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第一章:視点はだいたい橘礼人
オオカミ使いの正体
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「あなたの言っていた通り、李って人、意外と冷たい人ではなさそうね」
部屋の隅に移動するなり、如月はそう言ってきた。
突然の発言に一瞬唖然とするも、李が褒められたという事実に気づき、橘は満面の笑みでうなずいた。
「そうなんだよ! 千里ってちょっと愛想が無くてよく他人から誤解されるけど、すごく真面目で正義感の強いいい奴なんだよ! 大学に入ってからはあんまり会う機会とかもなくなってたけど、僕にとっての一番の親友なんだ。高校のときはほんとによく一緒に遊んだし、何度も助けてもらったこともある。高校の試験の時に僕が筆記用具を丸ごと忘れたときなんか……」
李に対して異常なまでに信頼と好感を寄せている様子の橘に、さすがの如月もやや頬を引きつらせて一歩退く。放っておくといつまでも李についての話をし続けそうな橘に、如月はどことなくデジャブを感じていた。
「李と橘君って相手に向ける感情こそ真逆だけど、ずいぶんと似た者同士なのね……」
いまだ過去の李に関する思い出話を続けている橘に呆れ、如月がぼそりと呟く。
「ねぇ橘君、あなたってゲイだったりしないわよね?」
「へ? 今のところ腹を下したりはしてないけど、突然どうしたの?」
ゲイと下痢を聞き間違えたらしい橘が的外れな答えを返す。如月は残念そうな目で橘を見つめつつ、頭痛がするのか額に手を当てた。
急に顔をしかめた如月を心配して、橘がおどおどと腕を意味もなく振り回す。しばらく無言で橘を放置した後、如月は口を開いた。
「まあ私が言いたかったのは、一人でも人をまとめるのに適した人がいてくれてよかったってこと。おそらく今後は李を中心として動くことになると思うし、橘君はあまり彼を苛立たせるような行動はとらないでね」
「別に千里を苛立たせてるつもりなんてないんだけど……。それより、千里を中心に動くことになるって、どういうこと? 白石さんとか天童さんは?」
橘からすると、李が褒められるのはうれしいが、あまり責任の重い立場に立たされるのは心配に思っている。できることならリーダーなんて危険な立ち位置をやらせたくはないのだ。
やや不安げな表情を浮かべる橘を、如月は冷めた目で見つめる。
「今リーダー役を務めている四人の中だと、唯一彼だけが失敗を犯さずに班をまとめられているわ。あなた達の話からすると、天童さんは自分勝手な行動で二人も死なせることになった。そんな人にこれからもついていきたいと思う人はほとんどいないでしょう。速見君に関しては、今は意識不明状態でいつ目覚めるかは分からない。一番リーダーに向いているように思われてた白石さんにしたって、自分の班もまとめきれずに、私たちの班に助けを求めてくる体たらく」
「白石さん、うまくまとめられなかったんだ」
「まあA班のメンバーは特に変わった人たちの集まりでもあるから、実際まとめるのは一苦労だと思うけど、それでも少しお粗末だというしかない統率力だったわね」
一見人をまとめるのに優れていたように見えたが、あまり得意ではなかったのだろうか。
今までの白石の行動を思い起こしていると、如月が医務室の方に目を向けながら言った。
「つまり現状リーダーを続けられそうなのは李だけってこと。仮に速見君が目を覚ましたとしても、橘君の話が本当なら、やっぱりリーダーを続けられないでしょうしね」
如月の言葉の意味が分からず、橘は首をかしげる。
「それってどういうこと? 僕たちの話と速見君がリーダを続けられないっていうのに、どんな関連があるの?」
「ああ、そういえばこの話はしてなかったわね」
そう言うと、何かを思い出すように如月は目を閉じて沈黙する。
数秒後、目を開けると速見の考えていたことについて話し始めた。
「この話は速見君から直接聞いたのではなく、多摩さんから聞いたのだけれど、速見君はオオカミ使いと話し合いを行おうと思っていたそうよ」
「話し合い?」
「そう。速見君は、オオカミ使いが私たちのことを本気で殺すつもりはない、と考えていたらしいの。理由としては、私たちに提示された報酬の額や、集められた人数。他にもいくつか言っていたと思うけど、おおよそそんな理由から、オオカミ使いの本当の目的はこの殺し合いゲーム以外にあると考えたらしいわ。ただ、大木さんと四宮君が殺された以上、彼の考えはやはり間違っていたということが証明されてしまった。甘い考えで結果として自分の班を危険な目にさらした速見君が、もう一度リーダーを務められるかは微妙なところでしょう」
元から反対している人もいたしね。そう言って如月は小さくため息をついた。
速見の考えていたことについて聞き終えた橘は、しばらくの間口を開かずに黙っていたが、不意に頭を上下させたかと思うと口を開いた。
「今の話が本当だったら、速見君はこの後も十分にリーダーが務まると思うよ」
「え?」
如月が怪訝そうな顔で橘を見る。橘は理由については何も言わず、如月に向けて微笑んで見せると、話題を変えた。
「ところで、如月さんの話ってそれだけじゃないよね。今の話だったら望月さんが一緒でも別に問題はなかったはずだし。僕にしか話せない話っていうのはいったい何?」
怪訝な表情から真面目な表情に戻ると、如月は固い声で言った。
「正直、あなたにも話そうかどうかまだ迷ってるわ。あなたのことを信用していないわけじゃないけど、このことを他の人に言いふらされると、私の立場が著しく悪くなる可能性がある」
真剣な、ともすれば怯えを含んだような声音で言う如月に対し、緊張感のかけらもない様子で橘が聞き返す。
「どんな話? あ、僕は如月さんの味方だから安心していいよ。絶対に裏切ったり如月さんが窮地に陥るようなことはしないから」
如月がオオカミである可能性だってあるのに、完全に信頼した様子で話す橘に呆れ、如月の緊張が幾分かほぐれる。それでも話しづらい内容らしく、如月はなかなか口を開こうとしない。
だが、橘が黙ったままじっと如月のことを見つめていると、観念したように如月は話し出した。
「話しっていうのはオオカミ使いについてなんだけど……、橘君はオオカミ使いに心当たりとか、ある?」
「ああ、もしかして如月さんのお祖父さんがオオカミ使いだっていう話?」
「な!!」
如月が驚きで身を硬直させる。あまりの驚きにか、普段のクールな態度はどこへやら、ひどくおろおろとした様子で橘に聞き返した。
「あなた、いつからそのことに気づいて……」
「最初に如月さんと会って、連れてこられた場所が如月さんの元実家だと分かったあたりからかな」
何でもないことのように橘が答える。
そんな普段と全く変わらぬ態度の橘を見ながら、唖然とした表情で如月が呟く。
「そんな前から……」
「あ、気づいてるって言っても確証はなかったよ。というか今も確証はない。ただ、如月さんのさっきの話しぶりから、如月さん自身もそう考えてるんだろうなと思って口に出してみただけ。ただ、如月さんのお祖父さんだったら、これぐらいのことをやるだけの力はあるだろうし、可能性としては高いかなぁとは思ってたけど」
如月綾花の祖父である、如月源之丞キサラギゲンノジョウは、世界に名を馳せる超巨大財閥の元トップであり、世界総資産ランキングでトップ10に入るほどの大金持ちである。かつては日本で最も権力のある人物として名を挙げられたほどであり、今でこそ引退してどこかの山奥で隠居しているとされているが、とにかくとんでもないほどの権力者だ。さらに、如月源之丞はただの金持ちではなく、運動神経にも優れ、乗馬や射撃、水泳、陸上などあらゆる大会で優勝をかっさらっていくほど身体能力に優れた人でもある。かなりご高齢であるとはいえ、彼ならばここでオオカミ使いが見せていた俊敏な動きも十分に納得できるといえるだろう。
ちなみにだが、如月さん自身は幼少期に源之丞さんと一緒に暮らしていたことこそあるものの――ちょうどその頃に僕こと橘礼人も如月さんに会っていて、その縁で源之丞さんと話したことはある————、とある理由で実家から絶縁状態になっており、あまり裕福な暮らしはできていない。最近の事情は知らないが、おそらくまだ絶縁状態は解消されていないだろう。
如月は何度か深呼吸すると、ようやく落ち着きを取り戻したのか、いつもの凛とした声で言ってきた。
「橘君も私と同じ考えだったのね。なら、オオカミ使いはお爺様ということで間違いはないんでしょう。あの人だったら、こういった下らないゲームをやりかねないし」
如月は大きくため息をつくと、まっすぐに橘の目を見つめてきた。
「このことはできるだけ伏せておいてほしいのだけれど、頼めるかしら? 私がオオカミ使いの親族であると分かればどんな目に遭うか分からないし、少なくとも説得するように命令されるでしょう。でも、お爺様が私の説得程度で諦めてくれるわけがない。あの人は、一度やると決めたら途中にどんな障害が現れようとも最後までやり続ける人だから」
「安心して如月さん、今のことは誰にも話すつもりはないから。それに、本当に止めないといけないのは」
オオカミ使いじゃないだろうからね。最後はほとんど独り言のように呟く。
橘の言葉の意味が分からずに、不思議そうな顔で如月が見つめてくる。
口にこそ出さないが説明を欲している如月に、朗らかな笑顔を向けるばかりで、橘はそれ以上何も話そうとしなかった。
部屋の隅に移動するなり、如月はそう言ってきた。
突然の発言に一瞬唖然とするも、李が褒められたという事実に気づき、橘は満面の笑みでうなずいた。
「そうなんだよ! 千里ってちょっと愛想が無くてよく他人から誤解されるけど、すごく真面目で正義感の強いいい奴なんだよ! 大学に入ってからはあんまり会う機会とかもなくなってたけど、僕にとっての一番の親友なんだ。高校のときはほんとによく一緒に遊んだし、何度も助けてもらったこともある。高校の試験の時に僕が筆記用具を丸ごと忘れたときなんか……」
李に対して異常なまでに信頼と好感を寄せている様子の橘に、さすがの如月もやや頬を引きつらせて一歩退く。放っておくといつまでも李についての話をし続けそうな橘に、如月はどことなくデジャブを感じていた。
「李と橘君って相手に向ける感情こそ真逆だけど、ずいぶんと似た者同士なのね……」
いまだ過去の李に関する思い出話を続けている橘に呆れ、如月がぼそりと呟く。
「ねぇ橘君、あなたってゲイだったりしないわよね?」
「へ? 今のところ腹を下したりはしてないけど、突然どうしたの?」
ゲイと下痢を聞き間違えたらしい橘が的外れな答えを返す。如月は残念そうな目で橘を見つめつつ、頭痛がするのか額に手を当てた。
急に顔をしかめた如月を心配して、橘がおどおどと腕を意味もなく振り回す。しばらく無言で橘を放置した後、如月は口を開いた。
「まあ私が言いたかったのは、一人でも人をまとめるのに適した人がいてくれてよかったってこと。おそらく今後は李を中心として動くことになると思うし、橘君はあまり彼を苛立たせるような行動はとらないでね」
「別に千里を苛立たせてるつもりなんてないんだけど……。それより、千里を中心に動くことになるって、どういうこと? 白石さんとか天童さんは?」
橘からすると、李が褒められるのはうれしいが、あまり責任の重い立場に立たされるのは心配に思っている。できることならリーダーなんて危険な立ち位置をやらせたくはないのだ。
やや不安げな表情を浮かべる橘を、如月は冷めた目で見つめる。
「今リーダー役を務めている四人の中だと、唯一彼だけが失敗を犯さずに班をまとめられているわ。あなた達の話からすると、天童さんは自分勝手な行動で二人も死なせることになった。そんな人にこれからもついていきたいと思う人はほとんどいないでしょう。速見君に関しては、今は意識不明状態でいつ目覚めるかは分からない。一番リーダーに向いているように思われてた白石さんにしたって、自分の班もまとめきれずに、私たちの班に助けを求めてくる体たらく」
「白石さん、うまくまとめられなかったんだ」
「まあA班のメンバーは特に変わった人たちの集まりでもあるから、実際まとめるのは一苦労だと思うけど、それでも少しお粗末だというしかない統率力だったわね」
一見人をまとめるのに優れていたように見えたが、あまり得意ではなかったのだろうか。
今までの白石の行動を思い起こしていると、如月が医務室の方に目を向けながら言った。
「つまり現状リーダーを続けられそうなのは李だけってこと。仮に速見君が目を覚ましたとしても、橘君の話が本当なら、やっぱりリーダーを続けられないでしょうしね」
如月の言葉の意味が分からず、橘は首をかしげる。
「それってどういうこと? 僕たちの話と速見君がリーダを続けられないっていうのに、どんな関連があるの?」
「ああ、そういえばこの話はしてなかったわね」
そう言うと、何かを思い出すように如月は目を閉じて沈黙する。
数秒後、目を開けると速見の考えていたことについて話し始めた。
「この話は速見君から直接聞いたのではなく、多摩さんから聞いたのだけれど、速見君はオオカミ使いと話し合いを行おうと思っていたそうよ」
「話し合い?」
「そう。速見君は、オオカミ使いが私たちのことを本気で殺すつもりはない、と考えていたらしいの。理由としては、私たちに提示された報酬の額や、集められた人数。他にもいくつか言っていたと思うけど、おおよそそんな理由から、オオカミ使いの本当の目的はこの殺し合いゲーム以外にあると考えたらしいわ。ただ、大木さんと四宮君が殺された以上、彼の考えはやはり間違っていたということが証明されてしまった。甘い考えで結果として自分の班を危険な目にさらした速見君が、もう一度リーダーを務められるかは微妙なところでしょう」
元から反対している人もいたしね。そう言って如月は小さくため息をついた。
速見の考えていたことについて聞き終えた橘は、しばらくの間口を開かずに黙っていたが、不意に頭を上下させたかと思うと口を開いた。
「今の話が本当だったら、速見君はこの後も十分にリーダーが務まると思うよ」
「え?」
如月が怪訝そうな顔で橘を見る。橘は理由については何も言わず、如月に向けて微笑んで見せると、話題を変えた。
「ところで、如月さんの話ってそれだけじゃないよね。今の話だったら望月さんが一緒でも別に問題はなかったはずだし。僕にしか話せない話っていうのはいったい何?」
怪訝な表情から真面目な表情に戻ると、如月は固い声で言った。
「正直、あなたにも話そうかどうかまだ迷ってるわ。あなたのことを信用していないわけじゃないけど、このことを他の人に言いふらされると、私の立場が著しく悪くなる可能性がある」
真剣な、ともすれば怯えを含んだような声音で言う如月に対し、緊張感のかけらもない様子で橘が聞き返す。
「どんな話? あ、僕は如月さんの味方だから安心していいよ。絶対に裏切ったり如月さんが窮地に陥るようなことはしないから」
如月がオオカミである可能性だってあるのに、完全に信頼した様子で話す橘に呆れ、如月の緊張が幾分かほぐれる。それでも話しづらい内容らしく、如月はなかなか口を開こうとしない。
だが、橘が黙ったままじっと如月のことを見つめていると、観念したように如月は話し出した。
「話しっていうのはオオカミ使いについてなんだけど……、橘君はオオカミ使いに心当たりとか、ある?」
「ああ、もしかして如月さんのお祖父さんがオオカミ使いだっていう話?」
「な!!」
如月が驚きで身を硬直させる。あまりの驚きにか、普段のクールな態度はどこへやら、ひどくおろおろとした様子で橘に聞き返した。
「あなた、いつからそのことに気づいて……」
「最初に如月さんと会って、連れてこられた場所が如月さんの元実家だと分かったあたりからかな」
何でもないことのように橘が答える。
そんな普段と全く変わらぬ態度の橘を見ながら、唖然とした表情で如月が呟く。
「そんな前から……」
「あ、気づいてるって言っても確証はなかったよ。というか今も確証はない。ただ、如月さんのさっきの話しぶりから、如月さん自身もそう考えてるんだろうなと思って口に出してみただけ。ただ、如月さんのお祖父さんだったら、これぐらいのことをやるだけの力はあるだろうし、可能性としては高いかなぁとは思ってたけど」
如月綾花の祖父である、如月源之丞キサラギゲンノジョウは、世界に名を馳せる超巨大財閥の元トップであり、世界総資産ランキングでトップ10に入るほどの大金持ちである。かつては日本で最も権力のある人物として名を挙げられたほどであり、今でこそ引退してどこかの山奥で隠居しているとされているが、とにかくとんでもないほどの権力者だ。さらに、如月源之丞はただの金持ちではなく、運動神経にも優れ、乗馬や射撃、水泳、陸上などあらゆる大会で優勝をかっさらっていくほど身体能力に優れた人でもある。かなりご高齢であるとはいえ、彼ならばここでオオカミ使いが見せていた俊敏な動きも十分に納得できるといえるだろう。
ちなみにだが、如月さん自身は幼少期に源之丞さんと一緒に暮らしていたことこそあるものの――ちょうどその頃に僕こと橘礼人も如月さんに会っていて、その縁で源之丞さんと話したことはある————、とある理由で実家から絶縁状態になっており、あまり裕福な暮らしはできていない。最近の事情は知らないが、おそらくまだ絶縁状態は解消されていないだろう。
如月は何度か深呼吸すると、ようやく落ち着きを取り戻したのか、いつもの凛とした声で言ってきた。
「橘君も私と同じ考えだったのね。なら、オオカミ使いはお爺様ということで間違いはないんでしょう。あの人だったら、こういった下らないゲームをやりかねないし」
如月は大きくため息をつくと、まっすぐに橘の目を見つめてきた。
「このことはできるだけ伏せておいてほしいのだけれど、頼めるかしら? 私がオオカミ使いの親族であると分かればどんな目に遭うか分からないし、少なくとも説得するように命令されるでしょう。でも、お爺様が私の説得程度で諦めてくれるわけがない。あの人は、一度やると決めたら途中にどんな障害が現れようとも最後までやり続ける人だから」
「安心して如月さん、今のことは誰にも話すつもりはないから。それに、本当に止めないといけないのは」
オオカミ使いじゃないだろうからね。最後はほとんど独り言のように呟く。
橘の言葉の意味が分からずに、不思議そうな顔で如月が見つめてくる。
口にこそ出さないが説明を欲している如月に、朗らかな笑顔を向けるばかりで、橘はそれ以上何も話そうとしなかった。
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