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「お待たせ如月さん。少し待たせちゃったかな」
「いえ、私もついさっき着いたところよ。……その服、あの島で着てたのと同じものかしら」
「うん。これお気に入りだからね」
いつもの真っ黒な服を身にまとった橘は、平然と頷き如月の前の席に座った。
橘が席に着くと同時に、ウェイトレスが注文を聞きに来る。ブラックのホットコーヒーを一つ注文。ウェイトレスが厨房へと引っ込むのを見届けた後、橘は目の前にある食べかけのパフェを見て言った。
「やっぱりかなり待たせてたのかな。もっと早く来ればよかった」
「……別に気にしなくていいわ。私が早く着きすぎただけだもの」
ばつが悪そうにしながら、如月はパフェの底へとスプーンを差し込んだ。
しばらくの間気まずい沈黙が流れる。
ウェイトレスがコーヒーを運んできたので、橘は熱々のコーヒーを一口すすった。
「結局、あの島で起こった事件は公表されない。無かったことにされるそうよ」
唐突に、如月が口を開いた。
「計画を企てた望月さんを含め、実際に人を殺した藤里さんも罪には問われないみたいね。その代わり、如月財閥の監視下に置かれることになるみたいだから、場合によっては刑務所に入れられるよりも窮屈な生活を強いられるかもしれないわね。ま、自業自得だけど」
「そっか。納得しない人もいると思うけど、もう僕たちが手を出せる範囲ではなさそうだね」
「ええ。でも、天童さんなんかはこれを機に如月財閥に自分を売り込みに行ってるそうよ。今回の一件があるから多少の無理は押し通せると考えてるみたい」
「転んでもただでは起きない人だね。あ、そうそう、浜田君なんだけど最近……」
無月島を生き抜いた皆のその後。全く連絡を取っていない人もいるし、よく合うようになった人もいる。無月島で共に過ごしてきた仲間たちの近況について、二人は知っている限り話をした。
一通り語り終えたころ、今だ熱さを保つコーヒーを冷まそうと、カップをくるくると回しながら橘が切り出した。
「それにしても、結局望月さんの目的って何だったんだろ? 飛行機に取り付けられていた爆弾が黒崎さん・・・・によって既に取り除かれてることを知った後も、ずっと口を閉じたまま何も喋ろうとしなかったし。そんなに話したくない内容だったのかな?」
「呆然自失、っていうのが一番正しかったと思うけどね。機内で目が覚めていこう、ずっと死ぬんだと思ってあなたの話を聞いていたようなのに、あっさりとその考えが覆ってしまったのだから」
「望月さんの気持ちも分からなくはない――というか僕だって飛行機に爆弾が取り付けられているとは思ってなかったからね。そもそも今回彼女が考えた計画における一番のメリットって、途中でいくらでも中止できた・・・・・って点にあるんだから」
「爆弾を爆発させずに、起爆用の端末を監視カメラの死角に捨てておけば、それでもう誰が犯人かは分からない。少なくとも音田さんと望月さんのどちらが犯人かは分からなくなる。実際、彼女たちの行いは揉み消されたわけだし、確証さえつかませなければ元の生活に戻ることは容易だった。にもかかわらず、計画が失敗した際には自分もろとも爆死させるつもりでいた。……彼女の真意を知るものでなければ、まず防げないはずの犯行ね」
「そうそう。なのに、黒崎さんはいつの間にか爆弾の存在に気づき、あろうことかそのまま起爆の解除まで行ってしまった。まずあの入り組んだ地下迷宮の中で、飛行機が隠されてあった場所まで迷うことなく進めちゃったこと自体がすごく不思議なんだけどさ」
「加えて彼女、あなたが望月さんを取り押さえるのに失敗した際、いつの間にかその場にやってきて望月さんを昏倒させてたわね。もしあそこで黒崎さんが現れなければ、かなり危険な事態に陥ってたかもしれない」
「うーん、本当に不思議な人だったねえ」
そろそろとカップに口をつけて、なめるように少しだけ飲む。「不思議の一言でまとめていいのかしら……」と如月がスプーンを見つめながら呟いた。
しばらくまた沈黙が訪れるが、今度は最初ほど気まずい空気ではない。喫茶店内に漂うのと同種の、穏やかな空気。
周りの客たちが時に立てる笑い声を聞きながら、再び如月が口を開いた。
「実は望月さん、私の異母姉妹だったのよ。ただ、彼女の母親も私の母親と同じく父に見捨てられた人でね、かなり苦しい生活を送ってたみたいなの」
「へぇ……じゃあそれが動機ってことかな。自分や母親を捨てた一族への復讐、みたいな感じで。でも、源之丞さん、よくそんな人を自分の協力者に選んだね。普通危険だし頼まないと思うんだけど」
如月は小さくため息をつく。
「まあ、そこはお爺様だから。ただ、十億とまではいかなくとも、協力費としてかなりの額を渡すつもりでいたらしいわ。だから、彼女に援助する口実として協力者に指名したのかも。それに望月さん、あの父親の血を受け継いだだけあってかなりハイスペックだったからね。協力者として申し分なかったんでしょう」
「じゃあ音田さんの方はどうなの? 彼女も如月さんの異母姉妹?」
「いえ、彼女は違うわ。音田さんはお爺様の親友の孫娘よ。ほら、医務室でみんなの面倒を見ていた白髪の老人の孫。信頼できるし緊張感を和らげる才能があるってことで選ばれたみたいね」
「ははあ、成る程」
「ついでに伊吹さんだけど、彼は音田さんのお祖父さんが雇った探偵らしいわよ。年齢はすでに三十過ぎだとか。音田さんの護衛を任されてたそうよ、お爺様には内緒でね」
「なんか源之丞さんの管理がばがばだね……。もちろん公にできないことだから信頼できない人に協力は仰げなかったんだろうけど、もう少し慎重にできなかったのかな」
「お爺様は不確定要素を好む人だから……。それに、たいていの事態には対処できるつもりでいたんでしょう」
お互いに視線を落として、大きくため息を一つ。
自信過剰を悪いことだとは思わないけれど、今回のような事態を体験すると慎重過ぎるくらいでちょうどいいように感じてしまう。
橘は出された時とほとんど変わっていないように見えるコーヒーに、角砂糖を一個落とし込んだ。
「そう言えばまだ、源之丞さんが何の目的で無月島に皆を集めたか分かってないね。如月さんはあの後も源之丞さんと会ったんだよね。理由とか聞いてないの?」
如月は驚いた表情で橘を見返す。
「あなた、本当にまだ気づいてなかったの……?」
「え、それってどういう……」
呆れた様子で首を振ると、如月は器に残っていた最後の一欠けらを口に放り込む。そして、スプーンをくるくると回しながら言った。
「十分すぎるヒントが与えられてたし、あなたなら既に気づいていると思ったのに。橘君ってやっぱりどこか抜けてるわね。じゃあヒントを出すから、自分で考えてみて」
「う、うん」
如月はスプーンを器に入れると、白く透き通った指を三本立てた。
「ヒントその一。無月島に集められた人の男女比が一対一であること。
ヒントその二。オオカミ使いの計画した殺人ゲームが偽物であるということは、あの殺人ゲームは一種の余興のつもりだったということ。
ヒントその三。閉鎖空間での殺人ゲームは、吊り橋効果・・・・・を狙えること。
この三つがヒント。どう、もう分かったんじゃない?」
「ごめん、全然分からない……」
「そう、なら次に会う時までの宿題ね」
如月はグラスに水を注ぐと、一息で全て飲み干した。そして、うんうんと唸り声をあげて悩んでいる橘から目をそらし、窓の外へと視線を向けた。
「陰口をたたくのは好きではないのだけど、彼の推理は全部外れてたのね」
「彼の推理って、もしかして千里の言った推理のこと?」
「そこはすぐに察知するのね、あなた」
千里の名前を予感した途端、ピクリと反応し顔をもたげる橘。その反応に少し引きつつも、如月はクールな顔を崩さずこくりと頷いた。
「オオカミ使いを捕まえた後に彼が話してくれた推理。あの時はすごく的を射ているようで信用しかけたけど、結果としては大外れだったわね。彼自身が言ってたけど、やっぱり橘君の方が一枚上手のようね」
「それは違うよ」
「え?」
如月の言葉を、橘ははっきりと否定する。そして自信に満ち溢れた声で続けた。
「千里はあくまで最悪の事態を想定して動いてたんだ」
「最悪の事態?」
「そう。オオカミ使いが本気で殺人ゲームを考えていた場合をね。ちょっと考えてみたらわかると思うんだけど、望月さんの計画なんて、オオカミ使いが本気で僕たちを殺そうとしていた場合に比べたら全然たいしたことなんてないんだ。現に僕たちは一人を除いて全員助かった。だけど、オオカミ使いが本気で僕たちを殺しにかかっていた場合、大木さんや四宮さんを始めとしてもっとたくさんの死者が出ていたはず。だから、千里はその場合に備えてできる限りの対処を行っていた」
「だとしても、彼が間違えた推理をしていたことに違いはないわよね。結局はあなたの方が優れていたと言えるのではないかしら」
橘は全力で首を横に振る。あくまでも李を自分より下だとは認めたくないらしい。
「千里は自分の考えが間違いである可能性も想定していた。だから、音田さんたちと合流したとき、望月さんに自分の考えを語らせることを止めさせたんだ。それに、千里は絶対否定すると思うけど、僕のことを信じてくれてたんだと思う。いくら僕でも、見す見す如月さんをオオカミ使いに渡してしまうわけがない、何か策があるんだろうって。だから、あの後はオオカミ使いを捕まえる提案なんかもせず、成り行きに身を任せていた」
「……彼に好意的すぎる解釈に聞こえるけど、まあいいわ。さて――」
如月はレシートを手に取ると、洗練された動作で席を立った。
橘は半分も飲み終わっていないコーヒーカップを持ちつつ、少し驚いた表情をしながら聞く。
「あれ、もう行くの。あと少ししたら――」
「李ならもうすぐそこまで来てるわ」
窓の外を見るよう橘に促す。言われた通り窓の外に目を向ける橘。そこには、相変わらず眉間にしわを寄せ、どこか近寄りがたいを雰囲気をまとった李が、ゆっくりとした歩調で喫茶店に向かっている姿があった。
橘が李に気を取られている間に、如月はするりと通路に出て、レジへと向かう。
途中、橘の横を通った時、低く小さな声で如月は呟いた。
「お爺様の計画としては、私の相手はあなたになる予定だったのだろうけど、当てが外れたわね。それどころか、厄介な三角関係に突入しそうだわ」
李の姿に気を取られていた橘は、その呟きに気づかず、疑問を投げかけることなく如月を進ませてしまう。
そして、如月と入れ替わるようにしてやってきた李が、橘の姿を目に留めた瞬間、眉間のしわを深くして文句を言った。
「最初に言っておくが、俺はお前のことが好きじゃないからな」
「? 僕は千里のこと大好きだよ」
李の言いたいことが分からず、とぼけた調子でそう返す橘。
無月島でもしなかったような渋い顔をして、李は深い深いため息をついた。
「いえ、私もついさっき着いたところよ。……その服、あの島で着てたのと同じものかしら」
「うん。これお気に入りだからね」
いつもの真っ黒な服を身にまとった橘は、平然と頷き如月の前の席に座った。
橘が席に着くと同時に、ウェイトレスが注文を聞きに来る。ブラックのホットコーヒーを一つ注文。ウェイトレスが厨房へと引っ込むのを見届けた後、橘は目の前にある食べかけのパフェを見て言った。
「やっぱりかなり待たせてたのかな。もっと早く来ればよかった」
「……別に気にしなくていいわ。私が早く着きすぎただけだもの」
ばつが悪そうにしながら、如月はパフェの底へとスプーンを差し込んだ。
しばらくの間気まずい沈黙が流れる。
ウェイトレスがコーヒーを運んできたので、橘は熱々のコーヒーを一口すすった。
「結局、あの島で起こった事件は公表されない。無かったことにされるそうよ」
唐突に、如月が口を開いた。
「計画を企てた望月さんを含め、実際に人を殺した藤里さんも罪には問われないみたいね。その代わり、如月財閥の監視下に置かれることになるみたいだから、場合によっては刑務所に入れられるよりも窮屈な生活を強いられるかもしれないわね。ま、自業自得だけど」
「そっか。納得しない人もいると思うけど、もう僕たちが手を出せる範囲ではなさそうだね」
「ええ。でも、天童さんなんかはこれを機に如月財閥に自分を売り込みに行ってるそうよ。今回の一件があるから多少の無理は押し通せると考えてるみたい」
「転んでもただでは起きない人だね。あ、そうそう、浜田君なんだけど最近……」
無月島を生き抜いた皆のその後。全く連絡を取っていない人もいるし、よく合うようになった人もいる。無月島で共に過ごしてきた仲間たちの近況について、二人は知っている限り話をした。
一通り語り終えたころ、今だ熱さを保つコーヒーを冷まそうと、カップをくるくると回しながら橘が切り出した。
「それにしても、結局望月さんの目的って何だったんだろ? 飛行機に取り付けられていた爆弾が黒崎さん・・・・によって既に取り除かれてることを知った後も、ずっと口を閉じたまま何も喋ろうとしなかったし。そんなに話したくない内容だったのかな?」
「呆然自失、っていうのが一番正しかったと思うけどね。機内で目が覚めていこう、ずっと死ぬんだと思ってあなたの話を聞いていたようなのに、あっさりとその考えが覆ってしまったのだから」
「望月さんの気持ちも分からなくはない――というか僕だって飛行機に爆弾が取り付けられているとは思ってなかったからね。そもそも今回彼女が考えた計画における一番のメリットって、途中でいくらでも中止できた・・・・・って点にあるんだから」
「爆弾を爆発させずに、起爆用の端末を監視カメラの死角に捨てておけば、それでもう誰が犯人かは分からない。少なくとも音田さんと望月さんのどちらが犯人かは分からなくなる。実際、彼女たちの行いは揉み消されたわけだし、確証さえつかませなければ元の生活に戻ることは容易だった。にもかかわらず、計画が失敗した際には自分もろとも爆死させるつもりでいた。……彼女の真意を知るものでなければ、まず防げないはずの犯行ね」
「そうそう。なのに、黒崎さんはいつの間にか爆弾の存在に気づき、あろうことかそのまま起爆の解除まで行ってしまった。まずあの入り組んだ地下迷宮の中で、飛行機が隠されてあった場所まで迷うことなく進めちゃったこと自体がすごく不思議なんだけどさ」
「加えて彼女、あなたが望月さんを取り押さえるのに失敗した際、いつの間にかその場にやってきて望月さんを昏倒させてたわね。もしあそこで黒崎さんが現れなければ、かなり危険な事態に陥ってたかもしれない」
「うーん、本当に不思議な人だったねえ」
そろそろとカップに口をつけて、なめるように少しだけ飲む。「不思議の一言でまとめていいのかしら……」と如月がスプーンを見つめながら呟いた。
しばらくまた沈黙が訪れるが、今度は最初ほど気まずい空気ではない。喫茶店内に漂うのと同種の、穏やかな空気。
周りの客たちが時に立てる笑い声を聞きながら、再び如月が口を開いた。
「実は望月さん、私の異母姉妹だったのよ。ただ、彼女の母親も私の母親と同じく父に見捨てられた人でね、かなり苦しい生活を送ってたみたいなの」
「へぇ……じゃあそれが動機ってことかな。自分や母親を捨てた一族への復讐、みたいな感じで。でも、源之丞さん、よくそんな人を自分の協力者に選んだね。普通危険だし頼まないと思うんだけど」
如月は小さくため息をつく。
「まあ、そこはお爺様だから。ただ、十億とまではいかなくとも、協力費としてかなりの額を渡すつもりでいたらしいわ。だから、彼女に援助する口実として協力者に指名したのかも。それに望月さん、あの父親の血を受け継いだだけあってかなりハイスペックだったからね。協力者として申し分なかったんでしょう」
「じゃあ音田さんの方はどうなの? 彼女も如月さんの異母姉妹?」
「いえ、彼女は違うわ。音田さんはお爺様の親友の孫娘よ。ほら、医務室でみんなの面倒を見ていた白髪の老人の孫。信頼できるし緊張感を和らげる才能があるってことで選ばれたみたいね」
「ははあ、成る程」
「ついでに伊吹さんだけど、彼は音田さんのお祖父さんが雇った探偵らしいわよ。年齢はすでに三十過ぎだとか。音田さんの護衛を任されてたそうよ、お爺様には内緒でね」
「なんか源之丞さんの管理がばがばだね……。もちろん公にできないことだから信頼できない人に協力は仰げなかったんだろうけど、もう少し慎重にできなかったのかな」
「お爺様は不確定要素を好む人だから……。それに、たいていの事態には対処できるつもりでいたんでしょう」
お互いに視線を落として、大きくため息を一つ。
自信過剰を悪いことだとは思わないけれど、今回のような事態を体験すると慎重過ぎるくらいでちょうどいいように感じてしまう。
橘は出された時とほとんど変わっていないように見えるコーヒーに、角砂糖を一個落とし込んだ。
「そう言えばまだ、源之丞さんが何の目的で無月島に皆を集めたか分かってないね。如月さんはあの後も源之丞さんと会ったんだよね。理由とか聞いてないの?」
如月は驚いた表情で橘を見返す。
「あなた、本当にまだ気づいてなかったの……?」
「え、それってどういう……」
呆れた様子で首を振ると、如月は器に残っていた最後の一欠けらを口に放り込む。そして、スプーンをくるくると回しながら言った。
「十分すぎるヒントが与えられてたし、あなたなら既に気づいていると思ったのに。橘君ってやっぱりどこか抜けてるわね。じゃあヒントを出すから、自分で考えてみて」
「う、うん」
如月はスプーンを器に入れると、白く透き通った指を三本立てた。
「ヒントその一。無月島に集められた人の男女比が一対一であること。
ヒントその二。オオカミ使いの計画した殺人ゲームが偽物であるということは、あの殺人ゲームは一種の余興のつもりだったということ。
ヒントその三。閉鎖空間での殺人ゲームは、吊り橋効果・・・・・を狙えること。
この三つがヒント。どう、もう分かったんじゃない?」
「ごめん、全然分からない……」
「そう、なら次に会う時までの宿題ね」
如月はグラスに水を注ぐと、一息で全て飲み干した。そして、うんうんと唸り声をあげて悩んでいる橘から目をそらし、窓の外へと視線を向けた。
「陰口をたたくのは好きではないのだけど、彼の推理は全部外れてたのね」
「彼の推理って、もしかして千里の言った推理のこと?」
「そこはすぐに察知するのね、あなた」
千里の名前を予感した途端、ピクリと反応し顔をもたげる橘。その反応に少し引きつつも、如月はクールな顔を崩さずこくりと頷いた。
「オオカミ使いを捕まえた後に彼が話してくれた推理。あの時はすごく的を射ているようで信用しかけたけど、結果としては大外れだったわね。彼自身が言ってたけど、やっぱり橘君の方が一枚上手のようね」
「それは違うよ」
「え?」
如月の言葉を、橘ははっきりと否定する。そして自信に満ち溢れた声で続けた。
「千里はあくまで最悪の事態を想定して動いてたんだ」
「最悪の事態?」
「そう。オオカミ使いが本気で殺人ゲームを考えていた場合をね。ちょっと考えてみたらわかると思うんだけど、望月さんの計画なんて、オオカミ使いが本気で僕たちを殺そうとしていた場合に比べたら全然たいしたことなんてないんだ。現に僕たちは一人を除いて全員助かった。だけど、オオカミ使いが本気で僕たちを殺しにかかっていた場合、大木さんや四宮さんを始めとしてもっとたくさんの死者が出ていたはず。だから、千里はその場合に備えてできる限りの対処を行っていた」
「だとしても、彼が間違えた推理をしていたことに違いはないわよね。結局はあなたの方が優れていたと言えるのではないかしら」
橘は全力で首を横に振る。あくまでも李を自分より下だとは認めたくないらしい。
「千里は自分の考えが間違いである可能性も想定していた。だから、音田さんたちと合流したとき、望月さんに自分の考えを語らせることを止めさせたんだ。それに、千里は絶対否定すると思うけど、僕のことを信じてくれてたんだと思う。いくら僕でも、見す見す如月さんをオオカミ使いに渡してしまうわけがない、何か策があるんだろうって。だから、あの後はオオカミ使いを捕まえる提案なんかもせず、成り行きに身を任せていた」
「……彼に好意的すぎる解釈に聞こえるけど、まあいいわ。さて――」
如月はレシートを手に取ると、洗練された動作で席を立った。
橘は半分も飲み終わっていないコーヒーカップを持ちつつ、少し驚いた表情をしながら聞く。
「あれ、もう行くの。あと少ししたら――」
「李ならもうすぐそこまで来てるわ」
窓の外を見るよう橘に促す。言われた通り窓の外に目を向ける橘。そこには、相変わらず眉間にしわを寄せ、どこか近寄りがたいを雰囲気をまとった李が、ゆっくりとした歩調で喫茶店に向かっている姿があった。
橘が李に気を取られている間に、如月はするりと通路に出て、レジへと向かう。
途中、橘の横を通った時、低く小さな声で如月は呟いた。
「お爺様の計画としては、私の相手はあなたになる予定だったのだろうけど、当てが外れたわね。それどころか、厄介な三角関係に突入しそうだわ」
李の姿に気を取られていた橘は、その呟きに気づかず、疑問を投げかけることなく如月を進ませてしまう。
そして、如月と入れ替わるようにしてやってきた李が、橘の姿を目に留めた瞬間、眉間のしわを深くして文句を言った。
「最初に言っておくが、俺はお前のことが好きじゃないからな」
「? 僕は千里のこと大好きだよ」
李の言いたいことが分からず、とぼけた調子でそう返す橘。
無月島でもしなかったような渋い顔をして、李は深い深いため息をついた。
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