無月島 ~ヒツジとオオカミとオオカミ使いのゲーム~

天草一樹

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第一章:視点はだいたい橘礼人

橘礼人、第一の策

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 静寂を破ったのは白石だった。


「さて、自己紹介も終わりましたし、これからの予定を話し合いたいと思うのですが、誰か考えはありますか?」


 白石の問いに答える声はない。それも当然だろう、こんな良く分からない、しかも命がかかっているかもしれない状況で、おいそれと発言なんてできるはずがない。

 そんな中、おずおずとだが四宮が口を開いた。


「そのー、救助が来るまでみんなでこのリビングに集まって待ってる、ってのはどうかな?」


 天童が軽蔑した視線を四宮に向けながら言う。


「あのオオカミ使いってやつが本気で私たちを殺す気かどうかはわからないけど、二十四人もの人間をこの無月島に連れてこれているという事実だけでも、相手がかなりの権力の持ち主だってことがわかるわ。このことは、警察への手回しができるほどの相手だったことも同時に示しているし、助けなんて期待するだけ無駄よ」

「でも、そんなことができる人が本当にいるなんて……」

「仮に助けが来ると仮定しても、いつその助けが来るかはわからない。どうにしたって何か行動を起こすべきよ」


 天童がきっぱりとそう言い切ると、再び沈黙が訪れた。

 確かに、いつ助けが来るかわからない以上、一か所にとどまってじっとし続けるというのも無理があるかもしれない。その間にオオカミ使いが何か手を打ってくるかもしれないし、何より、救助が数日たっても来なかった時のストレスを考えると、もっと積極的な目的を持って動いたほうがいいように思う。

 だからといって、すぐにどう行動すればいいか案が出るわけではない。天童の話のあと、誰も口を開こうとするものは現れなかった。

 とはいえずっと黙っているわけにもいかない。とりあえず橘は口を開いた。


「やっぱり、浜田さんも呼んだほうがいいんじゃないでしょうか? 殺人鬼がいるかもしれない場所に一人でいさせるのは少しまずいんじゃ」

「そうだね。誰か浜田君を呼びに行ってくれる人はいないかな」


 白石の呼びかけにも皆目をそらして答えない。

 沈黙に耐え切れなくなった橘は、


「えと、一人で行ってきます。呼びに行くだけならそこまで危険もないだろうし」


 と言って、皆の反応も見ずにリビングを飛び出した。

 リビングから出ると、リビング内に存在した静寂とは別の静寂が橘を包んだ。

 一度深呼吸をして気持ちを落ち着けたところで、ふと、浜田の部屋がどこにあるのかを知らないことに気付く。


「ここでリビングに戻るのはなぁ」


 客室はすべて二階にあったと記憶しているので、面倒だが一つ一つ部屋を確認してみることにする。


「浜田さん、部屋にいたとしても返事してくれるのかな?」


 と、一抹の不安を抱きながらも階段を上り二階へ。もしかしたらリビングを出たとたんにオオカミ使いとエンカウントするのでは、と不安に思っていたりもしたのだが、今のところ館内は静かなままだ。


「今更だけど、この無月間の通路って全面に絨毯が敷いてあるんだ。これだと足音がしないから後ろから忍び寄られたら気づけないな」


 一人で寂しいから独り言を言い続ける橘。はたから見たら奇異な人に見えるのだろうか。


「さて……」


 一つ目の部屋の前に到着。とりあえずノックをしてみようとしたところ、扉の隣に名前の書かれたプレートが張り付けてあるのが目に入った。


「こんなもの、リビングに行く途中にはなかったよな」


 オオカミ使いが、僕たちがリビングに集まっている間にわざわざ取り付けていったのだろうか? 何だか妙に気配りの利く犯罪者だ。それはそうと、名前の書いてあるプレートがあるんだからこれで簡単に浜田の部屋がわかるはず。

 浜田透と書かれたプレートを探して二階を歩き回る。歩きながら考えるのは当然オオカミ使いについて。


「オオカミ使いはいったい何を考えてるのやら。どんな金持ちか知らないけど、善良な市民を最大二十三人も殺したら、絶対に無事でいられるはずないのに……っと、浜田さんの部屋見っけ」


 ドアをたたき、声をかけてみる。


「浜田さんいる? えっと、さっきリビングにいたうちの一人で、橘礼人っていうんだけど。えーとその、一人でいるとやっぱり危ないからいったんリビングに戻らない?」


 ……返答がない、無人の部屋のようだ。しばらくそのまま立って待っていたけれど、ドアが開く気配はない。


「部屋が違うとか? それとももう殺されてたりして」


 と、物騒なことを橘がつぶやいたとき、突然後ろから誰かが覆いかぶさってきた。

 突然の事態に驚いて、声をあげる暇もなく押し倒される。

 まさかもうゲームオーバー! いくらなんでも早すぎる! こんなところで死ぬことになるなら、さっき如月さんに告白しておくんだった!

 一抹の後悔を覚えながらも死を覚悟して目を閉じたとき、上から聞きなれた(あってまだ半日くらいだけど)声がした。


「音田さん、ふざけすぎですよ。それと橘君、少しは抵抗しなさいよ。なんでされるがままになってるわけ?」


 橘にかかっていた圧力が消え、閉じていた目を開けて振り返ると、そこには如月と音田が立っていた。

 橘は呆然としながら二人を見た。


「えーと、なんで二人ともここにいるの?」

「あなたがリビングを出て行った後に音田さんが突然自分も行くって言いだしたのよ」


 如月が横目で音田を見る。


「それで、さすがに音田さん一人で行かせるのは心配だったから私もついてきたの」


 橘は少し戸惑いながら如月を見る。


「なんで如月さんが? まあ音田さん一人で行かせるのは僕もまずいと思うけど、せめてだれか男の人がついたほうがよかったんじゃ」

「私が自分から付き添うって言ったのよ。あなたのことも心配だったからね」

「如月さん…」


 橘は如月が自分のことを心配してくれていたことに感激しながらも、ふと気を取り直して、隣でニコニコしている音田に向き直った。


「それで、音田さんはなんでわざわざ追っかけてきたの?」

「それはですね、浜田君は基本的にずっとツンツンしているので、初対面の相手が来ても多分ほとんど反応しないと思ったのです。でも浜田君は私にはとても優しいので、私の言うことならば聞いてくれると思い、橘君を追いかけた次第であります」


 そして音田は橘の返答を待たず、浜田の部屋の扉を思いっきりたたき始めた。


「浜田くーん出ておいでー、みんなリビングで待ってるよー。いったんリビングに戻ってよー。それと早く出てきてくれないと私の手が折れちゃうよー」


 ものすごくうるさい。音田の騒音攻撃に屈したのか、すぐに部屋の扉が開いて浜田が姿を現した。


「うるせぇぞ千夏。そんなにガンガン扉たたかなくても聞こえてるよ」

「だって浜田君が扉開けてくれないんだもん。それに聞こえてるんだったら橘君が訪ねてきたときにすぐに出てあげればいいのに」


 浜田は少しばつが悪そうにしてそっぽを向いた。

 浜田が死んでいなかったことにほっとしつつも、橘は話を戻すべく口を開く。


「聞こえてたみたいだから言いたいことはわかると思うんだけど、一旦リビングに集まったほうがいいと思うんだ。一刻も早くこのゲームを終わらせて皆で帰るためには、全員が協力し合わないといけないと思うから」


 浜田はけだるそうにしながら橘のほうを向く。


「協力はしねぇよ。俺は一人で行動する」

「勝手に動かれるとこっちとしては迷惑だから、少なくとも私たちの目の届く範囲にいてもらわないと困るのよ。あなただって聞いてたでしょ、私たちの中にこのくだらないゲームを仕組んだ奴の協力者がいるって話」


 あまりにも身勝手な浜田の態度に、少し苛立った様子で如月も口を挟む。


「もちろん、自称オオカミ使いの言葉をうのみにするわけではないけれど、私たちの中にオオカミ使いの仲間がいる可能性はかなり高いと思うわ。そもそも、ここまで大掛かりなことをできる人物が、わざわざ偽の情報を私たちに与える必要はないはずだから」

「どうでもいいよ、それが事実かどうかなんて。俺はこの部屋から動くつもりはない、お前らが何と言おうともな。まあ、いちいち俺を呼ぶのに千夏がやってこられるとうるせぇから、誰かが訪ねてきたときは顔だけは出す。リビングにいる奴らには、俺がこの部屋から動かないこともルールの一つだと考えるように言っておいてくれ」


 浜田はそういうと扉を閉め、再び部屋にこもってしまった。


「ふぅ、これは説得は無理ね。いったん戻って彼抜きで作戦を考えるしかないんじゃないかしら」

 音田も首を縦に振り続けながら同意する。

「そのようですね。浜田君はこの部屋がすごく気に入ったみたいですから、無理やり引き離してしまうのはかわいそうです」


 微妙に的外れなことを言っている音田に苦笑しつつも、橘らはリビングに向かい始めた。が、階段に差し掛かったところでふと思い直し、


「すぐ行くから」


と、如月と音田に告げ、今一度浜田の部屋の前に戻った。


「浜田さん、少しだけ話をしませんか」


 浜田の部屋の前で一言そういうと、先程とは違い、すぐに浜田が扉を開けて出てきた。


「まだ何か用があんのか」

「少しね。僕としては今この館の中で君のことを三番目に信用してるから」


 橘の言葉に反応し、浜田は少し笑った。


「三番目か……。なかなか面白いやつだな、お前。ちなみに二番目はさっき一緒にいた如月って女か」

「どうだろうね……。もちろん如月さんのことは信じてるけど」


 何せ片思いの相手だし。橘は心の中でぼそりとつぶやく。


「まあ、お前が誰を信じようと俺には関係のない話だがな。で、もちろん一番信用してるのは」

「「自分自身」」


 お互いに顔を見合わせてしばらく笑った後、橘は話を戻した。


「わざわざ浜田君を信用している理由を言う必要もないと思うけど、言ったほうがいいかな?」

「別に必要ねぇよ。俺がオオカミでないことは俺自身が一番知ってるし、こんな行動をとれば、俺がオオカミじゃないと考える奴が現れるであろうことは予想してたからな」


 橘は苦笑しながら言う。


「何だかその言い方だと、君にいいように利用されてるみたいで少し悔しいな。さて、そろそろ本題を話すね。まず、誰が来たとしても扉を開けるって言ってたけど……」
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