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不動の二日目
死体検分
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スクリーンの明かりが消えたことにより、部屋の光度が一気に下がる。それに伴い場の空気も重苦しくなり、鬼道院は息が詰まるような気分に陥った。
それは東郷も同じだったのか。用は済んだとばかりに無言で出口へと向かっていく。そんな彼に対して佐久間が「せっかくだし朝食を一緒にどうだい」と声をかけるも、当然のごとく黙殺された。
一瞬残念そうな表情を浮かべるも、すぐに鬼道院へも同じ誘いをかけてくる。鬼道院はこれをやんわりと拒否し、滑るように歩いて廊下に出た。
廊下には自室へと戻ろうとする東郷の姿があった。鬼道院はやや駆け足で彼の後を追いかけ、肩にポンと手を置いた。
「東郷さん。少しお話を……と、驚かせてしまったでしょうか」
「………………別に、気にするな」
肩に手を置いた途端、飛び跳ねるようにして東郷はその場を移動した。あまりの反応に鬼道院としても戸惑いを覚えたものの、東郷は小さく深呼吸をするとすぐに落ち着きを取り戻した。
東郷は訝しげな表情で鬼道院を睨み付ける。
「それで、一体何の用だ。まさかまだ俺が橋爪を殺したと疑ってるのか」
「いえ、疑ってなんかいませんよ。ただ少し、橋爪さんの死因が銃殺であると言った際の反応が気になりまして。何が気になったのか、お尋ねしたいと思っただけのことです」
諭すように、ゆっくりと説明する。
もともと話し方がゆっくりだったわけではないが、教祖をやるにあたってその方がいいと友人に勧められた。今ではすっかりそれが定着し、早く話すのが苦手にさえなっている。
だからこの話し方に他意などないのだが……東郷が妙な勘繰りを深めないでくれることを祈るばかりである。
動揺は最初だけであり、今は完全に落ち着きを取り戻した様子の東郷。それでも鬼道院を警戒しているのか、距離は開けたまま返答した。
「昨日橋爪が言っていたように、この館に武器となるようなものは置いてなかったはずだ。当然銃なんて危険なものがあるはずもない。仮にあったとしても、スペルで可能となった殺人のみが有効な以上、使い道なんてほとんどないしな。にもかかわらず橋爪が銃殺されたのなら、一井がやったようにスペルの力で銃を作り出したということになる。そしてもしそうなら、どうして橋爪だけを殺して俺たちを殺さなかったのか。それが気になったんだ」
「成る程。銃殺というワードだけから、そこまでのことを考えたのですか。東郷さんは素晴らしい思考力をお持ちのようですね。ではせっかくですので、一緒に橋爪さんの死体を見に行きませんか? 実際に見ていただければ、何かわかることがあるかもしれませんから」
「……分かった」
てっきり断られることを想定しての誘いだったのだが、意外にも東郷はあっさりと承諾した。
それでも並んで歩こうという気はないらしく、速足ですたすたと橋爪の部屋に向かっていく。置いて行かれないよう鬼道院も歩調を早め、東郷の斜め後ろをついていくことにした。
特に話すこともないので最初は無言で歩いていた二人だが、東郷の部屋の前を通ったところでふと鬼道院は口を開いた。
「そういえば、神楽耶さんは連れてこなくても大丈夫なのですか? いくらチームを組みスペルを二つ持つとはいえ、単独で行動していてはメリットも半減してしまいそうですが」
「……お前は今すぐ俺を殺そうと考えてるのか」
「まさか、そんなことあるわけないではありませんか。二つもスペルを持っている人を敵に回すなど、無謀なことはしませんとも」
「即死系のスペルであれば相手が所持するスペルの数なんて関係ないだろ」
「いえいえ、残念ながら私のスペルは即死系ではありませんし、そもそも使い勝手が悪いものですから。それこそ誰かチームを組んでくれる人が現れでもしない限り、積極的には動けませんよ」
「……」
一瞬視線を鬼道院に向けたものの、東郷はすぐ正面へと顔を戻した。
おそらくこちらのスペルについて探りを入れようとしていたのだろう。ただ、元から相手の言葉を信じるつもりがないのに、一体どうやって自分のスペルを当てようと考えていたのか。
鬼道院としてはその行動に無駄を感じたが、特に言葉には出さなかった。
そんな静かな探り合いをしているうちに橋爪の部屋に到着した。
東郷が扉の前で警戒した様子を見せる中、既に一度部屋を調べた鬼道院は粛々と扉を開け死体の隣に移動する。その後ろを緊張した様子でついてきた東郷は、床に倒れ伏す死体を見て眉間に深いしわを刻ませた。
「確かに橋爪の死体だな。だが、どういうことだ。こいつの頭の陥没具合からみて、銃で殺されたのではなく撲殺されているだろ。ご丁寧にも凶器と思わしき血の付いたシャンパンボトルも横に転がっている。お前はこの死体のどこを見て銃殺されたと考えたんだ?」
「はい。まずは出入り口の扉付近を見てください。微かにではありますが、血痕が付着しているのが分かりますか」
すっと腕を持ち上げ、扉側を指さす。指の示す方へと東郷が近づくと、血痕を発見したのか小さく頷いた。
「成る程な。確かに血がついている。だが、それが銃とどう関係があるんだ?」
「おや、頭脳明晰な東郷さんにしては察しが悪いですね。死体からその血の付いた壁まではかなり距離があります。加えて橋爪さんは頭部を扉側に向け俯せで倒れている。つまり彼は背後から後頭部を襲われ、前のめりに倒れた。その後確実性を期すためか頭の形が変わるほど何度も殴りつけられた。そう考えられるはずです」
「要するにお前が言いたいのは、後頭部を殴られたのならその逆方向にある扉側に血が飛ぶのはおかしい。と、そういうことだな。だがそれでどうして銃が登場する。橋爪が銃殺されたと考えるには不十分だろ」
鬼道院は首元の数珠をなぞりながら、「そうでしょうか?」と首を傾げた。
「犯人が橋爪さんの背後に回り、扉に向けて銃を放ったとすればどうでしょう? 橋爪さんの頭部を貫いた弾丸は血をまとって壁に衝突する。その血が今見ていただいた血痕であると考えれば、すんなり筋が通る気がしませんか?」
東郷はすぐに答えようとはせず、死体の近くにしゃがみ込んだ。そして躊躇うこともほとんどないままに潰れた頭部を持ち上げ、人差し指を用いて顔表面をなぞり始めた。
死者の――それも自然死とは程遠いグロテスクな死体が弄られる光景に耐えられず、鬼道院はそっと目を伏せる。元から細目で開いているかどうかわからないような見た目のため、東郷がそれに気づくことはない。仮に気づいたとしても、せいぜい黙祷をしているだろう程度にしか思わないだろうが。
しばらくして東郷は死体から指を話すと、小さく首を横に振った。
「今調べた限りでは橋爪の頭に弾丸が通ったような穴は開いていなかった。それに自室の中で銃を持った相手に背後を取られるとは考えづらい。仮にこいつに協力者がいたとしても、そこまで気を許したりはしないだろう」
「では壁に付着した血についてはどう考えるのですか?」
「別に難しい話じゃない。単に橋爪の頭を潰す作業中にたまたま血が遠くまで飛んだのかもしれない。橋爪の返り血を浴びた犯人が部屋から出るときについ壁に指を触れたのかもしれない。可能性を上げるだけならいくらでも考えられる。はっきり言って、どうしてお前が銃などという突飛なものを思いついたのかの方が不思議なくらいだ。実はお前が殺したんじゃないのか?」
シアタールームで犯人扱いされた腹いせにか、今度は東郷が皮肉気な笑みで鬼道院を見つめる。
さてどう答えたものかと沈黙すること約一分。
鬼道院の黙るという行為は、それだけで周囲へ異常なまでのプレッシャーを与えてしまうもの。考えがまとまった頃には、完全に笑みが消え無表情になった東郷の姿があった。
ああ、これはまた余計に誤解されたかな。などと嘆きつつ、鬼道院はゆったりと反論を開始する。
「私が銃の存在をなぜ疑っているのかを話す前に、橋爪さんの背後をとること自体は可能だったはずだ、ということを言わせてください。橋爪さんは大広間にて自分のキラースペルを唱え、既に戦うための武器を失っていました。もしそこに銃を持った誰かが押しかけてきたら、彼は全く抵抗することができなかったはず。ですから橋爪さんの背後に回り、銃を突きつけるという行為は難しくなかった、というのが私の考えです」
一度言葉を切り東郷の反応を窺うが、特に異論がある様子は見られない。鬼道院に言われるまでもなくその考えには辿り着いていたのだろうか。
東郷が今何を考えているのか分からず不安に思うも、鬼道院はゆったりと話を続けた。
「それから私が銃の存在を疑った理由ですが、それこそ非常に単純な話なんです。クローゼットの中を見てみてください」
「クローゼット……」
各部屋に備え付けのきめ細やかな木目のついたクローゼット。中には血命館で十日間過ごすに足る、十分な数の洋服がハンガーで吊られている。
特に自室と差があるようには見えず、東郷は眉間にしわを寄せながらそれらを眺める。鬼道院はそんな彼の後ろから、「服をかき分けて奥を覗いてみてください」と声をかけた。
素直にその言葉に従い、東郷は服を端に寄せていく。そしてすぐに「そういうことか」と小さく声を漏らした。
「銃弾がめり込んでいるな。確かにこれを見れば銃という発想が出てきたのも頷ける。……というよりも、できれば最初にこれを見せてもらいたかったところだな」
「申し訳ありません。橋爪さんの死体を無視してこちらを優先するのも変に思いまして、こういった順番になってしまいました。ですが、納得してもらえたようでよかったです」
落ち着いた声と共に笑みを投げかける。
東郷は一瞥した後すぐさま銃弾に視線を戻し、じっと何かを思案し始めた。
鬼道院はそんな彼の横顔を眺めるうちにふとある考えが浮かんできた。妙案か愚策か判断に迷うところではあるが、言ってみる価値はある気がする。
気づかれないぐらい微かに近づいてから、東郷の思考の邪魔をしないようそっと囁きかけた。
「ところで東郷さん。一つ提案なのですが、私と協力関係を築いてはくれませんか?」
それは東郷も同じだったのか。用は済んだとばかりに無言で出口へと向かっていく。そんな彼に対して佐久間が「せっかくだし朝食を一緒にどうだい」と声をかけるも、当然のごとく黙殺された。
一瞬残念そうな表情を浮かべるも、すぐに鬼道院へも同じ誘いをかけてくる。鬼道院はこれをやんわりと拒否し、滑るように歩いて廊下に出た。
廊下には自室へと戻ろうとする東郷の姿があった。鬼道院はやや駆け足で彼の後を追いかけ、肩にポンと手を置いた。
「東郷さん。少しお話を……と、驚かせてしまったでしょうか」
「………………別に、気にするな」
肩に手を置いた途端、飛び跳ねるようにして東郷はその場を移動した。あまりの反応に鬼道院としても戸惑いを覚えたものの、東郷は小さく深呼吸をするとすぐに落ち着きを取り戻した。
東郷は訝しげな表情で鬼道院を睨み付ける。
「それで、一体何の用だ。まさかまだ俺が橋爪を殺したと疑ってるのか」
「いえ、疑ってなんかいませんよ。ただ少し、橋爪さんの死因が銃殺であると言った際の反応が気になりまして。何が気になったのか、お尋ねしたいと思っただけのことです」
諭すように、ゆっくりと説明する。
もともと話し方がゆっくりだったわけではないが、教祖をやるにあたってその方がいいと友人に勧められた。今ではすっかりそれが定着し、早く話すのが苦手にさえなっている。
だからこの話し方に他意などないのだが……東郷が妙な勘繰りを深めないでくれることを祈るばかりである。
動揺は最初だけであり、今は完全に落ち着きを取り戻した様子の東郷。それでも鬼道院を警戒しているのか、距離は開けたまま返答した。
「昨日橋爪が言っていたように、この館に武器となるようなものは置いてなかったはずだ。当然銃なんて危険なものがあるはずもない。仮にあったとしても、スペルで可能となった殺人のみが有効な以上、使い道なんてほとんどないしな。にもかかわらず橋爪が銃殺されたのなら、一井がやったようにスペルの力で銃を作り出したということになる。そしてもしそうなら、どうして橋爪だけを殺して俺たちを殺さなかったのか。それが気になったんだ」
「成る程。銃殺というワードだけから、そこまでのことを考えたのですか。東郷さんは素晴らしい思考力をお持ちのようですね。ではせっかくですので、一緒に橋爪さんの死体を見に行きませんか? 実際に見ていただければ、何かわかることがあるかもしれませんから」
「……分かった」
てっきり断られることを想定しての誘いだったのだが、意外にも東郷はあっさりと承諾した。
それでも並んで歩こうという気はないらしく、速足ですたすたと橋爪の部屋に向かっていく。置いて行かれないよう鬼道院も歩調を早め、東郷の斜め後ろをついていくことにした。
特に話すこともないので最初は無言で歩いていた二人だが、東郷の部屋の前を通ったところでふと鬼道院は口を開いた。
「そういえば、神楽耶さんは連れてこなくても大丈夫なのですか? いくらチームを組みスペルを二つ持つとはいえ、単独で行動していてはメリットも半減してしまいそうですが」
「……お前は今すぐ俺を殺そうと考えてるのか」
「まさか、そんなことあるわけないではありませんか。二つもスペルを持っている人を敵に回すなど、無謀なことはしませんとも」
「即死系のスペルであれば相手が所持するスペルの数なんて関係ないだろ」
「いえいえ、残念ながら私のスペルは即死系ではありませんし、そもそも使い勝手が悪いものですから。それこそ誰かチームを組んでくれる人が現れでもしない限り、積極的には動けませんよ」
「……」
一瞬視線を鬼道院に向けたものの、東郷はすぐ正面へと顔を戻した。
おそらくこちらのスペルについて探りを入れようとしていたのだろう。ただ、元から相手の言葉を信じるつもりがないのに、一体どうやって自分のスペルを当てようと考えていたのか。
鬼道院としてはその行動に無駄を感じたが、特に言葉には出さなかった。
そんな静かな探り合いをしているうちに橋爪の部屋に到着した。
東郷が扉の前で警戒した様子を見せる中、既に一度部屋を調べた鬼道院は粛々と扉を開け死体の隣に移動する。その後ろを緊張した様子でついてきた東郷は、床に倒れ伏す死体を見て眉間に深いしわを刻ませた。
「確かに橋爪の死体だな。だが、どういうことだ。こいつの頭の陥没具合からみて、銃で殺されたのではなく撲殺されているだろ。ご丁寧にも凶器と思わしき血の付いたシャンパンボトルも横に転がっている。お前はこの死体のどこを見て銃殺されたと考えたんだ?」
「はい。まずは出入り口の扉付近を見てください。微かにではありますが、血痕が付着しているのが分かりますか」
すっと腕を持ち上げ、扉側を指さす。指の示す方へと東郷が近づくと、血痕を発見したのか小さく頷いた。
「成る程な。確かに血がついている。だが、それが銃とどう関係があるんだ?」
「おや、頭脳明晰な東郷さんにしては察しが悪いですね。死体からその血の付いた壁まではかなり距離があります。加えて橋爪さんは頭部を扉側に向け俯せで倒れている。つまり彼は背後から後頭部を襲われ、前のめりに倒れた。その後確実性を期すためか頭の形が変わるほど何度も殴りつけられた。そう考えられるはずです」
「要するにお前が言いたいのは、後頭部を殴られたのならその逆方向にある扉側に血が飛ぶのはおかしい。と、そういうことだな。だがそれでどうして銃が登場する。橋爪が銃殺されたと考えるには不十分だろ」
鬼道院は首元の数珠をなぞりながら、「そうでしょうか?」と首を傾げた。
「犯人が橋爪さんの背後に回り、扉に向けて銃を放ったとすればどうでしょう? 橋爪さんの頭部を貫いた弾丸は血をまとって壁に衝突する。その血が今見ていただいた血痕であると考えれば、すんなり筋が通る気がしませんか?」
東郷はすぐに答えようとはせず、死体の近くにしゃがみ込んだ。そして躊躇うこともほとんどないままに潰れた頭部を持ち上げ、人差し指を用いて顔表面をなぞり始めた。
死者の――それも自然死とは程遠いグロテスクな死体が弄られる光景に耐えられず、鬼道院はそっと目を伏せる。元から細目で開いているかどうかわからないような見た目のため、東郷がそれに気づくことはない。仮に気づいたとしても、せいぜい黙祷をしているだろう程度にしか思わないだろうが。
しばらくして東郷は死体から指を話すと、小さく首を横に振った。
「今調べた限りでは橋爪の頭に弾丸が通ったような穴は開いていなかった。それに自室の中で銃を持った相手に背後を取られるとは考えづらい。仮にこいつに協力者がいたとしても、そこまで気を許したりはしないだろう」
「では壁に付着した血についてはどう考えるのですか?」
「別に難しい話じゃない。単に橋爪の頭を潰す作業中にたまたま血が遠くまで飛んだのかもしれない。橋爪の返り血を浴びた犯人が部屋から出るときについ壁に指を触れたのかもしれない。可能性を上げるだけならいくらでも考えられる。はっきり言って、どうしてお前が銃などという突飛なものを思いついたのかの方が不思議なくらいだ。実はお前が殺したんじゃないのか?」
シアタールームで犯人扱いされた腹いせにか、今度は東郷が皮肉気な笑みで鬼道院を見つめる。
さてどう答えたものかと沈黙すること約一分。
鬼道院の黙るという行為は、それだけで周囲へ異常なまでのプレッシャーを与えてしまうもの。考えがまとまった頃には、完全に笑みが消え無表情になった東郷の姿があった。
ああ、これはまた余計に誤解されたかな。などと嘆きつつ、鬼道院はゆったりと反論を開始する。
「私が銃の存在をなぜ疑っているのかを話す前に、橋爪さんの背後をとること自体は可能だったはずだ、ということを言わせてください。橋爪さんは大広間にて自分のキラースペルを唱え、既に戦うための武器を失っていました。もしそこに銃を持った誰かが押しかけてきたら、彼は全く抵抗することができなかったはず。ですから橋爪さんの背後に回り、銃を突きつけるという行為は難しくなかった、というのが私の考えです」
一度言葉を切り東郷の反応を窺うが、特に異論がある様子は見られない。鬼道院に言われるまでもなくその考えには辿り着いていたのだろうか。
東郷が今何を考えているのか分からず不安に思うも、鬼道院はゆったりと話を続けた。
「それから私が銃の存在を疑った理由ですが、それこそ非常に単純な話なんです。クローゼットの中を見てみてください」
「クローゼット……」
各部屋に備え付けのきめ細やかな木目のついたクローゼット。中には血命館で十日間過ごすに足る、十分な数の洋服がハンガーで吊られている。
特に自室と差があるようには見えず、東郷は眉間にしわを寄せながらそれらを眺める。鬼道院はそんな彼の後ろから、「服をかき分けて奥を覗いてみてください」と声をかけた。
素直にその言葉に従い、東郷は服を端に寄せていく。そしてすぐに「そういうことか」と小さく声を漏らした。
「銃弾がめり込んでいるな。確かにこれを見れば銃という発想が出てきたのも頷ける。……というよりも、できれば最初にこれを見せてもらいたかったところだな」
「申し訳ありません。橋爪さんの死体を無視してこちらを優先するのも変に思いまして、こういった順番になってしまいました。ですが、納得してもらえたようでよかったです」
落ち着いた声と共に笑みを投げかける。
東郷は一瞥した後すぐさま銃弾に視線を戻し、じっと何かを思案し始めた。
鬼道院はそんな彼の横顔を眺めるうちにふとある考えが浮かんできた。妙案か愚策か判断に迷うところではあるが、言ってみる価値はある気がする。
気づかれないぐらい微かに近づいてから、東郷の思考の邪魔をしないようそっと囁きかけた。
「ところで東郷さん。一つ提案なのですが、私と協力関係を築いてはくれませんか?」
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