八角館殺人事件

天草一樹

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4:内装と提案

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 この八角館につけられている扉はやや変わっていて、見たところ全ての部屋が両開きの鉄製扉になっている。両方の扉にコの字型の把手が付き、そのすぐ横に鍵穴がある。

 僕は把手を掴み、前に押すようにして扉を開け、部屋の中に入った。

 スーッと幽かな音を立てて扉が閉まる。

 一人になれたことにどこか安堵感を覚え、ほっと溜息をもらす。と、すぐ後ろから声がかけられた。

「司、大丈夫か? どこか痛むところとかないか?」

 体を思いっきり捻って後ろを振り返る。声から誰なのかはわかっていたが、まさかついてきてるとは思わなかったので驚いてしまった。取り繕うように笑顔を作り、「どうしたの?」と気軽に問いかける。すると友哉は、どこかきまり悪そうに頭をかきつつ、「心配だったから」と答えた。

「俺や他の奴らと違って、司は起きた途端に意味不明な話し合いに参加させられただろ。まだ困惑したままだろうし、なんか力になれたらなと思って。邪魔、だったか?」

「いや、邪魔なんかじゃないよ。正直あまり仲良くない人たちばかりだったから、友哉がいてくれてとても心強いし」

「そう言ってくれると有難いわ。ま、本音を言えば俺も仲良くない奴ばっかりでホールにいる方が気つまりそうだったから、司についてきたわけなんだけどよ」

「ま、そんなとこだろうと思ったよ」

 顔を見合わせ、お互い声を潜めて笑い合う。

 先の話から友哉に対して多少の疑惑こそあるものの、生まれたころからともに時間を過ごしてきた親友であることに変わりはない。一緒にいるだけで落ち着ける仲間がいてくれたことは、この状況における唯一の救いだろう。

 ひとしきり笑い合うと、僕は改めて部屋へと視線を移した。氷室が言っていたような物置レベルの部屋ではないものの、決して広いとは言えない広さ。佐野先輩が言っていた通り、部屋の左奥にはベッドと木製の机と椅子が一つずつ。右奥にはカーテンで仕切られたユニットバスが。手前には冷蔵庫や電子レンジ、食器が収められた小さな棚やクローゼットが配置されていた。

 窓はどこにも存在せず、そのせいか窮屈な印象が強い。換気扇が天井近くに備え付けてあったが、残念ながら人が通れるような幅はなかった。

 一通り部屋の中を調べるも、特に脱出に繋がるようなものは発見できず。その部屋を後にし、残りの五部屋も続けて調べて回ったが、すべて同じ内装。やはり脱出できそうなところを発見することはできなかった。

 かすかな失望と共にホールへ戻り腰を落ち着ける。すると、待ちわびていた様子で氷室が口を開いた。

「さて、最後の貧乏人もこれで館を全部見終え満足しただろう。いい加減、これから先俺たちがどうすべきかの話し合いに入らせてもらうぞ」

 尊大な態度に少しばかりイラつきはするものの、その提案を拒否する理由はない。

 僕らは黙ってうなずくと、氷室の言葉を待った。

「まず最初に、この中に俺を誘拐した犯人がいると仮定して言わせてもらうが――せいぜい三日。どんなに時間がかかったとしても、三日後には俺を探している捜索隊がこの貧相な館を見つけ俺たちを救出するだろう。千世の死に疑いを持つのは構わないが、少なくとも俺に関しては全くの無実。自身の行いを反省して俺たちを解放するなら、迷わずにさっさと動くことだ」

 氷室らしい、犯人にプレシャーを与える挑発的な言葉。しかし僕としては、どこか不安を掻き立てられる気持ちにもなる。もし犯人が今の言葉にビビらず、逆に闘志を燃やしてしまったら。今日からの三日間が勝負と考え、積極的に危険な行為に及ぶかもしれない。

 だが、そんな僕の不安な気持ちをよそに、氷室は堂々と話を進めていく。

「まあ、こう忠告したからと言って誘拐犯があっさりと俺たちを解放するわけもないだろうからな。救出が来るまでの期間どう過ごすかという話になる。

俺たちが取れる選択肢としては大きく三つに分けられるな。

一つ。とにかく脱出できそうな場所を探し、そこから逃げる。もしくは比較的もろそうな場所を探し、そこを破壊して無理やり外に出る。

二つ。俺たちを誘拐したゴーストとやらから身を守るために、三日間全員で固まって過ごす。もしくはそれぞれ部屋に籠ってやり過ごす。

三つ。この場で千世が死んだ日のことを話し合い、ゴーストの要求を満たす。もしくはゴーストが誰かを探し当て、そいつをひっ捕らえる。

どうせ俺を害せるものなどいないだろうし、俺としてはどれでも構わないが、お前らはどうしたい?」

 皮肉気に、氷室は僕らの顔を見回す。いくら彼が大金持ちだろうと、この状況下でこれだけ自信満々でいられるのは純粋にすごいと思う。声に震えはないし、腰が引けた様子もないから虚勢にも見えない。

 それはともかく、提示された三つの選択肢は確かにそれ以外取れることはないだろうというほど的確なもの。この中の三つから選び行動しないといけないわけだが、どれを選ぶべきだろうか。個人的には三つ目の選択肢に心惹かれはするものの、最も危険な選択肢の気もする。やはりここは二つ目の選択肢、みんなで固まって過ごすのが最も安全で有効なように思えた。千世についての話だったらここでなくてもできるし、今は全員無事に八角館から出ることが最優先だろうから。

 僕は二つ目の選択肢にしようと口を開く。だが、それよりも早く根津が興奮気味に語り始めた。

「そ、それなら僕は、み、三つ目の選択肢を勧めたいな。ひ、一つ目の選択肢は正直現実味がないじゃないか。ぼ、僕たちをここに誘拐した犯人が、ま、まさか逃げ出せるような出口を用意しておくわけがない。そ、それに、大した器具もないのに壁を壊して館の外に出るなんて、も、もっと無理だろうからね」

「俺もそれには同感だな。だが、どうして二番目の選択肢じゃなく三番目なんだ? 二番目の方がリスクが少なく無事に出られる可能性が高くないか」

 僕と同じことを考えていたのか、佐野先輩が訝しげに尋ねる。普段なら人に声をかけられただけで怯えた表情を浮かべる根津だが、今日はいつもと違い頬を上気させながらすぐに答え返した。

「た、確かに二つ目の選択肢は魅力的に見える。でで、でもね。こういったクローズドサークル下においては、必ず犯人はそれをすり抜けるようなトリックを使うものなんだよ! こ、このゴーストと名乗っている誘拐犯は、あらゆるものをすり抜け僕らを追うと言っている。つつ、つまり、犯人には密室を通り抜ける手段があるはずなんだ! だから個室に籠るのは危険。か、かといって皆で同じ部屋に集まってやり過ごす、という作戦が、う、うまくいった例なんて聞いたことがない。特に僕ら六人は、お、お互いに信頼し合ってる間柄でも、な、ないからね。

 ここ、こういう時は、せ、積極的に犯人を追い詰めるのが吉だよ。は、犯人だって人間だし、自分の正体がばれそうになれば、あ、慌てるだろうからね。慌てればぼろがで、出やすくなるし、僕たちにも勝機が見えてくる。だから絶対! ここは、み、三つ目の選択肢にするべきだと思うな」

 彼が推理小説を好きだというのは本当のことだったらしい。「クローズドサークル」とか、「密室」とか、一般人は使わないようなことを当然のように使っている。かくいう僕も、多少は推理小説を読んだことがあるので、彼の話が全く理解できないわけではない。まあ、この場合、そうじゃない人の方が多いだろうけど。

 予想した通り、友哉が苛立たし気に根津に問いかけた。

「お前それって全部小説の話だよな。密室とかクローズドなんちゃらとか、よく分かんねえしよ。部屋に籠ってても犯人はそれをすり抜けてくるって、具体的に一体どうやってだ? 漫画や小説だったら大掛かりな仕掛けとか、非現実的な方法で可能に何のかもしれねえけど、実際にはそんな方法取れないだろ。普通に部屋籠って救助を待つ方が得策なんじゃないのか」

 かなりきつめの友哉の口調に、興奮気味だった根津の勢いがしぼんでいく。何か言いたそうに口をもごもごさせるものの言葉は出ず、腰を丸めて黙り込んでしまった。

 友哉の考え方も間違ってはいないが、この状況自体がまるで小説や漫画のように非現実的なもの。根津の意見をできることならもう少し聞いておきたいと思っていた僕は、励ましの言葉を彼にかけようとする。

 だが、またしても僕よりも早く、透き通る綺麗な声がホールに響き渡った。

「皆気づいているだろうけど、今僕らがいる場所は奇人――小村赤司が建てたとされる八角館で間違いないと思う。こんな正八角形の部屋なんて、村のどの建物にも存在しなかったから。

 さて、そうだとするとこの館には奇人が考えたであろう奇妙な仕掛けが施されている可能性が高い。それこそ小説のような、普通じゃ考えもつかない奇妙な仕掛けがね。だから僕としては根津君の考えをもっと詳しく聞いておきたい。ゴーストの警告文も気にかかるし、部屋にじっと引き籠ってるだけで無事にこの誘拐劇が終わるとは思えないからね」

 予想外にも根津に味方したのは、これまでほとんど発言してこなかった栗栖。今度もまた僕と同じようなことを彼も考えていたらしく、彼も根津の話にそれなりの利点を見つけていたらしい。

 せっかくなので僕もこの流れに便乗して、「うん。僕もこの八角館においては根津君の考えも馬鹿にはできないと思う。だから考えがあるならもっと聞かせて欲しいな」と根津を擁護する側に回った。

 もともと根津の意見に否定的だったのは友哉だけだったらしく、氷室や佐野先輩からは特に反論の声は聞こえてこない。友哉も僕が根津の味方をしたことで、渋々ながら口を噤むことにしたようだ。

 こうして根津の話す舞台が完全に整った。普段誰かから意見を期待されることなんてなかったためか、どこか気恥ずかしそうに体をもじもじと揺らしている。だけれども、それ以上に自分の意見を求められるという状況に興奮しているのか、さっきよりも顔を真っ赤にしながらはきはきと話し出した。
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