プロパガンダのヴァールハイト

デミグラス公爵ハンバーグⅢ世

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士官学校

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その後、半年の短期錬成プログラムと通信の過程を経て大学を一時休学するとともに将校としての訓練をスタートした。
体は使わないと言われていたが、将校の育成過程では、やれ小銃の撃ち方だの野戦指揮の仕方だの、地図の読み方だのを習わされた。

少尉候補生団の同期は何百人も居て判らなかったが、その中には女の子もたくさんいた。
みなそれなりの大学や家門の出だったが、そろいもそろって口にしたのは愛国心である。

給与や、やりがいの為に来たなどとは到底言えない雰囲気であったし、彼女らは皆体育会系であった。
「ほら、頑張って!もう少しでゴールだから!」
ポニーテールの素敵なビアンカは騎士家系の出身で代々軍人を輩出してきたとか。
行軍訓練では最下位をふらふら走る私をよく助けてくれた。
それ自体には感謝したが、彼女は少し自分ができるところを鼻に変えている節があってそこが気に要らなかった。

「なんだよ、また最下位かよ眼鏡女!」

「おい陰キャ野郎!」

ゴールすれば男子たちがこの通りである。
むかつく!とは思っても言い返すだけの度胸も、元気もない。

”筋肉馬鹿どもめ!こんな戦局で武功など挙げられるものか。機関銃の的になって馬鹿どもと一緒にひき肉だ”
と私は心の中で毒づいた。
しかし、それを人前で云えるほどの意気地もないし悪意も持ち合わせていない。

だから私は彼らになじられるといつもきまって「へ、へへぇ」と笑ってごまかすだけだった。

それから1か月間こんな生活を続けて私が学んだのは
とにかく、私は集団生活に向いていないという事だけだった。

ーー
短期士官錬成プログラム、通称”予備士官”制度は
大卒の志願兵を9か月で士官に教育する課程である。

これに参加した学生たちは各地の士官学校へ入校しその課程を受けなければならなかった。
私はてっきり将校というのだから、理詰めなのだろうと考えていたが
現実はそんなことなかった。

沼地での匍匐、地図の読み方、逆上がり、小銃の扱い、体力錬成、果ては刺繍まで!
こんな事が果たして将校になるのに必要なのだろうか?

教官は「兵の辛さを知らなければ、将校にはなれんぞ!」と何度も言っていたが
私はそんな定型文には騙されなかった。

しかし、周りの生徒たちはそんなことないらしい。
ある日の夕方。私は食堂を出て、自分の備品とロッカーの整理をしていた。
相部屋はあのお転婆ビアンカだ。

彼女は父と兄が陸軍の将校らしく、はやく彼らと同じ軍服に身を包みたいと日ごろから言っていた。
「おじいさまは、陸軍の中将だったの。あたし、女性初の将官になる!って小さいころ言ったらすごく喜んでくれて・・・」

「それが、将校を目指したきっかけ・・・ですか?」

「ううん。お父さんと兄さんが軍人だから自然とね。勿論、動機は愛国心よ!」
とビアンカ。
それを聞いた、同室のエリータも「あたしもよ」と本を読みながら言った。

「ヘレナちゃんは?」
ビアンカは私に聞き返した。
私はその圧に圧されて「あ、えっと」と言いよどんでしまった。
だがもちろんそれは圧におされたとか、彼女の押しが強すぎたとかそう言う事ではない。

自分の来た理由があまりにもちっぽけで、彼女らの前に引き出すのが恥ずかしかったからだ。
それでもここではぐらかしてしまうよりはよっぽどいいだろう。
そんな風に自分自身を納得させて私はゆっくりと口を開いた。

「わ、わたしみたいな引っ込み思案でもできる仕事があるって聞いて・・・」
「少しは自分を変えたくて・・・」

ビアンカはそれを聞いて目を丸くした。
私は笑われる、と思って後悔した。
”国家の危機を救いたい”とか”武勲を立てて親を喜ばせたい”とかそう言う事に比べればなんと些細なのだろう。

私は私自身が恥ずかしい。

だが彼女はそれを笑わなかった。
それどころか「すごい才能じゃない!!物語を書くなんて私たちにはできないわよ!」とほめたたえた。

私は却って恥ずかしくなった。


最終日の模擬戦の日には、円陣を組んで「帝国と皇帝万歳!!」と皆で言い合った。
私は嫌々その輪に入ったがやはり陰の者。声が上手く合わさらなかった。


結局模擬戦では私のチームは負けてしまった。別段私のせいではなかったし、誰かがミスしたわけではなかった。
皆は悔しがったが私はやっとこの訓練から抜けられる。としか考えてなかった。

ともかく、このように何とか将校過程を乗り越えて私は少尉の階級章を得た。
私は皆が最前線に志願するのとは反対に内勤の、”文学部でもできる仕事”に志願した。

その日はどうやらパーティがあったらしい。私はどうにも乱痴気騒ぎに参加する気にはなれなかったし
あのメンツに未だ馴染めないのでその日は宿舎で先に眠ってしまった。

翌日、私は一人で前線とは反対方向へ進むトラックに乗り込んだ。そして誰も便乗者が居ない事を確認して安心した。
皆とは違う方角なので仕方がない事だが、何より臆病者と罵られるのが恐ろしかったからからだ。

だが、しばらくしても出発しないので運転士にどうしたのか聞くと故障で暫く出られないとのことだ。
せっかく早めに出たのにこの始末か。私は最後まで嫌なことだらけだったこの練兵所を恨めしく眺めた。


やがて、荷物を置いてきた事を思い出した。
どうでもいい、ハンカチか何かだったので取りに行かなくてもよかったが丁度時間ができたので戻ろうとした。
そして門の角を曲がった瞬間に、同期の皆に出会ってしまった。

最悪だ。私は申し訳なさそうにぺこりとお辞儀をするとそそくさと去ろうとしたが、「おい!」と呼び止められた。
私は聞こえないふりをするつもりだったが、これだけ大きな声で呼ばれてしまった以上無視するわけにもいかない。
私は苦い顔で振り返ると、皆の表情を見て驚いた。

皆笑っている。臆病者を笑うでもなく、気持ちの良い笑顔で。
「ヘレナ!水臭いじゃないか!一瞥もしないで行ってしまうなんて」

「ごめんね、ヘレナちゃん。きっと私たちの事苦手だったでしょ」

「俺たちだって悪気があったわけじゃないんだ。そりゃあ、お前の事最初は見下してたけど」

「でもな、お前書類仕事は誰よりもできるし、物は良く知ってるからさぁ!尊敬してるんだぜ。内地でもがんばれよ」

私は呆気にとられた。私はどうして下ばかり向いて生きていたんだろう。ああやって人の善意さえも暗い部分を探して。
私は立ち尽くしてしまった。唯々、自分の不甲斐なさに打ちのめされた。

「だからさ。短い間だったけど、私たちの事忘れないでね」

ビアンカが温かい笑顔で、私を抱きしめた。
彼女は知っているのだろう。
この同期たちの中で、無事に帰ってこれるのは一握りに過ぎない事を。
その殆どが泥にまみれた死に装束で土に埋もれることを。

それでも彼女たちはただ一人内勤を希望した私を責めなかった。

「じゃあな!」「また会おうぜ!」

彼らは見送りも早々にトラックへ颯爽と乗り込んでいった。
そしてそれらは三叉路で分かれて行く。


私は一人内地へ向かう車列の中で泣いた。

あぁ、なんて単純なんだろう。たった一言で感動してしまうなんて。
でも人の心を信じてこなかった私はバカだ。それを知らせてくれただけでもこの訓練は価値があった。
そうでも思わなければ、これから死にゆく若者たちが報われない。

私は、同期の名前と特徴をノートにメモした。しっかりと、忘れないように。

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