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一章
6話 王子は寂しがる
しおりを挟む「お、お早うございます、エリオット様。一限のカナユル教授の授業は、その、教室変更になったそうでして…二階の教授の研究室で行われるとの事です」
「おはよう。そうか、教えてくれてありがとう」
朝、教室に入ったエリオットを迎えたのは、腫れ物を扱うように業務連絡を伝えたクラスメイトの男子だった。
エリオットは自身をクラスメイトに殿下と呼ばせ続けるのは仰々しいと学園内では名前で呼んでくれと頼んだ。
勿論最初は戸惑っていたが、王子の仲良くしたいという頼みを断る理由もなく、様付けではあるが、名前呼びをして軽く談笑できるくらいにはなっていた。
そんな友好的な王子をクラスメイトが腫れ物扱いしているのには、理由がある。
ここ数日、見るからにエリオットがやつれているのだ。どこか儚げな彼の姿を見て、クラスメイトの子女達は心を痛めた。
きっと、公務がお忙しいのだと言うものもいれば、何か重大な悩みを抱えていらっしゃるのだと噂するものもいる。
どちらにせよ、対外的には優秀で心優しい王子で通っている彼に、嫌な噂を流すものなどいなかった。
そんな彼らの心配を知らないエリオットは、ここ数日誰も座っていない席を見て、
(…アイリスが帰ってくるまで後9日)
と、ここ数日の日課になっているカウントダウンを始めた。
アイリスが公爵である父親の遠征に2週間ほどついていくことになったのを聞いたのは、それが覆せない決定事項になってからの事だった。辺境伯への挨拶もそうだが、勉強のためと、公爵が妻だけでなく娘も連れていくことにしたのだ。現代社会風に言えば、アイリスは2週間の公欠となる。
だが、エリオットは知っていた、
(あの親バカ公爵…!やりやがった!)
公爵が2週間も愛娘に逢えなくなるのを嫌がり、それっぽい大義名分をつけて、出張に連れて行ったことを。ニーベルン公爵が妻子を溺愛しているのは貴族界周知の事実であったが、彼が、アイリスが父親離れする事を怖れている事を知っているのは近しいもの達だけなのだ。
表向きは、対談に立ち合わせる他、他国との架け橋になる辺境伯の話を直接聞くことで、公爵家令嬢としてのスキルアップをするという名目だ。
もちろんこれに反対する関係者がいるはずない。
実態は、自分の与り知らぬ場所で王子とこれ以上関係を進められでもしたらたまったものではない。アイリスの父親離れをこれ以上進めてたまるかと。それに仕事場にアイリスを連れて行ける口実を考えついた私は天才だと。
エリオットの最大の恋のライバルはアイリスの父親といっても過言ではなかった。
立場上仕方なく王子に娘をひき会わせた公爵だったが、まさかここまで仲睦まじくなるとは思ってもみなかったらしい。
すぐにエリオットが根をあげると思っていた。高熱でうなされていたアイリスがうわ言でエリオットの名前を口に出していた事を知った公爵は、その身に起こった衝動に身を任せ自室の枕を引きちぎった。そしてそれは絶対にエリオットなんかに教えてやるものかと不敬罪まっしぐらな父親だった。
正当な理由しか知らないクラスメイト達は、ボーッと外の景色を眺めるエリオットがただアイリスがいなくて寂しがっている事など知る由もなかった。
(アイリスに会えるまであと9日。
時間に直して216時間。
12960分。つまり、777600秒数えれば、数え終わった時、既にアイリスは目の前にいる。1.2.3.4.5....)
なんとか我慢してきたエリオットだったが、5日間で限界を迎えたらしい。
今回はアイリスの高熱や公務で会えないわけではないのだ、アイリスの父親にしてやられたという悔しさもエリオットをより一層やつれさせた。
こんな事を考えていても、恵まれない子供達の事を憂い、何か対策を考えていると思われるエリオットは得な容姿をしている。
優しい言葉をかけるか、事務的な連絡をするかのクラスメイトに対し、
「ありがとう」
「そうなのか」
「わかった」
半ば放心状態のエリオットは基本的にこの三つの言葉を使って、会話をこなしていた。そんな中でもリリスにはもちろん警戒していたが。
そして、そのまま学校を終え、王城の自室に戻る。
「それで何でリリス・クラスフィール嬢のお宅に遊びにいくことになってんですかこのバカ殿下!」
「迂闊だった…まさか、他の男を使うとは…やつは策士だ」
セバスは、帰ってくるなり「どうしよう。今日クラスフィール家に行くことになってしまった。やばい」と報告した自身の主人に罵声を浴びせていた。
昼休み、会話の内容がほとんど頭に入っていなかったエリオットは、
「……のうちでパーティをやる事になったそうなので、殿下も如何ですか?」と、誘ってきた男子に、
「そうなのか。わかった。ありがとう」と三連で口にしてしまった。
呆けて聞いていたため、家名を聞いていなかったが、男子ならば大丈夫だろうと、たかをくくった瞬間、
「え!?嬉しい!」
と、リリスが駆け寄ってきた。
本能的に危険を察知したエリオットは働いていなかった脳を急ピッチでフル稼働させる。
「良かったですね、リリス嬢!エリオット様はパーティーに来て下さるそうです!」
「ありがとうございます!まさか来ていただけるなんて夢のようです!」
その瞬間エリオットは悟った。
やったと、これはやったと。
そんな空気の中まさか断るわけにもいかず、クラスフィール家に招待されてしまったのだ。
「ここ5日は大人しくしていたから、油断していたのが間違いだった。
ちょっと八つ裂きにしてくる」
「何のパーティーにするつもりですか!
…というか、他の子息を介しているなら知らぬ存ぜぬは通用しません。今回は殿下の失態ですよ。そこにどういった思惑があるにせよ、クラスフィール嬢は級友である殿下をパーティーに誘っただけなのですから」
エリオットはその言葉に口を閉じるしかなかった。彼自身、今回は自身の責任だとわかっていたのだ。強引な手法を使ったわけではない、人道にも反していない。トリッキーな手だが、そんなのは通例だ。
そんな主人の様子を見て、セバスチャンは優しく微笑んだ。
「安心してください、殿下。
此度の浮気は、きちんとアイリス様に手紙で伝えておきますから」
「ほんとそれだけは勘弁してください」
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