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困惑の一日目
一日目の終わり
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トントントン
扉を叩く音が聞こえる。
椅子に座ってうとうとしていた俺は閉じていた目を開くと、
「入っていいぞ」
と声を投げかけた。
俺――橋爪雅史――の声が聞こえたのかどうかは分からないが、外側からゆっくりと扉が開き、一人の男が部屋に入ってきた。
全体的に陰のある、暗い雰囲気の男。白黒のボーダーTシャツに黒のスキニーパンツといった、やや地味な恰好。いや、地味に見えるのは男が醸し出している妙に陰鬱とした雰囲気が故だろう。まあ、この場に呼ばれただけあり、ただ地味なわけではなさそうだが。
特にこれといった特徴のない顔ながら、唯一「目」だけが異様な力を放っている。一見するとただ暗い、生気の宿らぬ死んだ魚の目。だが、その瞳の奥には相手の存在を否定するような、苛辣で鋭敏な狂気の色が潜んで見えた。
確か名前は……東郷明とか言ったか。大広間に集った中では比較的無難な挨拶をしていた、印象の薄い男だ。しかしこの時間にわざわざ俺に会いに来たということは、ただの馬鹿というわけでもないのだろう。
じろじろと東郷を観察していると、東郷は扉を閉め、しかと俺を見据えてきた。
「橋爪雅史。俺がここに来た理由は、言わなくてもわかるよな」
「ああ。だが、それについて俺が承諾するかどうかは、お前の態度次第だがな」
俺より年下であるだろうに随分と不遜な態度だ。普段ならこんな無礼な奴は無視するところだが、今はそういうわけにもいかない。
まず間違いなく東郷がここに来た理由は、この俺を仲間に引き入れるため。大広間でキラースペルを唱え現在何の力もない俺を殺すことに意味などなく、やることがあるとすれば絶対有利な協力関係を結ぶことのみ。武器を持たない相手ならば、スペルをちらつかせて容易に従わせられるのだから。
とはいえ、まさか俺が素直に協力するわけもない。今俺を仲間にしたいと考えている人間は大勢いるはず。ここで誰と組むかによって生存率は大きく変わってくる。
狙い目は、できるだけこちらに有利な条件を与えてくれる馬鹿か、ゲーム攻略への完璧な道筋を描けている天才の二択。まあそんな都合のいい存在はいないだろうが、できるだけこの二つのどちらかに近い方と手を組めるのが最善だ。
さて、東郷はどんな条件を出してくるのか。
「俺の態度次第か。俺としてもあんたの態度次第で何を話すか決めようと思っていたんだが……取り敢えずいくつか質問させてもらってもいいか」
「構わないぞ。いくらでも質問してくれ」
「なら聞くが、よりによってなぜ一井を殺したんだ。まさかあいつのキラースペルがどれだけ便利なものか気づいてなかったわけじゃないよな」
どうやら東郷は、俺が組むに値する人物か探りを入れに来たようだ。その気持ちはとてもよく分かる。馬鹿と組むのは正直ストレスでしかなく、場合によっては計画を台無しにされる恐れさえあるからだ。
まあ俺ほどになれば、そんな馬鹿の性質を理解したうえで、完璧に操って見せることも難しくはない。まだ学生であろうこいつと社会人である俺の、経験値の差といったところだ。
俺は不敵にほほ笑むと、十全な回答を示してやった。
「簡単な話だ。あのままあいつに好き勝手させていれば、奴がゲームを支配していてもおかしくない状況が生まれ得たからだ。一井のスペルが広間で俺が推理した通りの力であった場合、それはいつでもどこでも何度でも、自由に他プレイヤーを殺せる最高のスペルってことになるんだからな」
「即死系のスペル持ちは、一対一なら基本無敵。だが一度しか使えない以上、一人で戦うとなれば使える機会は大きく制限される。その点、一井のスペルなら殺せる数に制限はないから、一人でも十二分に戦える」
「その通り。だから俺みたいに一人しか殺せない奴は、喉から手が出るほどあいつのスペルが欲しかった。とはいえ、一井はまず間違いなく誰かとチームを組んでいただろうからな。仮にあの場をやり過ごした後のこのこと交渉に赴けば、そこで殺されていただろう。だから勿体なくはあったが、さっさと殺すことにしたんだよ」
「一井に、仲間……」
東郷は俺から視線を外し、絨毯へと目を向けた。どうやら一井に仲間がいることなど想像していなかったらしい。
それなりに頭が切れるように見えるが、まだまだお子様頭脳だったか。
俺は余裕の笑みを浮かべ、優しく諭してやることにした。
「おいおい、まさか気づいていなかったのか? 一井がわざわざ自分の能力を見せびらかした理由を考えれば容易に思いつくことだろう。奴のスペルが斧しか召喚できなかったのか、他の武器も召喚できたのかは今となっては分からない。だがそのどちらだったにしろ、もし奴に仲間がいないのなら、こっそり作り出した武器を利用して一人ずつ不意打ちで殺していく方がリスクも少なく楽だったはずだ。にも関わらず、わざわざ大勢の標的になるリスクを冒して、奴は自分の能力を俺らに見せつけた。これはどういうことか?」
焦らすように、あえて一度口を噤む。あまり面白くないことに、東郷はそこまでこの話に興味を持っている様子はない。ただじっと何かを考え込んでいる。
そのことに苛つき、俺は声をより大きくして話を続けた。
「さっきも言ったようにもしあそこで俺が殺さなければ、一人しか殺すことのできないプレイヤーの多くが一井に交渉を持ち掛けに行ったはずだ。うまく交渉に成功して奴のスペルを聞き出すことができれば、ゲーム攻略の方法は限りなく広がるからな。だが、一井からしてみればそこにメリットはない。自身のスペルと交換に一撃必殺の力を得ずとも、殺して回るのに十分な力を持っていたんだからな。なら他のプレイヤーを自分のところに呼び寄せて何をする気だったのか。
それは、やってきたプレイヤーを皆殺しにすること。そしてこれをやるには、最低でも一人仲間が必要だ。交渉を持ち掛けに来るプレイヤーは一井には最大限の注意を払うだろうが、奴以外への注意力は散漫になっているはずだ。そこで元から部屋に仲間を待機させておき、交渉に来た奴らを片っ端から殺させていく。これなら一人で殺して回るより簡単だし、殺す役は仲間が行うことになるから自分の身も比較的安全だ。ついでに言うと、この計画なら仲間を作るのもそう難しくはない。仲間になる条件としては今の計画を告げることと、自分のスペルを相手に教えるだけ。持ち掛けられた方も受け入れない理由の方が少ないぐらいだからな」
意気揚々と言い切ると、東郷は独り言のような声量で聞いてきた。
「……だとしたら、その仲間っていうのは宮城か。スペルを唱えるのでなく物理的に殺すとなれば、力のない女では成功率が下がると思うが」
「別にそうとは限らないだろ。一井のスペルで作れるのが斧だけとは限らない。銃も召喚できるのであれば、女だって容易に殺すことができるだろうからな」
「女でも可能、か……」
目線は絨毯に落としたまま、ぶつぶつと言葉を漏らす。
態度がどうにも陰気で、本当に俺を仲間にしに来たのか疑問に思えてくる。だが、こいつがそれ以外の目的で会いに来る理由はない。さっさと本題に入れと怒鳴りたいが、ここは大人の余裕を見せておくべきだろう。
俺は悠々と東郷が話し出すのを待ち続ける。
すると東郷は不意に顔を上げ、新たな質問を投げかけてきた。
「もう一つ聞きたいんだが、お前の罪は一体何だ。どうして人を殺したりなんかしたんだ」
東郷の次なる質問は、俺がここに呼ばれた理由。今度は俺の性格を把握しようと考えたのか。
まあ別に構わない。性格を把握されたぐらいで、不利になることなんてないのだから。
「くだらない質問だが、まあいい。答えてやろう。俺が行ったのは殺人、なんて大それたことじゃない。単に助かったかもしれない奴らを見殺しにしただけのことだ」
当時を思い返し、俺はわずかに目を細めた。
「今から二年前のことだな。たまたま俺が訪れていた建物で火事が起こった。ちょうど火事が起こった現場にいた俺は、その火の勢いを見てすぐに建物全体に火の手が回るだろうと判断した。そこで俺は自分が最も安全に逃げられるように、まず逃げ道について嘘の情報を流したんだ。その建物にはかなりの人がいた。もしパニックになったそいつらが一斉に同じ方向に逃げようとなんてしたら、先が詰まってすぐに逃げられなくなることは目に見えていたからだ。そして偽の情報を流した後は、出口に向かう途中にあった扉にいくつか仕掛けを施した。少しでも火の回りが遅くなるよう、出口に通じる扉はできるだけ閉まっていた方が安全だろ。だから扉が簡単に開けられないようストッパーを挟んでおいたんだ。
まあ俺がやったのはその程度のことだけ。直接誰かを殺したわけでもなく、自分の安全を追求しただけのいわば正当防衛だ。正直人殺し呼ばわりされる筋合いなんてさらさらないんだが、他の奴がどう判断するかまでは止められないからな」
全く、本当に鬱陶しい話だ。自分の命と他人の命。どちらが重いかなんて考えるまでもない。生物として当たり前の行動をとっただけなのに、それを殺人扱いするなど馬鹿げている。まあここに呼ばれた連中なら、俺の正当性はよくわかってくれることだろう。ここにいる奴らは全員、他人よりも自分の命の方が重いことをよく知っている殺人者なのだから。
俺の告白を聞き、東郷は目を閉じて何かを考え込む。いくらスペルを持たない相手を前にしているとはいえ随分と隙が多い。こうも油断している相手を見るとつい脅かしてやりたくなるが、それにはまだ早い。あれへと手が伸びそうになる気持ちを抑え、東郷の答えを待った。
結論が出たのか、ふと目を開け東郷は俺を見つめた。
「やはり救いようのない悪人か。それにこれだけ隙を見せても殺しに来ないところを見るに、やはりまだ仲間も作っていないようだな。これ以上の問答は時間の無駄だし、予定通り殺させてもらうか」
「何!」
俺は驚きから目を見開き、座っていた椅子から腰を浮かせた。
全く予想していなかった一言。こいつはここに来る前から俺を殺すことを予定していた? 何もスペルを持たない無害な俺を? その理由は一体? もしかしてこいつのスペルも一井と同じ、何人でも殺せるタイプの能力だったのか?
分からない。分からないが、まだ動くには早い。すぐにスペルを唱えずわざわざ殺すと宣言したということは、まだ交渉の余地があるはずだ。
腰を浮かせたまま、俺は眉間にしわを寄せて東郷を睨み付けた。
「……ここで俺を殺して何の得がある。何の力もない俺を殺しても、キラースペルの無駄打ちにしかならないぞ」
「確かに今お前は無能力者だ。だがこれから誰かと手を組み、また力を取り戻すとも限らない。なら今ここで、リスクなく殺せるうちに殺した方がメリットがあるだろう。幸いにも俺はスペルを二つ所持しているからな。ここで一つ唱えたからと言って特に問題はない」
いまだスペルこそ唱えはしないが、奴の目には明確な殺意が漲っていた。
これ以上引き延ばそうとしても無駄。東郷が完全に殺す気でいるのを悟り、俺は乾いた笑い声を上げた。
そんな俺を見て、冥土の土産とでもいうかのように、東郷は淡々と問題点を口にする。
「架城の言葉に重なるが、あんたの敗因は自分の優秀さを示したいがために行動を徹底しなかったことだろうな。あんたの作戦。本気で完遂したいんだったら、無能力を誇示した後は誰との接触もすべきではなかったはずだ。誰か一人とでも会話してしまえば、その時点で無能力であるかどうかは判断できなくなる。俺のように交渉を持ち掛けてきた誰かと手を組み、また表舞台で活躍しようとなんて考えたのが運の尽きだったな」
それで言いたいことを言い終えたのか、東郷はポケットから紙を取り出し、スペルを唱えようとする。
俺は乾いた笑いを収めると殺気のこもった視線を東郷に向け、椅子の後ろに隠していたある物を素早く手に握りしめた。
「このまま俺がお前に殺されたなら、それは正しかったってことだろうよ。だがな、この俺を利用しようと馬鹿な企みを持ち掛けてきたやつなら、既にいるんだよ!」
俺は椅子の後ろに隠していたあれ――黒光りする拳銃――を東郷に向け、その照準をぴったりと奴に合わせた。
「それじゃあ、死ね!」
高らかに吠えると同時に、拳銃の引き金を引いていく。
銃弾は一発も狂うことなく、まっすぐに東郷へと向かう。
俺は勝利を確信し、自然と表情がにやけていくのを感じた。
だが、次の瞬間。驚くべき光景が目に飛び込んできた。
「な! そ、それがお前のキラースペルの力か! チートにもほどが――」
唐突に、頭部に衝撃が走る。
――反則だろ、その能力は。
頭でそう考えるのが精いっぱいで、言葉にはならない。床に這いつくばって必死に振り返ろうとするも、再び頭に強い衝撃が走る。それも一度ではなく、何度も。徐々に意識は遠のいていき、そのまま――
扉を叩く音が聞こえる。
椅子に座ってうとうとしていた俺は閉じていた目を開くと、
「入っていいぞ」
と声を投げかけた。
俺――橋爪雅史――の声が聞こえたのかどうかは分からないが、外側からゆっくりと扉が開き、一人の男が部屋に入ってきた。
全体的に陰のある、暗い雰囲気の男。白黒のボーダーTシャツに黒のスキニーパンツといった、やや地味な恰好。いや、地味に見えるのは男が醸し出している妙に陰鬱とした雰囲気が故だろう。まあ、この場に呼ばれただけあり、ただ地味なわけではなさそうだが。
特にこれといった特徴のない顔ながら、唯一「目」だけが異様な力を放っている。一見するとただ暗い、生気の宿らぬ死んだ魚の目。だが、その瞳の奥には相手の存在を否定するような、苛辣で鋭敏な狂気の色が潜んで見えた。
確か名前は……東郷明とか言ったか。大広間に集った中では比較的無難な挨拶をしていた、印象の薄い男だ。しかしこの時間にわざわざ俺に会いに来たということは、ただの馬鹿というわけでもないのだろう。
じろじろと東郷を観察していると、東郷は扉を閉め、しかと俺を見据えてきた。
「橋爪雅史。俺がここに来た理由は、言わなくてもわかるよな」
「ああ。だが、それについて俺が承諾するかどうかは、お前の態度次第だがな」
俺より年下であるだろうに随分と不遜な態度だ。普段ならこんな無礼な奴は無視するところだが、今はそういうわけにもいかない。
まず間違いなく東郷がここに来た理由は、この俺を仲間に引き入れるため。大広間でキラースペルを唱え現在何の力もない俺を殺すことに意味などなく、やることがあるとすれば絶対有利な協力関係を結ぶことのみ。武器を持たない相手ならば、スペルをちらつかせて容易に従わせられるのだから。
とはいえ、まさか俺が素直に協力するわけもない。今俺を仲間にしたいと考えている人間は大勢いるはず。ここで誰と組むかによって生存率は大きく変わってくる。
狙い目は、できるだけこちらに有利な条件を与えてくれる馬鹿か、ゲーム攻略への完璧な道筋を描けている天才の二択。まあそんな都合のいい存在はいないだろうが、できるだけこの二つのどちらかに近い方と手を組めるのが最善だ。
さて、東郷はどんな条件を出してくるのか。
「俺の態度次第か。俺としてもあんたの態度次第で何を話すか決めようと思っていたんだが……取り敢えずいくつか質問させてもらってもいいか」
「構わないぞ。いくらでも質問してくれ」
「なら聞くが、よりによってなぜ一井を殺したんだ。まさかあいつのキラースペルがどれだけ便利なものか気づいてなかったわけじゃないよな」
どうやら東郷は、俺が組むに値する人物か探りを入れに来たようだ。その気持ちはとてもよく分かる。馬鹿と組むのは正直ストレスでしかなく、場合によっては計画を台無しにされる恐れさえあるからだ。
まあ俺ほどになれば、そんな馬鹿の性質を理解したうえで、完璧に操って見せることも難しくはない。まだ学生であろうこいつと社会人である俺の、経験値の差といったところだ。
俺は不敵にほほ笑むと、十全な回答を示してやった。
「簡単な話だ。あのままあいつに好き勝手させていれば、奴がゲームを支配していてもおかしくない状況が生まれ得たからだ。一井のスペルが広間で俺が推理した通りの力であった場合、それはいつでもどこでも何度でも、自由に他プレイヤーを殺せる最高のスペルってことになるんだからな」
「即死系のスペル持ちは、一対一なら基本無敵。だが一度しか使えない以上、一人で戦うとなれば使える機会は大きく制限される。その点、一井のスペルなら殺せる数に制限はないから、一人でも十二分に戦える」
「その通り。だから俺みたいに一人しか殺せない奴は、喉から手が出るほどあいつのスペルが欲しかった。とはいえ、一井はまず間違いなく誰かとチームを組んでいただろうからな。仮にあの場をやり過ごした後のこのこと交渉に赴けば、そこで殺されていただろう。だから勿体なくはあったが、さっさと殺すことにしたんだよ」
「一井に、仲間……」
東郷は俺から視線を外し、絨毯へと目を向けた。どうやら一井に仲間がいることなど想像していなかったらしい。
それなりに頭が切れるように見えるが、まだまだお子様頭脳だったか。
俺は余裕の笑みを浮かべ、優しく諭してやることにした。
「おいおい、まさか気づいていなかったのか? 一井がわざわざ自分の能力を見せびらかした理由を考えれば容易に思いつくことだろう。奴のスペルが斧しか召喚できなかったのか、他の武器も召喚できたのかは今となっては分からない。だがそのどちらだったにしろ、もし奴に仲間がいないのなら、こっそり作り出した武器を利用して一人ずつ不意打ちで殺していく方がリスクも少なく楽だったはずだ。にも関わらず、わざわざ大勢の標的になるリスクを冒して、奴は自分の能力を俺らに見せつけた。これはどういうことか?」
焦らすように、あえて一度口を噤む。あまり面白くないことに、東郷はそこまでこの話に興味を持っている様子はない。ただじっと何かを考え込んでいる。
そのことに苛つき、俺は声をより大きくして話を続けた。
「さっきも言ったようにもしあそこで俺が殺さなければ、一人しか殺すことのできないプレイヤーの多くが一井に交渉を持ち掛けに行ったはずだ。うまく交渉に成功して奴のスペルを聞き出すことができれば、ゲーム攻略の方法は限りなく広がるからな。だが、一井からしてみればそこにメリットはない。自身のスペルと交換に一撃必殺の力を得ずとも、殺して回るのに十分な力を持っていたんだからな。なら他のプレイヤーを自分のところに呼び寄せて何をする気だったのか。
それは、やってきたプレイヤーを皆殺しにすること。そしてこれをやるには、最低でも一人仲間が必要だ。交渉を持ち掛けに来るプレイヤーは一井には最大限の注意を払うだろうが、奴以外への注意力は散漫になっているはずだ。そこで元から部屋に仲間を待機させておき、交渉に来た奴らを片っ端から殺させていく。これなら一人で殺して回るより簡単だし、殺す役は仲間が行うことになるから自分の身も比較的安全だ。ついでに言うと、この計画なら仲間を作るのもそう難しくはない。仲間になる条件としては今の計画を告げることと、自分のスペルを相手に教えるだけ。持ち掛けられた方も受け入れない理由の方が少ないぐらいだからな」
意気揚々と言い切ると、東郷は独り言のような声量で聞いてきた。
「……だとしたら、その仲間っていうのは宮城か。スペルを唱えるのでなく物理的に殺すとなれば、力のない女では成功率が下がると思うが」
「別にそうとは限らないだろ。一井のスペルで作れるのが斧だけとは限らない。銃も召喚できるのであれば、女だって容易に殺すことができるだろうからな」
「女でも可能、か……」
目線は絨毯に落としたまま、ぶつぶつと言葉を漏らす。
態度がどうにも陰気で、本当に俺を仲間にしに来たのか疑問に思えてくる。だが、こいつがそれ以外の目的で会いに来る理由はない。さっさと本題に入れと怒鳴りたいが、ここは大人の余裕を見せておくべきだろう。
俺は悠々と東郷が話し出すのを待ち続ける。
すると東郷は不意に顔を上げ、新たな質問を投げかけてきた。
「もう一つ聞きたいんだが、お前の罪は一体何だ。どうして人を殺したりなんかしたんだ」
東郷の次なる質問は、俺がここに呼ばれた理由。今度は俺の性格を把握しようと考えたのか。
まあ別に構わない。性格を把握されたぐらいで、不利になることなんてないのだから。
「くだらない質問だが、まあいい。答えてやろう。俺が行ったのは殺人、なんて大それたことじゃない。単に助かったかもしれない奴らを見殺しにしただけのことだ」
当時を思い返し、俺はわずかに目を細めた。
「今から二年前のことだな。たまたま俺が訪れていた建物で火事が起こった。ちょうど火事が起こった現場にいた俺は、その火の勢いを見てすぐに建物全体に火の手が回るだろうと判断した。そこで俺は自分が最も安全に逃げられるように、まず逃げ道について嘘の情報を流したんだ。その建物にはかなりの人がいた。もしパニックになったそいつらが一斉に同じ方向に逃げようとなんてしたら、先が詰まってすぐに逃げられなくなることは目に見えていたからだ。そして偽の情報を流した後は、出口に向かう途中にあった扉にいくつか仕掛けを施した。少しでも火の回りが遅くなるよう、出口に通じる扉はできるだけ閉まっていた方が安全だろ。だから扉が簡単に開けられないようストッパーを挟んでおいたんだ。
まあ俺がやったのはその程度のことだけ。直接誰かを殺したわけでもなく、自分の安全を追求しただけのいわば正当防衛だ。正直人殺し呼ばわりされる筋合いなんてさらさらないんだが、他の奴がどう判断するかまでは止められないからな」
全く、本当に鬱陶しい話だ。自分の命と他人の命。どちらが重いかなんて考えるまでもない。生物として当たり前の行動をとっただけなのに、それを殺人扱いするなど馬鹿げている。まあここに呼ばれた連中なら、俺の正当性はよくわかってくれることだろう。ここにいる奴らは全員、他人よりも自分の命の方が重いことをよく知っている殺人者なのだから。
俺の告白を聞き、東郷は目を閉じて何かを考え込む。いくらスペルを持たない相手を前にしているとはいえ随分と隙が多い。こうも油断している相手を見るとつい脅かしてやりたくなるが、それにはまだ早い。あれへと手が伸びそうになる気持ちを抑え、東郷の答えを待った。
結論が出たのか、ふと目を開け東郷は俺を見つめた。
「やはり救いようのない悪人か。それにこれだけ隙を見せても殺しに来ないところを見るに、やはりまだ仲間も作っていないようだな。これ以上の問答は時間の無駄だし、予定通り殺させてもらうか」
「何!」
俺は驚きから目を見開き、座っていた椅子から腰を浮かせた。
全く予想していなかった一言。こいつはここに来る前から俺を殺すことを予定していた? 何もスペルを持たない無害な俺を? その理由は一体? もしかしてこいつのスペルも一井と同じ、何人でも殺せるタイプの能力だったのか?
分からない。分からないが、まだ動くには早い。すぐにスペルを唱えずわざわざ殺すと宣言したということは、まだ交渉の余地があるはずだ。
腰を浮かせたまま、俺は眉間にしわを寄せて東郷を睨み付けた。
「……ここで俺を殺して何の得がある。何の力もない俺を殺しても、キラースペルの無駄打ちにしかならないぞ」
「確かに今お前は無能力者だ。だがこれから誰かと手を組み、また力を取り戻すとも限らない。なら今ここで、リスクなく殺せるうちに殺した方がメリットがあるだろう。幸いにも俺はスペルを二つ所持しているからな。ここで一つ唱えたからと言って特に問題はない」
いまだスペルこそ唱えはしないが、奴の目には明確な殺意が漲っていた。
これ以上引き延ばそうとしても無駄。東郷が完全に殺す気でいるのを悟り、俺は乾いた笑い声を上げた。
そんな俺を見て、冥土の土産とでもいうかのように、東郷は淡々と問題点を口にする。
「架城の言葉に重なるが、あんたの敗因は自分の優秀さを示したいがために行動を徹底しなかったことだろうな。あんたの作戦。本気で完遂したいんだったら、無能力を誇示した後は誰との接触もすべきではなかったはずだ。誰か一人とでも会話してしまえば、その時点で無能力であるかどうかは判断できなくなる。俺のように交渉を持ち掛けてきた誰かと手を組み、また表舞台で活躍しようとなんて考えたのが運の尽きだったな」
それで言いたいことを言い終えたのか、東郷はポケットから紙を取り出し、スペルを唱えようとする。
俺は乾いた笑いを収めると殺気のこもった視線を東郷に向け、椅子の後ろに隠していたある物を素早く手に握りしめた。
「このまま俺がお前に殺されたなら、それは正しかったってことだろうよ。だがな、この俺を利用しようと馬鹿な企みを持ち掛けてきたやつなら、既にいるんだよ!」
俺は椅子の後ろに隠していたあれ――黒光りする拳銃――を東郷に向け、その照準をぴったりと奴に合わせた。
「それじゃあ、死ね!」
高らかに吠えると同時に、拳銃の引き金を引いていく。
銃弾は一発も狂うことなく、まっすぐに東郷へと向かう。
俺は勝利を確信し、自然と表情がにやけていくのを感じた。
だが、次の瞬間。驚くべき光景が目に飛び込んできた。
「な! そ、それがお前のキラースペルの力か! チートにもほどが――」
唐突に、頭部に衝撃が走る。
――反則だろ、その能力は。
頭でそう考えるのが精いっぱいで、言葉にはならない。床に這いつくばって必死に振り返ろうとするも、再び頭に強い衝撃が走る。それも一度ではなく、何度も。徐々に意識は遠のいていき、そのまま――
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