キラースペルゲーム

天草一樹

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雷鳴轟く四日目

杉並の刺客⑤

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 死を彷彿させる完全な静寂。
 この仮説はついさっき思いついたものであり、当然神楽耶にも聞かせていない。そのため驚きからか恐怖からか、彼女も体を硬直させ、息をのんでフィルムに視線を送っていた。
 やがて、フィルムから、堪えきれなくなった野田(怪物?)の笑い声が聞こえてきた。それも、その哄笑は一秒ごとにどんどん大きくなっていく。
 身を震わせながら、野田の口からどちらの回答が出てくるのかを待つ。
 そしてそれは、いとも容易く、肯定されることとなった。

「そうだよ! ボクはスペルの力で作り出された、NEW野田風太だ! 東郷君の予想通り、オリジナルは一井の手によって初日に殺されちゃってるのさ! ぷききききき!」
「そんなことって……」

 野田の発言を受け入れられないのか、神楽耶が目を見開いて言葉を漏らす。
 この仮説を野田にぶつけた明にしても、その事実は受け入れ難く、すぐに言葉を返すことはできなかった。
 あまりの驚きから黙っていることに耐え切れなくなった神楽耶が、明に先んじて野田へと疑問を投げかける。

「……本当に、本当にあなたはスペルで作り出された偽物の方なんですか? そんなのって……信じられません! いくらゲームに勝つためとはいえ、ルールに縛られない偽物を生かして自分自身を殺させるなんて……」

 神楽耶が悲痛な声を漏らすのに対し、野田はますます声に喜悦を滲ませる。

「まあ君たち一般人には理解できないだろうけどね。ボク達『杉並』の者は任務達成のためなら自分の命だって簡単に投げ出せるよう訓練されているんだよ。そして今回このゲームを勝ち抜くためには、旧野田と全く同じ記憶、思考力、身体能力を持ちながらルール縛りのないボクの方が適していた。だから旧野田がボクを生かしたのも当然の話なわけさ」
「そんな……。自分と全く同じ姿に記憶、能力を持った人がいても、それってやっぱり自分じゃないじゃないですか……。仮にもう一人の自分がゲームに勝利したって、そんなの……」
「いやいやいや。生物なんてのは自分の遺伝子をただひたすら長く残し続けるためだけの存在なんだから。自分よりも生存に有利な分身がいるなら自身の命に価値なんてまるでないでしょ。だから旧野田は十分合理的な選択をしたわけで――」
「もういい黙れ」

 ようやく話す気力を取り戻した明が、苛立たし気に口を挟む。

「任務達成のためなら命すら捨てるだと? そんな真面目な奴なら罰としてこのゲームに参加させられることになってないはずだ。それに秋華や姫宮に対する辱めだってどう考えても勝ち残るには不要なこと。大方スペルで作り出された直後に、お前は自分の状況を理解して本物を殺したんだろう。本物が今のお前と同じ性格だとしたら、スペックは高くとも肝心なところで油断しそうだからな。スペルでうまく複製を作れたことに満足して、その先のお前の行動を予見していなかったんじゃないか」
「ぷききききき! 東郷君は本当に優秀だねえ。ボクの建前があっさりと崩れ落ちちゃったよ。ねえねえ他にも何か気づいてることがあるんじゃないの? あるなら勿体ぶらずに教えてくれよ」
「いや……俺から話すことはもう他にない。それよりこれだけお前の指示通り話をしたんだ。いい加減ここから出してくれ。お前のパートナーとして申し分ないことは十分に示せたはずだろう」

 寒さから歯をガチガチと言わせ、冷凍室からの解放を申し出る。だが野田は「ぷきき」と笑い声を上げると、思わせぶりな口調で言葉を濁した。

「どうしようかなあ? 確かに仲間にするには申し分ないことがわかったけどさあ。まだ喋れる元気もあるみたいだし、もうちょっとくらいそこでじっとしててもらいたいかなあ。東郷君すっごく頭いいから、今開放したらボク殺されちゃうかもしれないし」
「まさか思考すらできなくなるまでここにいさせるつもりか? そんなもの実質死ねと言っているのと何も変わらな――」
「まあまあいいじゃないか。それより他に質問したいことがあったら是非してくれよ。もし死ぬとしたら、何もかもすっきりした状態で死にたいだろう? ぷきききき!」

 野田の口ぶりから、もとより明たちを生かす気などなかったのだということが伝わってくる。
 明はぐっと歯を噛みしめて怒りを押し殺し、その苛立ちを追い出すかのように深く息を吐き出す。
 それから震える唇で「だったらこちらの疑問に全て答えてもらうぞ」と野田に詰め寄った――その直後、神楽耶がそっと明の耳に口を寄せ、「東郷さんすみません。もう時間切れだと思います」と囁いた。
 明はピクリと眉を動かす。そして質問を投げかけようとしていた口を閉ざし、フィルムをそっと床に置いた。
 フィルムの先にいる野田は、唐突に静かになった明たちに疑問を抱いたのか、「どうしたの? 死んだふりでもし始めたのかな? でもそれでボクが冷凍室に確認に行くことはないから意味ないと思うよ。それより疑問があるなら早く話しなよ」と、挑発を交えながら語り掛け続けてくる。
 しかしそんな野田の挑発も、ほどなくして聞こえなくなった。
 その理由が単に飽きただけなのか。それともこちらの作戦がうまくいったことを示しているのか。
 明と神楽耶は白い息を吐きながら、後者であることを信じてじっと冷凍室の扉を見続けた。
 十秒、二十秒と、一生の中で最もゆっくり時間が経過していく。
 そして、ついに。
 がたっ、という音が扉の外から聞こえた。ほとんど間をおかず、今度はガチャリというドアノブを回す音。
 バクバクと心臓の音がうるさく騒ぎ立てる中、冷凍室の扉が開き、虚ろな目をした大男――野田風太が部屋に入ってきた。
 扉が開いたことにより、冷凍室の冷気が我先にと出口に向かって流れ込んでいく。その流れに乗るようにして、明と神楽耶も凍り付きかけた体を必死に動かし、冷凍室の外に飛び出した。
 地下はそもそも寒いため、外に出たからと言って暖かいとまでは感じない。しかしそれでも、ようやく命の心配をせずとも済む場所に出れたことから、二人の心と体はこれ以上ない温もりに包まれていた。
 ただ、今はまだ、この場でへたれこむわけにはいかない。
 休む前に一つ、決断しないといけないことがある。
 明は、必死に体を温めようと手をこすり合わせている神楽耶に視線を投げかける。神楽耶はすぐさまその視線に気づくと、真っ白な顔を明に向けてきた。
 お互いに黙したまま見つめ合うこと数秒。

「覚悟は、できてるのか。今ならまだ引き返せるぞ」

 明がそう問いかける。

「この覚悟が、揺らぐことはありません。お願いします」

 逡巡することなく、神楽耶はすぐさま頷いた。
 明はそれでもなお彼女を試すかのようにじっとその目を見つめる。しかし神楽耶の瞳からその決意が薄れることはないと感じ取り、冷凍室の前へと足を進めた。
 冷凍室の中では、一切身動きをせず中央で立ち尽くしている野田の姿がある。
 この光景は、実際に野田の生存を確認する前から予見していたものではあった。
 連絡通路が封鎖される前、明は野田が生存しているかもしれないことを神楽耶に語っていた。そしてもし、野田が生存していた場合を考え、自身のスペル『自殺宣告』を彼女に教え、その利用法についても話していた。
 もし野田が生きていたとしても、こちらのスペルがばれているとは考えにくい。そうである以上、野田は即死スペルの存在を恐れて、迂闊な奇襲はしてこないはず。その状況で奴がとるであろう最も可能性の高い作戦は、明たちが即死スペルを使うことすらできない状況に陥らせること。
 普通に考えるとそんな都合のいい状況作れるはずないと思えるが、幸運にも(?)地下室にはそれを満たす場所が存在する。
 言うまでもなくそれは冷凍室。うまく閉じ込めることさえできてしまえば、閉じ込められた側は助けてもらえることを信じて、即死スペルを唱えることもできず野田の言いなりにならざるを得ないからだ。
 だがそれも、明の持つ『自殺宣告』のスペルを使えば一転チャンスに変えることができる。『自殺宣告』のスペルを用いて、野田が凍死自殺をするようイメージする。そうすれば必然的に、凍死を行うことができる冷凍室に入るよう野田を操作できる。
 明たちからすれば、藤城や秋華、姫宮を瞬殺した野田に正面から襲い掛かってこられる方が危険が高い。だからあえて冷凍室に無防備な状態で入り、野田にこの作戦を取らせることこそが元からの策であった。
 ただ、これにも勿論リスクはあった。万が一にも閉じ込められる際にスペルを唱えることに失敗すれば、野田の目論見通り殺されてしまっていただろう。特に今回は、勝利を確信し油断した野田から少しでも情報を引き出すために時間差でのスペル発動を行うことにしていた。それゆえ、本当にスペルが発動するのを確認するまで、一切気が抜けない状態にあったのだ。
 そして何より、自殺宣告のスペルを神楽耶に唱えさせるということは、当初彼女と結んでいた、「人殺しをさせない」という協定を破る行為でもある。約束を違えることは信頼を失うこと。明にとっては、神楽耶からの信頼を失うことは何よりも避けたいことだった。
 それゆえ、明としては神楽耶がこの提案を呑んでくれた後も――いや、こうして彼女がスペルを唱え、野田が実際に自殺を図っているこの状況においても、まだ悩み続けていた。

 ――本当にこのまま彼女を人殺しにさせてしまっていいのか。

 明は冷凍室の前で目を閉じ、凍り付いた脳を強引に働かせる。
 そして目を開けると、服の中に隠していた拳銃を取り出し、野田に向けて発砲した。
 弾丸はそれることなく野田の頭を貫き、彼の体は冷凍室にうつぶせに倒れた。
 呆然とする神楽耶を横目に、明は微動だにせず自身に変調が起きるのを待つ。
 一分近く待っても何も起こらなかったため、ようやくほっと息を吐き出し、明は笑顔を神楽耶に向けた。

「これでまだ、お前の手は綺麗なままだな」
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