キラースペルゲーム

天草一樹

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不動の二日目

副次的効果

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(ああ、やっぱり彼は苦手だな)

 鋭い眼光で自分を見つめてくる東郷に対し、鬼道院は内心大きくため息をついた。

 小さな教団とはいえ教祖として数年間務めてきた。その数年の間には、千を超える患者を診てきたし、それ以上の数の患者の家族・友人とも話をした。ある意味当然のこととして、親しい人間が新興宗教に加入しようとしたらそれを止めようとする者が大多数だ。教祖を務めてきた自分が言うのも変なことではあるが、実際多くの新興宗教は金目当ての詐欺団体である。かくいう心洗道も、鬼道院なき今ではただの詐欺団体に変わっているかもしれない。
 だから患者たちに宗教に入るなと諭したり、教団に乗り込んで文句を言いに来る者がいても、鬼道院がそれを不快に思うことは無かった。それに大抵そうした人たちは無意味に金を搾取されることを危惧しているだけの場合がほとんど。決して無意味に金をとらないことを誓い、普段の活動にも怪しい点がないことを示せば意外と納得してくれるのである。仮に最初は納得せずとも、その後一方的に金を搾取されることもなく、心洗道に通うことで気力を取り戻した患者の姿を見るうちに態度を軟化させていくのがほとんどであった。
 しかし、ごく稀に。今鬼道院を睨み付けている東郷のような、確固とした自分の意思(偏見)を持った人間がいる。例を挙げるとすれば、こちらがどんな活動をしていようが、宗教団体というだけで悪とみなす者たち。宗教=悪といった揺るぎない価値観を持ち、どれだけ言葉を尽くそうとも、全くこちらの言い分に耳を傾けず妥協すら考えない人種。彼らに関しては、『教祖』という肩書を持つ鬼道院の言葉は全て妄言と捉えられ、まともな話し合いができたことは無かった。
 もちろん東郷がそれであると確定しているわけではない。ただ、彼の目と態度は鬼道院が会ってきたそうした人種にひどく似ていた。その考えを保証するかの如く連絡通路で最初に話した時も、こちらの言い分をすべて否定してかかる態度をとってきた。そのため仕方なく、友人から教わった「絶対に会話を終わらせる一言」を実行して無理やり会話を切り上げたのだが――

 頭の中でどんな思惑が渦巻いているのか。あくまでも睨み付けてくるだけで、東郷は何も言ってこない。
 鬼道院は仕方なく、笑顔のまま語りかけた。

「挨拶もせず、盗み聞きする形をとってしまい申し訳ありません。私がシアタールームに入ってきたときにはすでに質問が行われていたので、声をかけるのも迷惑かと思いまして。それから、私について随分と過大な評価をしていらっしゃるようですが、それは誤解だと言っておきましょう。教祖をやっているだけで、私はただの人間です。特殊な修行を積んだ経験もありませんし、道端を歩く一般人と何ら変わりありません。ですからあまり警戒なさらず、素直な目で見てくれることを望みます」

 やはりと言うべきか。鬼道院が話せば話すほど、東郷の目はより細まり猜疑の色を強めていった。
 これは弁明するだけ無駄だろうと思い、鬼道院は大胆に話を変えることにした。

「ところで東郷さん、佐久間さん。私がここに来る途中、驚くことに橋爪さんの遺体を発見したのです。お二人とも、彼が殺されていることを知っていましたか?」
「なんと! 橋爪君までもがすでに亡き者にされていたのですか! それはなんと痛ましい……。まだたった二日目だというのに、既に三人もの人が殺されてしまったわけですね……。ああ、人の命とはなんと儚く切ないものなのか!」
「……そうですか、佐久間さんは知らなかったようですね。東郷さんはどうですか?」

 あまり佐久間を刺激しないよう注意しつつ、東郷へと視線を送る。
 予想外の話が飛び込んできたためか、東郷の眉間には深いしわが刻まれていた。すぐには答えず何やら思案していたようだったが、「なぜだ」と逆に尋ねてきた。

「なぜ、とはどういう意味でしょうか」
「なぜお前は橋爪が死んでいるのを知っている。お前の部屋からここに直接来たのなら、橋爪の死体を見る機会なんてなかったはずだ」
「確かにそれはその通りです――けど、ああ、もしかして東郷さんが彼を殺したのですか?」
「……突然何を言い出すんだ」

 今度もまた想定外の言葉だったのか、東郷は一瞬体をピクリと振るわせた。しかしそれ以上の動揺は見せず、すぐさま問い返してくる。
 鬼道院は首から下げた数珠に触れながら言った。

「いえ、橋爪さんがどこで死んでいるのか知らなければ、そんな問いかけはしないだろうと思いまして。違うのですか?」

 東郷はやや安堵した様子で息を吐き、ゆるゆると首を横に振った。

「違うに決まってるだろ。佐久間がここに来るまでに橋爪の死体を見なかったということは、その隣室に泊まるお前が最短距離でこの部屋まで来なかったということだ。別に橋爪が死んだのを知っていたわけじゃない」
「そうでしたか。失礼な問いかけをして申し訳ありませんでした。しかし残念です。もしあなたが彼を殺した人物なら、いつ殺したのかだけは聞いておきたかったのですが」

 東郷の反応を引き出そうと少し大げさにため息をつく。すると、東郷でなく佐久間がこの言葉に触発されたのか大きく手を叩いた。

「確かに、それは非常に大事な問題ではないですか! もし今日彼が殺されたのならば、今日はこれ以上誰かが死ぬ必要はなくなる! 橋爪君には悪いですが安穏とした一日を過ごせることになります! 東郷君、実のところどうなんだい? もし君が殺したのなら、ここだけの秘密にするから是非とも教えてくれないかな? 皆に今日は誰も死ななくていい日だと伝えたいのだけれど」

 東郷は迷惑そうに佐久間を睨み付ける。

「知るか。俺は殺してない。いつ死んだのかは俺が知りたいくらいだ。それで、橋爪はどこで死んでたんだ」
「橋爪さんは自室――Ⅴ号室で亡くなっていました。どうやら銃殺されたようでしたよ」
「銃殺……」

 小声で東郷が死因を繰り返す。その訝しげな表情を見て鬼道院が尋ねようとすると、スクリーン越しの喜多嶋が急に声をかけてきた。

『皆さま、橋爪様の死について語るのは結構ですが、他に質問はないのでしょうか。鬼道院様はまだ何も質問為されていませんが、このまま質問タイムを終了しても宜しいでしょうか?』

 喜多嶋に問われ、鬼道院は静かに目を閉じて聞きたいことがなかったか掘り起こすことにした。本人には全く自覚はないが、鬼道院の目を閉じるという動作だけで部屋の空気が引き締まっていく。
 東郷と佐久間、そしてスクリーン越しの喜多嶋までもが得も言われぬ緊張に体を震わせる。
 鬼道院は微かに目を開けると、僅かに覗く黒目で喜多嶋を見つめた。

「では、せっかくですので一つお尋ねしたいと思います。お尋ねしたいのは、キラースペルの持つ副次的な効果についてです」
『副次的な効果、ですか。それは具体的に何を指しているのでしょうか?』

 鬼道院の雰囲気に充てられてか、喜多嶋は普段の気色悪い笑みを浮かべず緊張した面持ちで聞き返す。
 これはまたあらぬ誤解を生みそうだなと思いつつ、鬼道院はゆっくりと言葉を紡いだ。

「例を挙げるとするなら、『空中浮遊』でしょうか。このスペルを唱えたときの直接的な効果は対象を空中に浮遊させることです。では、この浮遊させられた物体に重りをつけたとしたら、その物体は地に落ちるのでしょうか? それともスペルの効果が勝り、どれほどの重りを載せようとも宙を漂い続けるのでしょうか?
 もし後者であるのなら、『空中浮遊』の力を与えられた物体にはどんな重い物でも持ち上げ、運べるという効果が付随しますよね。私の聞きたい副次的効果とは、そうしたスペル本来の能力に付随して生み出される、別の力のことです。
 場合によっては副次的効果の方が本来の力よりも便利に働くのではないかと思い、少々興味を持った次第です」
『成る程。これはまた重要な質問ですね。各スペルごとに違うことなので詳しくは語れませんが、そうした副次的効果が時に本来の能力よりも便利に働くことは、確かにあります』

 いつもなら不快な笑い声と共に説明するところを、完全に鬼道院のペースにのまれたのか丁寧に答えていく。

『まず今挙げてくださった例に対する答えとしては、後者が正しいと言えます。こちらはイメージ次第で変えられることではありますが、単純に相手が浮遊するイメージの元『空中浮遊』を唱えた場合。浮遊することがスペルによる効果ですので、それを阻止しようとどんなに重りをつけ、縛り付けたとしても浮遊は強制執行されます。なので『空中浮遊』の副次的効果として、浮遊することを阻害することはできない。つまりどんなに重い物でも持ち上げ、運ぶことができるという効果が期待されます』
「丁寧にお答えいただき有難うございます。これでスペルの使い道がまた一つ広がりました。因みに、これはこのゲームのルールについてなのですが、スペルの副次的効果によって相手を殺害してもルール違反にはならない。そう考えていて大丈夫でしょうか」
『はい。その考え方で問題ありません。スペルの効果によって可能となった殺人ならば、それが副次的効果によるものかどうかは問いませんので』
「分かりました。それでは、私からの質問は以上となります。どうも有り難うございました」

 鬼道院は深々と頭を下げ感謝の意を表す。喜多嶋もそれに負けないよう頭を下げかけ――東郷が自分を見ていることに気づき慌てて姿勢を正した。
 コホン、と軽く咳ばらいをし、喜多嶋はいつもの気色悪い笑みを浮かべる。そして、今までの態度を誤魔化すかのように『キキキキキキキキ』と不快な笑い声を上げた。

『他に質問のある方はいらっしゃいませんね。では、本日の質問タイムはここまでということで。皆様の御健闘をお祈りしております』

 一方的にそう告げると、スクリーンの電源が切れ、喜多嶋の姿は見えなくなった。
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