キラースペルゲーム

天草一樹

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正義躍動する三日目

問題整理と妄想

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 時計は午後六時を指している。
 正義の使者による裁判のせいで、今日という日はかなりの速度で終わりに向かってしまったようだ。そもそも朝、神楽耶に起こされたという一事から分かる通り、やや寝過ごしてしまっていた。今朝もシアタールームに向かい喜多嶋へ質問するつもりであったのに、それは逃すことになった。聞きたかった話は六道から得ることができたが、他のプレイヤーがどんな質問をしていたかは不明。今はもう、厄介な情報を得た者がいないことを祈るしかなかった。
 明はソファに腰かけ、神楽耶はベッドに横たわる。
 広間では数時間立ったままでいたため、肉体的にも精神的にも疲れがたまっている。その疲れを少しでも解消するために、二人は体を休ませることに全力を注いでいた。
 その甲斐あってか、三十分程度休むと話す気力ぐらいは戻ってきた。
 特にきかっけがあったわけではないが、二人は同時に体を起こすと、お互いに視線を合わせた。

「何か、聞きたいことがありそうな表情だな」
「それは勿論あります。私の頭では理解しきれないことが、たくさんありましたから」
「俺も今日のことを全て理解来ているわけではないんだがな。まあ俺自身の考えを整理するのにも役立つか。取り敢えず何が気になっているのか挙げてみてくれ」

 神楽耶は目を閉じ、指を一本ずつ折っていく。片手の指を全て折り曲げた所でぱちりと目を開き、再び明に視線を合わせてきた。

「はい。私が聞きたいのは主に五つです。
 藤城さんを殺したのは一体だれなのか。
 なぜ秋華さんは橋爪さんを殺した者の追及を止めたのか。
 一体誰がどうして宮城さんを殺したのか。
 佐久間さんはなぜ虚言致死のスペルで死ななかったのか。
 帰り際六道さんに尋ねた質問の意味と、虚言致死を使うのが危険だと言われていた理由。
 ざっと考え付く疑問はここら辺です」
「まあ、大体そんな所だろうな。宮城を殺した人物なんかは俺も特定できていないんだが、できる範囲で一つ一つ答えていくとするか」

 明は大きく伸びをしてから、まずは藤城殺害についての疑問を取り上げた。

「取り敢えず藤城の件から始めるとするか。一応藤城を殺した人物は運営であると結論が出たはずだが、それでは納得できなかったんだな」

 神楽耶は大きく頷いて言う。

「それはそうです。だって、東郷さんが橋爪さんを殺したのは、一昨日・・・でなく昨日・・だったんですよね。だとすれば藤城さんはルール違反を犯したから殺されたことになります。でも、温室の……それも出入り口で。一体どんなルール違反が犯せるでしょうか? あるとしたら誰かに暴力をふるってしまったとかだと思いますけど、そこまで短慮な人ではなかったと思うんです。鬼道院さんに止められたからとはいえ、結局東郷さんに暴力を振るったりしませんでしたし」
「そうだな。俺もあいつが暴力をふるって処刑されるほどのアホだとは思ってない。どちらかというと陰湿な小細工が好きそうなタイプに見えたしな」
「そうなるとやっぱり、藤城さんは血命館にいる誰かの手で殺されたことになります。でももしそうなら、どうして誰も『虚言致死』で死ななかったのでしょう? そこのところがどうにも分からないのです」

 その答えにさっぱり思い至らないのか、神楽耶は不思議そうに首を傾げる。
 明はすぐに自身の考えを口にせず、近くのテーブルに置いてあった天然水入りのペットボトルを手に取った。そしてそれを神楽耶の足元にまで滑らせ、「おそらくこれが答えだろうな」と呟いた。

「神楽耶。仮にお前が朝目を覚ました時、そこにあるペットボトルの存在に気づいてなかったら、躓いて転ぶ可能性はあると思うか?」
「は、はあ。寝起きでぼんやりしていたら躓くこともあると思いますけど、それがどうしたんですか?」
「じゃあ躓いたとき、その拍子に頭を強く床や壁にぶつける可能性はあると思うか」

 神楽耶の問いを無視して、明は無理やり話を続ける。何を聞きたいのか理解できないものの、おそらく意味のある問なのだろうと考え神楽耶は素直に答える。

「それも勿論ないとは言い切れませんね。あまり可能性は高くないと思いますけど」
「そうか。では頭を強く打った拍子にうっかり死ぬことはあると思うか」
「いえ、流石にないと思いますけど……。ぎりぎり可能性は零じゃない、と言ったところでしょうか」
「ならそのほぼあり得ないことが起きてお前が死んだ場合、それは俺が殺したと言えると思うか」
「……そういうことですか」

 ようやく問いの意味を理解し、神楽耶は深い溜息をこぼした。それは虚言既死などいくらでも言い逃れが可能であることへの、諦観の溜息。
 自身のせいかはっきりと分からない事象ならば、肯定も否定も嘘にはならない。そんな簡単なことで犯人不在という状況が作られてしまう事実に、虚言既死というスペルの難しさを神楽耶は理解した。
 彼女の反応を見て、自身の考えが伝わったことを明は理解する。そして床に投げたペットボトルを回収すると、再び話を続けた。

「まあ、俺のように自らの手で殺していた場合は、流石に認めざるを得なかっただろうがな。この点では藤城殺しの犯人は運が良かったというわけだ。いや、結果として誰が殺したかは分かったも同然だから、運がいいともいえないか」

 まるで犯人が分かっているかのような口ぶりに、神楽耶がはっと顔を上げる。すぐに誰がやったのかを聞こうと口を開きかけるも、一度口を閉じ自身の頭で考えてみる。すると以外にもあっさり、誰が怪しいのか神楽耶にも思い描くことができた。

「……秋華さんですね、犯人は。トラップで殺害した場合の話を避けて、いち早く運営が殺したのだと話を進めてましたし。加えて橋爪さんを殺した人物の話を始めることで、藤城殺害についての話題を強制的に終わらせた」
「絶対とは言えないが、その可能性が高いだろうな。鬼道院の申し出を受け、あっさりと犯人探しを止めたのもそのためだろう。無理に犯人探しを長引かせて、藤城の話に戻ってくることを恐れたんだ」
「成る程……。そうすると鬼道院さんが持ち掛けた話は大したものじゃなかったのですかね。単に話を切り上げるのにちょうどよかったから――それとも秋華さんの策に鬼道院さんが気づいていて、話すのをやめるよう脅されたのでしょうか」
「それに関してはどちらも違う」

 連鎖的に話を繋げ始める神楽耶に待ったをかけ、明はあの時鬼道院が何を言ったかを説明しだした。

「あそこで鬼道院が口を挟んだのは、俺があいつをけしかけたからだ」
「東郷さんが? でも、橋爪さんを殺したのは東郷さんであって鬼道院さんじゃないはずですよね? どうして彼が東郷さんの指示に従ったんでしょうか?」
「これはお前にも話していなかったことなんだがな。俺が橋爪を殺しに行ったとき、あいつは拳銃を所持していたんだ」
「拳銃を! でも、そんなものをどうして……」

 予想外の単語が登場したからか、神楽耶の目に困惑の色が映る。
 実際橋爪が拳銃を所有していたという事実は、かなり大きな意味を持つ。最も短絡的に考えれば、橋爪と一井が実はチームを組んでおり、大広間で橋爪が裏切ったのだと結論付けられる。それならば一井から武器を召喚(?)するスペルを聞いていたため拳銃を持っていた、と筋も無理なく通りはする。
 ただ、厄介なのはそうでなく、誰か別の人物から武器召喚のスペルを教えられていた場合。これが一井以外にも武器召喚系のスペルを持った人物が他にいるというだけなら、それは大した問題ではない。だがもし、一井と橋爪に武器召喚のスペルを与えた第三者がいたとすれば。その人物は初日から二人のプレイヤーとチームを組むことに成功し、かつ、自身の存在を一切気取らせずに他プレイヤーを殺させるよう仕向けていたことになる。
 万が一にもこの考えが当たっているなら、さらに過ぎた想像すら浮かんでくる。どんなものかと言えば、ここまでのゲーム進行がその人物――便宜的にこれからはXと呼ぶ――に全て支配されている恐れすらある、という話だ。
 藤城の殺害にトラップが用いられたなら、そこにも殺傷能力を必要とする武器が必要なはず。おそらく秋華が殺したと思われるが、それはXが武器を譲渡して殺させたのかもしれない。
 宮城の件も同様だ。もし一井や橋爪とあっさり協力関係を設けられるほど弁舌巧みなものなら、『正義の使者による裁判』などという他プレイヤーをこぞって敵に回させるような馬鹿げた行いに導くことも容易いことだっただろう。
 いくら何でもそれは考えすぎだと思いたい……思いたいが、明の頭からその妄想が打ち払われることはない。あらゆる可能性を想定しておかないと気が済まないという明の性分もあるが、それ以上に、どこかでXの存在を感じている自分がいる。それはおそらく、橋爪を殺しに行った際の彼の発言が元なのだろうが……。
 ただ、仮にXが実在したとしても、それはずっと行動を共にしている神楽耶でないことだけは確かである。ゆえにこんな妄想を語ったところで、彼女を怖がらせる程度の効果しか望めない。
 明は一旦自身の妄想を振り払うと、「さてな」と話を再開した。
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