キラースペルゲーム

天草一樹

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正義躍動する三日目

殺人者の究明

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 ところどころに赤や黄色の花の絵が刺繍された艶やかな白いワンピース。そのゆったりとした服から覗く白い絹の如き肌は、生者というよりも精巧に作られた人形のようにさえ感じられる。
 しかし彼女が人形でないことは、感情がありありと反映されるその表情を見れば一目でわかる。心を持たない人形では絶対にできないような、喜怒哀楽が交互に現れる、生きる意志に満ち溢れた顔つきをしているのだから。
 挑発的な笑みの中に、自分の発言に対する満足感を潜ませた表情で神楽耶は明に顔を向けた。
 ただただその表情に見惚れかけるも、些か明にとっては不都合な展開になりつつあることを認識し直す。神楽耶が提案した藤城を殺した人物の究明は全く問題がない。むしろ明にとっても都合がいいことに思える。しかしこの提案が通った場合、続いて橋爪の死に話題がシフトする可能性がある。
 神楽耶が敢えて藤城の死に触れたのは、明に対する注意喚起か。それとも間接的な裏切り行為か。
 しばらくは成り行きを見守ろうと考え速度を緩めていた頭脳に活を入れ、明はこの場を打開するための策を考え始めた。

「藤城を殺害した者の究明か。確かに人を殺しておきながら安穏とこの中に交じっている者がいると思うと吐き気はするが、このゲームにおける殺人は罪と呼べるほどのものではないだろう。自ら殺さなければ自分が殺される。今この場所は戦場と言っても過言ではなく、ここでの殺人はいわば正当防衛だ。真に裁きを受けるべきはこのゲームの主催者どもと言える。加えて藤城の死体には死人を辱めるような装飾も施されてはいなかったし、頭部を潰されたということは長く苦しませることもしなかったということ。犯人捜し自体は構わないが、俺がそいつに裁きを与えることはないと思うぞ」

 懇切丁寧に、宮城は神楽耶への質問に答えて見せる。
 自らの判断に絶対の自信を持っているだけあってか、彼の言っていることは普通に筋が通っている。少なくとも自分の好みで相手への量刑を変えることはなさそうだ。
 まあここで明にとって重要なのは、宮城の罪の捉え方よりもその論拠を長々と話してくれること。これなら対策を考える時間は充分ありそうである。
 どちらかといえば罪の捉え方に興味があったらしい神楽耶は、少し不満げに顔をしかめた。

「それって事情があれば人を殺してもいいってことですよね。でもそれは間違っていると思うのですけど。全く殺す気などなく事故で人を殺めてしまったのなら多少同情の余地はありますけど、実際に殺意を持って人を殺す。それができてしまう人はそれだけで危険な存在――裁かれるべき存在だと思います」
「なら神楽耶嬢は、戦争下で仕方なく人を殺した者も裁かれるべき罪人だと?」
「はい。そうした人たちに同情こそしますが、一度でも人を殺してしまった以上、彼らもまた罪人です。戦争は、多くの人を殺すと同時にそれ以上に多くの人を罪人へと変えてしまう。だからこそ、戦争は悲惨で二度と繰り返してはいけない過ちなんです」

 かなり過激な綺麗ごとを述べる神楽耶。その発言が終わって数秒が経過しても彼女の体に異変が起きていないことから、どうやら今のは嘘偽りのない本心からの言葉らしい。
 さすがの正義の使者もこの意見には呻き声をあげ返答に窮した様子。彼女の言は実際戦場に立ったことがないからこそ言える綺麗ごと。しかし、この場にいる人を殺したことのある者たちからしてみれば、そこにある種の正しさを感じずにはいられないこともまた事実ではあった。
 答えに思い悩み宮城の眉間に深いしわが刻まれる。すると、この会話を心底どうでもいいと言った様子の、強く侮蔑と苛立ちを含んだ声で架城が口をはさんできた。

「そのくだらない話、まだ続けるつもりなの? 百歩譲って正義の使者(笑)の質問に答えるのは構わないけど、意味不明で全く益のないゴミ話を聞かされるっていうなら悪いけど帰らせてもらうわ。聞いてるだけでアホらしすぎて耳が腐りそう。えーと、神楽耶さんとやら。その素敵な持論を抱くのは構わないけど、それをわざわざ他人に聞かせるのはやめてくれないかしら。それこそもしあなたが本当に人を殺したことがないのなら、その行為の前後でどんな変化が出るかなんて分かりようがないでしょう? ああ、反論はしないでもらえるかしら。これ以上無意味に時間を使いたくはないから。因みに私は藤城を殺していないわよ」

 捲し立てるようにそう言い切ると、架城は腕を組んで目を瞑った。
 宣言通り彼女は藤城を殺していないのか、数秒経ってもその体に変化は起こらない。
 また、架城があっさりと藤城殺害について否定したため、他のプレイヤーもこの件に関して答えた方がいいと言った流れが作られた。
 佐久間や秋華を始めとして次々に藤城殺害を否定する声が上がっていく。明としては少し疑っていた鬼道院も、特に躊躇う様子は見せず藤城殺害を否定して見せた。当然明と神楽耶も藤城を殺害した記憶はないため簡潔に否定の言葉を述べる。
 そしてあっと言う間に、証言をせず残っている人物は一人に絞られた。
 全員の視線がその人物――六道天馬に向かう中、彼は飄々とした態度で頭をかいた。

「うーん、少しボーっとしてたら僕が藤城を殺したみたいになっちゃったかな。さて、否定して見せるのは簡単なんだけど、その前に一つ提案するのが先か」

 六道は軽く首を傾げながら宮城に尋ねる。

「ねえ宮城君。君はどんなイメージをして『虚言致死』を唱えたのかな? 君の目の前で意図的に嘘をついた人物が死ぬようなイメージかい。それとも君の質問に対して意図的に嘘をついた人物が死ぬようなイメージかい? そのどちらかによって、ここで藤城殺害について否定した場合にスペルが発動するかどうかに差が生じると思うのだけれど。いや、そのどちらにしても条件が不足しているよね。この血命館に集められ、つい昨日までキラースペルゲームに参加させられていた藤城孝志を殺したかどうか。ここまで条件を明確にしたうえで答えさせないと、答える人が『どこか別の藤城某を殺していない』と考えて否定することでスペルが反応しなくなるだろうしさ。そこで面倒だとは思うけど、改めて宮城君自身の口から今の問いかけを僕たちに行ってくれないかな。そうすれば今度こそ、『キラースペルゲームに参加していた藤城孝志』を殺した人物が名乗り出ると思うからね」

 どこか今の状況を面白がるような笑みを浮かべ、六道は視線を他の参加者に向けていく。藤城を殺した人物はかなり肝が据わっているのか、彼の視線を受けても焦った様子を見せることはなかった。
 この提案が宮城にとって不利になることは一切ないため、宮城も特に嫌がることはせず、改めて一人一人に藤城殺害の犯人かどうかを尋ねていく。

 そして数分後。再度誰一人としてスペルの効果で死ぬ者はおらず、全員が藤城殺害を否定すると言った奇妙な状況が生まれることになった。

 この不可思議な結果が何を示すのか分からず、一同は困惑した様子で周りを見回す。その中でも真っ先にある考えに達した架城が、苛立ちを隠そうともせず宮城へと罵声を浴びせかけた。

「全く、とんだ茶番もいいところね。今質問に答えた奴の中に藤城を殺害した者がいないってことは、スペルの効果を唯一受け付けないあんた――正義の使者自身が藤城殺害の犯人だったってことじゃない。自分が殺したってわかってるのに、敢えてこんなくだらない真似をするとか……ほんとクソ野郎ね。それとも『虚言致死』自体がやっぱり嘘だったのかしら。まあどっちでも構わないわ。こんな嘘つきに裁かれる理由なんて一切ないし、私は帰らせてもらうわよ」

 氷柱のような冷たい視線を宮城に浴びせてから、その存在を無視するかの如く出口へと向かっていく。
 宮城は一層深いしわを眉間に寄せながら、制止するよう架城を呼び止めた。

「待て。俺にも一体何が起こっているのか分からない。少なくとも俺は藤城を殺したりはしていない」

 架城は立ち止まると、侮蔑の視線でそれに答えて見せる。

「あら。だとしたらやっぱり虚言致死ってスペルが嘘だったってことかしら。嘘のスペルで私たちの罪を暴こうとするなんて、随分せこい真似してくれるじゃない」
「それも違う。俺のスペルは本当に虚言致死だ。ここにそれを証明する紙だってある」

 宮城は自身が穿いている超短パンの中に手を突っ込み、中から一枚の紙を取り出し架城に突き出した。それを汚らわしい物でも見るかのように眺めた後、再度架城は言った。

「確かにその用紙は本物みたいだし、虚言既死ってスペルは間違っていないみたいね。ならやっぱりあなたが藤城を殺したってことになるじゃない。私たちは誰も嘘をついていないんだから」
「だから違うと言っている。そこまで疑うのなら、今この場でこのスペルを唱えて俺に同じ質問をしてみろ。俺は絶対に死なないぞ」
「それは……」

 用紙を見て『虚言致死』が本物のキラースペルであることを確信したからか。架城はこの場でそのスペルを使うことに勿体なさを感じてしまったらしい。
 曖昧に言葉を濁すと、広間を見回して自分の身代わりになる人物を探し始めた。
 すぐに身代わり候補は見つかったようで、架城はにんまりとした笑みを浮かべてその人物に問いかけた。

「そうだ。さっきからあんた――佐久間は全然喋ってないわね。いつもならべらべらと話し続けてるのに。やっぱりあんたの口から出た言葉って欺瞞まみれの薄っぺらいものだったのかしら。もしそうじゃないっていうなら、この筋肉ダルマに『虚言致死』を唱えて藤城を殺したかどうか尋ねなさいよ。あんたが随分前から口にしてる『皆仲良く』を実現させるためには、嘘つきの存在が邪魔でしょうしね」

 いくら何でも強引すぎるだろう理論を掲げ、無理やり佐久間にスペルを唱えるよう勧め始める。ただ、これも佐久間以外のプレイヤーにとっては悪い展開ではないので、誰も架城を諫めようとはしない。
 当の佐久間は、ひどく弱弱しい顔つきで架城の無茶ぶりに答えた。

「……いやね架城さん。私としてはそんな嘘をついているつもりはないのですよ。ただ仕事がら、多少は思ってもいないことを話さないといけない機会はあって……。よい人間関係を築くためには多少のお世辞も必要じゃあないですか……。でも、もしそれを嘘として捉えられるとするならやはり迂闊には喋れないなと……。
 でも……、そう、そうですよ! この誰一人として嘘をつけない場においてなら、みんなの間に真の友情を築くことが可能かもしれない! だとしたらここで臆して話すのをやめてしまうのは非常に勿体ないことです! いいでしょう架城さん! 皆さんの期待にお応えして、私、佐久間喜一郎。宮城さんに『虚言致死』のスペルを唱えたいと思います!」
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