八角館殺人事件

天草一樹

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17:推理と犯人

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「さて、きっかり一時間後に集めたということは、完璧に千世の死の真相が暴けたってことでいいんだよな」

 全員をホールに呼び集め、椅子に座ってもらったところで早速氷室が口を開いた。ただその表情は真っ青になっていて、見ているこちらが辛いくらい。流石の友哉も今の彼がただただやせ我慢していることを理解しているのか、どこか憐れみを帯びた目で氷室を見つめている。

 一方そんな瀕死の氷室には一切興味がないらしい栗栖は、淡々と言葉を返していた。

「勿論。あの日彼女の身に何が起こったのか。なぜあんな夜遅くに学校の屋上になんかいたのか。一体誰が彼女を殺したのか。彼女をストーカーしていた人物の正体、その他もろもろ全て分かった。まあ実をいうなら、皆に聞き込みをするまでもなくおおよその答えは持っていたんだけどね」

「なんだと!?」

 驚きのあまり、氷室は痛みを忘れたかのように体を前に乗り出す。いや、氷室だけでなく、友哉も佐野先輩も目を見開いて栗栖を見つめている。僕も事前に話を聞いていなければ、まず間違いなく彼らと同じ表情になっていただろう。ただ現実には、栗栖から聞かされた真犯人へ不審な態度をとらないようにすることと、この後訪れるだろう僕の任務に気を取られ、驚くふりをする余裕もなかったけれど。

 千世の死について最も関心を持っていた佐野先輩が、興奮からか席を立って栗栖を問い詰めようとする。しかし栗栖はそれを手で制すると、三人にとっては驚くべき事実をさらに追加した。

「この件に関して興味のある人はいるだろうけど、それより先に済ませたい話がある。というのも、僕は今回の事件を企て根津君を殺し、氷室君を弓で射た犯人の正体も暴くことに成功した。だからまずは、この事件の犯人が誰だったのかについて話していきたいと思う」

「!!??」

 驚愕のあまり、今度は驚きの声すら誰からも上がらない。おそらく何を言われたかすら理解できていないのではないかと思う。少なくとも僕なら、事前に話を聞いていなければ栗栖の頭がおかしくなったのではと疑ってしまうことだろう。何せ状況は一方的に犯人に有利なもの。ここまでの話し合いで示された通り、仮説ですら話し合うほどのものが出てこなかったのだ。

 それにも関わらず、栗栖のこの発言。皆がどれだけ驚いたのかは想像を絶するだろう。

 どこから話すべきかを考えているのか、栗栖はすぐには口を開かない。すると友哉が、いまだ衝撃を抑えきれない様子ながらも質問を試みた。

「は、犯人が分かったって本当なのか? じゃ、じゃあ、完璧に閉ざされていた氷室の部屋に侵入する方法も分かったってことか? 一体、どうやって……」

 栗栖は友哉へと視線を向けると小さく頷き、「やはりそこから話そうか」と呟いた。

「初日に根津君を中心として話した、密室に入る方法。いろいろと話しこそ長引いたものの、結論としては合鍵か隠し通路によって侵入するというのが最もありうる可能性として挙げられた。しかし。これら二つの考えは、氷室君の徹底的な自衛的行動によりどちらも違うことが証明された」

「すまん、ちょっといいか」

 早くも佐野先輩が挙手して疑問を提示する。

「氷室には申し訳なく思うが、まだどちらの可能性もなくなったとは言えないんじゃないか。部屋中を調べて隠し扉がありそうな切れ目を探したというが、本当に調べきれたかどうかは怪しいだろう。もしかしたら見逃してしまった可能性は十分ある。それに合鍵にしたって、鍵穴に入っていた紙を取り出し強引に鍵を回せば開けられないこともないはずだ。どっちの可能性も違うことが証明されたというには早すぎないか?」

「いや。その可能性は限りなくゼロに近い。確かに絶対とは言えないが、まず間違いなくそれらの方法で氷室君の部屋に侵入したとは思えない」

「なぜだ?」

「彼が殺されていないから」

 びくりとするようなことを平然と言ってのけ、栗栖は反論を開始する。

「以前氷室君が言っていたことだけれど、小村赤司がこっそりと建てたような館に、機械仕掛けの隠し扉なんて作れたとは思えない。それも綿密に探しても切れ目が見当たらないほどとなれば、そこら辺の建築家では到底無理な話だろう」

「まあそうかもしれないが……なら合鍵の方はどうなんだ」

「そっちは氷室君が殺されていないことから否定できる。犯人が彼を襲った理由は先輩自身が言っていたように、芳川さんの死の真相を早く暴くよう僕を急かすためだろう。その証拠に氷室君は殺されていないし、なにか犯人からメッセージがあるわけでもなかった。つまり、僕を焦らせることさえできれば犯人は誰を襲ってもよかったはずなんだ。そうにも関わらず、最も部屋への侵入が困難だった氷室君の部屋に苦労して入る理由は何もない。それとも先輩や谷崎君も、氷室君と同等、もしくはそれ以上の対策を実はしていたのかい」

 この栗栖の言葉に、当然のように佐野先輩も友哉も首を横に振る。勿論僕も対策と言えるようなものは何もしていない。氷室君と違い隠し扉の可能性も疑っていたわけで、正直どんな手を施しても犯人の侵入を防ぐことは無理だと思っていたから。

 二人の反応を見て栗栖は話を進めようとする。しかし今度は友哉が、ちらちらと氷室に視線を送りながら口を開いた。

「これ言うとまた喧嘩になりそうであれなんだが、氷室の自作自演って線はないのか?」

「なんだと!」

 青ざめた顔色のまま、氷室は憤怒の表情を浮かべ友哉を睨み付ける。そう反応されることを理解していた友哉は、向きになることもなく冷静に話を続けた。

「ここで集まるまでの一時間。俺は俺なりに考えてみたんだが、氷室が襲われた件だけが異質で厄介すぎると思うんだよ。俺たちを誘拐することや、催眠ガスで館中の全員を眠らせることは、小村赤司という共犯者がいたのだとすれば、一応誰にでも可能なことだと納得できる。根津の殺害にしても、よくよく考えてみればこれは密室でも何でもないし犯行は誰にだって可能だったはずだ。睡眠ガスでホールにいる奴を眠らせ、その後根津の部屋を訪れる。後は扉を叩いて中にいる根津に呼びかけ、鍵を開けさせられれば犯行はなったも同然。根津は明らかに貧弱で栗栖並みに腕とか細かったし、力勝負になれば誰でも根津に勝てただろうからさ。

 となると唯一誰にも犯行が不可能に見えるのは、氷室の部屋にゴーストが忍び込めたことだけだ。だがこれも、氷室の自作自演だったなら話は簡単。自身が怪我をすることで犯人候補からも外れるし、栗栖へのプレシャーも与えられる。加えてゴーストの言葉がハッタリでなかったことも示せて、俺たちへもプレッシャーを与えられる。まさに一石二鳥――いや、一石四鳥の働きだ」

「言われてみれば確かに……」

 僕はぼそりとそう言葉をこぼしてしまう。

 すると氷室は、脂汗を流しながら「ふざけるな!」と叫び椅子から立ち上がった。

 興奮して今にも暴れだしそうな氷室に備え、佐野先輩も席から立ち上がりいつでも動ける準備をする。先輩を信頼しているのか、当の友哉は冷めた目でじっと氷室を見つめるだけで特に動こうとはしない。

 自分に勝ち目はないと悟ったのか。それとも大声を出したことによる衝撃か。氷室は苦痛と屈辱に満ちた顔を浮かべると、その場から動かず友哉に怒鳴りつけた。

「俺の部屋に入ることだけが犯行不可能な問題だと! ならお前は根津の頭部が消失したことや、その凶器がないことはどう説明する! これも誰にもできないことだろうが!」

「おいおい落ちつけよ氷室。そんなの鍵を使ってⅣ号室――開かずの間に隠しとけばいいだけの問題だろ。別にこれなら合鍵だって必要ないし、難しいことは何もない。いつものお前ならこんなこと簡単に――」

「その程度で矛を収めてください」

 いよいよ腕の痛みも忘れ、氷室が友哉に飛びつかんとしていた瞬間。栗栖は淡く、無機質な声で友哉の話を遮った。友哉は不満そうに栗栖を見返すと、「俺の推理、何かおかしいところがありましたか?」と尋ねてきた。

 栗栖は氷室に席に座るよう言ってから、「勿論。間違いだらけです」と首を横に振った。

「彼の腕に刺さった矢は本物ですし、その怪我も偽物ではない。怪我をすることで自身を容疑者圏内から外せると言っていましたが、結果として疑われることにすらなっている。もしそれが本当なら一石四鳥どころか、二鳥追って一鳥も取れずと言った有様です。あまりにもお粗末で、リスクの方が多すぎる」

「そうか? 結果として疑われてるだけで、本人としては最高の作戦のつもりだったんじゃないか」

 友哉のその言を聞き、再び氷室が席から立ち上がろうとする。栗栖はそっと手で彼の動きを制すると、友哉を真っすぐに見つめた。

「曲がりなりにも殺人事件を解決した探偵がいる前で、そんな馬鹿なことはしないでしょう。被害者以外誰にもできない犯行など、少し考えればその被害者自身に疑いが向かうのは当然のことですから。合鍵を使って誰かの部屋に忍び込み、そこで軽く怪我をさせ退散する。そもそもゴーストは合鍵が使われていないことを証明する必要だってないわけですし、余計なことはせずそれで十分だったはずです」

「だが、氷室の自作自演でないなら、犯人はどうやって氷室の部屋に侵入したというんだ?」

 やや置いてけぼりを食らっていた佐野先輩が、話に割り込んでくる。まあ今の友哉の推理を否定されれば結局はそこに戻ってくるわけで、して当然の質問。「それをこれから話すつもりでいたんですよ」と嘯くと、栗栖は話を強制的に切り替えた。

「氷室君の部屋に犯人がどうやって入ったのかを今から教えたいところだけど……その前に一つ。僕がそれに気づくに至った、最初の疑問を教えたいと思う。皆はこの館に来て、あるものの存在に違和感を持ったりはしなかったかい」

「違和感?」

 それぞれ館の中を見回し始める。僕もその話は聞いていなかったので、一体なんだろうかと頭をひねりつつ扉やテーブル、床などに目を向けた。

 数分の間各自で栗栖の言う違和感を探していたが、僕を含め誰も見つけることができなかったらしい。皆を代表して佐野先輩が口を開いた。

「分からないな。この館が八角形であることが違和感、というか一番の疑問だが、それはきっと違うだろう? 他にも催眠ガスが散布されるような仕掛けが施されているのも気になるが……」

 困り顔で佐野先輩がそう答えると、栗栖は小さく首を横に振った。

「そういったこの館特有の話ではなく、もっと一般的な話です。下手に引き延ばすのも面倒なので答えを言いますが、僕が言っている違和感とは、各部屋の扉につけられた鍵穴のことですよ」

「鍵穴が違和感って……それって何か不思議なことか? この村はかなりの田舎だから鍵自体が珍しいと言えば珍しいが。ホテルとかなら普通にある話だろ?」

 村の住人が村の外に出ることは少ないが、別に全くないわけではない。僕も何度か町の方に旅行に出て、ホテルに泊まったりしたこともある。だから鍵穴が部屋についていること自体は不思議じゃないと思ったけれど……。

「確かにホテルなら鍵穴が扉についていて、外から施錠できるようになっていてもおかしくないでしょう。だけどここはホテルじゃない。村の外れにひっそりと佇む、制作者本人以外誰も入ることのない魔境の館なんだ。仮にこの館に泊まる人たちがいるとしても、まず間違いなく貴重品を部屋に置いていくなんてことはしないだろうし、外側に鍵をつける必要なんて一切なかったはずだ。まして小村赤司は変わっているとはいえこの村の住人。基本鍵なんてかけない、部屋の扉に鍵なんて存在しない日々を送ってきたはず。なのになぜ外側に鍵穴を作ったのか? 僕はそこに違和感を覚えた」

 全員が栗栖の話に引き込まれ、ゴクリと喉を鳴らす。皆本能的に気付いたのだろう。館に仕掛けられた、ゴーストが行った密室破りの方法。それが今にも暴かれようとしていることを。

 緊張と得も知れぬ不安、期待から皆が静まり返る中、栗栖は淡々と話を進めていく。

「そもそも誰かが宿泊する前提で建てられたかどうかさえ怪しい建物、そこに不必要ともとれる鍵穴と鍵が存在している。単に開かずの間を作りたいがために鍵を用意したのかとも思ったが、あの部屋はⅣ号室と記されている。もともと開かずの間として作られたものではないだろうと考え直した。

 ではなぜ鍵穴と鍵が存在しているのか。鍵穴と鍵が存在することで、それがない時とどんな変化が起きるのか。その答えは、今までの皆の会話から自ずと浮かび上がってきた。

 それは、鍵穴のある鍵のかかった部屋に誰かが侵入するならば、合鍵が使われているはずだと思考を誘導することができるということ。つまりこの場にいる者全てが鍵に注目するようになることだ」

 一度栗栖は口を閉じ、皆の顔を見回す。しかし今回は場の空気に圧されてか、誰一人として口を挟もうとする者は現れなかった。

 それを確認して、栗栖はいよいよ核心に迫っていく。

「鍵の閉ざされた部屋の中で殺人が起こった場合、トリックが仕掛けられるのは大きく分けて四つだけ。部屋自体か、被害者、部屋の鍵、扉または窓などの外部と通じる出入り口――の四つ。このうち部屋自体に仕掛けが存在する可能性は、氷室君の執念と小村赤司の技術的な問題からほぼ否定できる。被害者に仕掛けが存在する可能性は、先ほど述べたようなことから零とは言えずともかなり低いことが分かってもらえると思う。根津君の入れ替わりトリックを疑っている人もまだいるかもしれないけど、仮に彼が生きていたとしても氷室君の部屋に入る条件は僕たちと変わらないから、今は考えないことにする。そして部屋の鍵に仕掛けがある可能性も、僕と氷室君が調べたことからそれぞれの鍵は同じ番号の部屋にしか対応していないことは判明している。一応合鍵という選択肢だけがかろうじて残るし、先の理由から今も最有力候補ではあるだろうが、氷室君が犯人でなかった場合はこれも不自然。そしてこの館には窓は存在しないから、仕掛けが施されていると思われるものはただ一つ――『扉』ということになる」

 少し話し疲れたのか、栗栖はふぅと息を吐き出す。そして、ついにこの館に仕掛けられていたトリックについて語りだした。

「扉に仕掛けがあると言われても、特に氷室君は反論したくなるだろうね。鍵が本当にかかっているのかを確かめるために、扉を押す、引く、だけでなく横にスライドするか上に持ち上げられないかまで試したんだから。

 正直、その発想は悪くなかった。いや、悪いどころか、この館のトリックにほとんど気づいていたと言っても過言ではなかった。

 それじゃあ、最後の仕上げをするから皆僕の部屋の前に集まってくれないかな」

 一瞬戸惑った様子を浮かべるものの、皆素直に席を立ち移動を始める。当然僕もついていき、全員が栗栖の部屋の前に集まった。

 栗栖は先ほど僕から回収した方位磁石を取り出すと、それをだれの目にも見えるよう晒して見せた。

「これは僕が探偵七つ道具としていつも制服に仕込んでいる方位磁石だ。見て分かる通り、今方位磁石の針は僕の部屋を指していない。だけど、これを扉に近づけると――」

 以前僕にして見せたように、栗栖は扉の近くに方位磁石を持っていく。するとやはり、ゆらゆらと揺れていた方位磁石の針は扉を向いて制止した。それを見て友哉が「この扉鉄なんだから別に不思議なことじゃ」と呟いているが、栗栖はそれを無視し「このまま針を見つめてて」とだけ告げる。そうしてみんなの視線が方位磁石に向かっているのを確認すると、ポケットから自室の鍵を取り出した。

 そして、方位磁石を扉の影響を受けないギリギリのところまで移動させたところで、鍵を鍵穴に差し込み――カチッと施錠した。

 その瞬間、僕と栗栖を除く三人からうめき声のような、驚いた声が上がった。

 彼らが見ているものは、勿論栗栖が用意した何の変哲もない方位磁石。ただし栗栖が扉を施錠した瞬間、再び勢いよく扉を指し示し、その動きを固定して見せた方位磁石だった。

 まだ何が起こったのかを飲み込めていない人が大半の中、栗栖は淡々とこの館に隠されていた仕掛けについて語りだした。

「見てもらった通り、この館の扉は鍵をかけることを引き金に強力な磁力を発生させる。具体的にどれほど強いのかはわからないが、少なくとも軽く押したり引いたりした程度では微動だにしないほど強い磁力が、この扉に働きかけられる。

 全く、本当に人を馬鹿にしたいやらしい仕掛けだと思うよ。鍵がかかり、解錠しなければ開かなくなっていたと思われる扉。しかしその実態は、超強力な電磁石によって動きを固定されていただけの、押せば開く扉・・・・・・だったんだから。

と言っても実はまだ、僕の力が足りないらしく本当に押したら開くのかは検証できてなくてね。すみませんが佐野先輩。開かずの間の扉、全力で押してみてくれませんか。それで開けば、全てが明らかになると思うので」

 栗栖にそう促され、先輩は硬い表情で開かずの間の前に移動する。しかしそこで立ち止まり、なかなか扉を押そうとはしない。栗栖はそんな先輩を見て、「一人では恥ずかしいみたいですし、僕らも手伝いますか」と僕を誘い先輩の横に並んだ。

 僕と栗栖の二人に挟まれ、先輩は覚悟を決めたらしい。大きく息を吐き出すと鉄の扉に手を張り付けた。僕らもそれに倣い、扉に両手をついて力を籠める。

「せーの!」

 栗栖の掛け声のもと、三人一斉に扉を押しだす。すると一瞬の抵抗の後、あっさりと開かずの間はその内装を僕たちに晒けだした。

 勢いあまって僕は部屋の中に転がり込む。その瞬間、前日に嗅いだ耐えがたい血のにおいが鼻を突いた。背後からは驚きと悲鳴の入り混じった声が聞こえてくる。

 見たくない。だけど、見ないと栗栖の言っていた犯人が確定しない。

 僕は吐き気のする血の匂いに耐え、顔を上げる。そこは他の部屋と全く同じ内装の部屋。しかし、血塗られた斧や、ボウガン、その他多数の殺傷能力のある武器に加え――根津の生首が転がっていた。

 すぐさま視線をホールに戻し、胃の中のものを吐き出してしまいそうな口を手で必死に塞ぐ。当然それだけでは匂いを遮断することはできないから、一刻も早くホールに逃げ出したくなる。

 だけど、それはできない。まだ栗栖から頼まれた仕事は完了していない。僕にとってはここからが、精神的にも肉体的にも苦痛を伴う解決のための山場なのだから。

 誰もが根津の生首と、そこから漂う血の匂いに顔をしかめ、必死に吐き気と戦っている。そんな中、唯一栗栖だけは普段と変わらぬ無機質な表情を浮かべ、この事件の犯人を見つめていた。

「これで僕が語った説は見事に証明されました。さて、この磁力で閉ざされた扉を無理やり開けることができる人物――つまり犯人が誰だったか考えてみましょうか。

まず氷室君。彼は見てのとおり腕に矢が刺さっており、扉を開けるだけの力は残されていないでしょう。この傷を負ったのはつい数時間前のことで、それまでは扉の開閉が可能だったとはいえ、もし今みたいに僕が解決しなければ皆はまだ部屋の中に籠っていたかもしれない。そんな中トリックの要である自らの体を傷つけるわけはない。よって彼は除外されます。

次に谷崎君。彼ならこの扉を開ける力もあるかもしれないが、一日目の夜にベッドから落ちて手首を捻っています。演技の可能性も考えたけれど、先ほど検証してみた所怪我をしているのは間違いないようでした。そんな状態では、少なくとも僕の全力で開かなかったこの扉を開けられるとは思えない。ゆえに彼も除外されます。ついでに自己申告ですけど、僕にも無理です。まあ犯人であるならこれを暴く必要はないわけで、証明する必要もないと思いますが」

そう言うと、栗栖は友哉と氷室を部屋から押し出すような形で開かずの部屋から外に出た。ホールに出るとくるりと開かずの間へと視線を戻し、中に残ったままである僕に視線をとめる。

「そして勿論、女性・・であり僕と同じくらい細腕の一之瀬さんにも犯行は不可能。さらに死体で見つかった根津にも当然犯行は不可能。よって犯人はあなたということになります。佐野先輩」
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