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第一章 出会い編
第九話 身勝手な幼馴染
しおりを挟む買い物を終えて駅に戻ると、待ち合わせの時間まで、あと十分ほどになっていた。
俺は駅の改札口につながっている階段を上り、改札口の前で春香を待つことにする。
改札口の前に向かうと、既に春香が柱に腰かけて待っていた。
相変わらずの金髪の髪に、白いシャツに赤のカーディガンを羽織り、黒のジーンズ姿でポーチのような鞄を首から下げつつ、紺のヒールをカツカツと鳴らしながらスマホをしきりに確認していた。
しかし、今日はピアスをしておらず、化粧もばっちりメイクではなく最低限の薄化粧という感じだ。
今の感じの方が、高校時のようなあどけなさが残っていて、俺的には可愛いと思うんだけどなぁ……
そんなことを思いながら、俺は春香の元へ近づいていく。春香も俺に気がつき、こちらへと向かってきた。
「よっ」
「遅い」
「いや、約束した時間よりは早く着いたんだし、いいじゃねーか」
春香はいかにも不機嫌そうな表情で俺を睨みつけていた。春香は機嫌が悪い時、人前ではあまり会話をしたがらない。
愚痴を聞いてやるためにも、さっさと家に向かうことにした。
「ま、いいや。こっちだ」
俺は春香を手招きして、アパートへ歩き出す。
「何か買ってく?」
「いや、いい」
春香は不機嫌な口調のまま、一言そう口にして黙ってしまう。こりゃ、相当ストレスたまってんな……家で大声出されたら近所迷惑だなぁ……
そんな心配をしながら、俺たちは黙々とアパートへの道を歩いていった。
◇
「着いたぞ」
俺がそう言うと、春香は目の前に現れたアパートを見上げた。
「ボロ、それと遠い」
「第一声がいきなりダメ出しかよ……」
俺は苦笑いをしつつ、アパートの階段を上がっていく。
廊下を進み、一番奥へと進んでいく。
その途中、俺の隣の部屋のドアを見て、ふと思い出す。
そういえば、優衣さんはちゃんと家に帰ってこれたのだろうか?
優衣さんの部屋を通り過ぎる時に、玄関横の小窓を見るが、部屋の明かりはついていない。
もしかしたら、同期の子たちと一緒に親睦会か何かに参加しているのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いて、一番奥の扉に到着した。そこで俺は、春香を一度手で制止する。
「ちょっと待って」
俺は鞄から家の鍵を取りだして、鍵穴に差し込む。カチャっと施錠が解除される音が鳴り、鍵を外してドアを開けた。
「どうぞ」
「……お邪魔します」
春香は恐る恐る玄関へと入り、辺りを少し見渡すと、感想もなくヒールを脱ぎ捨てて、ずかずかと部屋の中へと入っていく。
ダイニングを素通りして、部屋ところで立ち止まり辺りを見渡す。すると、何かを見つけたらしく、奥の方へと向かって消えていった。その直後、ボフっという音と共に「はぁ~」と幸せそうなため息が漏れてきた。
何事かと思い、俺も部屋へ向かうと、隅の方に畳んであった布団に、春香がダイブして心地よさそうに顔を埋めてスリスリしていた。
「はぁぁ~お布団……」
気持ちよさそうに頬ずりをして幸せそうな声を上げている春香。
俺は見てはいけないようなものを見てしまったような気がして、思わず顔が引きつる。
すると、春香はムクっと起き上がり、布団を持ちあげて、テレビの前の机を勝手に端の方へと動かし、部屋真ん中辺りに勝手に布団を敷き出した。
「何やってんのお前?」
俺がそう問うと、布団を敷き終えた春香は振り返る。
「え? だって、私の家のベット固くて全然寝れないんだもん。首も凝るし」
春香は首を手で揉みほぐしながらそう答える。そして、首から下げていたポーチほどの荷物を下ろすと、再び布団にダイブした。
「はぁ~これよこれ! やっぱりお布団が一番!」
俺は唖然とした表情をしながら、幸せそうな表情を浮かべている春香を、ただ茫然と眺めていた。春香は再びムクっと頭を起こすと、布団の下に置いてあった毛布を自分の元へ持っていく。
「私、ちょっと寝るね」
「はぁ!?」
「二時間くらいしたら起きるから~」
春香は手を上にひらひらと振った後、そのまま布団にもぐりこんで眠る体制に入ってしまった。
あいつはこういう時、何を言っても自分がやると言ったことは、やるまで機嫌が直らないため、俺は大きなため息を一息ついて、春香の望み通り寝かせてやることにした。
◇
春香が眠ってしまい、やることが特になかったので、俺はスマホで最寄り駅のアルバイトの求人が他にもないか調べてみることにした。
検索すると、大手チェーンの居酒屋や焼肉屋などの飲食店。スーパーやドラッグストアなどの販売店など、商店街で見つけられなかった求人がたくさん載っていた。
そんな感じでアルバイトの目星をつけていると、トークアプリの通知が届く。宛先は「詩織☆」となっており、メッセージには『グループ入って~!』と書かれていた。
俺はメッセージアプリを起動して、グループ招待させているのを確認し、グループ参加ボタンを押した。グループには、既に厚木と井上さんが入っていた。どうやら四人専用のグループを高本が作成したらしい。
俺がグループに参加すると、すぐに高本からメッセージが届いた。
『とりあえず、四人揃ったね! これから色々よろしく!』と書かれたメッセージと共にスタンプが送られてきた。
俺も『よろしく』と送ったついでに、適当にスタンプも送っておく。
『そういえば、明後日の入学式どうする?』
厚木が送って来たのを皮切りに、厚木、高本、俺の3人は、入学式の日に大学の最寄り駅で待ち合わせをして、入学式に一緒に行く約束などを取り決めた。
メッセージを送っても、既読が二つしか付いていないので、井上さんはおそらく仕事で忙しいのだろう。まあ、後でグループトークを見て何かしらのアクションは向こうから起こすだろうと思い、スマホから目を離した。
すると、丁度布団からムクっと春香が起き上がり、目を覚ましたところだった。
「おはようさん」
「んん~」
春香は、重たそうにしている瞼を擦りながら、俺へ生返事を返してきた。
「それで? 何があったんだよ、急に俺の家に来て」
俺が気になっていた本題に入ると。春香は大きく欠伸をしながら俺の方を向いた。
「え? 何のこと?」
こいつ、寝ぼけてんのか? 一瞬春香の反応にイラッとしたが、何とか我慢して話を続ける。
「何のことって、さっきまで機嫌悪かったじゃねーかよ。またなんかあったのかってこと」
春香は寝る前の出来事を思い出すかのように人差し指を口元に置き「あ~」とつぶやく。
「いや? 別に特には何も」
「はぁ!?」
俺は突拍子もない春香の答えに、思わずズッコケる。
「機嫌悪かったのは寝不足だったからで、大地の家に来たのは布団で寝させてもらうために来たの」
また大きな欠伸をしながら答える春香に、俺は呆れかえった。こいつはなんて自由で身勝手なやつなんだ。
「せっかく心配してやったのに、心配し損じゃねーか」
がっくりと肩を落として落胆していると、さすがに春香も申し訳なく思ったのか、両手を体の前でアワアワしながら言い訳する。
「いやぁ、だって。こっちで頼れるの大地しかいないし。眠すぎて色々と思考も停止してて、考えるのも面倒臭くなってたから……ごめんってば!」
顔を少々赤くしながら春香は謝罪してきた。
俺は色々と言いたいことがあった気がしたが、呆れを通り越し、なんかもうどうでもよくなってきてしまった。ホント、身勝手な幼馴染がいるのって面倒くさいぜ。
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