92 / 98
終わりと始まり
喜多嶋悲喜交交
しおりを挟む
醜く顔を腫らした佐久間の死体が横を通り過ぎる。
喜多嶋はその死体を憎々し気に眺めてから、本館へと向かって歩きだす。
今回の後片付けは、これまでよりも時間がかかっていた。
佐久間がどこにどんな毒を仕込んだのかが分からないため、姫宮から『毒物添加』のスペルを聞かされた後に彼が触れたと思われるものは、全て館の外に運び出させていた。
推理小説では毒による殺害は定番。頭脳戦をお好みの御方々には好まれるのではないかと考えていた。加えて毒が存在していると分かれば、食べ物に対する警戒も強まり、より緊迫したゲームが繰り広げられることも見込まれた。だからあのスペルを導入した。
しかし結果としては後始末が面倒になっただけで、毒がゲームを盛り上げることはなかった。それどころか架城があっさりと死んでしまったり、佐久間の断末魔の悲鳴を聞けないなど、いくつかのイベントを台無しにしてしまった。
「ちっ、六道が毒を使いたがらなかった理由はこれか。勿体ぶらず理由を説明しておけばいいものを」
自身の無能さを棚に上げ、前任者である六道を毒づく。だが、歪んだ顔も、自身の現状を思い出すことですぐさま笑顔に変わる。
ついに掴んだ司会というポジション。四大財閥のトップと直に会話を交わすことのできる、栄光の地位。
これまでは六道によって「君は弁舌巧みではあるけれど、少し思慮に欠けて軽率なところがある。まだ司会は任せられないかな」と、妬みから妨害され続けてきた。しかしその六道自身がスペルの密告などと言う軽率な行動をとり、司会の地位を追われゲームの被験者に成り下がった。一応勝ち残りこそしたものの、それは運が良かっただけ。
お前こそ口だけの男だったではないかと、勝利の笑い声を堪えるのに苦労したものだ。
今回のゲームは必ずしも高い評価を得られなかったようだが、それでも降板させられるほど大きな失態は犯さなかった。それに八雲様にこそ気に入っていただけなかったようではあるが、個人的にはラスト、鬼道院と東郷が同時に死亡した瞬間は非常に興奮した。ほぼ同時に引き金が引かれ、勝利は間違いないと思われる男たちが血潮に染まるあの一瞬。
まるで映画のように劇的で滾る終幕だった。
是非彼ら二人の死に様は直で見たいと思い、部下にはすぐ死体を運ばず現場保存をするよう頼んでおいた。
足取りも軽やかに連絡通路を渡り、喜多嶋は本館へ移動。途中絵画を運ぶ数人の部下とすれ違いながら、一直線に大広間を目指した。
大広間の扉の前には屈強な黒服の男たちが二人。彼らは喜多嶋を見るとすぐさま敬礼し、恭しく扉を開けた。
自身が礼を尽くされる対象であることに満足感を抱きつつ、悠々と部屋の中に足を踏み入れる。中に入るとすぐ扉が閉まり、モニターから見ていたのと全く同じ光景が喜多嶋の視界に現れた。
天井を見上げるように仰向けで倒れた鬼道院の死体と、床に額をつけ俯せに倒れた東郷の死体。
まずは鬼道院の死体の近くにより、その死に顔をまじまじと観察する。眉間にぽっかりと穴が開き、まるで第三の目が開眼したように見える。自殺宣告のスペルを受け死ぬことを悟ったのか、引き金を引く直前に鬼道院は目を閉じていた。それゆえか死に顔は決して醜く歪んだものではなく、むしろ第三の目の影響もあり神々しさすら醸し出していた。
さすがは元教祖。死んでなおその威光は顕在かと、感嘆の吐息を漏らす。
これほど珍妙な存在は前例がなく、今回のゲームで失ってしまったことには勿体なさを感じてしまう。しかし、死んでしまったものは仕方がない。残念ながらスペルの力を使っても、死者を蘇らせることはまだ成功していないのだから。
特に手を合わせたりせず観察を止め、今度は東郷の死体に近づく。こちらは俯せに倒れているため、死に顔はまだ拝めていない。ゲーム中は常に陰気で真面目腐った顔をしていたが、果たして死んだ後はどのような表情を浮かべているのか。
足で小突いて体を回転させ、東郷の死体を仰向けにする。
仰向けにした彼の顔を見て、喜多嶋は一瞬びくりと肩を震わせた。東郷は鬼道院と違い目を見開いており、その目と視線が合ったように思えたからだ。
しかしそんなことはただの偶然だと心を叱咤する。東郷の額を銃弾が貫いたのは疑いようのない事実。モニター班が徹底検証しているのだから、そこに間違いが起きうる余地はない。
それに今も、血で赤く染まった顔を向けたままピクリとも動かない。生きているわけないと心を落ち着かせた。
ただ、目と目が合ったように感じたのは事実。どこか気味の悪い思いを抱きながら東郷の顔をまじまじと見つめ、喜多嶋はぼそりと呟いた。
「全く、最後まで不気味な男だったな。経歴だけ見れば、今回のゲームで真っ先に脱落しても不思議じゃないと考えていたが……まあ十分ゲームを盛り上げてはくれたんだ。礼の一つでも言ってやるか」
「それは結構だ。お前のために動いたことなど一度たりともないからな」
「…………………は?」
死んでいたはずの東郷が口を開き、そこからはっきりと声が聞こえてきた。
何が起こったのか分からず頭がフリーズする。しかし異常事態が起きたことだけは認識し、すぐさま廊下にいる部下たちに声をかけようとした。
だが、再びの異常事態。声を発する前に死者のように冷たい手で口を塞がれ、さらには首元にナイフを突きつけられてしまった。
一瞬で抵抗する術を奪われた喜多嶋に、さらに追い打ちをかけるが如く、
「決して動かないでくださいね」
と、圧倒的な強制力を持った声が囁かれる。
その声により抵抗する意思すら挫かれた喜多嶋は、黙って何者かの指示に従う。
するとそんな喜多嶋の目の前で、先ほどまで死体だったはずの東郷が立ち上がり、皮肉気な笑みを浮かべ言ってきた。
「どうも喜多嶋さん。あまりのクソゲーに文句を言いたくて、地獄から舞い戻ってきましたよ」
喜多嶋はその死体を憎々し気に眺めてから、本館へと向かって歩きだす。
今回の後片付けは、これまでよりも時間がかかっていた。
佐久間がどこにどんな毒を仕込んだのかが分からないため、姫宮から『毒物添加』のスペルを聞かされた後に彼が触れたと思われるものは、全て館の外に運び出させていた。
推理小説では毒による殺害は定番。頭脳戦をお好みの御方々には好まれるのではないかと考えていた。加えて毒が存在していると分かれば、食べ物に対する警戒も強まり、より緊迫したゲームが繰り広げられることも見込まれた。だからあのスペルを導入した。
しかし結果としては後始末が面倒になっただけで、毒がゲームを盛り上げることはなかった。それどころか架城があっさりと死んでしまったり、佐久間の断末魔の悲鳴を聞けないなど、いくつかのイベントを台無しにしてしまった。
「ちっ、六道が毒を使いたがらなかった理由はこれか。勿体ぶらず理由を説明しておけばいいものを」
自身の無能さを棚に上げ、前任者である六道を毒づく。だが、歪んだ顔も、自身の現状を思い出すことですぐさま笑顔に変わる。
ついに掴んだ司会というポジション。四大財閥のトップと直に会話を交わすことのできる、栄光の地位。
これまでは六道によって「君は弁舌巧みではあるけれど、少し思慮に欠けて軽率なところがある。まだ司会は任せられないかな」と、妬みから妨害され続けてきた。しかしその六道自身がスペルの密告などと言う軽率な行動をとり、司会の地位を追われゲームの被験者に成り下がった。一応勝ち残りこそしたものの、それは運が良かっただけ。
お前こそ口だけの男だったではないかと、勝利の笑い声を堪えるのに苦労したものだ。
今回のゲームは必ずしも高い評価を得られなかったようだが、それでも降板させられるほど大きな失態は犯さなかった。それに八雲様にこそ気に入っていただけなかったようではあるが、個人的にはラスト、鬼道院と東郷が同時に死亡した瞬間は非常に興奮した。ほぼ同時に引き金が引かれ、勝利は間違いないと思われる男たちが血潮に染まるあの一瞬。
まるで映画のように劇的で滾る終幕だった。
是非彼ら二人の死に様は直で見たいと思い、部下にはすぐ死体を運ばず現場保存をするよう頼んでおいた。
足取りも軽やかに連絡通路を渡り、喜多嶋は本館へ移動。途中絵画を運ぶ数人の部下とすれ違いながら、一直線に大広間を目指した。
大広間の扉の前には屈強な黒服の男たちが二人。彼らは喜多嶋を見るとすぐさま敬礼し、恭しく扉を開けた。
自身が礼を尽くされる対象であることに満足感を抱きつつ、悠々と部屋の中に足を踏み入れる。中に入るとすぐ扉が閉まり、モニターから見ていたのと全く同じ光景が喜多嶋の視界に現れた。
天井を見上げるように仰向けで倒れた鬼道院の死体と、床に額をつけ俯せに倒れた東郷の死体。
まずは鬼道院の死体の近くにより、その死に顔をまじまじと観察する。眉間にぽっかりと穴が開き、まるで第三の目が開眼したように見える。自殺宣告のスペルを受け死ぬことを悟ったのか、引き金を引く直前に鬼道院は目を閉じていた。それゆえか死に顔は決して醜く歪んだものではなく、むしろ第三の目の影響もあり神々しさすら醸し出していた。
さすがは元教祖。死んでなおその威光は顕在かと、感嘆の吐息を漏らす。
これほど珍妙な存在は前例がなく、今回のゲームで失ってしまったことには勿体なさを感じてしまう。しかし、死んでしまったものは仕方がない。残念ながらスペルの力を使っても、死者を蘇らせることはまだ成功していないのだから。
特に手を合わせたりせず観察を止め、今度は東郷の死体に近づく。こちらは俯せに倒れているため、死に顔はまだ拝めていない。ゲーム中は常に陰気で真面目腐った顔をしていたが、果たして死んだ後はどのような表情を浮かべているのか。
足で小突いて体を回転させ、東郷の死体を仰向けにする。
仰向けにした彼の顔を見て、喜多嶋は一瞬びくりと肩を震わせた。東郷は鬼道院と違い目を見開いており、その目と視線が合ったように思えたからだ。
しかしそんなことはただの偶然だと心を叱咤する。東郷の額を銃弾が貫いたのは疑いようのない事実。モニター班が徹底検証しているのだから、そこに間違いが起きうる余地はない。
それに今も、血で赤く染まった顔を向けたままピクリとも動かない。生きているわけないと心を落ち着かせた。
ただ、目と目が合ったように感じたのは事実。どこか気味の悪い思いを抱きながら東郷の顔をまじまじと見つめ、喜多嶋はぼそりと呟いた。
「全く、最後まで不気味な男だったな。経歴だけ見れば、今回のゲームで真っ先に脱落しても不思議じゃないと考えていたが……まあ十分ゲームを盛り上げてはくれたんだ。礼の一つでも言ってやるか」
「それは結構だ。お前のために動いたことなど一度たりともないからな」
「…………………は?」
死んでいたはずの東郷が口を開き、そこからはっきりと声が聞こえてきた。
何が起こったのか分からず頭がフリーズする。しかし異常事態が起きたことだけは認識し、すぐさま廊下にいる部下たちに声をかけようとした。
だが、再びの異常事態。声を発する前に死者のように冷たい手で口を塞がれ、さらには首元にナイフを突きつけられてしまった。
一瞬で抵抗する術を奪われた喜多嶋に、さらに追い打ちをかけるが如く、
「決して動かないでくださいね」
と、圧倒的な強制力を持った声が囁かれる。
その声により抵抗する意思すら挫かれた喜多嶋は、黙って何者かの指示に従う。
するとそんな喜多嶋の目の前で、先ほどまで死体だったはずの東郷が立ち上がり、皮肉気な笑みを浮かべ言ってきた。
「どうも喜多嶋さん。あまりのクソゲーに文句を言いたくて、地獄から舞い戻ってきましたよ」
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる