キラースペルゲーム

天草一樹

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不動の二日目

二日目の終わり

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 部屋の扉を閉め、俺――藤城孝志――は独り廊下に立ち尽くす。素早く左右を確認し、周りに人がいないことを確かめる。近くには誰もいないことが分かると、俺は自分の口元に手を当てた。

「くくくくく。まさかここまで順調に進むとはな。マジで教祖様様ってところだぜ」

 手で押さえても漏れ出る歓喜の声。
 しばらくの間肩を震わせ笑い続けていたが、流石にずっとここで笑い続けるわけにもいかない。もう一時間もしないうちに十時となり連絡通路の扉が閉まってしまう。
 俺は何とか笑いを収めると、再度左右を確認してから足音を殺しゆっくり温室に向けて歩き出した――別に足音をわざわざ殺さずとも、この館の絨毯は足音を完全に吸い取ってくれるのだが。
 俺が前日も温室に隠れて連絡通路を見張っていたことを知る人物は四人ほどいる。だがそいつらも、まさか二日連続で俺がそんなことをするとは考えていないだろう。既にばれた以上、もう警戒されている場所にわざわざ隠れたりはするまいと。
 だからこそ隠れ場所としては最適。それに俺が昨日そこに隠れていたことを知らない奴らは、前日の秋華のように面白い情報を落としていってくれるかもしれない。

「にしても、本当、今日は最高の日になったぜ」

 警戒するのが無駄だと思えるほど血命館には人の気配がない。こうして静かすぎる場所にいると、つい大声を出して騒ぎたくなってしまう。が、いくら何でもそれは自重する。だけれども、多少の独り言をつぶやくぐらいなら何も問題はないだろう。
 俺は絶えず周囲へと目を光らせながら、今日の収穫について思いを馳せる。

「教祖様のキラースペルを手に入れられたのは予定通り。まあ思っていたほど強力なスペルとは言えなかったが、幸いにも一井が初日に死んでるからな。あいつの死体を操作できればかなり強力な手札になりうるだろ」

 死体相手には暴力禁止のルールは適用されないかもしれないが、それにしたって既に死んでおり、こちらが操作をする限り永遠に動き続けられる兵を作れるならメリットの方が多いはず。
 強いて恐れることがあるとすれば、それは死体を操作していると気づかれること。不死身の兵士の所有権を持つ者など、真っ先に殺人対象に選ばれるに違いない。だからこのスペルを使うときは、できるだけ人が集まっており誰が操作しているか分からない状況がベストだろう。
 佐久間あたりが再び大広間への招集をかけてくれれば、その時にでもお披露目したいところである。

「んと、取り敢えず連絡通路に到着っと」

 ゆっくり歩いていたため大分時間がかかったが、誰にも見られることなく連絡通路までやってこれた。問題はここから温室までなのだが、ダッシュして誰かに見られるリスクを減らすか。それとも温室や地下階段から誰かが出てくることを考え、何食わぬ顔でゆっくりと歩いていくか。
 少し悩んだ末、ゆっくりと歩いていくことに。もし走って温室に向かう姿を見られた場合、余計な勘繰りをされて殺害順位を上げられてしまう恐れがある。そもそも誰かに見られたからと言ってそれが即時に死を招くわけでもない。ここは慎重に、何が起きても対処できるよう頭を働かせながらゆっくり動くのが最善のはずだ。
 一度左右を見回し誰もいないこと、何の音も聞こえないことを確かめてから連絡通路へと足を踏み入れる。
 念には念を入れて時折後ろも振り返りつつ、俺は収穫した情報の確認を再開した。

「俺の持ってるキラースペルも使いようによってはかなり強力だが、咄嗟に使えるタイプのものではないからな。今日だってチビ女に見つかった際唱えようと思ったものの、具体的にどう改竄するべきか思い浮かばなくて唱えずに終わったし。まあ結果的にあいつは何もせず帰ったわけだから使わなくてよかったんだが」

 とはいえ今後もそう都合のいい展開になるとは限らない。誰が対象であってもそれなりに有効に働くような、うまい具合の記憶を考えておく必要がある。

「しかしそんなことより、あのクソ野郎の弱みに気づけたのはマジでラッキーだった。これもほんと、教祖様様だな」

 俺にナイフを投げてきたあのクソ野郎――東郷と自称無実女の神楽耶。二人から言質をとったわけではないので百パーセントとは言えないが、あの二人の協力関係に関する俺の推理はまず間違っていない自信がある。
 そもそも俺と東郷は――あまり認めたくはないものの――タイプこそ違うが考え方はかなり似通っているところがある。基本的に周りを信じず、自分の考えだけで突き進む。仲間にするとしたら協力というよりは自分の力で操ることが可能そうな馬鹿を好んで選ぶ。自身の思い通りにいかないことが起きると途端に不機嫌になる。
 そこら辺はたった二日会っただけでもなんとなく察したこと。そしてそんな俺と似た奴が、どうやって初日から自称無実女とチームを組めたのか。少し考え、そして実際に観察してみたら容易に答えが浮かび上がってきた。
 とはいえ、俺だったらまず取らないであろうかなりリスクの高い作戦。仲間を作ることの重要性、優位性は分からなくもないが、これは無謀もいいところだろう。
 やはり似てはいるが、全く同じなわけではない。
 まず俺とあいつとで大きな差があるとすれば、それは多弁な馬鹿を装っているか、寡黙な優秀野郎を装っているのかという点。まあその差が、囮としても大して役に立たないであろう神楽耶を早いうちに味方にするか、使い勝手が無数にある教祖様を二日目に味方にするかという結果を作ったわけだが。

「ああやっぱり、教祖様、教祖様だよなー。ほんと、まさかこんな場所であんな使い勝手のいい玩具に出会えるとは……。くくく、人生どこに幸せが転がってるか本当にわからないな」

 東郷含め、プレイヤーの全員が教祖様には一目置いている。実際あの威圧感というか圧倒的なまでの存在感というか――とにかく教祖様が持つ特殊なオーラには、俺だって圧倒されずにいられない。
 だが、じゃあ本人がそのオーラに値するほど凄い人間かと言われれば、まずそれはないと断言できる。
 昔から他人の粗を探し、周囲を陥れることで自分の地位を保ってきた。俺自身がどんなに努力しようとも、本当に何かに優れた人間や元からこの世のトップにいるような人間には――少なくとも正攻法では敵わない。自分にそこまで優れた才能はない。努力じゃ到達できないことがある。
 ただ――正攻法で追い抜くことが叶わなくとも。相手を陥れ、自分よりも下に追いやるという方法でなら、決して勝てない相手などないということは証明してきた。この世界ではいくら善行を積み、社会や周囲に利益を与えていようとも、たった一つ汚点が見つかりさえすればあっという間に評価は地に落ちる。
 だから自身を向上させるための努力をするよりも、周りを蹴落とす努力をした方が何倍も楽に生きられる。時にはそれが高じてやり過ぎてしまい、今みたいな面倒事を招くこともあるが――それだって俺がこれまでにやってきたことを思えば軽い罰だ。
 まあそれはともかく、周囲を陥れるために絶えず人間観察を行ってきた俺からすれば教祖様の本質は明らか。
 周囲から過大な評価を受け、その評価を落とさないよう努力しているただの凡人。それが教祖様――鬼道院充という男だろう。あれだけヤバそうな雰囲気を醸し出しておきながら、口から出る発言はどれも平凡で誰でも考えつくようなもの。間違ってこそいないが、あっと驚くような考えは一切飛び出さない。
 酒を飲むとすぐに顔が赤くなるのを利用し、酔っぱらったふりをして本心を聞き出そうとしたが、それには失敗した。だが、こっそり観察している限りではやはりこれといった動きをするでもなく、自室でもただボーっとしているだけ。あれが神算鬼謀の策士だとは全く思えない――というかあり得ないだろう。
 だがしかし、俺以外に教祖様の本性に気づいている人間はいないらしい。あの圧倒的な雰囲気にのまれ、どいつもこいつも萎縮してばかりだ。
 となればこれから俺がやることは簡単。基本全ての行動を教祖様の指示通りに動いているように見せかけつつ、裏では俺が教祖様を操りゲームを攻略する。教祖様を前面に押し出しておけば、本性に気づいていない他のプレイヤーどもは怯えてむやみに仕掛けようとはしなくなる。仮にいざ倒そうという段階になっても、教祖様の金魚のフンである俺など眼中になく狙われることもないはずだ。

 要するに、教祖様が生きている限り俺の安全は保障されたも同然なわけである。

 だから後は、教祖様が殺される前に少しでも他のプレイヤーの情報を集めつつ、あまり目立たぬよう一人の時はひっそりと身を隠すこと。それをしっかりやっておけば、こんなゲーム無理なくクリアできる。

「と、結局誰にも見つからずに温室まで来れたか」

 おおよそのまとめが終わったところで、タイミングよく温室の前にたどり着いた。
 最終確認として、前後左右をきっちり見回し誰もいないことを確認。ついで耳を澄まして何か物音が聞こえないかも確かめてから、俺はようやく温室の扉を開けた。

「それにしても、今日も着替えそびれちまったな。紫のタキシードってのは嫌いじゃないんだが、これからはあんまり目立つ格好してんのもやばいだろうし。いや、逆に多少目立っといた方が小物っぽさが増して――」

 ガサリ
 不意に頭上から、木の葉が動くような音が。
 慌てて顔を上に向けると、そこには巨大な影が――
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