キラースペルゲーム

天草一樹

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不動の二日目

十四人目の可能性

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「それは……確かに面白い情報ですね」

 内心の驚きを表情に出すことこそなかったものの、僅かに声が震えてしまう。その声の震えを感じ取ったのか、藤城は愉快そうに肩を揺らしながら続けた。

「さすがの教祖様も俺たち以外にプレイヤーがいる可能性は考えてなかったか。ま、つってもあくまで可能性の話で、絶対の確証があるわけじゃねえんだけどな。謎の十四人目の姿を直接この目で見たわけじゃないからよ」
「では、一体何を見てそのような考えに思い至ったのでしょうか? このゲームに私たちに知らされていないプレイヤーが他にもいる。その考えは非常に斬新で面白いとは思いますが、そんな人物を主催者が何の意図で用意したのか。そこのところに全く想像が及びません」

 十四人目のプレイヤー。いたとしたらルールそのものを壊しかねない存在。主催者が敢えてプレイヤーに告げていないことはいくつか存在するだろうが、プレイヤーの人数が異なるなどという明確な嘘が盛り込まれているとは思えない。それはどちらにとっても面白い展開とは言えないだろうから。
 鬼道院の困惑した様子が楽しいらしく、藤城は益々上機嫌に考えを述べていく。

「人を信じるのが本分の教祖様じゃあ、確かに思い浮かびづらいのかもしれねえなあ。ま、考えられるとしたら、純粋に俺たちへの嫌がらせとしてもう一人用意していたか。主催者が全く感知していないゲームとは無関係な人物がいつの間にか紛れていたか。主催者からしたらその十四人目は、プレイヤーではなくゲームの道具として用意されていた――とか、そんなところだろうな」
「成る程。藤城さんは実に想像力が豊かですね。全く関係のない第三者が紛れていた可能性は流石に低いとは思いますが、三つ目の考えはかなり的を射ている気がします。それなら主催者側からしたら嘘をついていることにはなりませんし、私たちへの嫌がらせとしても十分機能しますから」
「だろ? 俺も三つ目の奴が実際一番可能性が高いんじゃないかと思ってんだよ。ルールのせいで一日一人は死ぬように設定されているが、それでもゲームの進行具合は俺たちプレイヤーの手に委ねられている。だが、こんな意地の悪いデスゲームを考えた主催者たちが、毎日一人ずつしか死なないちんたらしたゲーム展開を享受するとは思えねえだろ。だからゲームの進みが遅いときには、その十四人目がゲーム展開を早めるような、厄介な動きをするんじゃないかと睨んでんだ」

 鬼道院に賛同され自信をつけた様子の藤城。まだ朝だというのに談話室に飾られていたワインを一本持ってくると、コップに移さずボトルのまま飲み始めた。
 寝不足にも関わらず飲酒などして健康に良くないのではないか。少しだけ藤城の健康状態が気になるも、敢えて止めるようなことはしない。彼のようなタイプには口で言っても意味がないことは理解していたし、酔ってもっと口が軽くなることを期待していたからだ。
 一気にボトルの半分まで飲み干し、気分良くリクライニングチェアにだらしなく体を預ける。そんな藤城を見ながら、鬼道院はお茶をすすりつつ聞いた。

「それで、藤城さんは結局何を見てその考えに思い至ったのですか? 勿体ぶらず、そろそろ教えていただきたいところです」

 早くも顔を赤く染めながら、藤城は陽気に答える。

「それもう聞いちゃうのかよ教祖様。いや、そりゃ知りたいに決まってるわな。これは教祖様を信頼して言うんだからな。ここまで言わせるなら、裏切ったりするなよ」
「藤城さんが私を裏切らない限り、私も決して裏切らないことを誓いますよ」

 鬼道院の言葉に満足し、藤城は笑顔でボトルの中のワインを全て飲み干す。そして一応周りに気を配っているのか、顔を鬼道院に近づけ低い声で囁いた。

「俺が見たのは、午前三時。連絡通路の閉鎖が終了してから一時間後のことだ。眠い目をこすりながらぼんやりと通路に目をやってたら、見た目小学生女――秋華千尋がこそこそしながら通路に現れたんだよ」
「秋華、千尋……」

 昨日の自己紹介にて、自分の年齢を語るという一事だけで鮮烈な印象を与えてきた少女――もとい女性。佐久間が大広間に集まるよう誘いをかけてくる前に、彼女は鬼道院のもとを訪ねていた。そこで多少話をしていたため、他のプレイヤーよりもはっきりと記憶に残っている。
 ポーカーフェイスという点では自分と並ぶのではないかというほど、感情が顔に反映されない少女。受け答えも素早く的確で、頭の良さはすぐに伝わってきた。が、その分腹の内が読めず、会話を続けているとぞわぞわした気味の悪い気分に陥ってしまったのを覚えている。
 結局大した話をすることもなく、世間話のような会話だけをして去っていった秋華。
 そんな彼女が何の目的で深夜(早朝?)に連絡通路へ現れたのか。
 話の続きに全く予想がつかず黙っていると、藤城は空のボトルを手で弄びながら言った。

「深夜三時に通路に現れたんだ。驚きもしたが、それ以上に期待もしてよ。温室からじっと動きを窺い始めたわけよ。そしたら秋華の奴、手にペットボトルと缶詰を大量に持ってたんだよ。それで周囲をやけに警戒しながら本館へと向かっていきやがる。ただな、ここでちっとやらかしたのが、秋華の奴かなり夜目がきくらしくて、温室に隠れている俺の存在に気づきやがったんだ。実際俺も思わぬスクープに興奮していたせいもあって、つい体を乗り出してその姿を追ってたからよ。そのせいで途中で見ていることがばれて、秋華は何事もなかったかのように別館へと戻っちまった。とまあ、以上が俺が見た衝撃シーンだわな」

 話し終え満足したのか、藤城は再び席を立ちガラスケースからワインボトルを数本拝借してくる。すでに顔は真っ赤になっているが、足取りに乱れはなく、言葉もはっきりとしている。酒に強いのか弱いのかはよく分からない。
 それはともかく、鬼道院は疑問に思ったことを口にした。

「秋華さんが誰にも見られることなく深夜、本館に向かおうとした。その際彼女は水や食料を保持していた……。それだけ聞くと、私としては彼女のスペルが毒に関わるもので、毒を加え終わった食料を厨房に戻そうとしていた。そう考えてしまうのですが、それでは何かおかしいのでしょうか?」

 藤城はまたしてもワインをラッパ飲みしながら答える。

「おかしいね。仮にものに毒を吹き込むスペルがあったとして、どうして食料を一度自室に持ち帰ったんだよ。厨房でスペルを唱えて、さっさと毒入りにしちまえばいいだけの話だろ。神経質な奴なら自分の分の食料は最初に全部持って行っちまって、新たに取りに行ったりもしないだろうしな。タイミング的にも微妙過ぎるってもんだぜ」
「そう言われればそうですね。しかし初日の段階ではそこまで決心がつかず、二日目にしてようやく実行する気になったのかもしれませんよ」
「そりゃ可能性だけで言うならその可能性もあるだろうけどよ。俺の見立てじゃあの女、体はちっせえ癖に度胸はそれなりのもんだと思うぜ。やるんだったら躊躇わずに初日からやってたと思うけどな。つうかよ。あいつが知られざる十四番目の人物に食料を渡しに行ってたと考える方がおもしれえだろ。偶然にも主催者が隠しておいたとっておきの道具――十四番目のプレイヤーを見つけ、秋華はそいつの存在を隠したまま利用することにした。その方がゲームとして盛り上がるし、なんだかワクワクしてくるじゃねえか」

 そう言うと、藤城は空になったボトルをテーブルに叩きつけるようにして置いた。

(これは完全に酔ったな)

 そっとため息をつく中、藤城は緑茶がまだ残っている鬼道院の湯飲みにもワインを注ぎ始めた。

「ああー、景気づけに教祖様も一緒に飲もうぜ。こんなクソゲームに巻き込んだお詫びなのか、めっちゃうめえからよ。遠慮して飲まないでいたらもったいないぜー」

 鬼道院は首をゆるゆると振って、藤城の申し出を拒もうとする。

「申し訳ありません藤城さん。私はあまりお酒が好きではないのです。それにまだ二日目は始まったばかり。朝から酔っていてはいつ他のプレイヤーに付け込まれるか分かりません。ここは――」
「おいおい教祖様とあろうものが何をビビってんだよー。つうかよ、マジ教祖様その意味不明な威圧感出すのもう少しおさえてくんねえかぁ? 酒でも飲んで酔わなきゃ緊張せずに話し合いとか進めらんねぇじゃねえか。あ、そうだ。教祖様は俺みてえになんか面白い話は持ってねえのか? こっちはこんだけ大事な情報を渡したんだから――」

 酔った勢いでぺらぺらと話しかけ続ける藤城に屈し、鬼道院はその後一時間。彼の絡み酒に付き合うこととなった。
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