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19:抵抗と真相
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先輩の罪を認めたも同然の発言に、氷室や友哉が驚きの表情を浮かべる。少しあっさり過ぎる気もするものの、どうやら大人しく捕まることを選んでくれたようで僕もほっと胸をなでおろした。
だが、次の瞬間。先輩は凶暴な光を瞳に宿し、僕の腕を強引に掴み床に押さえつけてきた。唐突な暴力に意表を突かれ、僕は先輩の腕をひっかく程度の抵抗しかできずあっさりと床に組み伏せられてしまう。
僕という人質を取った先輩は、今まで保ってきた穏やかな雰囲気をかなぐり捨て、荒々しい野獣のような表情で栗栖に命令した。
「噂に聞いた通り、お前は本当に名探偵だったらしいな。これだけ俺に有利な状況であれば、相手が誰だろうと途中でばれることなどあり得ないと思っていたんだが。しかし、最後に気を抜いたな。すでに一人殺した殺人犯が、まさか正体がばれただけであっさりと諦めるとでも思っていたのか? 獄中なんかじゃなく今。千世の死について分かったことは全て話してもらう。そしてもし、あいつの死に関わっている奴がいたのなら、そいつにも今ここで死んでもらう。それから、くだらない嘘はつくんじゃないぞ。一つでも嘘が判明したら、その時点で一之瀬には死んでもらうからな」
自分の発言が冗談でないことを示すように、先輩は僕の首を強くつかむ。あまりの痛みに僕が喘ぎ声を漏らすと、栗栖は小さく首を縦に振った。
「分かりました。一之瀬さんを見殺しにはできませんし、氷室君や谷崎君には申し訳ないですが、僕の見つけた真実をお話ししましょう。因みにお二人は、それでも構いませんか?」
「ちっ。この状況で拒否権なんてないだろう。さっさと話して、奴を黙らせろ」
「司のためなら……、俺も……」
氷室は青ざめた表情で、友哉も辛そうに顔を歪めながら頷いてくれる。それを確認すると栗栖は佐野先輩へと振り返り言った。
「では僕の推理を話す前に、先輩がなぜ根津君を殺したのか教えてくれませんか? どこまで分かったから彼を殺すに至ったのか知っておきたいので」
僕を押さえつける力を一切弱めないまま先輩は答える。
「具体的なことは何も知らない。初日の話し合いから、あいつが特に怪しいことには感づいていたからな。夜お前を眠らせてからあいつの部屋を訪ね、いくつか話をしたんだ。そうしたら奴は、千世が死んだのは自業自得だし、その方が世の中のためだとかふざけたことを言いやがった! それでカッとして――、気づいたら首を絞めて奴を殺してしまっていた。因みにわざわざ奴を首なし死体にしたのは、残りの連中を怖がらせて自白するのを促す効果や、根津の入れ代りを匂わせることよりも、首にはっきりと残ってしまった俺の手形を隠すためだったというのが本当のところだ。ま、結局はばれてしまったがな」
「成る程。では根拠があって根津君を殺したわけではなかったのですか。まあ彼を殺した後も僕らを解放しなかったことから、おそらくそうだろうとは思っていましたが――そうですね。あまり先輩を焦らして一之瀬さんをその状態にしておくのも可哀そうですし、結論から述べましょう。芳川さんを殺したのは、根津君です。彼が屋上から芳川さんを突き落として殺したのです」
「まじかよ……」
これには先輩だけでなく、栗栖を除く全員が衝撃を受けた。千世の死が事故だとは思っていなかったが、まさか本当に彼女を殺した犯人がいたというのは驚きだった。しかもそれが根津だったとは。となると理由はやはり――
組み伏せられていることへの痛みも忘れ、僕はこの話に頭を働かせる。すると、佐野先輩は疑わし気に栗栖に問いかけた。
「今の話は本当か? これ以上人が死ぬことがないよう、敢えて死んでいる奴を犯人として挙げたわけじゃないだろうな。一体どんな根拠があってその答えを導き出したんだ」
ちらりと腕時計に目を向けた後、栗栖は淡々と答えを返す。
「先に断っておきますが、これから言うことを聞いても激昂しないでいただきたい。これは証人もいることですし、この場で考え付いた嘘では決してないので」
「今以上に俺が激昂するような話があると?」
「はい。芳川さんはこの村の多くの男性と肉体関係を持ち、それを脅しの種としてかなりの額を奪い取っていたのです。彼女が殺された日も、根津君を学校の屋上に呼び出し、お金を巻き上げる算段でいた。ところがその交渉に失敗し、彼女は彼に屋上から突き落とされ殺されてしまった――と、やはり怒ってしまったようですね。警告も無駄になりましたか」
「当たり前だろう! そんなほら話、信じるわけがないだろう! 千世を貶めるような発言を、よく俺の前でできたものだな!」
「痛っ!」
先輩の力がさっきよりも強くなり、僕の首に青あざは確実だろうと言うほどの力が加わる。体勢上彼の顔を見ることはできないけれど、その顔が怒りから真っ赤に染められているだろうことはよくわかった。
そして何より、ついに暴かれてしまった千世の裏の顔。栗栖がここまで話してしまった以上、僕にも懺悔せざる負えない時が来てしまったようだ。
「さっきも言いましたが、これは嘘でなく事実です。彼氏として佐野先輩が認めたくない気持ちは分かりますが、それは覆らない現実。まあ僕がいくら言葉を尽くそうとも信じてはもらえないでしょうし、彼女の共犯であり、脅しの手伝いをしてきた一之瀬さんにそこのところは語ってもらいましょう」
「一之瀬に!?」
驚きと共に先輩の力が弱まり、僕は多少身動きができるようになる。そして体勢を変え先輩へと目を向けると、思っていたのとは少し違う、どこか苦しそうな表情をした先輩が僕を見下ろしていた。
近くに友哉がいる状況でこのことを話さないといけないのは、本当に心苦しい。自分が陰であれ程人を苦しめていながら、友哉と楽しく笑い合っていたことを考えると、罪の意識で死にそうにすらなる。でも、ここまで来たら逃げるなんて選択肢はない。
僕は意を決して話し始めた。
「先輩も知っての通り、千世は都会に出ることを憧れていました。それも若いうち、高校を卒業したらすぐにでも都会に行きたいと言っていました。でも、コネも何もない田舎の女性一人が都会に行っても、そこで自分の望むような生活を送るのが容易でないことは明らか。だから最低でも数か月、できれば数年は無理に働かなくても生活できるくらいのお金を千世は欲していた。だけどこの片田舎でそれだけのお金を稼ぐのは普通にバイトをしているだけじゃ絶対に叶いません。そこで千世は……普通じゃない方法でお金を稼ぐことにした」
「それで脅迫を……」
呆然とした顔で先輩がそう呟く。僕は微かに首を動かし肯定しつつ、その手順を話していった。
「メインの対象は比較的お金を持っていそうな大人でした。対象が一人になったところで千世が話しかけ、人気のない場所に連れていく。そこで相手を誘惑してその気にさせ、押し倒してきた所で僕の出番。こっそりと二人の後をつけ、撮影しやすい場所に待機しておいて、千世が押し倒された瞬間を撮影する。後はその写真をばらされたくなかったらお金を出すよう二人がかりで脅迫。それを何度も繰り返して、かなりの額を奪い取っていきました」
「……なんでお前はそれに協力したんだ」
僕の話を信じきれないのか、先輩は必死に疑問を絞り出す。でも残念だけどこれは事実。僕にとっても辛いことだけど、矛盾の生じる余地はない。
「僕も千世がこんな片田舎で終わっていい人間だとは思っていなかったから。この村の人たちは皆優しい良い人達ばかり。だけど何か新しいことをしようという向上心には乏しいし、ここで一生を終えるのは、千世が可哀そうだし何より勿体なかった。だから僕も彼女の夢の手伝いをしたかったんです。それがたとえよくないことと分かっていようとも、千世は僕にとって幼いころから一緒にいた家族と同じくらい大切な友人。どうせ大した用もなく消費されていくお金だったら、千世に投資させた方がましだって。
分かってます。自分がいかに最低なこと考えているのかは。でも、当時の僕は本気でそう考え、千世に手を貸してしまった。……ただ、高校生活も残り半分になったからか、最近の千世は焦っていた。最初の頃は相手の家に影響が出るほどの額を出すよう脅迫したりはしなかったし、対象も大人だけだった。でもここ最近は脅迫時の額もかなり高めになっていたし、よくバイトをしている同年代の男子も脅迫するようになっていました。それに脅迫の仕方もちょっと強引なものになっていたし……。それで最近は僕と少し仲違いをして、一人で何やら動いていることも多くなって……。
あの日も脅迫の対象が誰かは教えてくれず、ただ校舎の周りに植えられている花壇の上にマットを敷いておくよう頼まれてたんです。でも、僕は学校に行ったはいいもののそれはしなかった――というよりできなかった。いつもなら開きっぱなしの体育倉庫の鍵がその日はなぜか掛かってたから。それで仕方なく帰ったけれど、次の日千世が屋上から飛び降りて死亡したという話を聞いて……」
そこで僕は言葉を切る。ずっと漠然と考えていたこと。千世はきっと元から飛び降りるつもりでいた。そしてその罪を根津に被せ、それをもとにより多くの額を搾り取ろうと考えていたのだろう。だけど万が一にも飛び降りて本当に死ぬわけにはいかないから、僕にマットを敷いておいてくれるよう頼んだ。でも、僕がそれをしなかったから……。
先輩はそれを聞いてしばらくの間、やはり呆けたように固まっていたが、不意に意識を取り戻し僕のことを睨み付けた。どうやらようやく、僕が千世の死に間接的に関わっていたかもしれないことに気づいたようだ。「だったら、お前も千世の敵か」と言って、再び僕の首に手を伸ばしてきた。
反射的にぎゅっと目を閉じ、すぐやってくるだろう痛みに備える。だがいつになっても首に手が触れることはなく、代わりにドサリという何かが倒れる音が聞こえてきた。
こわごわ目を開け隣を見ると、体を痙攣させ床に倒れ伏す佐野先輩の姿が。友哉と氷室が呆然とその姿を眺める中、栗栖が僕のそばまでやって来て右手を差し出した。一瞬躊躇するも、結局その手を取り僕は立ちあがる。
栗栖は僕から手を放すと倒れたまま動かなくなった先輩に近づき、軽くその肩を揺らしてみる。それでも先輩が動き出さないのを見ると、ようやくほっとした様子で息を吐き出し、淡い声で呟いた。
「仕込み爪のしびれ薬がやっと全身を回ったようだな。これで、取り敢えずは一件落着か」
だが、次の瞬間。先輩は凶暴な光を瞳に宿し、僕の腕を強引に掴み床に押さえつけてきた。唐突な暴力に意表を突かれ、僕は先輩の腕をひっかく程度の抵抗しかできずあっさりと床に組み伏せられてしまう。
僕という人質を取った先輩は、今まで保ってきた穏やかな雰囲気をかなぐり捨て、荒々しい野獣のような表情で栗栖に命令した。
「噂に聞いた通り、お前は本当に名探偵だったらしいな。これだけ俺に有利な状況であれば、相手が誰だろうと途中でばれることなどあり得ないと思っていたんだが。しかし、最後に気を抜いたな。すでに一人殺した殺人犯が、まさか正体がばれただけであっさりと諦めるとでも思っていたのか? 獄中なんかじゃなく今。千世の死について分かったことは全て話してもらう。そしてもし、あいつの死に関わっている奴がいたのなら、そいつにも今ここで死んでもらう。それから、くだらない嘘はつくんじゃないぞ。一つでも嘘が判明したら、その時点で一之瀬には死んでもらうからな」
自分の発言が冗談でないことを示すように、先輩は僕の首を強くつかむ。あまりの痛みに僕が喘ぎ声を漏らすと、栗栖は小さく首を縦に振った。
「分かりました。一之瀬さんを見殺しにはできませんし、氷室君や谷崎君には申し訳ないですが、僕の見つけた真実をお話ししましょう。因みにお二人は、それでも構いませんか?」
「ちっ。この状況で拒否権なんてないだろう。さっさと話して、奴を黙らせろ」
「司のためなら……、俺も……」
氷室は青ざめた表情で、友哉も辛そうに顔を歪めながら頷いてくれる。それを確認すると栗栖は佐野先輩へと振り返り言った。
「では僕の推理を話す前に、先輩がなぜ根津君を殺したのか教えてくれませんか? どこまで分かったから彼を殺すに至ったのか知っておきたいので」
僕を押さえつける力を一切弱めないまま先輩は答える。
「具体的なことは何も知らない。初日の話し合いから、あいつが特に怪しいことには感づいていたからな。夜お前を眠らせてからあいつの部屋を訪ね、いくつか話をしたんだ。そうしたら奴は、千世が死んだのは自業自得だし、その方が世の中のためだとかふざけたことを言いやがった! それでカッとして――、気づいたら首を絞めて奴を殺してしまっていた。因みにわざわざ奴を首なし死体にしたのは、残りの連中を怖がらせて自白するのを促す効果や、根津の入れ代りを匂わせることよりも、首にはっきりと残ってしまった俺の手形を隠すためだったというのが本当のところだ。ま、結局はばれてしまったがな」
「成る程。では根拠があって根津君を殺したわけではなかったのですか。まあ彼を殺した後も僕らを解放しなかったことから、おそらくそうだろうとは思っていましたが――そうですね。あまり先輩を焦らして一之瀬さんをその状態にしておくのも可哀そうですし、結論から述べましょう。芳川さんを殺したのは、根津君です。彼が屋上から芳川さんを突き落として殺したのです」
「まじかよ……」
これには先輩だけでなく、栗栖を除く全員が衝撃を受けた。千世の死が事故だとは思っていなかったが、まさか本当に彼女を殺した犯人がいたというのは驚きだった。しかもそれが根津だったとは。となると理由はやはり――
組み伏せられていることへの痛みも忘れ、僕はこの話に頭を働かせる。すると、佐野先輩は疑わし気に栗栖に問いかけた。
「今の話は本当か? これ以上人が死ぬことがないよう、敢えて死んでいる奴を犯人として挙げたわけじゃないだろうな。一体どんな根拠があってその答えを導き出したんだ」
ちらりと腕時計に目を向けた後、栗栖は淡々と答えを返す。
「先に断っておきますが、これから言うことを聞いても激昂しないでいただきたい。これは証人もいることですし、この場で考え付いた嘘では決してないので」
「今以上に俺が激昂するような話があると?」
「はい。芳川さんはこの村の多くの男性と肉体関係を持ち、それを脅しの種としてかなりの額を奪い取っていたのです。彼女が殺された日も、根津君を学校の屋上に呼び出し、お金を巻き上げる算段でいた。ところがその交渉に失敗し、彼女は彼に屋上から突き落とされ殺されてしまった――と、やはり怒ってしまったようですね。警告も無駄になりましたか」
「当たり前だろう! そんなほら話、信じるわけがないだろう! 千世を貶めるような発言を、よく俺の前でできたものだな!」
「痛っ!」
先輩の力がさっきよりも強くなり、僕の首に青あざは確実だろうと言うほどの力が加わる。体勢上彼の顔を見ることはできないけれど、その顔が怒りから真っ赤に染められているだろうことはよくわかった。
そして何より、ついに暴かれてしまった千世の裏の顔。栗栖がここまで話してしまった以上、僕にも懺悔せざる負えない時が来てしまったようだ。
「さっきも言いましたが、これは嘘でなく事実です。彼氏として佐野先輩が認めたくない気持ちは分かりますが、それは覆らない現実。まあ僕がいくら言葉を尽くそうとも信じてはもらえないでしょうし、彼女の共犯であり、脅しの手伝いをしてきた一之瀬さんにそこのところは語ってもらいましょう」
「一之瀬に!?」
驚きと共に先輩の力が弱まり、僕は多少身動きができるようになる。そして体勢を変え先輩へと目を向けると、思っていたのとは少し違う、どこか苦しそうな表情をした先輩が僕を見下ろしていた。
近くに友哉がいる状況でこのことを話さないといけないのは、本当に心苦しい。自分が陰であれ程人を苦しめていながら、友哉と楽しく笑い合っていたことを考えると、罪の意識で死にそうにすらなる。でも、ここまで来たら逃げるなんて選択肢はない。
僕は意を決して話し始めた。
「先輩も知っての通り、千世は都会に出ることを憧れていました。それも若いうち、高校を卒業したらすぐにでも都会に行きたいと言っていました。でも、コネも何もない田舎の女性一人が都会に行っても、そこで自分の望むような生活を送るのが容易でないことは明らか。だから最低でも数か月、できれば数年は無理に働かなくても生活できるくらいのお金を千世は欲していた。だけどこの片田舎でそれだけのお金を稼ぐのは普通にバイトをしているだけじゃ絶対に叶いません。そこで千世は……普通じゃない方法でお金を稼ぐことにした」
「それで脅迫を……」
呆然とした顔で先輩がそう呟く。僕は微かに首を動かし肯定しつつ、その手順を話していった。
「メインの対象は比較的お金を持っていそうな大人でした。対象が一人になったところで千世が話しかけ、人気のない場所に連れていく。そこで相手を誘惑してその気にさせ、押し倒してきた所で僕の出番。こっそりと二人の後をつけ、撮影しやすい場所に待機しておいて、千世が押し倒された瞬間を撮影する。後はその写真をばらされたくなかったらお金を出すよう二人がかりで脅迫。それを何度も繰り返して、かなりの額を奪い取っていきました」
「……なんでお前はそれに協力したんだ」
僕の話を信じきれないのか、先輩は必死に疑問を絞り出す。でも残念だけどこれは事実。僕にとっても辛いことだけど、矛盾の生じる余地はない。
「僕も千世がこんな片田舎で終わっていい人間だとは思っていなかったから。この村の人たちは皆優しい良い人達ばかり。だけど何か新しいことをしようという向上心には乏しいし、ここで一生を終えるのは、千世が可哀そうだし何より勿体なかった。だから僕も彼女の夢の手伝いをしたかったんです。それがたとえよくないことと分かっていようとも、千世は僕にとって幼いころから一緒にいた家族と同じくらい大切な友人。どうせ大した用もなく消費されていくお金だったら、千世に投資させた方がましだって。
分かってます。自分がいかに最低なこと考えているのかは。でも、当時の僕は本気でそう考え、千世に手を貸してしまった。……ただ、高校生活も残り半分になったからか、最近の千世は焦っていた。最初の頃は相手の家に影響が出るほどの額を出すよう脅迫したりはしなかったし、対象も大人だけだった。でもここ最近は脅迫時の額もかなり高めになっていたし、よくバイトをしている同年代の男子も脅迫するようになっていました。それに脅迫の仕方もちょっと強引なものになっていたし……。それで最近は僕と少し仲違いをして、一人で何やら動いていることも多くなって……。
あの日も脅迫の対象が誰かは教えてくれず、ただ校舎の周りに植えられている花壇の上にマットを敷いておくよう頼まれてたんです。でも、僕は学校に行ったはいいもののそれはしなかった――というよりできなかった。いつもなら開きっぱなしの体育倉庫の鍵がその日はなぜか掛かってたから。それで仕方なく帰ったけれど、次の日千世が屋上から飛び降りて死亡したという話を聞いて……」
そこで僕は言葉を切る。ずっと漠然と考えていたこと。千世はきっと元から飛び降りるつもりでいた。そしてその罪を根津に被せ、それをもとにより多くの額を搾り取ろうと考えていたのだろう。だけど万が一にも飛び降りて本当に死ぬわけにはいかないから、僕にマットを敷いておいてくれるよう頼んだ。でも、僕がそれをしなかったから……。
先輩はそれを聞いてしばらくの間、やはり呆けたように固まっていたが、不意に意識を取り戻し僕のことを睨み付けた。どうやらようやく、僕が千世の死に間接的に関わっていたかもしれないことに気づいたようだ。「だったら、お前も千世の敵か」と言って、再び僕の首に手を伸ばしてきた。
反射的にぎゅっと目を閉じ、すぐやってくるだろう痛みに備える。だがいつになっても首に手が触れることはなく、代わりにドサリという何かが倒れる音が聞こえてきた。
こわごわ目を開け隣を見ると、体を痙攣させ床に倒れ伏す佐野先輩の姿が。友哉と氷室が呆然とその姿を眺める中、栗栖が僕のそばまでやって来て右手を差し出した。一瞬躊躇するも、結局その手を取り僕は立ちあがる。
栗栖は僕から手を放すと倒れたまま動かなくなった先輩に近づき、軽くその肩を揺らしてみる。それでも先輩が動き出さないのを見ると、ようやくほっとした様子で息を吐き出し、淡い声で呟いた。
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