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第三章:視点は再び橘礼人

最後の仕掛け

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「ああ、だから音田さんたちも無事だったんだ……」


 思っていたほど驚きの声は聞こえなかった。てっきり裏切者が爆弾を仕掛けていたという話をしたことから、最後の爆発も望月さんたちの仕業だと考えていると思ったのに。まあ、今空条君が呟いたように、爆発に巻き込まれたはずの人が無事に生きていることから予想はついていたのだろう。

 なら話は早い。裏切者を捕まえるために取った策は、ほとんど判明しているも同然なのだから。


「ほとんどの人が予想はついてたみたいだね。でもまだ、どうして爆発を起こしたのかについては分かってないだろうから、そこまでの経緯を話していくよ。

 今千里が言ってくれたことだけど、浅田君の話からおおよそ誰がどのグループに属しているのかは分かったんだ。まず浅田君が仲間だと言った二人――多摩・・さんと伊吹・・さん――は裏切者の可能性がかなり低い。加えて、すでにオオカミ使いに捕まえられていた人たちには身体検査を行って、特に危険なものや起爆スイッチなんかは持っていなかったことを確認していた。後この時点で音田さんに対する疑いは一応晴れたから、裏切者の正体は望月さんであることもほとんど決定した。だから、裏切者である望月さんが連れてきた仲間が誰かさえわかれば、後はタイミングを見計らって抵抗される前に捕らえてしまえばいい――わけだったけど、それが誰だかはよく分からなかったんだ。夜を森で過ごしていた空条君と千谷さん、小林さんの誰かか。それとも、館の医務室に籠っていた千里、如月さん、星野さん、波布君、速見君のうちの誰かか。今まで彼らが取ってきた行動や、源之丞さんが皆を誘拐するにあたって調べた資料なんかを見て判断しようとしたけど、特定には至らなかった。

 残りの人数を考えて、深夜のうちに奇襲をかけて全員捕まえてしまおうとも考えたけど、爆弾の居所が全て判明していたわけじゃないし、追い詰めすぎて自爆されても困るから結局取りやめた。そこで考えに考えた末に行ったのが――」

「爆弾の作成と再配置」


 頬を膨らませた音田が、怒ったような声音で橘の言葉を横取りした。

 驚いて言葉を失う橘をよそに、音田はつんとした表情のまま言葉を続ける。


「裏切者の何が脅威かと言えば、そんなもの爆弾の起爆スイッチを握っていることに他ありません。スイッチ一つで大量に人を殺せる兵器を持っている相手にうかつなことはできませんからね。だけど、相手の切り札が爆弾だってことさえ分かってれば、対処法を考えるのはそう難しい話ではないですとも。単に、爆弾のスイッチを入れたくなくなるような状況を作ってしまえばいいわけですから。それで橘さんは爆弾を作って館中に設置しまくったわけですよね」


 責め立てるかのように音田が言葉を吐き出す。

 どうやら完全に橘のやったことを見抜いているようだが、それが気に食わないことだったのかとにかく語気が荒い。

 その勢いに委縮して言葉を発せずに小さく頷くと、さらに音田は続けて言った。


「源之丞さんが用意していた道具の中にはそこまで殺傷能力の高くない爆弾もありました。それから、爆弾を作れるような材料も。それに全部でなくともいくつかは、オオカミがセットした爆弾も見つけて回収していたことでしょう。

 橘さんはそれら爆弾を配置し直すことで、叛逆者グループへの牽制を行ったわけです。爆弾を爆発させようと思った時、もしその爆弾の位置が変わっていることに気づいたら。自分たちが置いてないはずの場所に爆弾が仕掛けられていることに気づいたなら――もうおいそれと起爆させることなんてできません。狙って誰かを殺すことはおろか、自分自身が爆発に巻き込まれて死ぬことになるかもしれませんから」


 ……話そうと思っていたことがどんどん語られていく。

 別に自分で説明したかったわけじゃないけど、最後の最後まで他人に語らせてしまうのはどうにも。今回の場合は勝手に語られたわけだけど、何にしろなんか格好がつかない気がする。

 そんなことを思い、少し渋い顔をして黙りこくっていると、音田はどこか愉快そうな笑顔を浮かべた。


「結果としてこの策は大成功。オオカミである望月さんは勿論、その協力者もパニックになって何が起こっているのか分からないまま確保されたわけです。確保した後は身体検査を行うことで起爆装置を持っていた人が誰だかも分かりますし、叛逆者グループはめでたく全員判明。意気揚々と帰りの飛行機に乗り大団円というわけです。いやー非の打ち所がない結末ですねぇ。……ほんと、私とか全く必要が無い程にね」


 最後、ぎりぎり聞き取れる程度の小さな声で、音田が呟いた。

 その呟きが何を意味するのか分からずに、橘は戸惑った表情で音田を見返す。そんな橘の視線に気づいた音田が再び何かを話そうとした瞬間、


「千夏、拗ねんのもいい加減にしとけ」


 浜田の声が割り込んできた。

 ほとんど言葉を発しかけていた音田は、むせりながらも何とか言葉を飲み込む。


「お前がこの日のために周到に準備してきたんだろうってことは想像がつく。だが、橘に先を越されたからと言って、それを恨むのは筋が違うんじゃねぇのか」

「で、でも、私これでもすっごい頑張ったんでうよ!」


 浜田に否定されたことが悔しかったのか、音田は目にうっすらと涙を浮かべて叫んだ。

 多くの人が訳がわからずに驚きの表情を向ける中、音田は滔々と愚痴を言い出した。


「源之丞さんから無月島で行われるゲームの誘いを受けたとき、それがどれだけ危険を含んでるか力説して何とか中止させようとしたし! 結局説得できなかったから、せめて何かが起こった時を考えて、いざって時に協力してくれそうな人たちに事前に協力を仰いで! 無月島でのゲーム中だって皆がストレスを感じ過ぎないようにと思って過度に明るく振る舞ったりもした! 果てには裏切者を捕まえるためにオオカミだって嘘の名乗りまでして、『死の追いかけっこ』なんていう下らないゲームまで提案したのに! 全部無駄だったってことじゃないですか! 私はただの道化でしかなくて、橘さんが全部いいとこを持ってちゃうなんて……」

「結果としてうまくいったんだから文句なしだろ。それにお前がそうやっていろいろと画策してくれたおかげで、オオカミの注意を橘からそらすことができたんだ。充分に役立ったじゃねぇか。だから拗ねて橘に当たる必要性はないだろ」

「でも、橘さん、如月さんだけは生き残るように小細工してたし……」


 ちらりと如月に視線を向けながら言う。

 どうにも心の収まりがつかない様子の音田に、浜田は一際大きなため息をこぼした。


「お前だって本当は気づいてるだろ。如月を途中で退場させたのは、橘じゃなくてオオカミ使いの提案だ。裏切者が自暴自棄になった際、最も危険にさらされる可能性が高かったのがそいつだった。だから念のためってことでオオカミ使いが希望したんだよ。オオカミ使いの目的が何かを知ってるお前だったら、その考えはよく分かるんじゃねぇのか」

「うう……」


 反論の言葉を思いつかないのか、音田は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 音田が黙ったことにより、居心地の悪い微妙な沈黙が場を包む。

 正直かなりの人が置いてけぼりを食らっており、どこから質問すればいいのか全くよく分からない状態に陥っている。橘としても、まさかこんな閉めくくりになるとは思っていなかったため、なんと発言していいか分からず黙っていることに。

 このままだと本土に到着するまで誰も口を開かずに終わるかと思われたが、幸いにもこうした雰囲気を果敢にぶち壊してくれる人が、ここにはいた。


「で、結局どういうことなんだ? 最後の仕掛けってのは、爆弾の位置を動かして叛逆者グループに爆弾を使用させないようにするってことでいいのか?」


 波布の質問をこれ幸いにと、橘は大きく首を縦に振りながら答えた。


「そうなんだよ。音田さんが話してくれた通りのことを僕は実行したんだ。まあ爆弾を仕掛けに行ったり動かしたりしたのは全部浜田さんで、僕は何もしてないんだけど」


 爆発直前に現れた浜田が酷く汗をかいていたのは、それまで館と地下を駆けまわってせっせと爆弾を設置していたからである。爆弾の設置に関しては本当に信頼できる人にしか頼めないため、叛逆者グループである可能性が最も低い浜田が、夜通し一人で爆弾を運び続けていたのだ。作戦を思いついたのこそ橘だが、やはり今回の事件における一番の功労者は浜田で間違いないだろう。


「つまり最後の爆発は、叛逆者グループのメンバーに爆弾の位置が変わっていることを伝えるためのものだったわけか。ちっ、ビビる必要なんて何もなかったのかよ」

「いやいや、あそこは波布君みたいに本気で慌てる人がいてくれないと危機感を煽れないからね。波布君の行動はすごく有り難かったよ」

「励ましてるつもりなんだろうが、それ全然嬉しくねぇぞ……」


 疲れた様子でぐったりと波布が椅子に寄り掛かる。

 と、今度は真目が首を傾げながら口を開いた。


「橘さんがなんか凄いことをして悪者を捕まえたのは分かりましたけど、それで結局誰が悪い人たちだったんですか? 望月さんと藤里さん以外の協力者というのは一体?」


 橘はある二人の人物に視線を向け、その名を口にする。


「オオカミグループ――もとい叛逆者グループのメンバーは、望月さんと藤里さん、それから天童・・さんと小林・・さんだ。ただ天童さんは利用されてただけで、爆弾のことや具体的な計画については何も知らなかったみたいだけど」

「ふん。笑いたければ笑ってくれて構わないわよ」


 目付きを鋭くし、笑ったら殺すという表情を浮かべる天童。わざわざ彼女を煽ろうとする人は現れなかったので、橘は小林へと顔を向けた。

 目立った外傷は当然ない。橘の手によって毒針を刺され眠らされただけなのだから当然だ。今の表情は強いて言うなら藤里に近いだろうか。罪悪感はあまり感じられず、いたずらがばれた子供のような態度に見える。

 本来ならもっと怒りを感じるべき場面なのだろうが、実際彼女に危害を加えられたものは誰一人としていないため、自分たちを殺そうとしていた人物だと分かっても実感がわかない。多くの人が、怒りよりも、その事実に対して意外そうな表情を浮かべ小林を見ていた。


「小林さんは結果として僕たちに一切危害を加えてない。でも、彼女が望月さんや藤里さんと同じ起爆用の端末を持っていたことは事実だ。とはいえ僕も、彼女がどこまで望月さんの計画に加担していたのかは知らない。あくまで爆弾をいつでも爆発させられる立場にいたってことを知っただけだからね。だから、僕の説明はここで終わり。ここから先は、事件を起こした張本人である、望月さんと小林さんが話す番。せっかくここまで僕たちが行った策を全部話したんだ。まさか黙秘したりはしないよね」


 小林と望月がそれぞれ視線を向け合い、二人同時にゆっくりと頷く。そして、望月はうっすらと冷たい笑みを浮かべながら口を開いた。
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