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竜を斬るようです

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「――ひぃぃいぃいいいいいやあああああああああああ!」



 高みの見物席であったはずの会議室は、絶望に取りつかれた老人たちの悲鳴に包まれていた。荘厳にして堂々たる風格のドラゴンは、その存在だけで他の生物を圧倒する。



「い、嫌だ、死ぬのは……た、助けてくれ……ベルフェルミナ……」



 恐怖に慄き涙ぐむフレデリックは、無意識にその名を口にしていた。



「グルルルル……」



 すでにブルードラゴンは会議室に照準を定めている。シューッと白い息を漏らし、鋭い牙が剥き出しになっていく様が、大きく見開いたフレデリックの瞳に映しだされた。



「あわわわわ、だ、誰でもいい、誰か……」



 宮廷魔導師も騎士団も助けにはこない。たとえ助けが来たとしても結果は同じ、数秒後には老人たちと仲良くあの世行だ。ところが、フレデリックの視界の端に、青い髪の騎士が入り込む。



「――っ!? パトリック!!」



 思わず歓喜の声を上げた。やはり、友の窮地に駆け付けてくれたのだ。



(あいつは……)



 フレデリックは眉を潜めた。

 青髪の騎士が自分の身長程もある長剣を振り上げる。



「エル!?」



 深海のように暗い青色の髪、兄と似た吊り目、兄とは似ていない困り眉、その表情は自信なさ気で頼りない。紛れもなくパトリックの弟、エルデリックであった。



「グルル……」



 異質な殺気を感じたブルードラゴンがエルに気付く。だが、少し遅かった。



「――ほっ!」



 軽い掛け声と共に、エルが人知を超える跳躍をする。まるで、足の裏に強力なバネでもついているかのように、一瞬にして数十メートルもの高さまで飛んだ。そして、歪な長剣を振り抜くと、ブルードラゴンの首を刎ね上げたのである。



 ――ドシュ。



 呻き声を上げることすらできずに、ブルードラゴンが絶命する。その信じ難い光景に、フレデリックと老人たちは言葉を失った。



 ――ズドオオオオォォォン。



 落下したブルードラゴンの首と、巨大な胴体が地面に叩きつけられ地響きが鳴り響く。



「――っと」



 少し遅れてエルが中庭にふわりと着地する。そして、長剣に付着した血のりを振り払い、クルクルと回して長剣を背中に収めた。



「「「「おおおおおおおおおおお~~~っ」」」」

「我が王国に、勇者が現れたぞ~!」



 寸前のところで死刑台から解放された宰相たちは、長い人生で初めて心から賞賛の拍手を送った。特に、将軍なんかは喜びを大爆発させている。ブルードラゴンをただの一撃で倒すほどの逸材だ。是非ともエストロニア軍に欲しい。



「なんという強さ。じつに素晴らしい。フレデリック殿下は、あの者を御存じで?」



 窓にへばりついていた将軍が振り向いて訊ねる。



「むむ? 殿下?」



 つい先程まで、隣にいた王太子の姿が見当たらない。すでに、フレデリックは会議室を飛び出していた。



 ◇  ◇  ◇



「――お、おーい! エル!」



 全速力で城を駆け下りてきたフレデリックが、ぜーぜーと息を切らし声かける。ブルードラゴンから爪や牙などの素材を収集していた青髪の騎士が、びくりと身体を震わせ振り返った。



「フ、フレデリック殿下? ご、ご無沙汰しております……」



 困り顔のエルがオドオドしながら挨拶する。勝ち気で自信満々の兄とは全く正反対の性格である。



「いま戻ったのか? おかげで助かった。礼を言う」

「え? い、いえ。偶々、ブルードラゴンが見えたので……すぐに王都から出て行くつもりです」



 エルは生まれて初めてフレデリックに礼を言われ内心驚いていた。



「フン。だと思ったよ。心配しなくてもパトリックは留守だぞ。城に寄っていったらどうだ? ジジイどもが会いたがっている」

「そ、そうですか。でも……」



 いっこうにエルは目を合わせようとしない。こんな煮え切らない内気な性格をパトリックは毛嫌いしていた。もちろんフレデリックもだ。パトリックは人目を憚らず、よくエルをなじっては泣かせていた。



「お前、ドラゴンスレイヤーになれたのだな?」



 昔、酒の席でパトリックから聞いたことがある。『ドラゴンスレイヤーになれたら、俺の弟として認めてやる』と突き放したそうだ。悪質にもほどがある嫌がらせだ。

 ドラゴンスレイヤーになる資質をもつ者は、国に一人いるかいないかといわれている。それ故、その存在は世間的にもあまり知られていない。そもそも、ドラゴンスレイヤーになりたいと思う者がいないのだ。その理由の大きな要因として、ドラゴンスレイヤーはドラゴン以外の魔物や人、動物ですら殺すことができない。そんな契りをかわさなければならいのだ。ゴブリンにも勝てない冒険者に、誰がなりたいというのか。



「え、ええと。まあ……」

「如何なるドラゴンでも斬ることができるんだぞ。すごいじゃないか」

「い、いや、まあ……」

「チッ。だったら、パトリックに会って見返してやればよかろう。お前は、あいつに認められたくはないのか!?」



 もじもじ答えるエルに苛立ちを覚えたフレデリックの顔が、次第に険しくなっていく。エルとの会話になると、いつもこうなってしまう。



「べ、べつに、そういうのは、もういいので……」

「――フレデリック様!!」



 突然、エルのか細い声を掻き消し、二人の護衛騎士がドタバタと駆けつけた。落ち込んだ目は血走り、カサカサに乾いた顔はやつれ土色をしている。余程の恐怖と絶望を味わったのだろう。

 この二人の証言が、エルの運命を変えることになる。
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