八角館殺人事件

天草一樹

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5:議論と告白

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「え、えと、そんな期待に応えられるような意見を持ってるわけじゃないんだけど、せっかくだから僕が知っている館ものの知識を、は、話そうかな。た、谷崎さんは大掛かりな仕掛けは現実的じゃないって思ってるみたいだけど、こ、ここが小村赤司の建てた八角館なら十分可能性はあるはずだよ。何せ彼は、角島にあるかの有名な館を模倣して八角館を建てたんだ。だったら隠し通路の一つや二つ作っていても、全く不思議じゃないからね」

「隠し通路? そんなのがこのシンプルな八角形の建物にあるのか? 見た感じそんな幅どこにもねえと思うけど」

 疑わしそうに友哉はきょろきょろと部屋を見回しながら言う。しかし今度はすぐに、根津は臆することなく答え返してきた。

「ここの場合隠し通路があるとしたら地下へと続いてるんだよ。僕は推理マニアとして一度八角館をこの目で見に来たことがあるんだけど、その時見た大きさは今僕らがいるホールに客室を足したのと同じくらいの大きさだった。だから隠し通路があるとしたら地下だ! そこで犯人は僕らのことを窺い、隙ができたら隠し通路を通って――」

「おい根津。話がおかしな方向に行ってるだろ。俺が聞きたいのは貧乏人どもが読む娯楽小説において密室がどう構築されるかの例だ。お前の妄想じゃない」

「あ、う……ご、ごめんなさい。た、確かに、少し話がそれちゃってたかな。か、隠し通路以外に密室を作り出すよくある方法だと、やっぱり合鍵、とかかな」

「合鍵……って、それは反則じゃないのか? いや、リアルではそっちの方がありそうではあるが……」

 今度は佐野先輩が戸惑いの声を漏らす。根津はすぐさま佐野先輩を振り返ると、声を大きくして言った。

「す、推理小説に慣れてない人がそう思うのも無理はないけど、じ、実際合鍵を使った密室っていうのは定番なんだよ! あ、合鍵じゃなくても、普通にその部屋の鍵を使って密室を作った後、部屋に突入した時にこっそりと部屋の中に戻すとかね! 究極的には、結局完全な密室なんて存在しえない! 密室と思われる空間で、事故でも自殺でも機械的なトリックを用いたわけでもない殺人が起きたのなら、やっぱりそこには抜け穴が存在する! 勿論ここで誰もが思い浮かばないような、それでいて納得できる密室づくりの方法が存在すればそれはすごいことだけど、実際にそんなものは滅多にない。せいぜいあるのは荒唐無稽、とまではいわなくても現実では起こりえないような、物体の共鳴反応とか猿などの動物を利用した奇想天外な密室づくり。そうでない場合は合鍵がまだあったとか、犯人は密室の中にいたとか、そもそも証言が間違っていて密室じゃなかったとかその程度なんだ! だから優れた推理小説では密室の作り方自体よりも、どうして密室にしたかの方が重視されていて――」

「おい根津! また話がそれてるだろ! 結局貧乏人どもが好む娯楽小説での密室攻略は、隠し通路を除いたら合鍵程度しかないってことでいいんだな!」

 再び氷室から怒鳴り声が飛んでくる。根津は一瞬肩をびくりと震わせると、元のぼそぼそとした声に戻りつつも小さく反論した。

「こ、今回の場合は密室にいる人を殺す方法だからね。正確には密室殺人とは考え方がちょっと違うし、ぼ、僕が今まで読んできた小説の知識で役に立ちそうなのは、あ、合鍵か隠し通路が一番なのは確かかな。後はちょこっとだけ言ったけど、き、機械的なトリックか、もしくは毒だよね。ご、ゴーストは無差別殺人がしたいわけじゃないみたいだから毒はないと思うけど、部屋にトラップが仕掛けてあったり遠隔操作できる道具が仕込んであるとかは、あ、あるかもしれないかな」

「ふん。まあこんなヘンテコな建物だ。作った奴もただの貧乏人ではなく狂った貧乏人だったらしいしな。トラップの一つや二つは仕掛けてあっても何もおかしくはないだろうし、やはり物置に籠って無事でいられるかどうかは微妙なところか。なら――」

「あ、話を進める前に僕から二つだけ質問させてもらえないかな」

 ちょっぴり危険だと思いつつも、氷室の言葉を遮って僕は口を開いた。案の定かなり煩わしそうな目で氷室からは見つめられるも、「さっさと話せ」と発言を許される。別に彼に断られても、質問はするつもりだったけど。

「一つはただの確認なんだけど、合鍵以前に部屋の鍵って、そもそもどこにあるのかな? 僕はまだ見てないんだけど、もう誰かが見つけて管理してるの?」

「ああ。それなら僕が全部持ってるよ。テーブルに置いてあったから、取り敢えずまとめて所持してる。因みにどの鍵でどの部屋が施錠できるかも確認済み」

 栗栖がポケットから鉄製の鍵を六本取り出し、中央の丸テーブルに一本ずつ並べていく。それぞれの鍵にはⅠ~Ⅶまで番号が刻まれており、唯一Ⅳと刻まれた鍵だけがなくなっているようだった。

 僕は鍵を手に取って眺める際、ある物が視界に入り、ついでにそれについても聞いておくことにした。

「これは二つ目の質問とは違うんだけど、テーブルの上に置かれているこの布をかぶった変な人形。起きた時からちょっと気になってたんだけど、これも最初から用意されてたもの――」

「やや、やっぱり! この人形気になるよね! さ、さすが一之瀬さんは皆と見る視点が違うな!」

特に大した反応を期待したわけではなかったのだが、どうやら根津の推理スイッチを押す結果になったらしい。先ほどの勢いを取り戻し、滔々と話し出した。

「と、当然、この人形は最初から館に置かれていたものだよ。ま、間に合わせみたいな雑な人形なのが残念だけど、ここにいる僕たちと同じ数用意されているしね。ま、まず、見立てのために置かれているに違いないんだよ! ほら、見て! この布をめくると、人形の腹にそれぞれ僕らの名前が書いてあるんだ! 誰かが死んだり怪我をしたら、この人形も同じように姿を変えられるんだ!

 か、かの有名な『そして誰もいなくなった』という小説においても、こうした人形が出てきててね。く、クローズドサークルでは定番の小道具とも言えるし、犯人から僕らへの挑戦の表れでもあるよね! 残念ながら八角館の元となった館には登場しないけど、他にも――」

「ああ、その、根津君。いろいろ興味深いけど一旦その話は後にしよっか。氷室君とかまた凄い目でこっちを睨んできてるし。それに、そろそろ僕も二つ目の質問をしたいからさ」

「あ、うん、ゴメン……。じゃ、じゃあ、どうぞ……」

 明らかな敵意にさらされるのが苦手なのか。氷室がこちらを睨んでいるのに気づくと、根津はすぐさま顔を俯かせ部屋の端へと寄って行った。

 少しだけペースが乱されたものの、流石に聞きたかったことを忘れたりはしていない。一度小さく深呼吸をすると、僕は二つ目の質問を吐き出した。

「本来ならこの質問はもっと後にすべきなのかもしれないけど、やっぱり皆がどう考えているのか聞いておきたくて。氷室君なんかはすでに断定してる節があるけど、実際のところ、ゴーストは僕たちの中にいるのか、それともどこか館の外で監視しているのか。皆がどっちだと考えているのか知っておきたいんだ」

 予想外の問いかけだったのか、この場にいる全員が少し驚いた表情を浮かべ――すぐ悩まし気に俯いた。

 もう聞いてしまった後だから遅いけれど、この質問はできるだけ先延ばしにしておくべきことだったのかもしれない。話し合いの最中にこんなことを聞いて、もし皆がお互いにお互いを疑いあっているなどと宣言してしまえば、この後落ち着いて話し合いなんてできなくなるおそれすらあるのだから。

 でも、やっぱり先に話し合うべき。と僕は思う。根津の話を聞き、僕たちは氷室の提示した三つ目の選択肢を選ぶことになってしまった。そうである以上、この先仲良く喧嘩せずに過ごしていくのはほぼ無理なことだろう。だったら先にお互い疑惑を抱き合っていることをはっきりさせて置き、そのうえで話し合っていく方が逆に険悪になり過ぎないで済む気がする。

 いまだ口を開かない皆を見て、僕は最初に自分の考えを述べることにした。

「僕は正直、この中に千世の敵を討とうと考えている自称ゴーストがいると思う。理由は簡単だけど、ゴーストは僕たちをここに誘拐しておきながらも、縛り付けて拷問したりはせずこうして自由に動けるようにしているから。これはつまり、犯人は少なくとも僕たち全員が千世の死に関わっているとは思ってないし、できれば無関係な人は傷つけたくないと考えてるからのはず。そして拷問とかをせず、この状況だけを頼りに僕たちから千世の情報を引き出そうと思っているのなら。流石に館の外で僕らの様子を窺うだけじゃなく、実際にこの中に紛れてうまく会話を誘導し、欲しい情報を抜き取ろうとするはずだ。だから僕は、この六人の中にゴーストがいると思う。後この八角館を利用しているということは、外部の協力者として小村赤司もいるんだろうな」

 一息に話し終え、ほっと息を吐く。即興で考えた割にはかなり的を射た考えになっていたはず。おそらく反論はこないだろうけど、問題はそのあと。お互いを疑いあうと宣言した状態でまともな話し合いができるのか。

 いずれにしろ今は皆の反応を待つしかない。そう割り切り、僕は彼らの様子を窺う。賛同する声こそあまり上がらなかったものの、友哉や佐野先輩、栗栖なんかも小さく首肯し同じ意見であることを示してくる。氷室に至っては「何を分かり切ったことを」と馬鹿にした表情さえ浮かべてきた。

 取り敢えずはこれで決まったかと考えていると、ぼそぼそと独り言をつぶやいていた最後の一人――根津が反論の声を上げてきた。

「こ、小村赤司……。そうだよ。八角館に僕らが今いるということは、小村赤司が関わっているのは、ま、間違いないじゃないか……。い、一之瀬さん。僕はこの中にゴーストなんて、い、いないと思うな。これまでのこと、ぜ、全部。小村赤司が考えた悪ふざけだったんだよ」

 今日の根津はいつもと違い、本当によく喋る。……ではなく、この状況が全て小村赤司の悪ふざけ? 一体それはどういう意味だろうか。

 詳しく聞こうと口を開く前に、根津は進んでその理由を口走り始めた。

「ぼ、僕は、赤司さんに何度か会ったことがあるんだよ。あ、赤司さんは常に酔っぱらっていて、は、話すことはどれも冗談みたいなことばかりだったけど、い、一度。こんなことを言ってたんだよ。『この閉鎖された村においても、学校というのは特に閉ざされ事件が起きる可能性が高い。だから僕様はね、君たちの学校に隠しカメラをつけて、何か面白い事件が起きてないかいつもチェックしてるんだよ』って。き、きっと赤司さんは、ち――芳川さんが死んだときに、ここにいる六人が同じく学校にいることを隠しカメラから知って、こ、この悪ふざけを思いついたんじゃないかな。まるで小説の舞台のようなこの館に、訳ありかもしれないメンバーを集めたら、い、一体何が起こるのか。だ、だから、この中に僕たちを誘拐した犯人なんていないし、そもそもゴーストの話だって、あ、赤司さんの作り話だと思うな」

 なぜか少し焦った様子で根津は話し終える。

 残念ながら僕は小村赤司とまともに話したことはないので、根津の話が本当かどうかは判断できない。ただ、村の人たちの話を聞いてきた限りでは、隠しカメラを学校に仕掛けることくらいはしてもおかしくない人物ではあったはずだ。それにその話が本当だとしたら、ゴーストが舞台を八角館に選び、なおかつ僕たちが千世の死んだ時間学校にいたことを知っていた説明もつく。

 ただ……。

 案の定というべきか。根津の意見に対しては、すぐさま否定の声が飛んできた。

「あり得ないな。その貧乏人がかなりの変人であることは俺の耳にも入っているが、この状況は既に奇矯な行動で済まされる範囲を超えている。れっきとした犯罪行為だ。曲がりなりにも俺たちより長く生きてきてるんだ。こんな行いをしてどうなるかの損得勘定くらいは働くはずだろう。隠しカメラの話だけは興味深くあるが、それ以外は聞く価値もないくだらない妄想だったな」

 そこまで言わなくてもいいだろうに。そう思いつつも、考えとしては同じなため氷室の言葉に異を唱えたりはしない。

 根津が怯えた様子で縮こまる中、今度は友哉が口を開いた。

「もし小村赤司が本当に監視カメラをつけていたとしたら、ゴーストって奴の動きや人間関係がぼんやりと見えてくるな。あの警告状から分かる通り、ゴーストは千世とかなり親しい関係にある人物。加えて監視カメラのことを知っていたということは、小村赤司ともそれなりに繋がりがあるってこと。

 まず千世の死に疑問を抱いたゴーストは、小村を頼ってあの日の夜学校にいた人物を割り出した。そしたら想像していたよりもはるかに多く、あの日学校に人が集まっていたことを知る。そいつら全員がぐるなのか、それともその中の一人が犯人なのか。一人ずつ聞いて行っては時間がかかり過ぎると考え、小村赤司に協力を求め容疑者全員を八角館に拉致。この異様な空間を活かして、千世の死に関わった奴がいないか探すことにした――ってのがおそらくゴーストがここまでやってきた一連の流れだろうな。それにしてもやっぱ拉致に至る経緯が雑だな。一度くらい話をしに来てくれればよかったのによ」

 見事にまとまった友哉の考え。ぼんやりと想像はついていたが、実際に言葉にしてくれたおかげでよりはっきりと理解することができた。こんな状況下でもこれだけまともに頭を働かせられるなんて、ちょっぴり友哉のことを甘く見てたかもしれない。

 僕は再度、自分だけでなく友哉もこの場にいてくれることに感謝をした。

 しかし、文句の付けどころがないように思えた友哉の話を、真っ向から馬鹿にする声が。どこかもう予想の付くところではあったが、氷室が皮肉な笑みを浮かべて友哉を見下していた。

「やはり貧乏人は頭の回転が足りてないな。一度でも話しかけに行けばその時点で今回の誘拐劇は不可能になるだろう。それにもし全員がグルだったなら、千世の死を嗅ぎまわっている厄介な奴として殺される可能性だってあったはずだ。それを考えたら容疑者に話しかけず、いきなりこうした行動に出たことだって突飛ではない。そんなこと、少し考えればわかると思うんだがな」

「……お前こそ、人の意見に突っかかりたいだけで大して頭よくないんじゃないか。六人もの学生を拉致する行為が突飛じゃないわけないだろ。いくら大切な人の死に関わっていそうな奴らがいたからと言って、話も聞かずに普通拉致するか? まあ、お前ら金持ちの一般常識ではそれが普通なのかもしれないけどな。少なくとも貧乏人の世界でそんなことはまずあり得ねえんだよ」

「ふん。貧乏人との会話はこれ以上続けたくないな。やっかみばかりでまともな話にならん」

「それはこっちの――」

「控えろ貧乏人。俺は既にゴーストの目論見を一部だが看破している。ここから生きて出たければ、俺の言うことに逆らうな」

 言い合いのさなか唐突に差し込まれた重大な発言に、友哉は一瞬言葉を失い黙り込む。だがすぐに気を取り直し、「それは何だよ」と低い声で問いかけた。

 氷室は優越感に満ちた顔を友哉に向けると、「持たざる者に施しを行うのは、持つ者の義務か」などとほざき、言った。

「この村には基本、俺が興味を抱くような優秀な人材はいない。だがごく少数、暇つぶし程度に気になる奴なら存在する。そして偶然にも――いや、犯人からしたら必然的に、そのうちの一人がここに招待されている。なあ、栗栖一」

 にやにやと笑みを浮かべ、氷室は栗栖へ視線を向けた。僕らも氷室の視線につられ栗栖へと視線を向けるが、彼は相変わらず無感情に壁へと背を託していた。

 しばらく待っても栗栖から口を開こうという気配は感じられない。友哉は氷室と栗栖を交互に何度か見まわした後、結局栗栖に話しかけようとする。と、不意に佐野先輩が口をはさんできた。

「さっきから役に立つか不明な話とか、当たってるか分からない推論ばかりが話題に上がってるよな。ここで一度地に足をつけた話し合いに戻さないか? まず、俺たちの方針は氷室が提示してくれた三つ目の案。ゴーストの要件を満たすような話をしつつ、ゴーストが誰かを炙り出す。それでいいんだよな」

 表情や声こそ穏やかなままだが、これ以上無駄話で時間を潰すなという迫力が滲み出ている。友哉は少しビビった様子で、氷室はつまらなそうに舌打ちしながらも佐野先輩の言葉に頷く。

 それを見た佐野先輩は、腕を組み、さらに言葉を続けた。

「じゃあ俺から話をするか。ゴーストの要望通り罪を認める、というわけにはいかないが、ゴーストを含めここにいる全員に言っておきたいことはあるからな。信じられない奴や、疑う奴もいるだろうが、まず一つ。

俺は、死んだ千世と恋人同士だった。ここでもしあいつの敵を討ってやれるのなら、ゴーストに協力したいとすら思っている」
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