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嘲笑う受付嬢2

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 カウンターでは熟した色気を醸し出す化粧の濃い女が一人、暇そうに爪を手入れしている。胸が大きくはだけたブラウスに、太股が露わになった短いスカート。男を誘惑するような服装に、ベルフェルミナも目のやり場に困ってしまった。



「あ、あの、申し訳ございません。お尋ねしたいことがあるのですが……」



 妃教育仕込みの笑顔を取り繕ったベルフェルミナは、おそらく受付嬢であろう女性に声をかけた。



「ああん? なんだい? お嬢ちゃん? クククッ」



 受付嬢はいかにもお洒落なカフェが似合いそうな二人を見て、あからさまに嘲るような笑みを浮かべた。

 いつも接客態度が上質な店にしか行かない貴族令嬢にとって、この無作法な接客は衝撃的であった。

 それでも、笑顔を崩さないベルフェルミナは、礼節をもって訊ねた。



「わたくしたちは冒険者になりたいのですが、手続きをお願いできますでしょうか?」

「はあ? あんたたちが? アーッハッハッハッハッハ! なんの冗談だい? ここはお嬢ちゃんが来るような場所じゃないんだよ。目障りだから帰んな」



 受付嬢はお腹を抱えて笑い飛ばし、野良猫でも追い払うかのようにシッシと手をはらった。



「し、失礼ですよ! お嬢様は本気でおっしゃっているのです! ギルドの職員なら、きちんと話を聞きなさい!」



 見かねたマリーが無礼な受付嬢を睨みつけた。しかし、普段はもっと恐ろしい形相で凄んでくる男たちを相手にしているのだ。この受付嬢が怯むはずもなく。



「でけえ声出すんじゃねえよ! つまみ出されてえのかい!」

「あ、あなたのほうが、よほど大きい声を――」

「マリー落ち着いて。喧嘩をしにきたわけではないのですよ」

「お、お嬢様……」

「たいへん申し訳ございませんでした。わたくしたちは冒険者ギルドに入ったのが初めてでして、少しばかり興奮していたようです。我々の非礼をどうかお許しください」



 ベルフェルミナが割って入ると、我に返ったマリーも一緒になって深々と頭を下げた。二人の丁寧な謝罪を前に、受付嬢も怒りを鎮めるしかない。



「チッ。で? あんたら、武器や魔法とかは使えるのかい?」

「い、いいえ。武器も魔法も使ったことありません。ダ、ダメでしょうか?」



 やはり実技試験があるのでは? ベルフェルミナが恐る恐る訊ねる。



「ん~~~べつに。じゃあ、この用紙に書かれている内容を読んだらサインして、登録料の金貨十枚をよこしな」

「十枚? は、はい。わかりました」



(ひとり金貨五枚ですって!? 絶対に怪しいわ、この女。むうう、事前に相場を調べておけば……)



 受付嬢に聞こえないようマリーがブツブツと呟く。下手したら五割以上ピン撥ねしている可能性だってある。それでも、マリーは金貨を差し出すしかなかった。



「それじゃあ、名前の横に血判を押しな。こいつで、ブスッとやるんだ」

「――ひっ」



 受付嬢がカウンターの上に取り出したのは、ぶっとい針が一本の剣山であった。



 いったい何人の冒険者が使用したのだろうか。

 何層にも血が塗り固まって黒ずんだ針の先端を見た二人は、鳥肌が立ちゴクリと唾を飲み込んだ。



「……あのっ。ちょっと、いいですか? この針に指を押しつけても問題無いのでしょうか?」



 たまらずマリーが訊ねる。



「ああん? そう言っただろ。聞いていなかったのかい?」

「すみません。血判をしたことがなくて。それと、この針を綺麗に拭っても? 衛生的に――」

「ごちゃごちゃと、うるっせえんだよ! いいから、さっさと押しな! 冒険者になったら、もっと汚ねえ魔物に引っ掻かれたり噛みつかれたりするんだよ! 冒険者になるつもり本当にあんのかい!」



 額の青筋をピクつかせ、受付嬢が苛立ちを募らせる。



「ギ、ギルドカードのためよ、マリー」

「はい。ベルお嬢様……」



 何度も深呼吸した二人は顔を見合わせ、ブルブル震える親指を針に押しつけた。その間、受付嬢が冷ややかな視線を送っていたのは言うまでもない。



 その後、登録用紙を持って奥の部屋に引っ込んだ受付嬢が、シルバーのプレートを持って現れた。



「ほら、これがギルドカードだ。紛失したら一年間は発行できないからね。大切にしな」

「はい。ありがとうございます」



 ギルドカードを受け取った二人は、胸元で大事に握りしめた。あとは、一刻も早くこの悍ましい建物から脱出するだけである。



「それから、今あんたらは最低ランクのFランクなんだけどさ。クエストを受けるなら、どこかのパーティーに入ったほうがいいと思うんだよね。なんなら紹介してやろうか?」



 ニヤリとほくそ笑んだ受付嬢が、酒盛りをしている冒険者の集団に人差し指を向けた。

 その中でもひときわ悪人面の大男が、こちらに興味を示している。日焼けした坊主頭に蛇の入れ墨、もし町の外で出会ったなら盗賊と間違えてしまうに違いない。



「い、いえっ! けっこうです。ありがとうございました」



 ベルフェルミナとマリーは一目散に逃げだした。

 ギャハハハハと、背後から聞こえる下品な笑い声を振り切るようにして。



 ◇  ◇  ◇



「――おう。さっきの上品な姉ちゃんたちは何だったんだ? ギルド職員の面接に来たのか?」



 ほろ酔いの冒険者がジョッキを片手に受付カウンターまでやってきた。坊主頭に蛇の入れ墨、二メートルを超す巨漢、名をルードという。



 意地悪そうな笑みを浮かべた受付嬢が、カウンターに身を乗り出す。



「それがさ~、聞いてよ。あの二人、冒険者になるんだってさ~。笑えるだろ?」

「本気か? あれが冒険者だって? ガハハハハハ! お前、また登録料をふんだくったんじゃねえのか?」

「しっ。でかい声で言わないでおくれ。いいんだよ。あんな苦労も知らずに生きてきたお嬢様は大嫌いなのさ」

「くっそ~。もったいねえことしたぜ。あいつら冒険者だったのかよ。いつもみたいに、無理やり俺のパーティーに入れてやれば楽しめたのによ。ゲへへへへ」



 醜悪な顔をさらに歪ませたルードが下劣に笑い飛ばす。

 訓練だとか嘘をついて山奥に連れていけば、無垢な美少女にやりたい放題できるのだ。



「また、カモがきたら斡旋してやるよ。その代わり、ちゃ~んと見返りはもらうからね?」

「わかったよ。あんな女はいくら頑張っても戦闘じゃあ使えねえ。だったら、あっちのほうで奉仕するしかねえだろ。どうせ、潜在魔力もゼロだったんじゃないのか?」

「あ~、そう言えば結果を見ていなかったねえ。潜在魔力がゼロの場合は、初心者講習をしなくちゃいけない決まりだったよ。チッ、また上に怒られちまうじゃねえか」



 登録用紙に血判を押すと、用紙の裏に変化が現れる仕組みだ。魔力の大きさによって特定の色の魔法陣が浮かび上がる。剣士など魔法を使わない職業の冒険者でも、ある程度の魔力を持っているのが普通だ。



「ちょいと見てくるわ。ったく、こんなことなら金だけふんだくって追い出せばよかったよ」



 今さら確認しても遅いのだが、ゼロじゃないことを祈りつつ、受付嬢は重い足取りで奥の事務室に入っていった。



 そして、ベルフェルミナたちの登録用紙を挟んだファイルを開く。



「――はっ?! はああああっ!? あんなヤツが? うそだろっ!?」



 ベルフェルミナの用紙を見た瞬間、受付嬢は愕然とした。

 金色に輝く魔法陣が刻まれていたのである。金色はSランク以上の魔力を示す。



「こ、こんなの見たことないし……ありえないって……どうすんだよコレ……金色は本部扱いなのに、バレたら捕まっちまうじゃねえか……」



 十年にひとり、現れるかどうかという勇者クラスだ。

 しかも、金色が出たら直ちにギルド本部に連絡し、指示を仰がねばならない。決して勝手に冒険者の登録を認めてはならないのだ。それを怠った者には厳しい罰が下される。



「冗談じゃないよ、ちくしょう! あのくそったれ女のせいで、この私が! うわあああああああ!」



 己の軽率な行動を悔いるどころか逆ギレした受付嬢は、クシャクシャに丸めた登録用紙を床に叩きつけた。ギルド職員になった時に誓う規律や規約の遵守など、すっかり忘れてしまっている。



 この受付嬢には二つの選択肢があった。一つは、今すぐ荷物をまとめて逃げる。もう一つは、多額の賠償金を背負わされ投獄される。

 因みに、逃げた場合は上位ランクのアサシンに追跡され、処分されてしまう可能性が高い。どちらにせよ、この受付嬢には抗うことのできない絶望と地獄が待ち受けているのであった。
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