない。ちなみにレオンは流石に主催を立てる事にしたようだ。

「い、いえでも…」

「リリスちゃんは相手が僕じゃ嫌かな?」

そんなこと言われたら断れねぇだろ!と彼のチャームポイントの天然に一瞬殺意が湧いたリリス。

「じ、実は、平民の間で流行ってるダンスは踊れるんですけど、その、こういう夜会で踊るダンスがまさかこういったものとは知らなくて…」

リリスは苦し紛れに嘘をついた。
言ってから、これダンスを教わるのを断った理由にもなるだろう、と、リリスは自身の口のうまさに感謝した。

しかし、

「え!?庶民の間で流行ってるダンス!?気になる!!」

デュークが消えかかっていた火にガソリンを流し入れた。周りの子女達も、見たことがないものへの好奇心は、年頃らしく旺盛のようで、口々に、見てみたい!と騒ぎ立てた。

(ねぇなんで?馬鹿なの?)

リリスは燃え広がった火を消す術をもう持っていない。というか、ここまでヒートアップしてしまうと消防車では足りないくらいだ。

「リリスちゃん、音楽は自由に指示していいからね!楽しみだな!」

(よーし決めた、お前のルートは攻略やめまーす。ほぼ私に惚れてるから一旦やめまーす)

いくらデュークに悪態をついても目の前の現実は変わらない。ゲームが趣味だったリリスはダンスには特に興味もなく、唯一踊れる踊りと言えば…

リリスは少し広いところまで歩いた。

そして、持っていた鋏で、ドレスの裾をひざ下スレスレまで引き裂いた。
会場から悲鳴が上がる。

「リ、リリスちゃん?」

「ただの準備ですから」

デュークの問いかけを一言で終わらせ、リリスは一度屈伸した。
ああ、これならいける。多少重いが、と彼女は少しだけ笑った。
そして、腕を組み、俯いた。

先程笑ったリリスの目つきが真剣なものに変わったことに気がついた周囲は息を飲んで見守った。

はっ、息を吐いたと同時に、足を大きく開き、右手を突き出し、左手を腰につける。
右手、左手と、交互に自身の目の前で波のように外側へうねらせた。
そして、綱引きのように体をまた左右交互に沈ませた。

「どっこいしょー!どっこいしょ!」

およそ貴族令嬢が出す掛け声とは思えないその声に周囲の令嬢は嘲笑の声を上げた。
しかし、リリスはやけになっているため聞こえていない。

リリスは一度前屈の形をとり、そこから、右上に両手を振り上げた。前屈に戻り、今度は左上に。

「ソーランソーラン!ソーランソーラン!」

気がつけば、子息達の半分は魅入っていた。
下着が見えそうな事など全く気にせず、汗をかきながらも懸命に踊るリリスに。

しかし、会場の雰囲気で言えば、あまりいいものであるとは言い難かった。
嘲笑うもの、魅入るもの、困惑するもの、割とドン引きしているもの、リリスちゃん可愛いとニヤニヤするもの。
そんな様々な感情が入り混じった夜会は微妙な空気に包まれていた。

「どっこいしょー!どっこいしょ!」

しかし、この中で1人だけ、また違った思いに馳せている人物がいた。

楽隊のドラム担当である男性。

彼は、この独特のリズムに魅入られていた。

「ソーランソーラン!ソーランソーラン!」

(なんだこのリズムは…!30年、30年だぞ!幼少期からドラムに費やしてきた俺が、何故知らない!それに、なんだこの感じ、体が勝手に!?)

気がつけば、彼のスティックを持つ手は無意識に動いていた。

「ソーランソーラン」

ドンドンドドドン

「ソーランソーラン」

ドンドンドドドン

と、追いかけるようにドラムが鳴る。
これに驚いたのは子女達だけでなく、周りの楽隊仲間達だ。誰よりも音楽に熱い男が、心を揺り動かされている。
彼らは目を見合わせて、

「俺らも負けてらんねぇなぁ?」

と、久々に熱くなっていった。
ヴァイオリンとピアノは荒々しくメロディーを作り上げ、ドラム、コントラバスはリリスを支えるように唸りを上げた。
リリスの表情は必死そのものであり、さながらそれは魂のセッションをしているようだった。


デューク、レオンを含めた子息達は段々とリリスのフリを真似し始める。

掛け声は、もはやリリスのものだけではない。気がつけば子息達は見よう見まねながら、全員ソーラン節を踊っていた。

合図もなしに、曲が止まる。
男達は、最初のポーズで動きを止めた。見ていた令嬢達は困惑しているが、まだそちらに足を踏みいれようとはしなかった。

力強いピアノソロとともに、リリスの振り付けは更にダイナミックになっていった。
流れる汗がむしろ魅力に感じるほどの盛り上がりを見せていた。

「ソォォォラン!ソォォォォラン!」

1人の令嬢が、ついに鋏に手を伸ばす。
そして、おもむろにドレスの裾を切り始めたのだ。

「ちょ、ちょっとあなた!」

もう、誰が止めようと無駄だった。

ダムの壁に開いた穴がどんなに小さくても、水はどんどんコンクリートを削っていき、ついには壁を崩壊させてしまう。

1人、また1人、と裾を引き裂いていく令嬢達。そして夜会はソーラン節大会の会場とかしていた。


リリスが我に帰ったのは、ソーラン節が終わって、周りの子女達からの賞賛を受けた時だった。拍手が鳴り止まないほどである。

(え?あれ、ウケた?貴族にソーラン節ってウケるんだ?…ほう、いいこと知った。)


この後全員両親にめちゃくちゃ怒られた。

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

一部の家庭でソーラン節禁止令が出された翌日、教室でリリスはエリオットにソーラン節を披露した。

(さあ!面白がって!私に興味を持って!エリオット様!!)

だが、彼の反応は、

「へぇ、変わった踊りだね」

の一言だったのだ。

リリスの企みは少し恥をかいただけで終わった。
それもそのはず。
昔からアイリスの奇行にさらされていたエリオットの目には、[普段人参一本しか食べないペットのうさぎが、今日は一本と半分食べましたー!]くらいの出来事にしか映っていなかった。



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