キラースペルゲーム

天草一樹

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不動の二日目

午前七時の質問タイム

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 橋爪の死体を調べていたために、結果として十分少々の遅刻をしてシアタールームに到着した。
 予想していたほど人は集まっておらず、中にいたのは東郷と佐久間の二人だけ。幸いにも二人の質問はまだ続いていており、巨大なスクリーンには喜多嶋のにやけ顔が映っていた。
 二人は質問に熱中しているのか、鬼道院が入ってきたことには気づかない。これ幸いにと、鬼道院も二人の死角になる席に座り、質問の内容を拝聴することにした。

「つまり一井君が私を殴ったことはペナルティにはならず、ルールの範囲内だったということで間違いないわけですね」
『ええ、さっきから何度もそう言っているではありませんか。彼の行為はルール違反ではなく、それゆえあなたの怪我は正当なものであると』

 昨日のルール説明にて佐久間に調子を狂わされたことを根に持っていたのか。喜多嶋は実に楽しそうに佐久間の怪我を見つめている。対する佐久間は頭に包帯を巻いた痛々しい姿。その表情は自身の身に起こった理不尽に耐えられないといった悲壮の色が浮かんでいた。
 どうやらこの話し合いはかなり前から行われていたようであり、隣で二人の話を聞いている東郷の顔は見るからに苛立っていた。ここにきてその苛立ちが限界に達したのか、彼は強引に話題を変えに行った。

「もういい加減佐久間も納得しただろうし、そろそろ俺の質問に移らせてもらうぞ。俺から聞きたいことは二つ。一つは六道が本当に元キラースペルゲームの運営人だったのかについて。もう一つは時間差でキラースペルを発動させることはできるのか。できるとしたらどの程度その使い道が検証されているのかについてだ」
『成る程成る程。佐久間様とは違い理に適った良い質問ですね』

 いまだ喋り足りなそうな佐久間を放置して、喜多嶋は東郷の質問に応じる。

『まず六道様ですが、確かに彼はキラースペルゲームの運営人でしたよ。私の代わりにゲームの司会を務めたことだってある、実に有能な同僚でした。しかし彼も欲が出てしまったのでしょうね。キラースペルといういわば日本の切り札を、海外のとある財閥へ横流ししようとしたのですよ。結局それは阻止されましたが、当然その罪は償わなければなりません。そのため彼はキラースペルゲームに参加するという罰を下され、今あなたたちと同じく命を懸けてゲームに臨んでいるのです』
「それはまた、六道も随分と馬鹿なことをしたものだな。しかし自分で質問しておいてなんだが、まさか答えてくれるとは思わなかったよ。てっきり参加者の情報は教えられない規約でもあるんじゃないかと考えてたからな」
『キキキキキ。せっかく早起きして質問タイムに来てくれたわけです。できるだけのサービスはしたいじゃありませんか。それに参加者の過去を知ったからと言って、ゲームで圧倒的有利になれるわけでもありませんしねぇ』
「それもそうだな。で、もう一つの質問には答えてくれるのか? こっちは答えたら、俺が有利になる話な気もするが」

 望み通り喜多嶋が質問に答えてくれたにも関わらず、東郷の顔には満足した様子がない。それどころか、できれば質問に答えてくれないことを望んでいるようにすら見える。
 鬼道院はなぜ彼がそんな表情をしているのか考え、比較的すぐその答えに思い至った。ここで喜多嶋が気前よく答えれば答える程、それは他プレイヤーも多くの情報を得られる可能性があるということ。つまり他プレイヤーに情報量で差をつけられないようにするためには、毎日この質問タイムに顔を出す必要が生じてしまうわけだ。
 ルーティンを作れば待ち伏せされたり罠を張られたりする危険性が高まるため、毎日シアタールームに行くことは当然避けたい。だから喜多嶋がほとんど質問には答えてくれないことが一番望ましかったのだろうけれど……現実は厳しかったようだ。
 喜多嶋は笑顔で東郷の質問に答えてくれた。

『いえいえ。そちらも大して有利になるようなことではありませんからね。問題なく答えられますとも。まず、大方が予想している通りキラースペルは時間差で発動することが可能です。キラースペル発動において何より重要なのは想像力。スペルに則った正確かつ具体的な想像が出来さえすれば、大抵のことは可能となるのです。ですから数分後にその効果が発揮されるイメージさえできれば、時間差での発動など特に難しいことではありません。とはいえ、これはあまりお勧めできない使い方ではありますけどね。
 過去の実験から分かっていることですが、効果範囲内でスペルを唱えてしまえば、その後相手とどんなに離れてもスペルは正常に発動します。しかし一方で、これは不発になることもとても多いのです。発動に具体的なイメージを伴うキラースペルでは、より具体性を保つために対象だけでなくその周囲の状況もイメージしてしまいがちです。これはその場で唱えてすぐ発動させる分には問題ありませんが、時間差で使うとなると不発に繋がりうるのです。要するに、発動までのインターバル中に対象が自身のイメージとはかけ離れた場所・状態に変化してしまうと、イメージ不足と捉えられるのかスペルが不発となってしまう、というわけです。ですからあまり時間差でのスペル使用はお勧めいたしません。まあ、橋爪様のようにはったりとして使う分には結構だと思いますけどね、キキキキキ』

 喜多嶋の不愉快な笑い声がシアタールームに響き渡る。
 東郷は眉間にしわを寄せつつも、さらに細かいところまで質問を投げかけた。

「距離は関係ないとして、時間はどうなんだ。仮に一年後に発動するイメージをしても、イメージ通りであるなら問題なく発動するのか?」
『キキキ、おそらく発動すると思われますよ。さすがに私たちも一年後に発動するかどうかは調べていませんが、一か月後でしたら問題なく発動することは検証済みですので』
「イメージとかけ離れたら不発というが、どこまでの誤差なら許されるんだ」
『はてさて、それは分かりかねます。そもそもどんなイメージをしてスペルを発動したのかは、本人以外分かりませんからねえ。どの程度の誤差まで許されるかは私どもも未解明なままなのです』
「……相手が特定の行動をとった時に発動するイメージを持ったなら、スペルは半永久的に対象を狙い続けるのか」
『ふむ、その場合はですね……』

 今までの質問とはやや異なる問いかけに、喜多嶋の口がまごつく。その答えを忘れたのか、それとも答えてはいけない領域に触れたのか。
 しばらく悩んだ末、喜多嶋は慎重に言葉を発した。

『半永久的に対象を狙い続ける……かもしれません』
「かもしれないといはどういう意味だ? まさか今まで実験したことがないのか?」

 怪訝そうに東郷が尋ねると、喜多嶋は大袈裟に首を横に振って見せた。

『いえ、勿論実験したことはありますよ。ただ非常に不安定というか、成功する人としない人がいるのです。これもどれだけ明確にイメージできるのかにリンクしていると思われますが……例えばスペルは『大脳爆発』。発動時のイメージとしては対象が扉を開けた瞬間、としてスペルを唱えてもらった場合。ほとんどの場合イメージが足りないせいか不発に終わったり、その場で発動してしまうのです。成功させる人もいるにはいるのですがごく少数。その場で使う場合や、数分後に発動する程度ならばイメージはたやすいのでしょうが、特定の行動をした瞬間となると難しい。それこそ現実との誤差が大きく生じてしまうのでしょう。ですから、特定の行動をしたら発動するといった検証はそもそもが難しく、いつまで効果が持続するかはほとんど試されていないのです』
「分かった。取り敢えずその使い方が成功する確率は低いから、あまり気にしなくていいってことだな』
『まあそうなりますね。とはいえこれまであまり実験されなかったことをやっていただいた方が我々としてはメリットがありますので、試していただけるのは大歓迎ですがね。キキキキキ』

 今の会話でそれなりに得るものがあったのか、東郷は俯いて考え込む。
 二人の会話を聞いていた鬼道院は、自身が思っていた以上にスペルの発動が難しいのではないかと不安に感じてきた。
 キラースペルの発動に必要だという明確なイメージ。軽く頭の中で想像するだけで使えるのかと思っていたが、意外と集中力が求められるのかもしれない。アドリブでやろうとはせず今から具体的なイメージを練って置き、いざ使うときにパッと思い浮かぶようにしておくべきだろうか。
 鬼道院が自身のスペルについて思いを馳せていると、佐久間が再び口を開いた。

「今の東郷君の話を聞いて、私からも新たに聞きたいことが生まれました! 今度こそは理に適った良い質問でありますゆえ、是非今一度チャンスをお与えいただきたい!」

 ついさっきとは別人のように瞳を輝かせ、はきはきとした様子の佐久間。彼の調子が復活したことにより喜多嶋の顔がやや引きつるも、流石に質問自体を遮ることはしなかった。

『……どうぞ。聞きたいことは何でしょうか』
「はい! 私が思いつきたる質問はキラースペルの効果時間についてです! キラースペルと言えば喜多嶋様が見本として唱えてくださった『大脳爆発』。あれが最も印象に残っており考えることを忘れていたのですが、『空中浮遊』のようにスペルの効果が一瞬ではなく継続するものもあるわけですよね。では、それらのスペルは一体いつまで続くのでしょうか? 一生続くイメージをしていれば永続的に続くのか、それともイメージに関係なく一定時間経つと効果が切れてしまうのか? それともスペルを唱えた本人が「スペルの効果よ切れろ!」、と念じたタイミングで切れるのか? ああ! やはりこれにもいくつもの回答が重い浮かんでしまいます! 喜多嶋様、ぜひこの答えを愚昧なる私めにお教えいただけないでしょうか!」
『………………そうですね。確かにそれは大切な問題ですし、お答えしましょう』

 大袈裟な言葉づかいでさえなければ至極まっとうな質問。ある意味、最初に誰一人とし質問してこなかったのが不思議なぐらいの話でもある。
 どうにも佐久間が話していると、その内容に関わらず話への興味が薄れ、さっさと会話を切り上げたくなってしまう。もしこれが狙い通りなら相当の策士と言えるかもしれないが、実際のところはどうだろうか。
 鬼道院は目を細めて佐久間の一挙一動を観察する。勿論鬼道院には相手の思考を読む能力など備わっていないため、それで何かが分かるわけでもないのだが。
 喜多嶋は小さく咳払いをすると、淡々と答えを口にし始めた。

『実のところ、佐久間様がお聞きになったその点は、私どもが頭を悩ませているところでもあるのです。というのも、キラースペルは一度唱えてしまうと、本人でも一切解除することはできません。一言で云うのなら『永久発動』。唱える時のイメージ遺憾に関わらず、一度唱えたら最後。永久に効果は持続されます。それゆえ私たちもキラースペルとして使用する言葉を厳選する必要があり、試したくとも試せないスペルが存在するのです』

 つまり『空中浮遊』のスペルで浮遊するようになったものは、その後永遠に浮遊し続けるということ。スペルによって起こせる能力自体はイメージによって制御できるとはいえ、確かに試すのが躊躇われるようなスペルは多く存在するのだろう。
 しかしそうすると、気になるのはキラースペルを使えるようにしているものが何かということ。是非とも質問してみたいが、どうせ答えは返ってこないだろうと考え鬼道院は何も言わずに他の参加者へと目を移した。
 佐久間はいつも通り大仰に驚いている。一方東郷は眉間にしわを寄せ、どこか困った様子でモニターを眺めていた。
 東郷のその表情にどこか違和感を覚えていると、喜多嶋が『他に質問はありますか?』と聞いてきた。
 今の話に何か思うところがあったのか、二人ともぶつぶつと呟くだけで質問はしない。だが、喜多嶋が終了の合図を宣言する前に、再び東郷が口を開いた。

「さっきお前は六道についての情報を隠さずに教えてくれたな。なら六道以外の他のプレイヤーについても、ここに来るまでに何をしていたのか教えてくれるのか?」
『ええ。私が知っている範囲内であるのなら、何でもお答えいたしますよ。それで、誰の情報をお聞きになりたいのですか』

 了解が出るなり、東郷は躊躇わずその人物の名を言った。

「俺が聞きたいのは鬼道院についてだ。あいつだけは明らかに他の奴と雰囲気が違う。その姿を見るだけで体が震え、声を聴くだけで心が震える。宗教団体の教祖だと言っていたが、あいつは一体何者で、何をしてここに連れてこられたのか。少しでも鬼道院のことを知って、この意味不明な恐れを取り除きたい。だから、何でもいいから知っている限りのことを話してくれ」

 思いがけず自分の話題。
 見事なまでに過大評価されていたことを知り、つい否定の言葉が口をついて出かける。しかし、鬼道院が口を開く前に、喜多嶋が『キキキ』と笑いながらモニター越しに指をさし、

『もちろん私の口からお伝えしても宜しいのですが、せっかく本人がこの場にいらっしゃるのです。直に聞いてみるのがよろしいと思いますよ』

 あっさりと鬼道院がこの場にいることをばらした。
 その言葉につられ、東郷の顔がこちらを向く。
 幾許かの気まずさを覚え、鬼道院は取り敢えず笑顔を返しておいた。
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