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第一章:視点はだいたい橘礼人

情報交換

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 李と別れた橘と望月は、特に寄り道することもなくリビングへと向かった。

 リビングに入った橘らを迎えたのは、いつもと変わらぬクールな表情でソファーに腰かけている如月、おどおどとした表情で貧乏ゆすりを繰り返している空条、そしていまだに同じ体勢で寝続けている浅田の三人だ。

 改めて如月の無事な姿を確認した橘は、ほっと胸を撫で下ろしながら笑顔で声をかけた。


「如月さん。無事にまた会えて本当にうれしいです」

「ええ、私も。と言いたいところだけど、まだ事態が解決したわけではないわ。互いの無事を喜び合う前に、分かったことについて情報交換を行いましょう」


 如月は微笑むこともせずに、そう言い返す。

 すると、橘と如月の間に割り込むように望月が話に加わってきた。


「そうだね。まずはお互いに情報を共有しないといけないよね。私たちの方は正直すごく大変な目に遭ったし、結構たくさん話すことがあるよ。と、空条、あんたもそんなところでぼけっとしてないで、話に参加しなさい」


 望月に呼び掛けられ、空条がびくっと体を震わせる。そして恐る恐るではあるが、望月の命令通り三人の輪に加わってきた。

 望月の空条に対する態度を見て、如月が冷たい視線を向ける。


「やっぱりあなた、空条君に対しては随分と強く接するのね。自分より弱いと思った相手に対しては辛辣になるのかしら」

「別にそんなんじゃないよ。誰だって、嫌いな人の一人二人くらいはいるものでしょ? 私にとっては空条がその一人ってだけの話。如月さんには嫌いな人の一人もいないのかしら」

「もちろん私にだって嫌いな人ぐらいいるわ。はっきり言って普通の人よりもたくさんいるわね。でも、人前であなたみたいに態度を変えて接したりはしないわ。まして相手を見下して、下僕扱いするようなことなんて」


 如月vs望月再び。またしても険悪な雰囲気になってしまい、橘は慌てながら空条に話を振った。


「浅田君って本当にずっと寝たままなの? 一度くらい目を覚まして、何か動いたりしなかったの?」


 女二人に気おされる形で縮こまっていた空条は、ぼそぼそとした声で答えた。


「ぼ、僕が見てる限りではずとっ寝たままだよ。もしかしたら気づかないうちに殺されてるんじゃないかと思ってさっき近づいてみたけど、寝息が聞こえたから死んでるわけではないみたい」


 空条の言葉に興味を持ったのか、望月が如月との睨み合いをやめ、浅田のもとまで寄っていく。

 微動だにせずに寝ている浅田の顔を見て、望月が笑いながら言う。


「この状況でずっと寝続けていられるなんて、ほんとに彼すごいよね。実は狸寝入りだったり……」


 そこまで言ったところで、突然、望月は話すのをやめ顔を青ざめさせる。

 その望月の表情の変化に気づいた橘が、心配そうに声をかけた。


「どうしたの望月さん? お腹でも痛くなったの?」


 望月はすぐに笑顔に戻ると、少し慌てたようにしながら首を横に振った。


「ううん、ただ森でのことを少し思い出しちゃって。ちょっと気分が悪くなっただけだから、心配しないで」

「森でのこと? そろそろ無駄話は後にして、お互い真剣に話しましょうか」


 望月の言葉に反応し、如月が話を元に戻す。

 望月と橘は顔を見合わせると、お互い頷きあい、先の出来事を話し始めた。

 森を探索していたこと。特に森の中に不審なものは存在していなかったこと。そして、帰り際にオオカミ使いに襲撃され、大木と四宮が死んだこと。

 それらC班に起こった出来事について語り終えると、空条がより一層怯えた様子で震えだした。


「そんな、大木さんが死んだなんて……。もう僕たち全員助からないんだ。大体どうやって銃を持っている相手に立ち向かえっていうんだよ……」


 体をがくがくと震わせて弱音を吐く空条を、望月が強く睨み付ける。


「何弱気なこと言ってんのよ。こんなとこで死ぬなんて、そんなことあっていいわけない。私たちは何も悪いことなんてしてないんだから、さっさとこんなゲームクリアして、主催者を警察に突き出してやらないと。あんたも男なんだから、そんな弱気なこと言ってないで、大木さんたちの敵は取ってやる、くらいの気概を持ちなさいよ」


 空条は弱弱しく下を向くと、ぶつぶつと小声で何かを呟きだした。

 だいぶ精神が参ってしまった様子の空条をいったん話し合いの場から外すと、橘は少し困ったような表情で望月に言った。


「望月さん、もう少し空条君に優しく接した方がいいんじゃないかな? こんな状況なんだし、弱気になっちゃうのも仕方ないと思うから」


 橘に諭されて、望月が悄然とうなだれる。


「それはそうなんだけど、皆が頑張って動いてるときにただああやって震えてばかりいる人を見ると……。でも、そうだね、礼人君がそういうならできるだけ空条にも優しく接するようにするよ」

「相変わらず橘君に対しては随分と甘いのね」


 望月の態度を見て、如月がぼそりと呟く。幸い望月には聞こえなかったらしく、睨み合いが始まることはなかった。

 しばらくの間、奇妙な沈黙が流れたが、不意に如月が話を再開した。


「とりあえずあなた達C班に何が起こったのかは理解したわ。いくつか質問したいことがあるけれど、先に私が知っている情報について話しておくわね」


 そう言って、如月はテーブルの上に集められている武器(?)の数々を指さした。

 部屋に入った時に少し気になってはいたのだが、如月の無事な姿を見てすっかり忘れていた。橘は今更ながら不思議そうに聞く。


「あそこに集められてる道具って、如月さんたちが集めたの?」

「ええ、私たちB班と白石さん率いるA班の二班で集めたものよ。橘君だったら覚えてると思うけど、オオカミ使いがこの館の中に武器を隠してあると言っていたでしょ。それで、とりあえず見つけたものをすべてこの部屋に持ってきたの」


 テーブルの上に集められた品々に戸惑いの視線を向ける望月。戸惑いの視線が向けられるのも当然で、テーブルの上には殺傷能力のありそうな小刀やボウガンなども置いてあるが、ビリヤードで玉をつくためのキュー、先端のとがった傘、彫刻刀などなど、武器と呼べるか微妙なものも多数あった。

 望月は彫刻刀を試しに持ちながら、如月に聞く。


「わざわざここに集められたってことは、これら全部少し変わったところに隠されてたってことだよね。わざわざ一箇所に集めたのは、オオカミに利用されるのを避けるためとか?」

「まあそんなところね。これらの武器を探すと同時に、隠し通路や隠し部屋なんかがないか調べたけど、特に見当たらなかったわ。とはいえオオカミ使いが隠し通路を使って逃げたのは事実だから、油断は全くできないけど」


 神出鬼没のオオカミ使い。こちらの状況を完全に把握し、自分のみが使える隠し通路でどこからでも襲撃が可能。いくら人数差があるとはいえ、実際捕らえるのは至難のことだろう。

 重苦しい空気が三人の中を流れる中、橘はあることを思い出し、如月に尋ねた。


「さっき千里が言ってたけど、D班もオオカミ使いに襲われて、速見君が負傷したんだよね。まだ僕たちその容体を見に行ってないんだけど、大丈夫そうなの?」


 医務室にいる速見を見るように、扉の先に視線を向けながら如月が答える。


「彼は大丈夫よ。大きな傷を負っているようには見えなかったわ。特に苦悶の表情を浮かべてたわけでもないし、しばらくすれば目を覚ますんじゃないかしら。そういえば、速見君が襲われたときに伊吹さんがオオカミ使いに傷を負わせたらしいのよ。たいした傷ではないらしいけど、頬のところをナイフがかすめたらしいわ。あなた達が会ったオオカミ使いの頬に傷はあった?」


 望月が困惑顔で橘を見る。見られた橘としても、急いで逃げていたためにオオカミ使いの顔に傷があったかどうかなんて全然記憶にない。

 二人は申し訳なさそうに如月に頭を下げる。


「ごめんなさい。私はオオカミ使いが出てきてすぐにパニックに陥っちゃって、ほとんどまともにオオカミ使いを見てないの。あの時、私がもう少し冷静に対処できていれば……」

「いやいや、望月さんは悪くないよ。あの時オオカミ使いは銃を持っていたんだ。それなりに距離もあったし、仮に全員で挑んでいてもおそらく勝てなかった。望月さんが逃げるっていう選択肢を取ったのは正解だよ」


 橘に慰められるも、逃げたことをひどく気にしていたらしい望月は、声を震わせながら言う。


「でもそのせいで、私たちを助けるために大木さんが……」

「泣き言を言っても始まらないと言ったのはあなたでしょ。過ぎたことを後悔しているひまがったら、ここで無事に生き残る方法を考えなさい。死んでいった人たちに対する最大の償いは、ここで殺されずに帰ることよ」


 弱気な顔でうつむきかけた望月を、如月が叱咤する。如月の言葉に厳しいだけでなく、思いやりの気持ちを感じた望月は、弱気な心を払拭しようと元気な声を上げた。


「そう、だよね。うん。何としてもここから生きて帰って、大木さんたちに恥じないような立派な人にならないと! ありがとね、如月さん。私はもう大丈夫だよ」

「そう、ならよかったわ」


 お礼を言われた如月は、特に照れた様子もなく淡々と返す。その様子に橘と望月が苦笑していると、如月が不意に橘の方を向いた。


「橘君、少し二人きりで話したいことがあるのだけれど、いいかしら?」

「もちろんいいけど、望月さんが一緒じゃダメなの?」


 如月はちらりと望月を見やると、ダメよ、と言った。


「悪いけど私は望月さんを完全に信用はしてないわ。それに、この話をできるのはそもそも橘君だけだから」

「なんだかんだ言いつつも、如月さんだって礼人君のことは信用しちゃってるじゃん。やっぱり礼人君には人を信用させる不思議なオーラみたいなものがあるんだよ」


 二人きりで話そうと提案する如月を、望月が茶化す。

 如月はやはり照れることなく、淡々と橘にもう一度聞き返した。


「それで、話を聞いてくれるのかしら」

「あ、うん、もちろん聞くよ。じゃあ隅の方に行こうか。望月さんは空条君のそばにいてあげてね」


 慌てながら橘が答える。橘が肯定したのを見ると、如月はすぐさま部屋の隅に移動し始めた。
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