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雷鳴轟く四日目
朝から大声は止めて欲しい
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窓を叩きつける激しい雨音。
加えて断続的になる、天地を震わせるほどの雷鳴。
山ゆえの悪天候かと思っていたが、もしかしたら台風が接近しているのかもしれない。
人殺しの集う館。
外出が危険と思われるほどの台風。
ミステリ小説の一舞台を連想させるお誂えの状況。大抵この後に殺人の連鎖が起きて……。
「……ふう」
朝から浮かんできた憂鬱な妄想を、鬼道院は大きく息を吐くことで追い出した。
血命館四日目の朝。
当たり前であるが、目が覚めても見慣れた天井ではなかった。
今日までに死んだ五人のことを思えば、五体満足で朝を迎えられただけでも喜ぶべきなのかもしれない。が、今日も始まる殺し合いのことを考えると、素直に喜ぶ気にはなれなかった。
まして、昨日の深夜、東郷から聞かされたある提案。
あまりにも非現実的で受け入れがたい話であり、聞いた直後は頭が付いていかず答えを保留してしまった。一晩たち、冷静になってその話を反芻すると、昨晩以上にあり得ない話を聞かされたという思いが強くなる。
昨日の時点で断っておくべきだった。そんな風に後悔こそするものの、仮に昨日のあの時間に戻れたとして、断ることなどできないだろうことは予想がついた。
荒唐無稽にして自己犠牲に満ちた発想。その発想のもとになるのは、彼のイメージからすると意外ともいえる正義感。まるで宮城の様、といえば嫌がられることは間違いないだろうが、彼と同じ意志の強さと青臭さ、無鉄砲さがそこにはあった。
――まさか、彼が自身のキラースペルを私に明かすとは
東郷が交渉のために持ち出してきたスペルは、『大脳爆発』と同種の即死系スペル。殺されるリスクは当然のこと、殺されないにしても、提案を断られれば相手に塩を送るだけの行為であったのに。彼は自身の目的のため、躊躇いなくリスクを冒してきた。
そんな彼の行いを嘲笑い利用する。教祖として善行を諭してきた鬼道院に、そうできる程の悪辣さは備わっていなかった。
しかしだからと言って、東郷がしてきた提案には素直に頷けないだけの問題があり……。
「……これ以上の思考は、今日の戦いに支障をきたしそうですね」
下手をすれば丸一日悩み続けることになりそうな難問を打ち切り、鬼道院は身支度を開始する。
初日と同じ漆黒の修道服を身に纏い、琥珀石の数珠を首から下げる。そして内ポケットに切り札を忍ばせ、その姿に違和感がないことを鏡を見ながら確認。
何度か体を動かし、ばれる危険性がないだろうと判断すると、一旦椅子に腰を落ち着けた。
時刻は既に午前八時。喜多嶋による質問タイムは始まってしまっている。質問者が大勢いれば今からでも間に合うかもしれないが、そうでなければもう終了しているだろう。
藤城が亡くなった今、軽い協力関係を結んだ相手こそいるものの、行動を共にするようなパートナーはいない。なので自ら動いていかなければ今以上の情報を得ることはできない。
一分に及ぶ黙考の末、やはりシアタールームを尋ねてみようと結論付ける。
鬼道院は再度自身の格好に違和感がないことを確かめると、部屋に常備してあるペットボトルの水を一口飲んでのどを潤した。そして軽く伸びをしてから、扉をあけ廊下に出た。
「やあ、鬼道院君! こんなところで出会うなんて奇遇だねえ! この偶然を無駄にしないためにも、少しお話させてもらっても構わないかな!」
「………………取り敢えず、奇遇という言葉には無理がありませんか。私の部屋の前に立っていたのですから」
一日経って完全復活したのか。胡散臭いほどの輝かしい笑顔を浮かべた佐久間が、部屋の前に立っていた。
体の向きも完全に鬼道院の部屋と並行であり、たまたま通りかかったわけでないことは一目瞭然。もし虚言致死を唱えていれば百パーセント死ぬであろう大胆な嘘であった。
とはいえ、何時間も部屋の前で待機していたとは思えない。何か用事があり、扉をノックしようとしていたタイミングで、偶然扉を開けてしまったというところだろう。
それはそうと、一体どんな要件で佐久間は自分を尋ねてきたのか。自分と佐久間の間には関わりというほどの関わりはなく、二人だけで交わすような話題など存在しないはず。ゲームの内容からすれば殺しに来たと考えるのが妥当だが、それなら挨拶などせずにスペルを唱えているはずである。
となるとまた、大広間に皆で集まるよう呼び掛けにでも来たのだろうか。ただそうだとするなら、わざわざ奇遇だなどと嘘をつく必要はなかったと思われるが――いや、そうでなくともそんな嘘をつく必要性は感じないけれど。
パッと答えに思い至らず内心で困惑していると、その困惑に追い打ちをかけるように佐久間は突然土下座を始めた。
表情にこそほとんど変化は出ないものの、鬼道院の脳内ではクエスチョンマークが飛び交う。すると佐久間は、土下座した状態のまま「申し訳ありませんでした!」と大声で謝罪した。
「鬼道院君――いや、『心洗道』の教祖様! 私めの懺悔を聞いてください! 私は生まれながらの詐欺師なのです。物心ついた時から心の中にぽっかりと穴が開いておりました。その穴が何を意味しているのか幼少期はよく分からなかったのですが、成長し周囲の人を観察していくにつれその欠けているものが一体何なのか、その正体に思い至りました。そう、私には辛い、苦しいと思う感情が欠けていたのです!」
唐突に始まった懺悔の言葉に対処できず、鬼道院は黙って佐久間のつむじに目を向ける。制止の声が飛んでこないことを了承と受け止めたのか、佐久間は一層声を張り上げ懺悔の言葉を紡いでいった。
「私はいついかなる状況であれ、その状況を楽しんでしまえるのです。親に怒られようが友人に裏切られようが死ぬほど痛めつけられようが、私にとってはそれら全てが新鮮であり、生を実感させてくれる素晴らしい出来事として受け止められるのです。そんな人間であるがゆえに、私は裏切ったり騙したり人を傷つけてしまうことに躊躇いがありません。だってどれも私にとっては素敵で輝かしい行為なのですから! しかし、それが一般的な人々に当てはまらないものであることは、いい加減理解しております。私自身それを反省し、この特徴を活かすべく人が嫌がり避けることや普通できないであろうことを率先してやろう。私だけでなく、皆を楽しませることのできる人間になろうと、自身を諫めてはいるのです。ですが! 私は昨日また! 自身の楽しさだけを追求して皆に退屈でつまらない時間を提供してしまいました! さらには教祖様に私や姫宮さんを殺させそうになった上、ついには宮城君の死を招くことに……。ああ! なんと許されざる大罪をまた犯してしまったのか! 自分で自分が許せない! 私の全てを犠牲にしてでも償わなければなりません!」
「はあ、そうかもしれませんね」
まだ半覚醒状態の脳に大声は堪えるな、と、佐久間の話をほぼほぼ理解せずに相槌を打つ。佐久間は同意を得られたことに感動(?)したのか、頭を上げ涙に濡れた顔を鬼道院に晒した。
「こんな私ですが、唯一誰に対しても間違っていないと、胸を誇って言える真実を持っています! それは、生きていることは素晴らしいということ! おそらく多くの人を不幸にしてしまった私ができる最大の償いは、それ以上に多くの死に瀕した人たちを救うことのみ! 故に私の償いの第一歩として、今血命館にいる全員を生きてここから出したいと考えているのです! 有り難いことに、姫宮さん、六道君がこんな私にも力を貸してくれると仰ってくれました。そしてまた、彼らの力を借りることで一つだけ。たった一つだけではありますが、全員が助かる方法を思いつくことができたのです! しかしその方法は私の呼びかけだけでは成功が極めて困難なもの。是非とも教祖様にも力を貸していただきたいのです! どうか、私の贖罪のため――いや、皆を救うために! 何卒力をお貸しくださいませ!」
佐久間が血命館で見せた中でも最上級の懇願。
朝の未覚醒な脳には重すぎる大音量により八割方機能停止していた鬼道院は、依頼された内容に深く思考を巡らせることもなく、「分かりました」などと口を滑らせてしまった。
加えて断続的になる、天地を震わせるほどの雷鳴。
山ゆえの悪天候かと思っていたが、もしかしたら台風が接近しているのかもしれない。
人殺しの集う館。
外出が危険と思われるほどの台風。
ミステリ小説の一舞台を連想させるお誂えの状況。大抵この後に殺人の連鎖が起きて……。
「……ふう」
朝から浮かんできた憂鬱な妄想を、鬼道院は大きく息を吐くことで追い出した。
血命館四日目の朝。
当たり前であるが、目が覚めても見慣れた天井ではなかった。
今日までに死んだ五人のことを思えば、五体満足で朝を迎えられただけでも喜ぶべきなのかもしれない。が、今日も始まる殺し合いのことを考えると、素直に喜ぶ気にはなれなかった。
まして、昨日の深夜、東郷から聞かされたある提案。
あまりにも非現実的で受け入れがたい話であり、聞いた直後は頭が付いていかず答えを保留してしまった。一晩たち、冷静になってその話を反芻すると、昨晩以上にあり得ない話を聞かされたという思いが強くなる。
昨日の時点で断っておくべきだった。そんな風に後悔こそするものの、仮に昨日のあの時間に戻れたとして、断ることなどできないだろうことは予想がついた。
荒唐無稽にして自己犠牲に満ちた発想。その発想のもとになるのは、彼のイメージからすると意外ともいえる正義感。まるで宮城の様、といえば嫌がられることは間違いないだろうが、彼と同じ意志の強さと青臭さ、無鉄砲さがそこにはあった。
――まさか、彼が自身のキラースペルを私に明かすとは
東郷が交渉のために持ち出してきたスペルは、『大脳爆発』と同種の即死系スペル。殺されるリスクは当然のこと、殺されないにしても、提案を断られれば相手に塩を送るだけの行為であったのに。彼は自身の目的のため、躊躇いなくリスクを冒してきた。
そんな彼の行いを嘲笑い利用する。教祖として善行を諭してきた鬼道院に、そうできる程の悪辣さは備わっていなかった。
しかしだからと言って、東郷がしてきた提案には素直に頷けないだけの問題があり……。
「……これ以上の思考は、今日の戦いに支障をきたしそうですね」
下手をすれば丸一日悩み続けることになりそうな難問を打ち切り、鬼道院は身支度を開始する。
初日と同じ漆黒の修道服を身に纏い、琥珀石の数珠を首から下げる。そして内ポケットに切り札を忍ばせ、その姿に違和感がないことを鏡を見ながら確認。
何度か体を動かし、ばれる危険性がないだろうと判断すると、一旦椅子に腰を落ち着けた。
時刻は既に午前八時。喜多嶋による質問タイムは始まってしまっている。質問者が大勢いれば今からでも間に合うかもしれないが、そうでなければもう終了しているだろう。
藤城が亡くなった今、軽い協力関係を結んだ相手こそいるものの、行動を共にするようなパートナーはいない。なので自ら動いていかなければ今以上の情報を得ることはできない。
一分に及ぶ黙考の末、やはりシアタールームを尋ねてみようと結論付ける。
鬼道院は再度自身の格好に違和感がないことを確かめると、部屋に常備してあるペットボトルの水を一口飲んでのどを潤した。そして軽く伸びをしてから、扉をあけ廊下に出た。
「やあ、鬼道院君! こんなところで出会うなんて奇遇だねえ! この偶然を無駄にしないためにも、少しお話させてもらっても構わないかな!」
「………………取り敢えず、奇遇という言葉には無理がありませんか。私の部屋の前に立っていたのですから」
一日経って完全復活したのか。胡散臭いほどの輝かしい笑顔を浮かべた佐久間が、部屋の前に立っていた。
体の向きも完全に鬼道院の部屋と並行であり、たまたま通りかかったわけでないことは一目瞭然。もし虚言致死を唱えていれば百パーセント死ぬであろう大胆な嘘であった。
とはいえ、何時間も部屋の前で待機していたとは思えない。何か用事があり、扉をノックしようとしていたタイミングで、偶然扉を開けてしまったというところだろう。
それはそうと、一体どんな要件で佐久間は自分を尋ねてきたのか。自分と佐久間の間には関わりというほどの関わりはなく、二人だけで交わすような話題など存在しないはず。ゲームの内容からすれば殺しに来たと考えるのが妥当だが、それなら挨拶などせずにスペルを唱えているはずである。
となるとまた、大広間に皆で集まるよう呼び掛けにでも来たのだろうか。ただそうだとするなら、わざわざ奇遇だなどと嘘をつく必要はなかったと思われるが――いや、そうでなくともそんな嘘をつく必要性は感じないけれど。
パッと答えに思い至らず内心で困惑していると、その困惑に追い打ちをかけるように佐久間は突然土下座を始めた。
表情にこそほとんど変化は出ないものの、鬼道院の脳内ではクエスチョンマークが飛び交う。すると佐久間は、土下座した状態のまま「申し訳ありませんでした!」と大声で謝罪した。
「鬼道院君――いや、『心洗道』の教祖様! 私めの懺悔を聞いてください! 私は生まれながらの詐欺師なのです。物心ついた時から心の中にぽっかりと穴が開いておりました。その穴が何を意味しているのか幼少期はよく分からなかったのですが、成長し周囲の人を観察していくにつれその欠けているものが一体何なのか、その正体に思い至りました。そう、私には辛い、苦しいと思う感情が欠けていたのです!」
唐突に始まった懺悔の言葉に対処できず、鬼道院は黙って佐久間のつむじに目を向ける。制止の声が飛んでこないことを了承と受け止めたのか、佐久間は一層声を張り上げ懺悔の言葉を紡いでいった。
「私はいついかなる状況であれ、その状況を楽しんでしまえるのです。親に怒られようが友人に裏切られようが死ぬほど痛めつけられようが、私にとってはそれら全てが新鮮であり、生を実感させてくれる素晴らしい出来事として受け止められるのです。そんな人間であるがゆえに、私は裏切ったり騙したり人を傷つけてしまうことに躊躇いがありません。だってどれも私にとっては素敵で輝かしい行為なのですから! しかし、それが一般的な人々に当てはまらないものであることは、いい加減理解しております。私自身それを反省し、この特徴を活かすべく人が嫌がり避けることや普通できないであろうことを率先してやろう。私だけでなく、皆を楽しませることのできる人間になろうと、自身を諫めてはいるのです。ですが! 私は昨日また! 自身の楽しさだけを追求して皆に退屈でつまらない時間を提供してしまいました! さらには教祖様に私や姫宮さんを殺させそうになった上、ついには宮城君の死を招くことに……。ああ! なんと許されざる大罪をまた犯してしまったのか! 自分で自分が許せない! 私の全てを犠牲にしてでも償わなければなりません!」
「はあ、そうかもしれませんね」
まだ半覚醒状態の脳に大声は堪えるな、と、佐久間の話をほぼほぼ理解せずに相槌を打つ。佐久間は同意を得られたことに感動(?)したのか、頭を上げ涙に濡れた顔を鬼道院に晒した。
「こんな私ですが、唯一誰に対しても間違っていないと、胸を誇って言える真実を持っています! それは、生きていることは素晴らしいということ! おそらく多くの人を不幸にしてしまった私ができる最大の償いは、それ以上に多くの死に瀕した人たちを救うことのみ! 故に私の償いの第一歩として、今血命館にいる全員を生きてここから出したいと考えているのです! 有り難いことに、姫宮さん、六道君がこんな私にも力を貸してくれると仰ってくれました。そしてまた、彼らの力を借りることで一つだけ。たった一つだけではありますが、全員が助かる方法を思いつくことができたのです! しかしその方法は私の呼びかけだけでは成功が極めて困難なもの。是非とも教祖様にも力を貸していただきたいのです! どうか、私の贖罪のため――いや、皆を救うために! 何卒力をお貸しくださいませ!」
佐久間が血命館で見せた中でも最上級の懇願。
朝の未覚醒な脳には重すぎる大音量により八割方機能停止していた鬼道院は、依頼された内容に深く思考を巡らせることもなく、「分かりました」などと口を滑らせてしまった。
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