キラースペルゲーム

天草一樹

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終焉の銃声響く五日目

ゲームルーラーのスペル

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「それでは、くれぐれも殺さず平和に解決してくださいね」
「それはこっちのセリフだ。神楽耶の本性がどうであれ、絶対に殺したりはするなよ」



 鬼道院が神楽耶との話し合いを始める数分前のこと。
 鬼道院が持っていたマスターキーによって、もう一部屋、解錠された部屋がある。
 明と鬼道院はその部屋の前で軽く言葉を交えた後、鬼道院は神楽耶のいる部屋へと歩き出し、明は鍵の開いた扉に手をかけた。
 神楽耶の元へ向かっていく鬼道院を見送る間、彼から告げられた神楽耶の本性を思い起こし、明は気が滅入るのを感じていた。勿論そうと決まったわけではないが、鬼道院の推理には十分な説得力があり、それを否定する根拠は思い浮かばない。そもそも鬼道院の推理の起点は、明自身が見た初日の神楽耶の表情にあるのだ。反論の仕様もなかった。
 ただ明としては、彼女が一瞬だけ覗かせたその笑顔は見間違えか、もしくは純粋な恐怖から正常な思考を失っていたが故だと考えていた。ゲーム開始早々に自身の武器を捨て、見も知らぬ相手に戦略の全てを任せる。それはか弱さを演じるにしても博打が過ぎるように思えたからだ。
 それに何より、生まれて初めて惚れた女性。できることなら疑わず、彼女の言動を全て信じたいという思いがあった。
 しかし、時おり感じていた彼女に対する認識の揺らぎは、鬼道院の推理を味方するもの。さらに彼女のことを信じようとしながら、結局どこか心を許し切れずにいたのは、本能的に事実を理解していたからではないか、と今更ながら思えてしまう。
 そこまで思考したところで、明は軽く首を振って意識を切り替えた。事実がどちらなのかは、まだ分からない。今はそれより先に、確かめなければならないことがある。
 腹に力を籠め、雑念を追い払う。それからようやく、明は慎重に扉を開け放った。

 微かに物を見ることができる薄闇と、虫の羽音一つ聞こえない完全な静寂。
 泊まっていた客人が死に、時が制止した部屋。

 まずは一歩、部屋の中に足を踏み入れる。それから何かトラップが仕掛けられていないか、五感を総動員して探っていく。
 安全かどうかは分からない。ただ、命を取られるような危機は感じない。
 明は扉を閉め、ゆっくりと部屋の中央に向かって歩き出した。
 ベッドやテーブルの置かれた、広い場所に出る。手探りで電気のスイッチを探し出すと、部屋の明かりをつけた。
 暗闇が一瞬にして晴れ、強い光が網膜を刺激する。
 光を遮断するため、目を細め手を翳す。
 視界が元に戻ると同時に部屋の中を見回し――ゴクリとつばを飲み込んだ。
 予想はしていた。だからこそこの部屋を訪れた。しかし実際にいたとなれば、やはり驚かずにはいられない。
 口を開くこともできず、ベッドに腰かけている彼女を、明はじっと見つめる。
 すると彼女――秋華千尋は、ぱちりと目を瞬かせながら言ってきた。

「こんにちわです、東郷さん。やっぱり私の存在に気づいてしまったのですね」
「……ああ、気づいたよ」

 ベッドに腰かけていたのは、四日目に野田に殺されたはずの秋華千尋。決して幻覚や幽霊などではなく、五体満足な状態で確かにそこに存在していた。
 今日の彼女は、リアルな黒猫の絵が描かれた黒Tシャツを着ている。闇に潜み獲物を狙う黒猫は、まさについさっきまでの彼女を示唆しているかのよう。いや、獲物に襲い掛からなかった点を考慮すれば、怠惰なネコを示唆しているのかもしれない。
 まあ、どちらにしろ、そんなのはただの戯言。これから起きることや、これまで彼女がやってきたことには全く関与してこない。
 突然の闖入者に対しても一切動じた様子を見せない秋華をしっかりと見据え、明は口を開いた。

「正直、こうして対面するまでは確信を持てていなかったんだがな。まさか隠れたりもせず、堂々と部屋の中にいるとは。しかも俺が来ることまで予期済みとはな」
「別に予期していたわけではないのです。ただ、もし私の存在に気づく人がいるとしたら、東郷さんに違いないだろうとは思っていたのです」

 相も変わらずの茫洋とした瞳は、彼女がどこまで本気で話しているのかを一切悟らせない。明の観察眼では、彼女の表情から今の状況に対する気持ちを読み取ることは不可能だった。
 流れを掴みながらの会話は絶望的であると感じ、明は一方的に話をすることを決めた。

「俺は、今回この館で戦ってきて、常にある違和感を抱いていた。まるで誰かのシナリオ上を走らされているような、得体の知れない気持ち悪さ。俺の意思で行動したつもりでいても、実はそれが誰か別の存在の意思なんじゃないか。このゲームに参加しているほぼ全てのプレイヤーを、巧みに操っている者がいるんじゃないか。そんな思考に苛まされてきた。そこでそれが可能な人物がいるのか。いるとしたら一体誰か。その考えにいくつかの事象を組み合わせた結果、野田風太というゲームルーラーの存在を突き止めた――つもりになっていた」

 明は一旦口を閉じ、秋華の表情を窺う。野田の名前が出れば多少は動揺があるかと思われたが、少なくともそれが表情にまで反映されることはない。
 やはり彼女の表情を当てにするのは無駄だと察し、明は話を続けた。

「実際、野田は自分がゲームルーラーとしてこのゲームを支配している気になっていたんだろう。奴のやってきたことを考えれば、それが間違っているとは言えないしな。ただ、結果として奴は死に、ゲームを勝ち残ることはできなかった。それも明らかな油断や過信が原因という、非常にお粗末な理由でだ。はっきり言って、俺が思い描いていたゲームルーラーとはイメージが懸け離れていた」

 明は再び口を閉じ、秋華の様子を窺う。何を考えているのかはさっぱり分からないが、取り敢えずこちらの語りを遮ってくる様子はない。そもそも何をしに来たか告げていないわけなのだが、その点秋華はどう考えているのか。
 まあ、このゲーム終盤における来訪理由など実質一つ。故に秋華は全てを諦めて虚脱しているか、もしくはこちらを殺す算段を練っているのだと予想できた。
 ただ、そのどちらであっても、明にとっては相違ない。彼女のスペルが明の予想通りのものであれば、このまま話し続けるだけの明を殺すことなど、できるはずがないのだから。
 しばらく待っても秋華が何も言わないので、明は語りを再開した。

「そこで野田が本当にゲームルーラーかを改めて考えると、やはり納得できない点が一つあった。それは野田がどうして、そしてどうやってお前と一井とチームを組めたのかだ。あいつの計画・スペルを考えれば、チームを組む相手はかなり慎重に選ぶ必要がある。しかし野田は少なくとも俺と神楽耶には接触すらしていない。一体あいつはどんな基準で仲間を選んだのか、仲間にすることができたのか。さっぱり想像できなかった。だがあいつ自身はその点に対して一切の苦難を感じず、あっさりクリアしたと言っていた。まるでそれが当然のようにだ」
「野田さん、死ぬ前に余計な話をたくさんしたようですね。やっぱり、私が何かしなくとも勝手に死んでくれていた気がするのです」

 ぼそりと、秋華が呟く。
 今の彼女の呟きに含まれる言葉から、自身が野田に対して感じた違和感は間違っていないのだという思いが強まる。
 明はより自信を深め、推理の核心に迫っていった。

「野田の持っていたスペルは人を含めたモノを複製するスペル。即死スペルではないため一見教えた際のリスクは低そうだが、それは相手が明らかに力で劣っている場合に限る。何せ一井や宮城のように肉弾戦の方が強い奴らに教えれば、水を得た魚のように暴れだすのは明らかだ。高確率で教えた直後にスペルを唱え、殺しにかかってくることが予想される。ゆえに武器を作り出せるようなスペルを持った奴が、おいそれと一井とチームを組もうとするはずがないんだ」
「単にスペルを教えずに計画だけ話したのではないですか。ボクのスペルで分身を作るから、その分身を殺して他のプレイヤーに死んだように見せかけてくれ、と。それなら相手が誰であってもリスクは同じだと思うのです」

 あまり本気で言っているとは思えない声で、秋華が尋ねてくる。
 実際彼女はそれが間違いであることを誰よりもよく知っているはず。明は冷めた目を彼女に向け、すぐさま否定の言葉を口にした。

「残念だがそれはないな。スペルを教えてもらえないなら野田の計画に載るメリットがない。一人で勝手に分身を作り、それを自ら殺せばいいだろうという話になる。それからこいつは結果論だが、野田は自身の分身だけでなく盗聴器や合鍵まで作製していた。つまり複製以外のスペルも入手していたことになる。一井がまさか自分のスペルを先に教えるわけもないからな。野田が自身の手札を切ったと考えるのが妥当だ」
「なら、物を作るスペルが私の力だとしたらどうですか。野田さんの計画を聞いて、それならばと私がスペルを教えたかもしれないのです」

 秋華の案に対し、明はまたも首を横に振る。

「それもない。もしお前のスペルが物を作る能力なら、野田は早々にお前のことを殺していたはずだ。物を作るスペルがあれば盗聴器が作れる。そして盗聴器があるなら仲間を作らずとも情報は得られる。となればむしろ自身の計画を知っている者の方が危険だとなるからな」
「野田さんから先にスペルを教えないと仲間は作れない。しかしスペルを教えれば相手は野田さんを殺してしまう。かといって彼の計画に賛同しスペルを教えれば、今度はその人が野田さんに殺されてしまう。東郷さんの話をまとめるとそうなるのです。これでは、そもそも野田さんとチームを組むことなんて不可能に思えるのですけど。東郷さんは、私たちが一体どうやって仲間になったとお考えなのです」

 やや生気に欠ける目付きで、秋華じっと明を見つめてくる。
 長く見つめていると徐々に魂が吸い込まれてしまいそうな漆黒の瞳。ふと得体の知れぬ悪寒を感じて、明は視線を彼女から少しだけ逸らした。

「……武器を作るスペルや、即死スペル持ちの奴らだけでは野田とチームを組むのは不可能だっただろう。だが、とあるスペルを所持した奴がその場にいれば、話は大きく変わってくる。それは、相手に自身を殺させることを躊躇わせるスペル。要するにカウンタースペルだ」

 いよいよ大詰め。彼女がここまでゲームを支配してきたスペルを、ついに明は口にする。

「そしてここで言うカウンタースペルは、相手のスペルを反射したり、佐久間らが持っていたように自身の痛みを相手に移す類の力じゃない。武器を作るようなスペルを持った相手に対しては、これらのカウンタースペルは脅威とは言い切れないからだ。だからお前が持つスペルは、もっと歪で、危害を加えること自体を躊躇するような能力。
 これは私見だが、俺たちに与えられたキラースペルは、自身の罪とややリンクしたものになっているようだ。それを踏まえて予想するなら、おそらくお前に与えられたスペルは――」
「『過剰防衛』。今生だけでなく来世の安寧も守るため、私を害した者を七代祟るスペルなのです」
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