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第三章:視点は再び橘礼人

眠り野郎

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 橘は多摩に対して小さく頭を下げ、地下での説明を行ってくれたことへの礼を言った。そして、ここまでの流れを整理するために、手を叩いて全員の注目を自分に集めた。


「医務室でのことに関しては完全に初耳だったけど、それ以降の地下での出来事は僕も一通り知っていた。かなりあっさりと藤里さんは自分が捕まるまでの経緯を語ってくれたけど、皆が思っている以上に彼女たちの睨み合いの時間は長くてね。夕食の時間から始まったこの騒動は、大体次の日の深夜一時過ぎまで続いてたんだ。だから、監視カメラの映像から彼女たちの睨み合いを見ていた時は、僕たちもかなり気を張ってたよ。

 ところで、なぜ多摩さんたちがそうした危機的状況にあるも関わらず、事態が一段落するまで何もしなかったかというと、その間にある人から重要な話を聞いていたからなんだ。最初に皆に説明した四つのグループ。これの存在を確定させる、決定的な話をね。だよね、浅田君」


 橘が浅田の名前を出すと、今まで静かに聞いていた人たちが少しざわつき始めた。

 無月島にて皆と最も接触がなかった人物はと聞かれれば、それは自己紹介の段階から部屋に籠り始めた浜田だと断言できる。だが、最も発言回数が少なかった人物はと聞かれれば、それの答えは浜田ではなく浅田だろう。姿こそ常に全員の目にさらしていたものの、リビングでずっと眠り続け、黒子に捕らえられるまで一度も目覚めなかった男。

 波布の様に、ずっと寝続けているなんて怪しいと疑っていたものもいただろうが、それでもどこか意識の外に追いやられていた人物。

 しばらくの間はざわついていた機内も、徐々に落ち着きを取り戻し静かになっていく。

 そうして完全に静かになった機内で、橘は浅田が口を開くのを待っていたが、一向に話し出す気配がない。代わりに、静けさの中をふらふらと漂う「スース―」という規則正しい寝息の音が聞こえてきた。


「えっと、浅田君、まさか寝てたりしないよね? ここからは君に話してもらおうと思ってたんだけど……」


 願い空しく、浅田からは全く返答がない。代わりに口を開いたのは、興味なさそうに足をパタつかせて話を聞いていた音田だった。


「浅田君は無月島での一件で疲れているのです。何せ不眠不休で狸寝入りをしていたわけですから、その疲れは皆さんのそれとは比べ物になりません。今はぐっすりと寝かせてあげてください」

「浅田君、やっぱり寝たふりだったんだ……。いくらなんでもあの状況で本当に寝ているとは思ってなかったけど、それでもちょっと意外な気もするな」


 現在は本気で寝入っている浅田を見つめながら、空条が呟く。

 実際、何人の人が浅田の狸寝入りを見抜いていただろうか。明らかに不自然だったとはいえ、不自然すぎるがゆえに逆に真実味がある、といった印象を放っていた気がする。

 橘でさえも、浅田のことを怪しいと疑い始めたのは黒子が現れた後のこと。途中までは、ただ眠っているだけか、眠らされているだけだと思い込んでいた。


「というわけで橘さん、ここはあなたの方から説明お願いします。もしどうしても面倒だというなら、私が代わりに話してあげてもいいですよ。浅田君が何を言ったのかはおおよそ見当ついてますから」


 どこか険のある言い方。

 飛行機に乗ってからというものどうも音田さんの態度がおかしい。無月島で振る舞っていたような無邪気で自由奔放な態度は演技だったのだろうが、今こんなに不機嫌な理由はよく分からない。それに、彼女の向けてくる苛立ち(?)が橘に向いているようなのも謎である。

 ここで変に敵対はしたくないので、あまり刺激しないよう橘は笑顔で首を振った。


「いや、ここは僕から話すよ。浅田君の話をじかに聞いた以上、話す責任があると思うからね」


 内心でそっと溜め息をつきつつ、橘は浅田との会話を思い起こす。


「ずっと狸寝入りをし続けていた彼が目を覚ましたのは、黒子によって地下の医務室に運び込まれた後のことだった。単に眠っているだけだと思われベッドに横たわらせておいたところ、急に起き上がって源之丞さんの名を呼んだんだ。源之丞さんの名を知っているということはオオカミ使いの正体が誰だか分かっているということ。すぐさま僕と源之丞さんは彼に話を聞きに行った。

 そこで浅田君が語ってくれたことというのは、自分が音田さんからこの島で起こる出来事を知らされていたこと。そして、それを聞かされた人は自分以外にも二人いて、皆もしもの事態に備えて武器を携帯しているって話だった。

 彼の口から音田さんの名前が出た時点でただの羊でないことは確定。でも問題はそこじゃなくて、彼の立場が白石さんを殺させた裏切者の仲間なのかどうかということ。延いては、音田さんが裏切者なのかどうかということ。もしここで判断ミスをすれば裏切者に先手を取られて、全滅する恐れもあった。

 だから、僕と源之丞さんは浅田君の言ってることが正しいかどうかを検証した。その検証方法っていうのは、多摩さんと藤里さんの戦いの行方を見守るってものだ。彼の話では、多摩さんも音田さんから事情を聞かされたメンバーの一人。つまり、源之丞さんの知らない武器を持っていて、藤里さんと敵対する存在のはず。かなり危険な賭けではあるけれど、無事に多摩さんが藤里さんを制圧できたら浅田君の言葉を信じようと考えたんだ」

「あまり利巧とは言えない考えだな」


 隣で、ぼそりと李が呟いた。

 橘はいったん話すのをやめると、素知らぬ顔で李に問いかけた。


「僕としては最善の行動を取ったつもりだったんだけど、どこかまずい所があったかな?」


 話を向けられた李は、眉間にしわを寄せながら小さくため息をついた。


「……一歩間違えれば多摩と沢知が死んでいたかもしれないだろ。浅田の言う通り多摩が武器を持っていたとしても、沢知に怪我を負わせることなく藤里を無力化できるかどうかは未確定だったはずだ。それに、もし浅田が裏切り者の仲間で、多摩と藤里もグルだったなら。そこでの格闘劇は全て狂言で、オオカミ使いを誘き出すための罠だった可能性もあった」

「それなら問題ねぇよ。万が一のために俺が待機してたからな」


 浜田が唐突に口を挟む。幾人かは彼が突然口を開いたことに驚いたようだが、李はそれを予想していたかのように苦々しく口元をゆがめただけだった。


「もし藤里が何か変な気を起こしそうになったら、俺が止めに入る手はずだった。俺とそこの強面女の二人がかりで勝てないってことはまずないだろうし、藤里の切り札である爆弾も自身が爆発の範囲内にいたら使えねぇ。絶対安全とは言えなかったが、そうそう死人が出る展開にはならねぇようになってた。それから多摩と藤里がグルだったとしても、そこにオオカミ使いじゃなくて俺が登場すればどっちにしろ計画はご破算だ。俺を爆弾使って殺したとしても、肝心のオオカミ使いを殺せないんじゃ狂言の意味もないからな。それにもしその後に裏切ろうと考えてても――」

「もういい。礼人の計画に隙が無かったことは認める。さっさと次の話に進んでくれ。この一件から結果として浅田の言っていることが正しいと判断し、四つのグループの存在とそれに属するメンバーがそれぞれ判明してきたんだろ。だが、これだけじゃまだ羊グループと叛逆者グループの人員を完全に分けることはできなかったはずだ。最後にお前が仕掛けた、裏切者たちを捕まえる方法について話せ」


 やや強引に、李は話を先へと進めてきた。物語を結末へ急がせるという点では橘も大いに賛成だったため、素直に李の言葉に乗っからせてもらう。

 橘は一度大きく息を吸うと、裏切者を捕まえるために取った最後の大仕掛けについて語りだした。


「ここまでの話からちょっと勘違いしちゃった人がいるかもしれないから先に言っておくけど、最後無月館を爆発させ崩落に導いたのは、裏切者じゃなくて僕たちオオカミ使いグループ・・・・・・・・・・だ。そしてこの爆発こそが、裏切者とその仲間をまとめて捕まえるために思いついた、最後の仕掛けだったんだ」
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