キラースペルゲーム

天草一樹

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困惑の一日目

自己紹介前半:佐久間・鬼道院・藤城・宮城・橋爪

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「やあやあ皆待たせたね。非常に残念なことに一井譲君と野田風太君には誘いを断られてしまってね。全員そろっての親睦会とはいかなくなってしまったが、それでもこれだけの人数が集まってくれたんだ! もしかしたら誰一人として呼びかけに応じてくれないんじゃないかと不安だったから、ここに集まってくれたみんなには本当に感謝しているよ! さあ! これから十日間の私たちの健闘を祈って、乾杯!」
「……乾杯」

 佐久間の音頭に合わせ、ちらほらと声が上がった。



 今からつい数分前のこと。親睦会最後の参加者である秋華と六道を連れてきた佐久間は、大広間に戻ってくるなり厨房へと引っ込んでいった。そしてすぐさま大量のワインボトルと人数分のグラスを持ってくると、各テーブルにそれぞれグラスとワインを置いていき、勝手に音頭を取り始めたのだった――まあ、佐久間のノリに付き合うほど友好的な者はほとんどいなかったわけだが。



 警戒からか誰一人としてワインに手を付けない中、佐久間は自分の分を一息で飲み干す。そして一切場の空気を読むことなく、明るい声で自己紹介を始めた。

「さて、仲良く話をするにしてもまずはお互いのことを多少なりとも知らないと会話のきっかけがつかめないでしょう。ということで、まずはこの親睦会の主催者である私、佐久間喜一郎から簡単に自己紹介を述べさせていただきます。
 私の名前は佐久間喜一郎。普段は寿命が延びるお香やら、紀元前からある壺だとか、とてもユニークで貴重なものを売り歩いているしがないセールスマンです。人を殺した記憶などつゆほどもありませんが、ここに呼ばれたということは私の行いで不幸になってしまった人がいるということ。その償いのためにここで死んでおくべきなのか、それとも気づかず死に至らしめてしまった人の分まで生きるべきなのか。いまだ迷いは晴れませんが、取り敢えず今は皆さんとの出会いを祝福したい! 
 キラースペルゲーム。勝っても負けても恨みっこなしの、楽しい時間にできたらと思います!」

 殺し合いのゲームをするにはあまりにも場違いな自己紹介。
 誰一人として笑顔を浮かべることはなかったものの、話した本人は満足したらしく満面の笑みを浮かべている。
 あまりにも場違いな佐久間の発言で逆に口を開きにくい雰囲気になったが、次に名乗りを上げた人物はこの雰囲気を一変させられる持ち主だった。

「部屋の番号順に話していくのがこの場では最も無難でしょうね。それでは、次は私が話させていただきましょうか」

 たった二言でありながら、聴衆の意識を全て持っていくほどの吸引力。佐久間の演説を聞き、侮蔑や呆れの表情を浮かべていたものも、皆等しく緊張した面持ちに変わった。
 すでにこうなることを予想していた明は、渦中にいる狐面きつねづらの男ではなく周りのプレイヤーの動きに注目した。

「皆さま初めまして、鬼道院充と申します。『心洗道』という小さな宗教団体の教祖をやっているものです。教祖、という言葉を聞くと皆さん妙に興味を抱くようですが、特殊な力が備わっているなどということはありません。皆さんと同じく、何の力もない一般人です。ですから、あまり警戒せず、積極的に狙わないでくれることを望みます」

 特殊な力はこの場にいる全員に与えられているわけだが、勿論そんなところに突っ込みを入れる野暮な人間はいない。それどころか、一言一言に宿る異様な言葉の重みに圧倒され、冷や汗を流しているものさえいた。
 一体どんな幼少期を過ごせばここまでの威圧感を得られるのか。もし生まれついてのものだとすれば、教祖になるのは運命だったとさえいえるだろう。
 聴衆を観察していた明は、誰か一人くらい彼の力を受け付けない人間がいるのではないかと見ていたが、例外なく全員が表情を変えていた。ただ、佐久間などは明らかに驚いた演技をしている様子だったので、本当に全員が威圧されていたかどうかは不明であったが。
 佐久間の自己紹介後とは違う、緊張感に満ちた大広間。続いてのプレイヤーは先ほど明にちょっかいをかけてきた金髪の男。にやけ顔を張り付けてこそいるものの、場の雰囲気にのまれてか緊張した声音で話し始めた。

「ふ、藤城孝志だ。職業とかは俺の服装を見て察してくれってところだな。こんなクソゲーに巻き込まれて死ぬなんてのは御免なんで、うぜえ奴からどんどん殺させてもらいますわ。あ、でも、可愛い女の子だけは殺したりしないから安心してくれな。もし一人で寂しいっていうんだったらいつでも相手してあげるから、好きな時に俺の部屋を訪ねてくれ。たっぷり楽しませてやるからよ」

 下卑た笑みを浮かべて、主に神楽耶と姫宮に対して視線を送る。
 神楽耶は嫌悪感を含んだ表情でそっぽを向いたが、姫宮は頬を赤らめ笑顔で手を振り返している。扱いやすい駒としての利用価値でも見つけたのだろう。
 ちなみにこの場にはあと二人女性がいるが、藤城はその二人にはあまり視線を向けていなかった。どうやら幼児体系の女の子や、眉間にしわを寄せた性格がきつそうな女性には興味がないらしい。まあ、心底どうでもいいことだが。
 藤城の自己紹介が終わったの見て、次のプレイヤーが名乗りを上げた。

「俺の名前は宮城濾水だ。この世の悪を挫くために日々戦っている。今回わざわざこの集まりに参加したのは、お前ら人殺しと馴れ合うためではない。仮にゲームに優勝し自由の身になったとしても、悪事を犯した貴様らに明日はないということを宣告するためにやってきたのだ。
 今一度言っておく。俺の名前は宮城濾水。悪を滅するために日々戦う正義の使者である。もし自身の罪を償う気になったのなら懺悔をしに来い。貴様らの罪、俺が正しく裁いてやる」

 ………………
 鬼道院の時とは異なる、薄い沈黙が広間を覆う。
 この男、言っていることもぶっ飛んでいるのだが、それ以上にとてつもなくヤバい恰好をしている。
 古代ローマ人を彷彿とさせるような濃い顔つきに、かなり短く刈り込まれた短髪。体は鍛え抜かれた格闘家の如く筋骨たくましい。そこまでは別にいいのだが、問題はその服装だ。鍛え抜かれた体を見せつけたいのか、なぜか上半身は裸で、下も海パン並みに裾の短いショートパンツをはいている。
 明の記憶が正しければ、シアタールーム内にはこんな全裸状態の男はいなかった。つまり彼の格好はキラースペルゲーム主催者の嫌がらせではなく、自ら望んで選んだ服装(?)ということになるだろう。
 宮城の話も加えると、彼の正体は『露出狂の正義の使者』ということ。絶対に関わり合いになりたくない相手だ。
 多くのプレイヤーが目を合わせないように顔を背ける中、果敢にも一人の参加者が宮城に声をかけた。

「宮城さんが正義の使者であることは分かりました。ところで、それとあなたが今その恰好をしているのはどんな関係があるのです。懺悔をしに来いと言われても、女性としては全裸男の前で罪を告白したいとは思わないのですけど」

 眠そうな目をした秋華の問いかけ。
 今この場にいる全員が思っていた言葉を代弁してもらい、誰もが(脳内で)感謝の言葉を送る。
 秋華の顔を真っすぐ見つめ返した宮城は、恥じることなく堂々と言い返した。

「この格好が女性に対してやや配慮に欠ける姿であることは認めよう。だが、俺が全裸同然の格好をしているのは、姑息な真似はせず正々堂々と相手に向き合うことを証明するためだ。世の中に蔓延る悪人というのは、どいつもこいつも自分の手札を見せずに相手を欺く連中だ。俺は正義の使者として、外見からそんな悪人とは違うのだということを無辜の民に伝えなければならない。だから世の女性には申し訳ないが、この姿を認めてもらうほかない」

 表情からは冗談を言っている様子はなく、真剣そのもの。
 要するに武器を隠し持っていないことをアピールするためにほぼ全裸でいるということみたいだが、その露出っぷりは明らかに正義の使者には見えない。そもそも十二分に鍛え抜かれた彼の体は、それだけで凶器となりうるほど危険なものだろう。武器を持っていないからと言って安心して近づくことはできないし、普通に変質者だ。
 本人はその矛盾に気づいていないのか、躊躇うことなく鍛え抜かれた筋肉を見せつけてくる。
 宮城のこの言葉に秋華はどう返すのか。皆が注目する中、彼女はこくりと首を横に傾けた。

「宮城さんがその恰好をしている理由は理解しましたです。ただ、余計なアドバイスかもしれませんが、正義の使者であることを無辜の民に伝えたいならその恰好はやめておいた方がいいと思います。公然猥褻罪で警察に捕まると思いますし、正直、とってもダサいので」
「な!?」

 女子小学生(?)からの率直すぎる意見。この場にいる全員が彼女と同じことを思っていたわけだが、当の宮城は(驚くべきことに)そんなことを考えたことは一度もなかったらしい。雷に打たれたかのような衝撃を受け、目を極限まで見開いて固まっている。
 宮城が反論できずに固まってしまったことで、気まずい沈黙が大広間を流れる。
 それから数十秒たっても宮城が復活する様子はなかったので、次のプレイヤーがわざとらしく咳払いをし、無理やり自己紹介を引き継いだ。

「橋爪雅史だ。話すことなんて特にない。強いて言うことがあるとすれば、こんな屑どもの中に自分がいないといけないことが死ぬほど不愉快だということだな。一刻も早く仕事に戻りたいから、お前らがさっさと死んでくれることを願っているよ」
「……ちょっとだけ東郷さんに雰囲気が似ていますね。挑発的なところとか」

 隣でぼそりと神楽耶がつぶやく。
 その言葉にいささかショックを受けながらも、明は無表情で橋爪を観察した。
 銀縁のスクエア型眼鏡をかけた神経質そうな男。灰色のボタンダウンシャツの上に濃紺のロングカーディガンを重ね、下は黒のスラックスを穿いている。この場にいる参加者の中ではおそらく最も年齢が高いのではないだろうか。パッと見三十代に見える。眉間には深くしわが寄っていて、一目で彼が苛立っていることが伝わってくる。
 総じて、気難しいインテリタイプといった印象だ。
 橋爪の挑発を受けて藤城など数人がむっとした表情を浮かべている。だが、宮城の時のように質問や文句を言うものはいない。さっと流され、次のプレイヤーにバトンが回る。
 明は一歩左へ移動し、彼女を皆から見えるようにした。
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