俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第168話 魔人、接触

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 「いいんですか? 僕も入って、ここは王国にとって秘密の場所では?」

 広くて薄暗い空間に、千頭の声が反響する。

 「構わないですよ」

 それに対してフィオレンツァが返事をした。

 「王国がここを世間に公表していないのは、ここから技術を奪われないためです。大きな力は争いの火種となりますから。銃を民間で流通させず騎士や勇者の者にしか持たせてないのと同じ理由です。その点、千頭さんは信用できる方ですので問題はありません」
 「僕が信用できる……ねぇ。流石、心を読める人は言う事が違う」

 フッと千頭が笑う。
 その笑みには自虐が含まれていた。

 渡辺がフィラデルフィアの街を出た頃、千頭とフィオレンツァはアルーラ城の地下を歩いていた。2週間前、オルガと千頭が物理的に言葉を交わし合った場所だ。

 「光栄に思いなさいよね! ここは本来王家の血筋しか入れない場所なんだから!」

 フィオレンツァの横では、シーナが威張っていた。

 「ええ、もちろんですよ。それに次期女王であらせられるシーナ王女の後ろを歩けるなど、とても栄誉な事です」
 「っ! コホン! な、何よわかってるじゃない」

 千頭に煽てられたシーナは嬉しそうに頬を染め、照れ隠しでぷいっとそっぽを向いた。
 そんなシーナを見て千頭は思わずにはいられなかった。

 ちょろいなぁ、この娘。
 こんな娘が女王になってこの国の未来は大丈夫なんだろうか。

 「大丈夫ですよ。これから行く場所は、そのための場所でもありますから」

 微笑んで発せられたフィオレンツァの言葉に、千頭は訝しげな顔をする。
 シーナは何の話をしてるのかわからず、あっけらかんとしていた。


 3人は黒い壁の前までやってきた。
 オルガがいた時は、この壁に阻まれてこれ以上先には行けなかった。

 壁に設置されパネルに、フィオレンツァが黒いカードを翳す。

 『認証しました。ロックを解除します』

 するとアナウンスが鳴り、壁の一部がスライドして奥へと続く道が現れた。

 「それは?」
 「このカードですか? これには初代女王アルーラの体の一部が入ってます」

 「え?!」
 「ほお」

 シーナはギョッとし、千頭は興味深そうに顎に手を当ててカードに注目する。

 「もうシーナったらそんな顔しない。安心して、体の一部って言っても、米粒サイズくらいだから」
 「いや安心って、どんな大きさだろうと体の一部が入ってる時点でちょっと……」

 「人体……米粒の大きさ……ひょっとしてマイクロチップかい?」
 「流石、千頭さんは博識ですね。正確に言えばナノチップですが」
 「僕がいた世界でもまだ開拓中の技術だね……その技術を100年近く前に生きていた初代女王が利用していたというわけか……なるほど」

 千頭の内に一つの確信が生まれる。

 ドロップスカイやAUWなどに用いられている未知の技術。
 これらのSF的な要素はいつどうやって誕生したのか、2つの仮説を考えていた。
 一つはチート能力でずば抜けた頭脳を得た者たちが産み出したという説。
 だけど今のナノチップの話が事実だとすれば、その可能性は限りなく低い。
 埃や微生物などの浮遊粒子。人から排出されるナトリウムは半導体の製造をする上で大きな障害だ。そのため元いた世界でも厳重に管理された空間で機械による自動生産が行われている。そんな環境を100年前の時点で構築できたとは考えにくい。
 加えて、この巨大な地下空間。
 これだけの空間を造るとなると、物の動きや人の動きが何かしら記録に残っているはず。なのに、この2週間その記録を漁ってみたがどこにも残っていなかった。
 しかし、もう一つの説であればこれらの疑問を払拭できる。
 “このオーバーテクノロジーとも言える技術は、転生者がこの世界に来る前――人類史が始まる前から存在していた”。

 千頭がフィォレンツァの方を見る。

 「どうかな? 結構いい線いってると思うんだけど」
 「……ふふふ、さてどうでしょうね」

 フィオレンツァは人差し指を口に当ててイタズラっぽく笑う。
 それから千頭から視線を外して、黒い壁の中へと入っていった。
 千頭とシーナも後に続く。

 「千頭さんをここにお呼びしたのは、知ってもらいたかったからです。この地下に千頭が求めている道は無いと。ここにあるのは遠い昔の残骸だけなのです」

 足元も視認できないほどの暗い道を歩いていくと、また壁がスライドして開いた。

 「「 ッ!! 」」

 その先の光景を目の当たりにして、千頭もシーナも背筋が凍りついた。
 白い壁、白い床、白い天井。
 それらに大量の血の痕が付着していた。血が床に溜まっていた痕だったり、血が薄く引き伸ばされた痕だったり、壁の手形だったりと形は様々だ。明らかに一人に出せる血の量ではない。立っている場所から見える範囲だけでも何十人分もの血が流れ出たとわかる。

 動揺する二人とは正反対に、フィォレンツァはため息を漏らしながら感慨深そうにその景色に浸っていた。

 「ああ……良かった。カトレアさん、私のお願い通りこのままにしてくれたのね」

 この凄惨さを前にしてのフィオレンツァの恍惚とした表情に、千頭も娘のシーナでさえも不気味さを禁じ得なかった。

 「目的地はこっちです。ついてきてください」

 何食わぬ顔でフィオレンツァは奥へと進んでいった。

 「……あれは……誰……なの」

 千頭の横でシーナは自分自身を抱きしめる格好で震える。

 「あんな顔、私の知ってるお母さんはしない……一体誰?」
 「……ついていけば、わかるかもしれない」

 意を決して、二人はフィオレンツァを追った。

 道中、やはり見えるのは血痕ばかり。
 だが他にも確認できるものは色々とあった。弾痕やそこら中に散らばっている薬莢。爆発でもあったのか穴が空いている壁の先にベッドやソファー、モニターらしき物体もある。

 「人が生活していたんだろうか……ん?」

 道の真ん中で千頭はある物を見つけて屈んだ。
 それは一枚の金属製の板。

 ……炎か何かで金属の表面が溶けている……ん? 黒い文字の様なものが彫られている……これは……アルファベッドか。
 どこかの部屋の名称、いや人の名前か? 土台の金属が崩れてわかりにくくなってはいるが、何とか読めそうだ。
 ……W i r t h s…………ヴィルツ?

 「ちょっと何してんの! お母さん行っちゃうわよ!」
 「あ、ああ。今行く」

 シーナに呼びかけられ、千頭はその場を後にした。


 その後、3人はある部屋へと入る。

 「ここが目的地ですか?」

 千頭の問いかけに、フィオレンツァは頷いた。

 部屋の大きさは10畳ぐらいか。
 中央に2つの椅子があり、それぞれの真上にヘルメットの様な物がぶら下っている。

 「私が革命を起こした理由の一つにこの部屋があります。さぁ、シーナ。椅子に座ってそれを頭に被って」
 「う、うん」

 言われたとおりにシーナが椅子に座ってヘルメットを装着すると顔全体がすっぽりそれに覆われる。
 フィオレンツァも片方の椅子に座る。肘掛けから小さなパネルがせり出して、フィオレンツァはそれを慣れた手つきで操作する。そしてフィオレンツァも頭にヘルメットを被った。

 『シーケンスを起動、実行します』

 パネルから機械音声が鳴る。

 「千頭さんはこれもご存知ですか? 人がある出来事を記憶してそれを思い出す仕組みって実は単純なものなんですよ。記憶する際、脳にある一部の細胞群が特定の組み合わせで活動して。次に思い出す時は、その組み合わせがまた活動するんです」
 「……知ってるよ。エングラムとかいう細胞の話だ。けど、それが何だって――」

 「う……うぅ!」
 「な! どうしたんだ?!」

 突如、シーナが目を堅く閉じてうめき声を上げ始めた。

 「知ら……ない……流れ込んで……私じゃない!」
 「しっかりしろシーナ! フィオレンツァ! 彼女の様子が変だが大丈夫なのか!」
 「今は一度焼き付けた記憶を保持するため連続で再燃させている段階です。すぐに終わりますから安心してください」

 前半は何を言っているのか理解できなかった上、シーナはヘルメットを外そうと必死になっており、傍目から見てとても大丈夫とは思えない。

 『シーケンスを終了します。お疲れ様でした』

 間もなく機械が停止したのかシーナはぐったりと脱力した。
 千頭は直ちに駆け寄り、シーナからヘルメットを取り外し顔を覗き込んだ。

 「おい、大丈夫か?」

 意識はあるようだったが、目の焦点が合っていない。
 虚ろだ。それに涙も流している。

 「……みんな……死んじゃった…………私も……殺した……」
 「何を、言っているんだ?」
 「シーナも立派な女王の跡取りになったということです。私と同じ様に『絶対服従』と『読心』も可能になりました」

 椅子から降りたフィオレンツァがニコニコしながら言う。

 「シーナが……女王になった?」

 千頭は思い起こす。
 『これから行く場所は、そのための場所でもありますから』
 『人がある出来事を記憶してそれを思い出す仕組みって実は単純なものなんですよ』
 『あんな顔、私の知ってるお母さんはしない……一体誰?』

 「……まさか」

 ある一つの発想が浮かび上がってくる。

 「アナタは…………アルーラ女王なのか」



 *


 パチッ、パチッ。

 目の前で、かき集めた枝が燃えている。
 辺りは月明かりも入らない真っ暗な森で、光源は『火魔法』で着火したその火のみだった。

 フィラディルフィアを出てから2日目の夜。
 俺はドロップスカイを超えて、さらに砂漠を越え、この森にまで来ていた。
 ここまで来ると完全に人の痕跡は無く、大自然だけがどこまでも延々と続いている。

 「……行くか」

 火を消して、リュックを背負いまた走り出す。

 それにしても、見つからない。魔人はどこにいやがるんだ? 町らしい影も無いし……ていうか町とかあんのか?
 魔人っていう字面から勝手に人に近い生活をしてるもんだと想像してたけど、よくよく考えればそうとは限らないよな。
 もっと原始的。
 洞窟の中とかに巣があるかもしれない。

 そんな事を考えている内に、森を抜けた。

 「ん? 何だここ」

 先には平地が続いていたが、妙に地面が凸凹していた。
 気になって足を止める。
 足に伝わる土の感触が柔らかい。

 「おいおい、人間が来やがったぞ」
 「――ッ!」

 俺はすぐにリュックを投げ捨て、臨戦態勢を取り振り向いた。しかし、背後には誰もいない。

 「マジじゃねーか。何年ぶりだ」
 「俺が殺す!」
 「バカ言え! 俺が先に見つけたんだ。殺すのは俺だ!」

 色んな方向から声が聞こえてくるのに、周囲にそれらしき影は見当たらない。
 一体どこに潜んでいる。

 「アホが! 地上にはいねぇよ!」

 その声に振り向かされた時には、すぐ側の地中から影が飛び出して俺を斬り裂いていた。

 「くっ!」

 そのまま影は俺の後ろへ飛んでいったため、俺は急いで目で追う。
 月の光に照らされて、その姿が顕になる。

 人……いや違う。
 全身に生えた茶色の体毛。
 通常の人の倍はある両手と鎌の様に鋭く伸びた10本の爪。

 「そうか……テメェが魔人か」

 「おうよ魔人様だ! だからお前は終わりだ!!」

 魔人は両手の爪を前に突き出しながら突っ込んでくる。
 それは予想していたよりも速く、俺はもろに攻撃を食らってしまう。

 「ゴルァ! 久方ぶりの人間の血! 俺にも啜らせろ!!」
 「俺んだボケェ!! こちとら25年前からずっと我慢してんだよ!」

 魔人は一体のみではなかった。
 次から次へと足元の土から同じ個体が出てきて、爪で引っ掻いてきた。

 強い。
 一体一体がチート能力を使っていない時の知世ぐらいの実力だ。
 王国のその辺の騎士じゃ束になっても一体すら斃せないだろうな。
 けど、

 「ゲェッ?!」
 「俺なら、こいつらが束になってきても斃せる」

 俺は魔人の爪を片手で掴むと、もう片方の手で魔人を殴り飛ばした。魔人は派手に土の上を跳ねた後、動かなくなった。
 他の魔人たちがどよめく。

 「正直、安心した。もしテメェらが騎士みたく殴りにくい連中だったらどうしようかと思ってたんだ。ただの快楽殺人者なら、何の愁いも無く皆殺しにできるな」

 「あんだとクソガキャァ!!」
 「吹いてんじゃねぇ!!」


 *


 あれから俺はどれだけの時間戦っていたんだろう。
 俺は、何百体もの魔人の死体が転がる中で立っていた。

 「この周辺にいる魔人はこれで全部か…………なら、次を捜すか」

 一仕事終え、リュックを取りに戻ろうとする。


 「やりますね。アナタ」
 「ッ! まだ生き残りがいたのか!! ん?!」

 振り返って攻撃を仕掛けようとしたが、その姿を前にして立ち止まる。
 そいつは襲ってきた連中と見た目がまるで異なっていた。

 まず服を着ている。
 男が着る緑色の中華服だ。
 顔にも体毛は一切無く色白の肌が露出しており、横線一本な細目で俺を楽しそうにジッと見ている。
 頭からは紅色の髪が三つ編みにされて地面にまで伸びている。
 何より目立つのは、その頭部にかけられたモノクロのヘッドフォン。

 コイツ……人間か?

 体毛と同じく魔人たちの特徴であった両手や爪も確認するが、中華服の長い袖口からチラリと見える指先は人のサイズで爪も無い。

 「ここで出会ったのも何かの縁。人間、カセットテープを持っていませんか?」
 「は?」
 「は?ではありませんぶち殺しますよ。ほら、これに入るヤツですよ」

 ヘッドフォンから伸びるコードが入り込んでいる外ポケットに手を突っ込むと、中からカセットケースを取り出した。

 「この機械。25年前に戦利品として持ち帰った物なのですが、美しかった音色がどんどん醜くなっていまして、まともに聴けるテープがわずかしかないのです」
 「――テメェ!!!」

 魔人確定。
 即座にパンチを繰り出した。

 「いきなり殴りかかってくるとは頭にウジでも湧いてるんですか。あと私に殺気は向けない方が良いですよガキさん」
 「ッ!!」

 魔人に肉薄しようとしていたところで、目の前から岩の棘が突き出してきた。
 俺は一歩下がってこれを避けるが、そこへまた1本生えてきてまた避ける。さらに2本、5本、10本、20本と大量の棘が連続で突き出してきて、それが雪崩の様な勢いで俺に向かってくる。

 高速でバックステップとバク転を織り交ぜて後ろに下がり続けるが、追いつかれてきて棘の先端が頬や足首を掠めていく。

 「クソッ!」

 棘に串刺しにされる。そう思ったが、魔人から200mほど離れたところで、岩の棘はそれ以上追いかけてこなくなった。

 「あ、危なかった。アイツの攻撃の射程外に出たのか?」
 「おやおや生き残ってくれたようで何より。悪いのは100%アナタですが一応謝罪しておきます申し訳ありません。私を取り巻く大地の精霊は過保護でしてね、私を勝手に護ろうとしてしまうのです。特に、アナタの様にゲロカスな思考を向けてくる輩からね」
 「勝手に護る……つまり全自動攻撃ってことかよ…………お前、一体何者だ?」

 さっきまでの魔人とは明らかに格が違う。ひょっとしてコイツが魔人の長か?

 「アナタにわざわざ名乗る必要は無いと申し遅れさせていただいていたのですが、まぁ良いでしょう。私は大地を統べる魔人、ガイゼルクエイスでございます」
 「…………」

 俺は、両拳を握り締めて目を剥いた。
 魔人ガイゼルクエイス。25年前にオルガがルーノールと共に戦ったという魔人。

 「そうかテメェが……オルガや多くの人々を失意に沈め……カトレアを生み出した元凶……」

 フィラディルフィア王国を狂わせた張本人。
 俺は地を蹴って真っ直ぐガイゼルクエイスへ駆け出した。
 黒い風を纏いながら。

 「お前だけは!! 絶対に許さねえええ!!!」
 「あ、だから殺意を向けると危ないと説明したでしょう、頭に脳みそ入ってるのですか?」

 また岩の棘が地面から飛び出して行く手を遮ってくる。
 俺は『地魔法』を使って足下から同じ様な岩の棘を生やし、その棘の先端に乗って上昇した。
 上に上がることで岩の棘を飛び越えて回避した俺は、地に降りてガイゼルクエイスの間近にまで迫る。
 あと少しで殴れる。
 そこへまた全自動攻撃が前方を阻んでくる。
 だが、同じ事だ。『地魔法』で上昇してかわしてやる。

 「ふむ。私はカセットテープが欲しいだけで野蛮な争いはしたくないのですが」
 「そんなに音楽が聞きたきゃテメェの骨でドレミの音楽奏でろ!!」
 「仕方ありませんね。頼みを聴いてくれないのであれば、アナタの価値はゴミクズ以下です。よって」

 地面が重低音を響かせ始めた。
 そして、蹴っていたはずの地面が無くなった。

 「ッ?!!!」

 ガイゼルクエイスが立っている場所から俺がやってきた森の方まで、足元の地面が50mの幅で、バックリと裂けたのだ。
 俺は大量の土や森の木々と共に落下していく。

 「土の養分となってゴミクズよりはマシになってください」

 なんつうー攻撃の規模!
 なるほど、あのルーノールでも追い返すのがやっとだったのが納得だ! けど!

 俺は『風魔法』で自身の体を浮かせ、そのままガイゼルクエイスへと突っ込んだ。

 「俺はそのルーノールを倒した男だ!!」

 渾身の一撃を放つ。
 だが、それをヤツは片膝で容易く受け止めた。

 「ッ!!」
 「……ゲロカス以下の分際で、私の衣を汚してんじゃねぇぞクソギャァ!!!」

 悦に浸っていた表情が一転し、細目だった目が大きく開かれ顔中に青筋が浮かび上がる。
 ガイゼルクエイスの足元の地面から、岩の棘が先程までとは比較にならない速度で突き出され、俺の体を空中へと舞わせた。

 「カハッ!!」

 腹と口から出血する。
 ……どうしてだ……ルーノールの時ほど、力が出ない!!
 あの力があればこんなヤツ!

 俺は不測の事態に戸惑うが、その間もガイゼルクエイスは行動する。

 「……おっと私としたことが。私まで醜くなってはいけません。こういう時こそ美しい物で心を落ち着かせなくては」

 ガイゼルクエイスの三つ編みされた髪が生き物の様にうねうねと動き始めて顔の前に回り込んだ。
 その髪の一つの房に手を突っ込むと中からカセットテープを引き抜いた。って、髪の中にテープ収納してやがるのかよ!

 ガイゼルクエイスはカセットケースの中身を入れ替えると、音に集中しているのかヘッドフォンに手を添えて始めた。

 「ああ……やはり素晴らしい。この荒んだ心を浄化する音色。ノータリンな魔人共はただ泣き叫んで死んでもらう事でしか人間に価値を見出せてないようですが、私は違う。私は、美しい物を生み出せる人間の技量に価値を感じている。もっとも……」

 ガイゼルクエイスが空中にいる俺を見やる。

 「アナタは破壊する事しかできないようですが」

 殺気! 来る! 
 けど、ここは空中だ。見たところヤツは地面を扱う能力、ここまで攻撃は――!!。

 裂けた地面が30mの高さにまで一瞬で隆起してきた。

 「潰れなさい」

 地面にサンドイッチされた。
 圧倒的な物量と質量に挟まれた事で全身の骨を砕かれ意識も大部分が食われる。
 地面と地面の間に隙間が生じると、俺は力無く真っ逆さまに落ちていった。

 つ……強い……これが……魔人。
 クソッタレ……まだ全然責任を果たせてないってのに……ここまでなのかよ……。

 自分への失望を胸に抱きながら、俺は闇しかない地の底へ導かれていく。

 さようなら皆……さようならマリン。これで本当にお別れだ。
 なぁ、神様。今度生まれ変わる時は、全部忘れさせてくれ。
 もう昔のことで哀しくなるのは疲れるよ。

 俺は目を閉じた。


 その時だった。
 何かが俺の身体を受け止めた。
 驚いて目を見開けば、アイツがいた。

 「――ディック」
 「ったく、本当に世話が焼けるな。お前はよ」

 俺を両腕で抱えながら、ディックは呆れた様子で微笑んだ。
 そのディックの存在にガイゼルクエイスが気づく。

 「おや、人間がもう一人いたのですか。もし、そこのアナタ、カセットテープをお持ちではありませんか?」
 「はあ? カセットテープだあ? んな骨董品持ってるわけねーだろうが、今はデジタルの時代なんだよ覚えとけ、アナクロ魔人!」

 ディックが片手でベルトに装着された魔法石を砕いた。
 それは『瞬間移動』で、俺とディックは光となってその場から去ろうとする。
 しかし、両サイドの地面が俺たちを囲うように変形した。
 球状の壁に阻まれ『瞬間移動』は解除され、ディックは俺を抱えたまま球状の壁を滑り落ちた。
 さらに球状の壁から伸びた細い棘が、的確にディックが所持していた残りの魔法石全てを貫き破壊する。

 「へっ、簡単には逃してもらえないってわけか。これが魔人ね。先輩方が散々ビビッてるだけあるじゃねーか」

 ディックが俺を横に寝かせると、庇うように前に立った。
 その眼前でガイゼルクエイスが悠然と歩いてくる。

 「どちらも要らない人間とはついていない。さっさと終わらて土に還らせるとしましょう」

 「だ……め……逃げ……ろ」

 逃げてくれ、ディック! 俺なんかのせいで死ぬなんてやめてくれ!

 「へ、来いよ。渡辺のバカを連れ戻すついでだ。オメェを倒してやる」

 その言葉を受けてガイゼルクエイスはニヤリと笑った。
 だが、その笑みが一瞬にして消えて無表情に変わる。

 ……な、何だ?

 「は…………はあああああああああぁぁぁぁぁ?!!!!!!!!!!」

 怒号が響き渡った。

 「み、見逃せですって! アクアリット、どういうことですか!! 25年前の時のみならず今回まで!! あの時もアナタが撤退命令を出さなければ我々が勝利して! 聴いてるのですか、アクアリット!!! オイイィッ!!!」

 一頻り叫んだ後、しばらくの間を挟んでガイゼルクエイスがまたテープの中身を入れ替え、別の音楽を聴き始めた。

 「……ふぅ……まあ良いでしょう。上司の理解不能な発言にも黙って従うのが部下の務め。命拾いしましたね、アナタたち。どうぞさっさとお帰りください」

 球状の壁が崩れ、外の景色が見えるようになる。
 ディックは突然の戦意喪失に面を食らっていたが、すぐに俺を抱き抱える。

 「そうそう。帰る前に一つ、魔人長アクアリットから人間たちへのメッセージです。“近々、我々魔人族は、人間界へと攻め込む”」

 そのメッセージに俺もディックも目を見開かざるを得なかった。

 「せいぜい、残りわずかな平和のひと時を噛み締めることですね」
 「……はっ、それはこっちの台詞だぜ」

 最後にディックは捨て台詞を吐いて、俺を抱えてその場を飛び去った。


 ディックが森の中、木から木へと飛び移る。

 「やれやれ、とんでもないことになったな」
 「……俺の、せいだ。俺が……魔人を……攻撃したから」
 「バーカそういうのを自意識過剰だってんだよ。俺たち人間の動向なんざ関係ない。攻めたいと思ったときに攻めてくる連中なんだよ」
 「……わりぃ」

 「ったく、んなことより。もう二度とこんな命を粗末に扱うような真似すんじゃねーぞ」
 「…………」
 「どれだけ周りが心配したと思ってやがる」
 「……う……」
 「俺に『精神感応』でお前を助けるよう頼んできたヤツなんか、グチャグチャに涙流してたんだぜ」
 「う……っく……」
 「大事な人を、これ以上泣かせんな」

 俺は、涙を零した。
 男だってのにみっともないくらい。両目から溢れさせた。

 そんな俺の瞳には、木々の枝葉の隙間から見える異世界の満月が映っていた。


 *


 2018年12月中旬の満月の夜。
 今年もいよいよ終わると世界中の多くの人々が浮き足立つ頃。

 日本にある都内にある店舗などでは一足先にジングルベルの曲が流され、人々は年越しだけでなくクリスマスにも湧き始めていた。

 しかし、ある高層ビルの屋上で、その盛り上がる人々の姿を無表情に見下ろしている老人が存在した。
 それは人ならざる者。
 渡辺たちが異世界へと転生する前に出会った、神であった。

 家やビル群の照明。車のライト。クリスマスのイルミネーション。人類の叡智らが闇夜を裂く様を、神は何を思いながら見ているのか。その表情から読み取ることは不可だった。

 ただ神は目を閉じ、耳を澄ませる。
 人々の喧騒、機械音、ジングルベル。それら全ての音をシャットアウトして、ある音にだけ耳を傾けた。



 キイイイイイイイイイイィィィィィィィ――。

 ドン。

 グシャ。


 また、
 どこかの誰かが、
 トラックに轢かれた。
















   第1部  ―異世界に沈む人々―  完結







        第2部(完結編)


   ―異世界転生終焉門―   へ つづく

 

 
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