キラースペルゲーム

天草一樹

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困惑の一日目

本館探索1

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 連絡通路へと戻った二人は、周囲に人がいないか確認してから本館へと向かった。
 本館にたどり着くと、そこには別館で見たのとほぼ同じ光景が広がっていた。真っ赤な絨毯が敷かれた円形の廊下に、レンガ調の古風な壁。ただ、本館中央に存在する丸部屋の出入り口は連絡通路側ではないらしく、その点は別館とは異なっている。加えて、飾られている絵画も、グロテスクなことに変わりはないが別館とは異なるものが飾られていた。
 館内図を見てみると、本館は別館に比べていくらか部屋の数が少ないという違いもあるようだ。
 これなら、自分がいま別館にいるのか本館にいるのか勘違いすることはなさそうである。
 それとなく明が館内を観察していると、神楽耶が口を開いた。

「本館も別館と同じように左回りで見ていきますか」
「ああ、それで構わない」

 明が頷くと、二人はゆっくりと歩みを再開した。
 早くも恒例のことになりつつあるが、神楽耶は各部屋の名前を呼びながら進んでいく。

「館内図からすると連絡通路の右隣は宝物室となっていますね。具体的に何が置いてあるんでしょうか?」
「さあな。中に入ればわかるだろ。まあこんな人殺しを集めた建物に宝を置いているのだとしたら、ずいぶん酔狂なことだと思うが」

 宝物室の前につくと、明は躊躇うことなく扉を開けた。
 中に一歩足を踏み入れた途端、神楽耶が目を輝かせて歓声を上げる。
 宝物室には、ショーケースの中に陳列された数多くの宝石が存在した。宝石に詳しくない明でも知っているような有名なものから、まったく見たこともない稀少石までが展示されている。
 神楽耶はショーケースに速足で近づくと、満面の笑みを浮かべて目についたものから名前を呼んでいった。

「ルビー、サファイア、オパール、アメジスト。アレキサンドライトにベニトアイト、パライバトルマリン、レッド・ダイアモンドまである! ここ、天国か何かでしょうか!」
「ただの宝物室、というかジュエリーショップだろ。俺としては古めかしくて渋みのある壺とか鎧とかを期待していたんだがな」

 そんな明の言葉は全く聞こえていない様子で、神楽耶は一心不乱に宝石を見つめている。
 明はそっとため息をつくと、神楽耶を放置して部屋の中を観察し始めた。
 床には変わらず赤い絨毯が敷かれているものの、レンガ調ではない真っ白な壁で覆われた宝物室。置かれているものは少なく、宝石を中に閉じ込めたショーケースと、それを目線の高さまで持ち上げているやや足の長い机のみ。
 人が隠れられそうなスペースも特にはなく、温室のようにキラースペルと関連しそうな要素は見当たらない。強いて特徴を上げるとすれば、部屋の広さが別館の二倍近くあることだろうか。
 念のため部屋中を歩いて何か仕掛けがないかチェックしてみるも、特に仕掛けは存在していないようだった。
 早々に宝物室への興味を失った明は、いまだに目を輝かせて宝石を眺めている神楽耶の肩をたたいた。

「ここはあまりゲームと関連のある場所じゃなさそうだ。宝石鑑賞は後にして、さっさと次の部屋に行くぞ」
「……もう少し、見てちゃだめですか? こんな素敵な光景、滅多に見られるものじゃないですし」
「だめだ。今は本館を見て回るほうが先決だ。どうしても見たいなら、探索が終わってからまた見に来ればいいだろ」
「で、でも、あと五分ぐらいなら。温室にはもっと長くいましたし、別に急いで本館を見て回る必要だって――」

 あえて口では何も言わず、眉間にしわを寄せて睨み付ける。説得は無理だと察したのか、神楽耶は不満そうな顔ながらも「わかりました」と言い部屋を後にすることを了承した。
 やや気まずい雰囲気になりながらも廊下に出た二人は、宝物室の隣の部屋に向けて歩みだした。

「次の部屋は娯楽室、だそうですね。こうした館における娯楽と言われると、ビリヤードとかダーツでしょうか? どちらも私はやったことがないので、あまり楽しめそうにないですけど」
「どうだろうな。殺し合いを推奨するこの館に対人形式のゲームを置くとも思えないが」

 話が盛り上がる間もなく、すぐに娯楽室に到着。扉を開け中に入ると、ここでも二人は驚きの声を上げた。

「これは……娯楽室というよりもゲームセンターか」
「どちらかというと、カジノ……じゃないでしょうか。スロットマシンやルーレット、それにトランプゲーム用のテーブルなんかもありますし」

 神楽耶の言葉通り、娯楽室内には人の背丈ほどもあるスロットマシンや、テレビでしか見たことがないような巨大なルーレットなどが置かれていた。加えて、館内の静けさを忘れさせるほどの大音量で、ジャズ・オーケストラが流れている。
 やや呆れた様子で部屋を見渡しながら、明は言った。

「金を一銭も持ってない今の状況じゃ全く使えないものばかりだな。隣の宝物室のことも考えると、ここは普段ゲーム主催者らの別荘として使われているのかもしれないな」
「自分たちの別荘を殺し合いの舞台として使うなんて正気の沙汰とは思えませんね」
「こんなふざけたゲームの主催者が正気なわけないだろう。さて、手早く観察して次の部屋に向かうぞ」
「はい」

 一度分かれて、それぞれ娯楽室を歩き回る。
 部屋全体の照明は薄暗く、人の背丈と同じくらいのスロットマシンが並んでいるため、宝物室と違い隠れられるスペースはかなり存在する。しかも大音量で音楽が流れているため、ちょっとやそっと身動きをしても気づかれる心配は低そうだ。
 不意を打つには絶好の場所。今後娯楽室を訪れる際は、それなりに警戒しつつ入る必要があるかもしれない。
 明も神楽耶もほどなく見回りを終え、娯楽室を後にする。
 廊下に出ると、娯楽室で流れていた音楽から解放され、ほの暗い静寂が二人を包んだ。
 その静寂にどこか寂しいものを感じたのか、神楽耶はやや明るめの声を出して静けさを振り払った。

「と、隣の部屋は空き部屋と書かれてますね。物置とも書かれてないってことは、本当に何も置いてない空の部屋何でしょうか。もしそうなら不思議ですね。建設当初の予定はどうなっていたんでしょう」
「何も考えてないんじゃないか。俺の予想だと、この建物自体普通の作られ方はしていないと思うしな」
「普通の作られ方をしていないってどういう意味ですか? というか普通じゃない作られ方って何のことを言ってるんです?」

 小首をかしげて神楽耶が聞いてくる。明は隣室に向けゆっくりと歩みながら、淡々と答え返した。

「この建物が、キラースペルによって作られたものなんじゃないかってことだ」
「キラースペルで作られた! そんなこと可能なんですか!」

 驚きからか一段と声を高くして神楽耶が叫ぶ。そんな彼女にちらりと視線を向け、明は小さく首を横に振った。

「知らん。ただ、連絡通路から外を見たとき、ここら一帯は隙間なく木に囲まれていた。少なくとも大型の重機を持ってくる余地がないほどにな。この建物を手作業だけで作れるわけもないし、キラースペルを使用したんじゃないかと思っただけだ」
「言われてみるとキラースペルって名前のわりに、人を殺す以外のことも可能みたいですもんね。『城館建設』っていうスペルとか使えれば、一瞬でイメージした通りの館ができそうです」
「これだけ綺麗な円形の建物を作った方法や理由も、キラースペルの力を試すためだったのだとしたら納得がいくしな。まあ、事実かどうかは知らんが」

 館の壁に手を這わせ、その質感を堪能する。もしこれがキラースペルで作られたものだとしたら、タイル自体が無から生み出されたということになるのだろうか。
 今自分が手にしている力の源を考えると、背筋が凍るような恐怖を覚える。現代の科学では決して届かない、物理法則を無視した力。その力の行使にどれだけの負担がかかるのかも現状では未知数だ。

 ――少なくとも、一度唱えただけで支障が出ることはなさそうだが。

 神楽耶に視線を送りつつ、そんなことを考えているうちに空き部屋へ到着。
 そろそろ血命館にも慣れてきたのか、神楽耶も躊躇ったりせず堂々と扉を開け中に入る。
 中は館内図に書いてあった通り完全な空き部屋。物は一切置いておらず、ただ真っ白い空間があるだけだった。
 念のため部屋の中を軽く歩いてみるも、特に仕掛けが施されてはいない様子。早々に引き上げ、さらに隣の部屋へと入っていった。

「ここは談話室、ですね。配置された家具もお洒落ですし、照明もほんのりと橙がかっててすごく落ち着く場所ですね――周りに飾られた写真さえなければ」
「全く、談話させる気があるとは思えないな。それとも普段ここを使ってるやつらは、この写真を眺めながら楽しく会話しているのか」

 神楽耶の言葉通り、談話室は一見すると落ち着いた雰囲気のクラシカルな一室だった。長方形の古風な木製テーブルが部屋を三分割するように二つ置かれ、それを囲うように黒色のクッションが敷かれた木製のリクライニングチェアが配置されている。右の壁際にはこれまた木製の豪奢な棚が立ち並び、棚の上には年季の入った様々な壺が。また左の壁際には、いかにも高級そうなワインが飾られたガラスケースが置かれている。他にも城の形にデザインされた二メートル近くもある柱時計が中央奥に置かれるなど、普通に生活していたら一生お目にかかれないような煌やかな部屋。
 そこで終わってくれるのなら、庶民が早々味わうことのできない素敵な部屋として大満足だっただろう。しかし、四方の壁に飾られている数十枚にも及ぶ写真が、そのすべてを台無しにしていた。

 脳漿が飛び出し顔の原形を留めていない死体。
 全身が真っ黒焦げになり元が人だったとは思えないほど損傷した死体。
 植物の蔓が全身に巻き付き窒息している死体。

 それら見るに堪えない悲惨な死体を収めた写真が、部屋のどこにいても目に入るようになっている。
しかも、写真の背景は明たちにも見覚えのある、血命館の廊下や一室。どうやらこの写真に写っている死体はかつてのキラースペルゲームにおける敗者の姿であるらしい。
 このゲームに負けるということが何を意味しているのか改めて実感し、胃がきつく締まるのを感じる。神楽耶も顔を青ざめさせ、何かを堪えるように下唇を強くかんでいた。

「手早く終わらせて次の部屋に行きましょう」
「そうだな」

 周りの写真から目をそらしつつ、談話室内を歩き回る。
 宝物室ほど見通しは良くないが、娯楽室のように隠れるスペースが多いわけではない。部屋の広さに対して物はそこまで多くないし、隠れられるとしたらせいぜいテーブルの下くらいだろう。
 本当に、周りの写真さえなければゆったりとくつろげる心地よい場所といえるのに。
 余計なものを飾っていった主催者に対する苛立ちと共に、二人は談話室の調査を終えた。
 廊下に出ると、すぐに隣室へと移動を開始する。
 話をすることなく歩くのに集中すれば十秒とかからず次の部屋が見えてくる。

「次は、部屋――というか化粧室ですね。他部屋よりも小さめの化粧室、男湯、女湯、で再び化粧室って並びですか。やっぱり男湯の隣の化粧室が男性用で、女湯の隣が女性用ですかね」
「だろうな。それと、本館中央の円形部屋――もとい大広間の入り口も見えてきたな。ここまででちょうど本館を半周したわけだ」
「そうですね。半周するまでに調べた部屋が四部屋でしたから、本館の一部屋は別館の約二倍みたいですね。それじゃあ次は大広間を先に調べますか?」

 大広間を指さしながら神楽耶が言う。
 明はその言葉に頷きかけるも、ある考えがよぎり動きを止める。そして、大広間でなくトイレへと視線を送った。

「ああ。だがその前に一度トイレに寄らせてほしい。構わないか」
「勿論です。でも、あの、トイレの中まで付いていかなくてもいいですよね?」
「トイレに行ってる間ぐらいは離れても大丈夫だろ。ただもし誰か来たのなら、トイレの外からでいいから俺に知らせろ。余計な疑惑は作りたくないからな」
「はい、分かりました」

 疑われることに嫌悪感を抱いたりはしないらしく、神楽耶は素直に頷いた。
 念のため周りに人がいないことを確認してから、明は男子トイレに入った。トイレの中は、デパートで見るのとさほど変わらぬつくり。入ってすぐのところに鏡と洗面台があり、その奥にはストール型小便器が三据えと洋式大便器が三台。
 明は中に誰もいないか軽く調べてから、用を足すことなく洗面台の前へ移動した。
 鏡に映った自分の姿を見つめながら、ついさっき見た出来事――神楽耶の唱えたキラースペルに思いをはせる。
 神楽耶と信頼で結ばれた仲間になるために負った特大のリスク。結果として殺されることこそなかったものの、キラースペルの無駄打ちをさせるなど本当に危険な賭けだった。
 チームを組むことを了承してもらった後、明は約束通り神楽耶にキラースペルを唱えてもらっていた。神楽耶のキラースペルは『背後奇襲』。その効果は、思い描いた人物の後ろへ音もなく転移できるというもの。
 実際、『背後奇襲』と唱えると同時に、目の前にいたはずの神楽耶の姿が消失し一瞬にして背後に回られていた。喜多嶋の話したルールからすると、キラースペルによって可能となった殺人は容認されるとのこと。つまり、『背後奇襲』によって背後に回った瞬間から、対象を自由に攻撃する権利が神楽耶には与えられていたということだ。一方明はそれをただ防ぐか避ける、もしくはキラースペルで反撃するかの選択肢しか存在していなかった。もし神楽耶の今の態度が演技で、本性が冷酷な殺人者であったのなら、殺されていても不思議じゃなかっただろう。
 それでも、それだけのリスクを冒す価値は十分にあった。神楽耶と仲間になれたのもそうだが、キラースペルが本物・・であることの確認を早くも行えたのだから。そして勿論、使えるキラースペルが二つになったことも心強い。
 明は今自分が手にしている二つのキラースペルの使い道を、脳内で軽くシミュレートする。
 シミュレートし終わると同時に、鏡を見ながらぼそり、

「自殺宣告」

 と唱えて見せた。
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