即興ミステリ

天草一樹

文字の大きさ
上 下
2 / 11

橘礼人からの出題『トマトジュース館の殺人』

しおりを挟む
 ところ代わって保健室。

 白を基調とした部屋のなかには、3つのベッドと数脚の丸椅子。教諭用の机に、薬などが入った棚がちらほら。

 3つあるベッドは全て生徒が使用していたため――多多岐のやつ生徒を放置して俺らのところに遊びに来てやがった!――俺達はそれぞれ適当な椅子に腰を下ろし、礼人の作った物語を聞くことになった。

「ズバリ、今回僕が作った物語のタイトルは『トマトジュース館の殺人』です!」

「トマトジュース缶の殺人? なんだ、トマトジュースの缶を投げて人でも殺すのか?」

「さすが千里! ナイスジョーク! トマトジュース館のカンは、空き缶の缶じゃなくてやかたの方の館だよ。トマトジュース館という建物で、一人のトマトジュース発明家が殺害されるんだ! それもかなり奇妙な状態でね」

 単純に疑問を言っただけなのにジョーク扱いされ、俺は脳内怒りゲージが一気に跳ね上がったのを感じた。

 イライラしている俺をよそに、ニコニコと笑顔を浮かべた多多岐が楽しげに質問する。

「トマトジュース館というのはどんな建物なんだい? 壁が全てトマトジュースの缶で作られたりしてるのかな?」

「いえいえ、建物自体は2階建ての普通の建物ですよ。ただ、中に多種多様なトマトジュースが集められた保管庫があったり、新型のトマトジュースを開発するための研究室があるんです。まあここら辺は事件に関係ないので気にする必要は無いですね。あ、でも、各部屋に複数のトマトジュースが隙間なく入れられた冷蔵庫が常備されているのですが、それは事件に関係しているかもしれませんので記憶に残しておくといいかもしれません」

 わざわざそんなことを言う時点で、関係があることは誰でも想像がつく。というか、関係していなかったらそっちの方が問題だ。

 質問するのも面倒だが、早めに家に帰るためと割り切り、俺は気になったことを聞いてみる。

「それで、容疑者は何人で、奇妙な状態っていうのはどんな状態のことなんだ?」

 礼人は俺の方を向き、瞳を輝かせて答えた。

「やっと千里も僕の物語に興味を持ってくれたんだね! そこら辺の詳細は、順々に説明していくから、そんなに慌てないでゆっくり聞いててね」

 別に興味を持ったわけではない。ただ早く帰りたいからさっさと話をしろと急かしているだけだ。というか、トマトジュース発明家とは一体なんだ。トマトではなくトマトジュースの発明だけをしているのか? 事件の謎よりもそいつらの生態の方が気になる。

 俺の脳内文句に一切気づかない礼人は、意気揚々と『トマトジュース館の殺人』について話始めた。

「トマトジュース館の殺人に出てくるのは、四人のトマトジュース発明家だ。まず一人は、この事件の被害者役である赤貫斗馬斗アカヌキトマトさん。六十歳くらいの温和な白髪おじさんで、僕のイメージとしてはケンタッキーおじさんが最も近いですね」

「成る程、カーネル・サンダースさんが被害者か。ということはやはり眼鏡もかけてるのかな?」

「ええと、眼鏡は……かけてない方向でお願いします」

「ほう、カーネル・サンダースの眼鏡抜きね。それはなかなか想像するのが難しそうだが、うん、なんとかいけるかな」

「それじゃあ二人目ですけど、名前は三美津代子サンミツヨコさんです。今回出てくる中では唯一の女性で、若干ヒステリーの入ってるきつめの二十代です。容貌のイメージとしてはクレオパトラを日本人っぽくした感じですかね」

「クレオパトラ似の女か。それはかなりイメージしやすいな」

「え! ちょっと待ってセンちゃん。クレオパトラってイメージしやすいかな? 僕はあんまりイメージできないんだけど……」

「それで、三人目は誰なんだ」

 多多岐の呟きを無視して、俺は続きを話すように促す。

「うん、三人目は戸田賀華太ヘタガカタイさん。戸田賀さんはいわゆるオネェ系の四十代男性で、頭こそ剥げてるけど、心は乙女のとても愉快な人だよ。容貌としては歴史の教科書によく載ってる北条政子みたいなかんじかな」

「あー、それは分かりやすいねぇ。簡単にイメージできるよ」

「確かに、イメージはしやすいな。実際にいたとしたらお近づきになりたくないが」

「それじゃあ最後の一人、名前を羽切紀霊ワギリキレイという二十代の男性です。羽切さんは新進気鋭のトマトジュース発明家で、とても熱い情熱を燃やしている熱血青年なんですよ。見た目は松岡○造さんの若い頃が近いと思います」

「それは随分と熱い男だねぇ。彼がもし犯人だとしたら、それはそれは熱い動機があるんだろうね」

「……なんにしても礼人、お前のネーミングセンスはかなりひどいな。トマトにかけているんだろうことはなんとなく分かるが、もう少しましな名前は思いつかなかったのか?」

「こういうのはインパクトが大事だと思って。さて、登場人物の紹介はしたから、次は赤貫さんが殺された当日の状況を説明していくね。あ、何か質問があったら聞くけど、何かあるかい?」

「まだ人物紹介が終わっただけなんだ、質問も何もないだろ。さっさと説明を続けろ」

 すると、多多岐が突如手をたたき、椅子からおもむろに立ち上がった。

「そうだ、この前保健室に来た女の子からお菓子をもらったんだよ。せっかくだから二人も食べるだろ。それにまだまだ話も長引きそうだし、飲み物もあったほうがいいかな。用意するからちょっと待っててね」

「な、俺はそんなに長居するつもりは……」

「さすが滝先生! ちょうどのどが渇いてきたところだったんですよ。あ、お菓子ってもしかしてそこの箱の中ですか? 手伝いますよ」

 俺の意志は完全に無視され、二人は着々とおやつ(?)の準備を進めていく。これは長期戦を覚悟するしかないかと、内心で溜息を吐きつつ、俺は心の中に芽生えかけている楽しいという気持ちに軽く蓋を乗せておいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夜の動物園の異変 ~見えない来園者~

メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。 飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。 ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた—— 「そこに、"何か"がいる……。」 科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。 これは幽霊なのか、それとも——?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

SoftClash

ミステリー
皆が経験したノンフィクション(現実)をフィクションというエフェクトをかけて書きます。皆が当然主人公、それぞれの物語がテーゼに沿って紡がれます。 平和な世界を彼等と一緒に夢見て貰えたら嬉しいです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

滑稽ね

まこさん
ミステリー
ある資産家の未亡人と愛人の話 突然主人を亡くし未亡人となった沙耶子は、主人の愛人の存在を感じ取る。 愛人は一体誰なのか?愛人の目的とは…?

問題の時間

紫 李鳥
ミステリー
オリジナルのクイズ・パズル・なぞなぞ、とんちなどで頭の体操♪ミステリアスなクイズもあります。 ※正解は、次回の末尾にあります。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

大谷、おれに探偵をさせるな

イケランド
ミステリー
「一石二鳥ではない。一挙両得だ。」 効率重視のひねくれ大学生の主人公檜原諭が、効率のために推理を披露してしまう。このことで同じ学科の大谷美沙に目をつけられ、あらゆることで推理に駆り出される。次々と身近な謎を解き明かす痛快ひねくれミステリー。 人は死なないです。 いわゆるコージーミステリーというやつですね。 暇つぶしにはなるのではないでしょうか? "名無しさん"は我ながら面白くかけたと思います。

処理中です...