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第二章:視点はおそらく李千里
音田vs望月
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「……成る程、これはどうやら当たりを引いたようですね」
音田がぼそりと、意味不明なことを呟く。
だが、その声は誰にも届かなかったようだ。誰一人反応することなく、緊張した面持ちで音田を見つめている。
逃走防止のためか、速見や千谷はじりじりと扉の近くに移動し始めた。
しばらくして、音田はゆったりとした口調で言った。
「ところで皆さんは、本気で私がオオカミだと思いますか?」
予想していた言葉とは全く違う一言に、やや意表を突かれた様子で皆目を丸くする。
「お前が散々自分はオオカミだって主張してたじゃねぇかよ。今更何を訳の分かんねぇことを」
波布がイラついた口調で音田に迫る。
音田はすっとぼけたような顔をして再度質問してきた。
「いえいえいえ、私はもちろんオオカミですとも。それを撤回するつもりはありません。ただ、例えばそこでずっと黙りこくっている橘さん。彼に対する認識なんかはいったいどうなっているのかと思いまして。私がオオカミだと判明した今、もう彼への疑いは完全に無くなっているのでしょうか? それとも、私達の仲間だと疑っているのでしょうか?」
「いや、それはだな……。まだ疑わしくはあるけど――」
「話をそらさないでもらえるかな。まずは私の質問に答えてよ。さっきのルールでこれからゲームをするのか、それともしないのか」
質問に答えようとした波布を遮り、望月が音田に問いかける。
自分に都合の悪い展開になってきたからだろうか。音田はつまらなそうに顔をしかめて望月を見返した。
「せっかちですねぇ。そんなに焦らなくともこれから先の展開に大きな違いは生じないでしょうに。最初に言いましたけど、皆さんに私の提案を断る権利なんてないんですから」
「それがあなたの答えなのね」
言うと同時に望月はソファから立ち上がった。
それに同調して、小林や伊吹も音田を囲うようにじりじりと近づいていく。
だが、そんな絶体絶命の状況にも拘らず音田は澄ました表情のまま動かない。
そしていよいよ音田に手が届きそうになった瞬間、突然机に衝撃が走った。李が机を叩いたのだ。
「一旦止まれ」
場の空気を引き締める荘厳な声。
音田を含めたリビングにいる全員が動きを止め、一瞬だが身を震わせた。
全員の動きが止まったのを確認すると、腕を組んでソファにどっしりと座った状態のまま、李は望月を睨め付けた。
「望月、お前はさっきから何を焦っている。音田が言っている通り、ここで俺たちがどうわめこうが状況は変わらない。お前はどうやら音田に人質の価値を見出しているようだが、それは勘違いだ。仮にそいつを人質に取って無事に本土に帰りつこうとも、その後どうなる? まさか俺たちのことをそのまま放っておくわけがない。いずれは口封じのために殺されることになるだろう」
「……そうだね、それは正しいよ。でもさ、李君はこのゲームの目的をどう考えてる?」
「唐突にどうした? そんなの、下らない娯楽のために決まってるだろう」
「本当にそう考えてるの? だとすれば、音田さんの提案にもっと不審感を抱くと思うんだけど」
「何?」
李は眉をひそめてテーブルに視線を落とす。
自分がまだ気づけていない、音田に対する違和感。本当にそんなものがあるのかと頭をフル回転させて考える。
――結論、確かに違和感はある。だが、そうすると……。
李は自分の出した答えに対し疑念を振り払いきれないまま、望月へと顔を向けた。
この考えが正しいのなら、望月という女への印象は百八十度間違っていたことになる。いや、そもそもこのゲームに対する認識を改めないといけないかもしれない。
そんな李の変化に気づいたのか、望月はこっくりと頷いた。
「李君、もうしばらくの間私に任せてもらえるかな。ここで音田さんと話をつけておくことは確実に必要なことだから」
「ああ、任せた」
李の一声により、実質この場における全権が望月に委ねられる。相変わらず話についてこられず、不思議そうな顔で解説を待っている波布がいるが、場の雰囲気により黙殺。
それとなく空気を読んだ伊吹と小林も、音田から少し体を離し望月に場所を譲る。
律儀にも靴を脱いでから、望月はテーブルの上に立ち上がった。そして、音田のもとまでゆっくりと歩みを進めていく。相変わらず音田は逃げる気配を見せず、ただ黙って望月が近づいてくるのを待っている。しかし、先程とは違いその表情は酷く強張っていた。今までの音田との雰囲気の違いを感じ、皆の緊張が自然と高まっていく。
望月が音田の目の前まで立ち止まる。身長差から、望月が音田を見下ろすような格好に。当然そんなことで怯むわけはなく、音田もじっと望月を見返す。
二人の視線が絡み合い、一瞬目には見えないやり取りが交わされる。
先に口を開いたのは望月だった。
「もう一度だけ聞くけど、本当にさっきの新ルールでゲームを再開するの?」
「はい、そうですよ。それこそが私たちにとって最善の選択肢だと思いますから」
「でもその話、オオカミ使いは承認しているのかな? もしそんな大胆にルールを変更するのならオオカミ使い自身から説明すると思うんだけど」
「おやおや、私の話を聞いてませんでしたかね。オオカミ使いさんは今負傷していて皆さんに対抗できるだけの力がないのですよ。ですから代わりに私が正体を明かし、ルールの変更を告げたのですよ」
表情こそ硬いものの、音田の口調は今も一定の軽さを保っている。
そんな彼女に対し、望月はふっと皮肉気に笑いかけた。
「音田さんこそ私たちの話をちゃんと聞いてなかったのかな? オオカミ使いは確かに李君の策によって腕を負傷した。でもさ、毒を盛られたわけでもないし、足を怪我したわけでもないから動くこと自体は不自由していないはずなんだよ。ただルールを変更するだけなら別段私たちと戦う必要だってないし、彼が自分からルール説明を行わない理由にはならないよね。そもそも最初にルール説明をしたように、リビングにあるテレビを通してルールの変更を伝えることもできるんだから」
「はー、まあそういう手段もあることは事実ですね。でもよく考えてみてください。これから行う『追いかけっこ』では私ことオオカミの正体を皆さんに知っておいてもらう必要があります。ですから、それを省略するためにも私自身が名乗り出て、そのままルール説明を行ったわけです」
「それにしても、ずいぶん急な話だと思うけどな。大体いつオオカミ使いとそんな話をしたの? 私達がオオカミ使いを逃がしてからほとんど時間をおかずに音田さんたちは戻ってきたよね。その後の話し合いや、料理中、食事中も一人でいる時間なんてなかったはずだけど。本当はオオカミ使いに話を通さずに、音田さんが独断でやろうとしていることなんじゃないかな?」
ぷいっとそっぽを向いて、音田はいじけた素振りを見せる。
「ふ、ふん。そうですよ、これは私の独断ですとも! でも私の考えはオオカミ使いさんの考えでもあるのです! 羊である皆さんにとやかく言われる覚えはありません!」
「それは酷いんじゃないかな? 私達はあなた達主催者側を信じてそのゲームに参加するのに、そもそもそっちで意思の疎通が行われてないなんてさ。それじゃあ本当にオオカミ使いがそのルールを守ってくれるかも分からないじゃない」
「うるさいですよ! 私の意志はオオカミ使いさんの意志でもあるのです! だから皆さんはそんなことを気にする必要性はないのですよ!」
癇癪を起こしたように音田がわめき散らす。
その姿を見て哀れに思えたのか、「そろそろ別の話をしたほうが」などと小林が口を挟む。
望月は小さく深呼吸した後、しっかりと音田を見据えて言った。
「分かった、もうこの話はやめるね。その代わり、もう一つ質問。白石さんを殺すのに藤里さんを利用したのはあなたの仕業?」
一瞬、音田の肩がわずかに震える。そして、今までの癇癪が嘘だったかのような能面顔になり、望月を見返した。その迫力に押され、周りからゴクリと息をのむ音が聞こえる。
「違う、と言って信じてもらえますか?」
「残念だけど、信じられないかな。藤里さんが自発的に殺したというのは考えにくいし、オオカミ使いが藤里さんに頼んだとすれば随分とお粗末な芝居だったから」
「……それで、私が藤里さんに頼んでいたとしたら何だと?」
李よりも冷たいのではないかと思われる声音で、音田が聞く。
対する望月は、怯むことなくさらりと言った。
「浅田君。彼にも何か吹き込んでいたんじゃないかと思ってね」
音田がぼそりと、意味不明なことを呟く。
だが、その声は誰にも届かなかったようだ。誰一人反応することなく、緊張した面持ちで音田を見つめている。
逃走防止のためか、速見や千谷はじりじりと扉の近くに移動し始めた。
しばらくして、音田はゆったりとした口調で言った。
「ところで皆さんは、本気で私がオオカミだと思いますか?」
予想していた言葉とは全く違う一言に、やや意表を突かれた様子で皆目を丸くする。
「お前が散々自分はオオカミだって主張してたじゃねぇかよ。今更何を訳の分かんねぇことを」
波布がイラついた口調で音田に迫る。
音田はすっとぼけたような顔をして再度質問してきた。
「いえいえいえ、私はもちろんオオカミですとも。それを撤回するつもりはありません。ただ、例えばそこでずっと黙りこくっている橘さん。彼に対する認識なんかはいったいどうなっているのかと思いまして。私がオオカミだと判明した今、もう彼への疑いは完全に無くなっているのでしょうか? それとも、私達の仲間だと疑っているのでしょうか?」
「いや、それはだな……。まだ疑わしくはあるけど――」
「話をそらさないでもらえるかな。まずは私の質問に答えてよ。さっきのルールでこれからゲームをするのか、それともしないのか」
質問に答えようとした波布を遮り、望月が音田に問いかける。
自分に都合の悪い展開になってきたからだろうか。音田はつまらなそうに顔をしかめて望月を見返した。
「せっかちですねぇ。そんなに焦らなくともこれから先の展開に大きな違いは生じないでしょうに。最初に言いましたけど、皆さんに私の提案を断る権利なんてないんですから」
「それがあなたの答えなのね」
言うと同時に望月はソファから立ち上がった。
それに同調して、小林や伊吹も音田を囲うようにじりじりと近づいていく。
だが、そんな絶体絶命の状況にも拘らず音田は澄ました表情のまま動かない。
そしていよいよ音田に手が届きそうになった瞬間、突然机に衝撃が走った。李が机を叩いたのだ。
「一旦止まれ」
場の空気を引き締める荘厳な声。
音田を含めたリビングにいる全員が動きを止め、一瞬だが身を震わせた。
全員の動きが止まったのを確認すると、腕を組んでソファにどっしりと座った状態のまま、李は望月を睨め付けた。
「望月、お前はさっきから何を焦っている。音田が言っている通り、ここで俺たちがどうわめこうが状況は変わらない。お前はどうやら音田に人質の価値を見出しているようだが、それは勘違いだ。仮にそいつを人質に取って無事に本土に帰りつこうとも、その後どうなる? まさか俺たちのことをそのまま放っておくわけがない。いずれは口封じのために殺されることになるだろう」
「……そうだね、それは正しいよ。でもさ、李君はこのゲームの目的をどう考えてる?」
「唐突にどうした? そんなの、下らない娯楽のために決まってるだろう」
「本当にそう考えてるの? だとすれば、音田さんの提案にもっと不審感を抱くと思うんだけど」
「何?」
李は眉をひそめてテーブルに視線を落とす。
自分がまだ気づけていない、音田に対する違和感。本当にそんなものがあるのかと頭をフル回転させて考える。
――結論、確かに違和感はある。だが、そうすると……。
李は自分の出した答えに対し疑念を振り払いきれないまま、望月へと顔を向けた。
この考えが正しいのなら、望月という女への印象は百八十度間違っていたことになる。いや、そもそもこのゲームに対する認識を改めないといけないかもしれない。
そんな李の変化に気づいたのか、望月はこっくりと頷いた。
「李君、もうしばらくの間私に任せてもらえるかな。ここで音田さんと話をつけておくことは確実に必要なことだから」
「ああ、任せた」
李の一声により、実質この場における全権が望月に委ねられる。相変わらず話についてこられず、不思議そうな顔で解説を待っている波布がいるが、場の雰囲気により黙殺。
それとなく空気を読んだ伊吹と小林も、音田から少し体を離し望月に場所を譲る。
律儀にも靴を脱いでから、望月はテーブルの上に立ち上がった。そして、音田のもとまでゆっくりと歩みを進めていく。相変わらず音田は逃げる気配を見せず、ただ黙って望月が近づいてくるのを待っている。しかし、先程とは違いその表情は酷く強張っていた。今までの音田との雰囲気の違いを感じ、皆の緊張が自然と高まっていく。
望月が音田の目の前まで立ち止まる。身長差から、望月が音田を見下ろすような格好に。当然そんなことで怯むわけはなく、音田もじっと望月を見返す。
二人の視線が絡み合い、一瞬目には見えないやり取りが交わされる。
先に口を開いたのは望月だった。
「もう一度だけ聞くけど、本当にさっきの新ルールでゲームを再開するの?」
「はい、そうですよ。それこそが私たちにとって最善の選択肢だと思いますから」
「でもその話、オオカミ使いは承認しているのかな? もしそんな大胆にルールを変更するのならオオカミ使い自身から説明すると思うんだけど」
「おやおや、私の話を聞いてませんでしたかね。オオカミ使いさんは今負傷していて皆さんに対抗できるだけの力がないのですよ。ですから代わりに私が正体を明かし、ルールの変更を告げたのですよ」
表情こそ硬いものの、音田の口調は今も一定の軽さを保っている。
そんな彼女に対し、望月はふっと皮肉気に笑いかけた。
「音田さんこそ私たちの話をちゃんと聞いてなかったのかな? オオカミ使いは確かに李君の策によって腕を負傷した。でもさ、毒を盛られたわけでもないし、足を怪我したわけでもないから動くこと自体は不自由していないはずなんだよ。ただルールを変更するだけなら別段私たちと戦う必要だってないし、彼が自分からルール説明を行わない理由にはならないよね。そもそも最初にルール説明をしたように、リビングにあるテレビを通してルールの変更を伝えることもできるんだから」
「はー、まあそういう手段もあることは事実ですね。でもよく考えてみてください。これから行う『追いかけっこ』では私ことオオカミの正体を皆さんに知っておいてもらう必要があります。ですから、それを省略するためにも私自身が名乗り出て、そのままルール説明を行ったわけです」
「それにしても、ずいぶん急な話だと思うけどな。大体いつオオカミ使いとそんな話をしたの? 私達がオオカミ使いを逃がしてからほとんど時間をおかずに音田さんたちは戻ってきたよね。その後の話し合いや、料理中、食事中も一人でいる時間なんてなかったはずだけど。本当はオオカミ使いに話を通さずに、音田さんが独断でやろうとしていることなんじゃないかな?」
ぷいっとそっぽを向いて、音田はいじけた素振りを見せる。
「ふ、ふん。そうですよ、これは私の独断ですとも! でも私の考えはオオカミ使いさんの考えでもあるのです! 羊である皆さんにとやかく言われる覚えはありません!」
「それは酷いんじゃないかな? 私達はあなた達主催者側を信じてそのゲームに参加するのに、そもそもそっちで意思の疎通が行われてないなんてさ。それじゃあ本当にオオカミ使いがそのルールを守ってくれるかも分からないじゃない」
「うるさいですよ! 私の意志はオオカミ使いさんの意志でもあるのです! だから皆さんはそんなことを気にする必要性はないのですよ!」
癇癪を起こしたように音田がわめき散らす。
その姿を見て哀れに思えたのか、「そろそろ別の話をしたほうが」などと小林が口を挟む。
望月は小さく深呼吸した後、しっかりと音田を見据えて言った。
「分かった、もうこの話はやめるね。その代わり、もう一つ質問。白石さんを殺すのに藤里さんを利用したのはあなたの仕業?」
一瞬、音田の肩がわずかに震える。そして、今までの癇癪が嘘だったかのような能面顔になり、望月を見返した。その迫力に押され、周りからゴクリと息をのむ音が聞こえる。
「違う、と言って信じてもらえますか?」
「残念だけど、信じられないかな。藤里さんが自発的に殺したというのは考えにくいし、オオカミ使いが藤里さんに頼んだとすれば随分とお粗末な芝居だったから」
「……それで、私が藤里さんに頼んでいたとしたら何だと?」
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