僕と私の大決断

藤鬼一

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4:薄まる時

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 「どうしたの?蒼井さん」と僕はかなり間抜けな顔をして聞いてしまった。

 蒼井さんは一言…「ごめんね」と小さく言って泣き出してしまった。
 こうゆうときはどうすればいいのだろう?

 僕は何をすればいいのか分からず、蒼井さんの右隣にティッシュペーパーを置き、左隣にゴミ箱を置いてしまった。

 そして僕は、蒼井さんの前にクマのぬいぐるみを置き、それを挟んで正座した。

 なかなか奇妙な絵面だ。何故こんなことをしてしまったのか…自分でも理解できない。

 それから5分経ったがその間、蒼井さんは泣きっぱなしだった。
 そして、泣きながらも蒼井さんの口が開いた。

「ごめんね」

「大丈夫だよ。何かあったの?」

「あのね」

 と蒼井さんが話し出そうとしたら、蒼井さんの家の扉が開き、誰かが家に入ってきた。

 僕はここで気づいた…蒼井さんの守護霊が、前の倍ほど薄まっていることに。

 これは…死の予兆だ。


 僕はかなり警戒した。
 蒼井さんが死ねかもしれない。

 蒼井さんは、僕が死んでも護りきる。
 絶対に死なせない。


 
 石波くんはゴミ箱とティッシュペーパーで私を挟んで、ヌイグルミを私の前に置いた。
 訳がわからない。

 私が話そうとしたら、誰かが家に入ってきた。

 ママが帰ってきたんだと思う。
 ママは私に「買い物に行ってくるね。あと、プリンも買ってくるわね」と言って家の前でわかれた。

 ママは、私を慰める為に、私の大好きな『ブリリアン』というケーキ屋さんのプリンを買ってきてくれたんだと思う。

 石波くんは辺りを見回して、部屋の扉の側に少し屈んでいる。
 何をしたいんだろう?



 不審者が入ってきたのだろうか?
 もしかして、ストーカーか?
 でも、アイツは捕まったはずだか…もしかして、別のストーカーか?

 蒼井さんからはそんな話し、いっさい聞いていない。
 蒼井さんはまだ少し泣いているから動けないだろう。
 僕的にも動かしたくない。
 蒼井さんの部屋に来るまでどうにかしなくてはならない。

 何か、護れるものはないかと辺りを見回して探したが…何もない。
 どうしよう。

 そうだ…攻めは最大の防御だ。
 藤髙先生が言っていた。「急なんだ」って。
 まさにそれが今なのか?

 不審者が僕の目の前に来るまでが僕に与えられた覚悟を決めるタイムリミットだ。
 ここに来て、2度目の決断だ。


 "僕がやるしかない"


 階段からは足音が聞こえてきた。
 もう、すぐそこにいる。
 時間がない。
 蒼井さんの部屋の扉の前に来たら、おもいっきり殴ってやる。

 "トントン"とゆっくり足音が忍び寄ってくる。
 僕は扉のすぐ側に潜んだ。

 開ききった瞬間に殴ってやる。
 扉が開かれる。

 僕は、扉が開かれると同時に、僕は拳を力いっぱい目の前に突き出した。

 当たった感覚がない。

 そしたら、「きゃっ!」とあの声が聞こえた。
 僕も驚き、「ワッ!」と声をあげてしまった。
 扉の前にいたのは…蒼井さんの妹だった。

 なんなんだ?何故、蒼井さんの妹がいる?
 そしたら、また誰かが家に入ってきた。

「爽~、夏紀~帰ったわよー。家にお友達でも連れてきてるの~?」と知らない女の人の声が下から聞こえてきた。

 そしたら、蒼井さんが「何してるの?2人とも?下に行くわよ」と泣き止んで言ってきた。
 僕には驚けば叫ぶ癖がついたのだろうか?


 蒼井さんに連れられて、僕はリビングに通された。

 この感じは、数週間前にも体験した。
 この4人の、不思議な感じ。

 僕と僕に守られる女の子とその妹とそのお母さんらしき人と一緒にプリンを食べている。
 前はそうめんだった。

 1:3の男と女の比。しかも、美形家族の3人に囲まれている。

 僕の右横には蒼井さんが座っている。
 そして前にはテーブルを挟んで、蒼井さんのお母さんらしき人が座っている。
 蒼井さんの前には蒼井さんの妹が座っている。

 羨ましいと思う人もいるだろうが僕からしたら…気まずいの極みだ。


「えーっと…そこの君は誰かなぁ?」と蒼井さんのお母さんらしき人が僕と蒼井さんを交互に見ながら聞いてきた。
 でも、どちらも答えなかった。


 沈黙を破ったのは蒼井さんだった。
 蒼井さんは、僕と蒼井さんの関係を蒼井さんのお母さんらしき人にざっと話した。

「あと、石波くんの前に座ってるのが、私のママね」と蒼井さんが僕の目を見て言ってきた。

「そうなんだ」と僕は返した。

 蒼井さんはお母さんのことをママと呼ぶのか。
 お母さんのことをママと呼ぶ蒼井さんを、少し可愛いと思ってしまった。

 そしたら、蒼井さんのお母さんが、
「そうなの。でしたらよろしくお願いするわね。名前は石波くん?」

「あ、はい。そうです。はい」

「ごめんなさいね。ウチの娘が迷惑をお掛けして」

「いえいえ。お気になさらないでください」

「ありがとうございます」と少しばかり涙ぐんで、蒼井さんのお母さんは僕に言ってきた。


 話すことがなくなった。
 ちょうど、プリンも食べ終わった。二つとも終わった。どうしよう。

 待てよ。何故、僕が話しの話題を考えているんだ?
 別に黙っていてもいいだろう。

 いや、ダメだ。
 家にお邪魔している以上は僕が積極的に話さなければ。
 何かあるだろうかと考えていたら、だんだん焦ってきている。
 汗がじんわりと、滲み出て身体を這って落ちていく。



 何故か石波くんはすごく焦っているように見える。
 冷房が効いているにも関わらず、汗をダラダラかいている。
 石波くんは、やっぱり気まずいのかなぁ。



「石波くん?大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫」

 蒼井さんが声をかけてくれたおかげで、焦りがずいぶん軽くなった。

「ママ、石波くんと2人で話ししたいから部屋に行くね」

「うん。わかった」

「じゃあ、行こうか。石波くん」

「あ、うん」

 いったいどこに行くんだろうか?
 蒼井さんと蒼井さんのお母さんが何か話していたのはわかるが、話の話題を考えていて、まったく聞いていなかった。
 どうしよう。
 とにかく蒼井さんについて行こう。


 蒼井さんについていけば、蒼井さんの部屋に着いた。
 扉が開けっぱなしだったから、僕の意味不明な行動の跡が残っている。

 蒼井さんは、それには触れずに部屋に入っていった。
 そして何事もなかったかのようにサッサと片付けた。
 僕は少し気恥ずかしい。


「急に呼び出したりしてごめんね」と蒼井さんが再び泣きそうになりながら僕に言ってきた。

「大丈夫だよ」としか僕は返せない。


「何かあったの?」と僕の問いに対して少し間隔を空けて蒼井さんは、「実はね…」と語りだした。


「もう余命が少ないんだって。お医者さんがそう言ってた。
 それで、怖くなって、不安になったから、石波くんに電話しちゃったんだ。
 ごめんね」 と蒼井さんは本当に申し訳なさそうに僕に言った。

 僕の予想とは外れたが、今すぐじゃなてよかった。
 よくはないんだけれど、よかった。


「そうなんだ。僕は大丈夫だよ」

「それでね…私のしたいことしようと思うの。いいかなぁ?」

「いいと思うよ。蒼井さんのしたいことをしても」

「ありがとう。
 それでね、石波くんにも手伝って欲しいこととかもあるかもしれないの…その時は…手伝ってくれる?」
 と蒼井さんは泣きそうな顔と声と甘えた感じで僕に言ってきた。


「手伝うよ」と僕は頷きながら言った。

 蒼井さんにそんな風に頼まれたら、誰も断れない。


「ありがとうね」と蒼井さんは全力の笑顔で言ってきた。愛らしい。


「じゃあ、もうこれで」と僕は何故か悲しげに言ってしまった。


「うん。ありがとね」

「うん」

 僕は蒼井さんの家の玄関で靴を履き、蒼井さん一家に、「失礼しました」となるべく丁寧に、挨拶とお辞儀をした。

 蒼井さんのお母さんは「こちらこそ申し訳ございません」とまるで僕が偉い客人かのように言ってお辞儀をしてきた。



 石波くんが私の家を出た後、私は、今の気持ちに驚いた。
 石波くんが近くに居てくれたらとても安心して、居なくなればとても胸が絞られる感じがする。

 これは恋なのかわからない。多分そうだと思うけど信じられない。
 信じちゃいけない気がする。…なんで?



 僕は家に帰り、自分の部屋のベットに仰向けに転がり込んだ。
 蒼井さんの余命はもうすぐ尽きるのか。
 僕はそう思っていたら、今にも少し泣き出しそうになった。

 なんでなんだ?なんで泣き出しそうになってるんだ?
 僕は蒼井さんとそんな関係じゃないぞ。
 血も涙もなければ恋人でもない。

 客と店みたいな関係なのに…ただの…見えない、決して壊れない、分厚い壁があるはずなのに…なんで…

 僕の心には鉛色の鎖の雲が覆い被さった。



 2日経った朝に僕の家の電話が鳴った。
 家には、僕以外誰もいなかったので仕方なく出た。
 僕が自分で電話に出るなんて久しぶりだ。
 基本的に電話が鳴れば最初は母さんが出る。

「もしもし」と僕はあえて暗めに聞いた。

「もしもし。石波か?」と懐かしい声が聞こえた。

「はい。藤髙先生ですか?」 一応確認しておいた。

「そうだ。今から家に行っていいか?」

「まぁ、いいですよ。どうしたんですか」

「そっちで話す」

「そうですか。わかりました」

「じゃあ、また」

「はい」


 それから20分ぐらい経っただろう。歩きで来てるんだったら、あと10分ぐらいはかかるだろう。
 いったい何の用なんだろか?
 僕、何かしたかな?


 そう考えていたら、"ピンポーン"と家のチャイムが鳴った。
 藤髙先生だな。

 僕は、「はーい」など、今まで怒っていた母さんが、急に誰かが家に来たときに出す、喉のどこから出てくるのか分からない高めの声を出さずに黙って降りて行った。

 僕が扉を開ければ、藤髙先生が立っていた。
 僕はすぐに気づいた。
 藤髙先生の守護霊が、少し薄まっていることに。
 死の予兆?

 蒼井さんのこともあり、もうすぐ死ぬのか、寿命が縮まったのかわからない。

 でも…死の予兆の時は、元の守護霊の濃さから、一気に薄まるはずだからなぁ。

 まぁ多分、大丈夫だろう。藤髙先生だし。

「中にどうぞ」

「すまんな」


 それから藤髙先生を家に通した。

 僕と藤髙先生は共に見つめ合い、10分の沈黙が続いた。
 藤髙先生との見つめ合いは段々と緊張していく。
 藤髙先生の澄んだ眼は、僕に無言の圧を掛け続ける。


 僕は圧で押し潰される前にやっとの思いで話しだした。

「あの…なにか飲み物入れてきますね」 と言って僕は立とうとした。

「いや、いい。気を使うな」

「わかりました」

 それからも沈黙と僕には圧が掛け続けられた。


 ……………


「あの、どうしたんですか?」

「……」

 藤髙先生は、いっこうに話さない。
 いったい何が目的なんだ?
 僕の頭の中で思考が異常な速さで巡る。

「あの…何ですか?」
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