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一章

3話 王子は確信する

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王立フォルトデル学園高等部の入学式は例年度とは比べものにならない程の注目度の中で執り行われた。
それもそのはずだ。
オールハイン王国の王太子であるエリオット・クラウ・オールハイン。
この婚約者であり、公爵家の令嬢、アイリス・ニーベルン。
男爵家に引き上げられ急遽入学が決まった元平民、リリス・クラスフィール。
外交官の子息デューク・カーナセント。
騎士団長子息アスラン・シムガルド。
軍部の高官子息レオン・マルグマ。
侯爵家子息エヴァン・イルフェイン。
と言った国の主要人物たちの子息が入学するとあって、警備も来賓も教員たちの緊張感もいつもの倍はあった。

新入生代表であるエリオットの宣誓は、会場から感嘆の息が漏れるほど素晴らしいものであり、割れんばかりの拍手を誘った。
外殻を完璧に装いながらも、エリオットはチラチラとアイリスに視線を送っていた。
そのすぐ後ろにいたリリスが勘違いしたことにも気がつかずに。

エリオットは入学式が終わり、自身の教室で以前からの友人と談笑をしていた。
アイリスがすぐ近くの席に座っているが、目を逸らされて心が折れたのでエリオットは一旦アスランを挟むことにしたのだ。

「素晴らしかったぞ、エリオット。流石は優秀な次期国王だ。俺も、お前を守る騎士を目指すものとして鼻が高い」

「それは良かった、私も宣誓の出来はどうだったかとちょうど気になっていたんだ。
君に褒められると成功したのだと自信が持てるよ」

将来国を背負うもの同士が、ましてや美形で優秀な2人が話している姿を見て、教室にいる令嬢はうっとりとそれを眺めていた。
エリオットはそれに気がついていたが、興味もないので微笑み返すだけで止まらせた。
もちろんそれだけで十分だとわかっていながら。

「私も、凄く感動しちゃいました!
エリオット様の宣誓凄く良かったです!」

後ろからそんな声が聞こえ、エリオットは振り向く。
小動物を思わせる可愛らしい顔立ち、サラサラとしたピンク色のセミロング。
リリス・クラスフィールが笑顔でそこに立っていた。

「ああ、ありがとう。ええと、」

「あっ、すみません!私、リリスって言います!」

人懐っこい笑顔でそう答えるリリス。
上位貴族に対し、家名を名乗らないのは失礼にあたるとは知らないのだろう。
周りの令嬢の顔が不快だと言いたげに歪んでいる。悪い娘ではなさそうだが、貴族になったばかりで、慣れていないのだなと、エリオットは苦笑した。

「そうか、君が高等部から入学したと言うリリス・クラスフィールか。
俺はアスラン・シムガルドだ。宜しく頼む」

「私はエリオット・クラウ・オールハイン。先程はお褒めの言葉ありがとう、クラスフィール嬢。とても嬉しいよ」

「アスラン様ですね!覚えました!
謙遜しすぎですってエリオット様!
私だったらあんなに大勢の前に立ったら緊張して喋れなくなるほどです!
あ、私のことは呼び捨てでリリスって呼んでください!」

初対面でいきなり呼び捨てにする事に抵抗はないが、アイリスの手前そんな事できるわけないだろう。余計不安にさせてしまうと、
エリオットが断ろうと口を開いたが、

「ちょっと」

数人の令嬢に先を越されてしまった。
その表情は誰が見ても怒りと呆れを見て取れる。

「えと、…なんですか?私、怒らせるような事しちゃいましたか?」

恐る恐ると言った形で聞くリリス。
だが、エリオットには大方予想はついていた。

「怒らせるような事ですって?
恐れ多くも殿下に話しかけるに飽き足らず、シムガルド家のご子息に対し覚えましたはないでしょう。
家名も名乗らない、それに、アイリス様に許可も得ず、殿下のお名前をお呼びした挙句、呼び捨てで呼んでいただこうなんて、厚かましいにも程がありますわ!」

周りの令嬢もそれに頷く。
だが、エリオットはそれよりも、
リリスがその直後に一瞬チラとアイリスを見てから「ゲームと違う」と小さく呟いたのを聞き逃さなかった。

「えっと、家名は慣れなくて、名乗るのを忘れていました。庶民暮らしが長くて、アスラン様のお名前は存じあげなくて、、
でも、どうして、エリオット様をお呼びしたり、リリスと呼んでもらうことにアイ、リス様?の許可が必要なんですか?」

無邪気にそう問うリリスに対し、側から見ていた野次馬たちは空気が凍ったような気がした。
ただ1人、エリオットは無邪気の中に隠れたアイリスへの敵意を敏感に感じ取っていた。
前言撤回、オウジ、コイツ、キライ。
自分のことになると大雑把なエリオットだが、アイリスの事となると感覚が鋭くなるとはセバスの評だ。

(なるほど俺の可愛い婚約者は預言者の才能があるらしい。だが、残念な事に予言が合うのはここでまでだ。アイリス以外の女性をエスコートして卒業パーティーに出るとかああ、おぞましい。ていうか俺の見てないところでコイツアイリスに何かしそうだな。
アイリスに何かあってからでは遅い。
どうしよう、いや、そう言えば最近エリオットってアイリスに呼ばれてない気がする。
てか、入学して始めて女性にエリオットって呼ばれたのコイツが初じゃね。
うーわ、これ、まじか。夜中の2時に目が覚めて眠れない呪いとかかけてやろうかな)

脳内がうるさくなるエリオット。
こんな事を考えていても悩む姿は絵になるから人間平等に出来ていない。

「アイリス様は殿下の婚約者で、由緒ある公爵家のご令嬢ですのよ!
許可を取るのは当たり前のことです!」

「そう、なんですか?でも、一々許可を取らないと話せないなんて、エリオット様、息苦しくないんでしょうか?」

エリオットはそれが無自覚ではないアイリスへの批判であると確信した。
一瞬だが、口元が歪んだのだ。
うさぎの皮を被ったとんだ肉食獣だと、エリオットは内心でどうしてやろうかと画策する。

「息苦しいだなんて、失礼じゃないですの!婚約者を守ることは普通のことですわ!」

「でも、相手を縛るのってよくないですよね?エリオット様はお辛くないんですか?」

辛いだと?とエリオットは憤りを覚えた。
むしろ最近は放任主義すぎて縛って欲しいくらいだわと。正直お前らの話とかどうでもいいから、アイリスになら束縛されても別に幸せだと。

平然を装いすぎて、アイリスにやはり自分よりと思われたら、勘違いされたらと思うと、いっそこの馬鹿2人を突き放してしまった方が楽な気がしてきた。
これではまるでアイリスが悪者ではないかと。本人が喋らずともアイリスの評判を下げていくような話が続き、エリオットの我慢が限界に差し掛かった。

しかし、

「今のところアイリス嬢は何も語っていないぞ」

アスランが発した言葉で、リリスと令嬢は気がついた。これではアイリスをダシに使っただけだと思われると。

「わ、私そんなつもりじゃなくて!」

アスランは必死に誤魔化すリリスを無視して、エリオットに目を向ける。
エリオットは将来の家臣の気遣いに目を丸くした。アスランは目だけで落ち着けと諭してきた、そして視野が狭くなっていた自分を恥じつつ、

「アイリスは、どう思うんだい?」

友人に感謝して、最愛の婚約者へ橋を渡した。

「私は特に気にしませんので、殿下のお好きなようになさってくださいませ」

心は折られた。

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

「折り入って話とは、一体なんですの殿下」

学校が終わってすぐエリオットはアイリスに王城の自室にくるように伝えた。
途中、リリスが学校の案内をして欲しいというので断ろうとしたが、デューク、レオン、エヴァンに押し切られ、明日案内することが決定してしまった。この3人はもうリリスに執心のようであった。
エリオットの心の中で、友達が3人程減ったのはまだ誰も知らない。

今はやっとアイリスを自室に呼んだところである。もちろん2人きりだ。

「先ずは殿下って呼ぶの、どうにかならないか?」

「何を仰いますか、殿下は殿下ですもの」

このくらいのダメージでへこたれてはいけない。誤解を解くのだ。正夢などという予言など間違っていたと。そうエリオットは再度意気込んだ。

「この前、君が私に言った事を覚えているか?」

ビクッと肩を揺らすアイリス。
予想はついているのだろう。

「覚えております」

平常を装っているが、語尾が震えている。
何かまた明後日の勘違いをしているのだろう。いつも気丈に振る舞うアイリスが、しおらしい。エリオットは、不謹慎だがこんなアイリスも可愛いと思ってしまった。
嫌われているかもなんて恐怖は簡単に吹き飛んでしまい、そして、ついつい、いじめてしまう。

「私に、なんて言った?」

「で、殿下に、お好きな方が出来れば私は殿下を諦めますと申し上げました」

「すまない、私はその話がよくわからないのだ。もっと具体的に言ってくれないか?」

「具体、的?」

一体どうすればと首をかしげるアイリスにエリオットは意地の悪い笑みを浮かべた。

「私を諦めるというのは、今、現時点で君が私をどう思っているのかを知らなければ、理解できない話という事だ」

途端にアイリスの顔が真っ赤に染まっていく。

「殿下!からかっていらっしゃるのですか?」

「からかってなどいないさ」

「いいえ、殿下は私を馬鹿にされていますわ!」

「殿下じゃない、エリオット」

「え?」

「エリオット」

「殿下は殿…」

「エリオット」

「…エリオット様」

「様はいらない」

「意地悪ですわ!」

「今まで意地悪をしていたのはどっち?
それに上書きしたいんだ」

「うっ、上書き?」

殿下と呼ばれ続けてヤキモキしていたところに、望まない人間から呼ばれたところで嬉しくなどない。
何も答えずただ、アイリスを見つめるエリオットに彼女はついに根負けした。

「…え、エリ、オット」

「で、アイリスは私をどう思ってくれているのかな?」

「意地悪するためにお呼びになったなら帰ります!」

「鍵をかけたから答えるまで出られないよ?」

目をパチクリとさせるアイリス。
そんなアイリスを愛おしそうに眺めるエリオット。

「…し…い…わ」

「え?」

「お慕いしておりますわといったのです!
これ以上辱める気ですか!?」

「そうか」

「これでいいですわね!もう帰してください!」


「私は6歳の頃から君しか愛していない」

「…え?」

「年々好きになって行ってるんだが、10年後、20年後にはもっと君を好きになっているんだと思うと自分が恐ろしくなるほどだ。
いや、元はと言えば年々美しさを増す君が悪いのか。内面も外面も」

「…リリスさんがお好きなのではないの?」

恐る恐るというよりか、そうであってほしくないけれど、といったようにアイリスは尋ねた。

「お好きも何も、」

もったいぶったようにそこで止め、

「俺は君しか好きにならないし、君しか愛した覚えがない」

アイリスの唇に自身の唇を重ねた。

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

「…というわけですの。
信じられないかも知れませんが。お、終わったのですから、いい加減離してくださいまし!」

と、エリオットの膝の上から彼に説明を終えたアイリス。
結婚前の口づけなど前代未聞だと顔を真っ赤にするアイリスをまだ質問が残っているからと、強引に膝の上に乗せたエリオットは婚約者が気にしていた令嬢、リリス・クラスフィールの発言について問うていた。

ゲームと違う、と。

まるで自分の予測した展開と違うことに不満を持ったように発言したのだ。

「リリス様がそんなことを…?」と明らかに何か知っているような反応を返してしまったアイリスはしまったという顔をした。
もちろんエリオットはそれを逃さない。

そして、アイリスから、
自分には前世の記憶があり、この世界が以前プレイしていたゲームに酷似している事。
何でも、恋愛疑似体験なるものをする遊びらしい。
悪夢などといったが、そんなものでは無く、展開通りに進めば、いずれは卒業パーティーの時のイベントは起きてしまう事。
攻略キャラと呼ばれる男性たちに対して、同じく前世の記憶があるだろうリリスは有利な情報をすでに持っている事を聞き出した。

膝の上に座らせた彼女の頭を撫でながら、エリオットは思考を巡らせる。
リリスは明らかにエリオットに対し好意を持っていた。
学園を案内する件も、遠回しにエリオットがいないと嫌だとだだをこねたらしい。
更に3人の元友人は既にリリスに好意的になっている。素直には言わないが、全員、飾らない純粋なところが好ましいと、そう言っていた。
にわかに信じがたい話だが、証拠となりうる材料が揃いすぎている。
もしそうなのだとしたら、攻略を開始したリリスは手際が良すぎると言っても過言ではない。
順序を得て、少しずつ好感度なるものを上げていくのだとアイリスは言っていたが、各人間の好みを知っていれば、恋心とは行かないまでも、好意を芽生えさせることくらいは容易いだろう。
情報を持っているのであれば、エリオットが下手に冷たくすれば、リリスはアイリスのせいだと陥れようとする可能性もある。
そうなった場合はいくら自国の民といえど容赦はしないが、現時点でリリスがアイリスに害をなす人間かも知れない事を確かめる必要があるな、と。

何週間か我慢していた愛しい令嬢の体を強く抱きしめる。
もちろん抗議の声が飛ぶが、可愛いのでこのままでいようと。

通常であれば、婚約者と想いが通じたのであれば、ハッピーエンドなのだろう。
だが、エリオットは違った。
アイリスの平穏な、そして彼との甘い学園生活(これはエリオットの願望だが)をズタズタに引き裂こうとする魔王ヒロインをそのままにしてはおけない。


ここに、乙女ゲームのヒロインvs乙女ゲームのメインヒーローの不毛な戦いの火蓋が切っておとされた。
片方は恋愛攻略として、片方は婚約者を悪魔の手から守ろうとして、と土俵がまったく違うが。






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