キラースペルゲーム

天草一樹

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雷鳴轟く四日目

杉並の刺客②

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「ぷききききき。まさかボクの存在に気づいているなんてね。やるじゃないか東郷君。でもその割には冷凍室に二人一緒に入るなんて、ちょっと不用心過ぎたんじゃないかな? ぷきききききき」

 ガラスフィルム(盗聴器?)から、明の言葉を肯定する声が流れてくる。
 ゲームルーラーX――もとい、野田風太。集められた参加者一の巨漢にして、初日に一井によって首を斬られ殺されたはずの男。生きている間に話したことは一度もなく、話し声を聞くのはこれが初めてであり、本当に野田なのかは判断できない。
 ただこの館にいて声を直接聞いていないものなど、それこそ野田しかいない。誰の声か分からないという時点で、今話している相手が野田だと断定することができた。
 こちらを嘲笑う声を上げる野田を無視し、明は再度同じ質問を投げかける。

「それで、お前は一体何者なんだ。六道と同じように、罰としてこのゲームに参加させられた元運営側の人間か?」
「ぷききききき。惜しいけどちょっと違うなあ。確かにボクはキラースペルの存在もこのゲームについても、君たちとは違って事前知識があるよ。ただボクはこのゲームの運営人じゃない。ボクは『杉並』っていう諜報機関の一員なのさ」

 どこかで聞いたことのある名前に、明と神楽耶は顔を見合わせる。そしてその名前を先に思い出した神楽耶が、「ああ……」と声を出した。

「杉並……確か初日に六道さんが話してましたね。四大財閥の陰にある諜報機関だとか」

 野田は声をはしゃがせ神楽耶の言葉を肯定する。

「そう! その『杉並』だよ! 僕は四大財閥お抱えの超優秀な諜報機関のメンバーなんだ! 仕事中のおいたがすぎて、罰としてこのゲームに参加させられることになっちゃったけど、このまま勝ち残ればまたすぐ復帰させてもらえるからね。事前知識もフル活用して、華麗にこのゲームを攻略している真っ最中なんだよ!」

 六道以外にもいたキラースペルについての知識を有する参加者。半ば予想はしていたが、実際にその事実を知ると眉間に皺が寄ってくるのを感じた。
 明は吐き捨てるように言う。

「……スペルについての知識者が六道以外にもいるとはな。キラースペルゲーム……公平性も保たれていない随分なクソゲーだったわけか」
「いやいやいや。このゲームは事前知識なんてほんのちょっとしか生存率を上げるのに役立ってくれないよ。だって誰にどんなスペルが与えられてるかは未知だし、知識を活かす前に即死スペルで殺される可能性だってあるんだ。ここまで生き残ってこれたのは、ひとえにボクの実力に他ならないさ!」

 そう言ってひとしきり自画自賛の笑い声を漏らす野田。
 ガラスフィルムから流れるその声を、憮然とした表情で明と神楽耶は黙って聞く。しばらくして笑い声がやむと、野田は楽しそうな声音のまま明たちに尋ねてきた。

「さてさて。君たちの質問には答えたし、そろそろ二人にはどうしてボクが生きていることに気づいたのか説明してもらおうかな。さっきの口ぶりからするとボクが誰を殺したかまで正確に分かってるみたいだし、是非その推理のほどを聞かしてもらいたいよ」

 明はフィルム越しの野田を睨み付けるようにしながら、きっぱりと言い返す。

「悪いがそんなことを教えてやる義理はないな。随分と余裕ぶっているが、お前は俺たちのスペルを知らないだろ。俺たちは最初に仲間になるとき以降、一度も自分たちのスペルを口に出していない。少なくとも盗聴されるほどの声量ではな。もし俺たちがその気になればお前を――」
「殺すのかい? 別に構わないけど、君たちが死ぬ確率も百パーセントになっちゃうんじゃないかな? 連絡通路が開放されるまでの四時間は絶対に助けが来ないし、その後だってすぐ誰かが助けに来ることもないでしょう? かなり短めに見積もっても、十時間はそのさむ~い冷凍室で過ごさなきゃいけなくなるんだよ。一応服を重ねての防寒対策は施してきたみたいだけど、それまでの時間無事でいられるかなー」
「……だからと言ってお前を生かしておいても結果は変わらないだろ。お前が俺たちを助けるメリットがない」
「そんなの分からないよ。ボクと君たちでチームを組めばちょうど三人。残りのメンツを確実に殺せる素敵なアイディアでも出してくれれば、もしかしたら気が変わって助け出すかもしれないしさ。その可能性を捨てて、ボクを殺しちゃっても本当にいいのかな? ぷきききききき!」

 自身が圧倒的有利な立場にいることを確信している強者の笑い。
 不愉快ではあるが彼の発言が事実であるため、明も神楽耶も言い返すことができない。ここは野田にチームを組んでもらえるよう、できるだけ従順にして彼の虚栄心を満足させるほかなかった。
 となればここで無駄に時間を費やすことはデメリットにしかならない。
 早々に明は腹をくくり、野田が望む通り彼に辿り着いた推理を語ることにした。

「……俺がお前の存在を強く確信したのは、今日の姫宮、秋華の死体を見た時だ。だが、お前の存在を疑い出したのは二日目に聞いた藤城の話から。さらに疑いを強めたのは三日目の正義の使者による裁判の時に、誰も藤城を殺した者がいなかったこと。それからよくよく考えてみれば初日に、ある人物の行動に違和感があったことからだ」
「ぷききききき! だよねだよね! ボクもさ、かなりたくさんヒントを残してきたつもりがあるんだよ。どうやら初日のヒントにも気づいてくれてるようで、これは中々聞くのが楽しみだなあ!」

 子供のように無邪気な合いの手を入れ、話の続きを促してくる。
 一方明の隣で肩を震わせている神楽耶は、野田の言葉を聞いて「この人、気が狂ってるんじゃないでしょうか」と辛らつな呟きを漏らしていた。
 常識的な観点から言えばその反応は至極当然のもの。野田はヒントなどと嘯いているが、要するに自分が人を殺すために行った仕掛けを、今まさに殺されかけている人物の口から聞いて、喜々とした声を上げているのだ。狂っていると言っても一切間違いではないだろう。
 それでも、この状況で少しでも野田の機嫌を損ねるのは悪手である。
 明はあまりそうした暴言を吐かないよう小声で諫めてから、野田に至るまでの自身の推理を語り出した。

「どこから話していくのがお前のお気に召すか分からないから、取り敢えず俺が気づくことになった出来事を順に話していく。
 直前にも言ったが、俺がお前の存在を――いや、血命館で生存しているプレイヤー以外を疑う最初のきっかけとなったのは、藤城が語った『十四人目のプレイヤー説』だ」
「それね! ボクも君たちの話は盗聴してたからよく知ってるよ! でもあの時君は藤城の意見をあり得ないと一刀両断していなかったかい?」
「そうだな。あんな男の話す内容に信憑性なんて一ミリも感じなかったからな。とはいえ、面倒な話だがあいつは俺がどうせ信用しないと思ってわざと真実を話した可能性もあると思った。だから本当に、念のため、もしあの話が正しかったらと仮定しての思考も行ってみた。その時に妄想したのが、一井か野田、そのどちらかが実は死んでないのではという考えだ」
「ほへー、もうそこで僕の名前が出てくるのか。東郷君は本当に優秀なんだねー。それでその理由は?」

 フィルムから野田の驚いた声が上がってくる。そこには嘲りや余裕だけでなく、純粋な興味の色も現れていた。
 これなら意外とチームを組むという選択肢も取り入れてもらえるかもしれない。そう考え、明はより真剣に続きを語っていく。

「秋華が食料を持って連絡通路を歩いていたのが真実なら、藤城の言う通り誰か身を潜めている人物に食料を渡しに行ったと考えるのが妥当だ。だが、藤城が考えたような十四人目がいて、そいつが秋華だけに見つかり、しかも彼女とチームを組んだとは考えにくい。俺はむしろ、姿を隠さなければならない事情を持ち、しかも連絡通路か本館にいる奴――例えば野田か一井のような、死んだはずの人物なんじゃないかと考えた。
 だが、そうだとしても秋華とチームを組めているとは思い難い。加えて二人が間違いなく死んでいるのを俺自身確認していたからな。『死者蘇生』のスペルでもあれば蘇りもなくはないだろうが、初日からスペルの力を信じて死んでみせる奴がいるとも思えない。だからこの考えはすぐに打ち消した」
「いやいやそうだね! 普通に考えたら初日から死んでみせる奴がいるとは思えないよね! だってスペルの力が本物かどうかだってあの時点では十分疑わしかっただろうからさ!」

 上機嫌に野田が相槌を打つ。
 実際野田の言ったことは明が考えていたことと一致する。ゲーム開始直後から神楽耶とチームを組むことに成功し、さらにはキラースペルが本物であることを確認できた明と違い、六道を除く一般のプレイヤーはスペルの力に懐疑的だろうと考えていた。
 まして自己紹介のため広間に集まった時点では誰一人として死んでいなかった。そのためキラースペルの力を試した者もまだいないなのだと油断していたのもあった。
 まあ現実は六道以外にもスペルに事前知識を有する者がおり、躊躇することなくチームを組みスペルも唱えていたみたいだが。
 明は軽く首を振って後悔を打ち消し、続きを話し出す。

「――次にこの可能性を思い出すことになったのは、三日目の正義の使者による裁判でのこと。『虚言致死』を唱えられた状況下でも、全員が藤城の死を否定して見せた時だ」
「知ってる知ってる! それも勿論楽しく聞かせてもらってたよ! 真犯人たるボクを除いて皆が藤城殺しについて議論しているさまは、非常に滑稽で最高のショーだったよ! でもさ、これも君は独自の解釈をしていなかったっけ? トラップを用いた、自身のせいかはっきり分からないような殺人なら、あの場で殺してないと言っても『虚言致死』じゃ死なないんじゃないかって。そしてトラップを使って藤城を殺した犯人は秋華だろうっていう結論まで出してたと思うんだけど」

 相手に見えていないのを理解しながらも、明は頷いて肯定を示す。

「そうだな。その発言は別に嘘じゃない。あの時点で最も怪しいと思っていたのは秋華だ。だが秋華が殺したにしろ誰が殺したにしろ、トラップを使った藤城殺しには一つ疑問があった」
「うん? 疑問って?」
「藤城の頭を陥没させるような重量と大きさを持つ凶器がこの館に存在しているのか。仮に存在したとして、その凶器はどこに行ったのかだ」
「ああ……」

 フィルムから呆けたような声が流れてくる。しかしそれは一瞬のことで、「ぷきき」という気色の悪い笑い声と共に、楽しげな声が返ってきた。

「そりゃそうだね。トラップを使った殺人なら確かに虚言既死は誤魔化せるかもしれない。でもこと藤城殺しとなると、トラップで殺したとするのは現実的じゃない。まず殺すための道具をスペルの力で作らないといけないけど、そもそもトラップタイプの武器を作る必要性は低い。せっかく作ってもまあまず一人しか殺せなくて、創造系スペルの利点を失うことになるからね。そして仮にそうした武器を作った人がいたとしても、じゃあその藤城を殺したアイテムはどこに行ったのかって話になる。人の頭を陥没させられるほどの重さと大きさを持ったものなんて、早々自由に動かせるとは思えないし、そもそも移動させる意味もないだろうからね」
「そうだ。特に最有力の容疑者である秋華では、そんな重い物を運べるとは思えなかった。だから俺の中で、お前か一井が生きているんじゃないかなんて馬鹿げた思考が再び浮上したんだ」
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