俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第167話 そして少年は異世界転生をやめた

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 革命が起きてから2週間が経った。

 フィオレンツァが王位の復権を果たしてからというもの、王国はてんやわんやだった。
 アリーナ制度が廃止されたり、『階層跳躍』の能力者や『禁じられたチート能力者』たちが国から解放されたりと、世間を騒がせる大ニュースが続いたからだ。

 ニュースといえば、フィオレンツァ政権下で新たに組織された騎士団が、千頭率いるジェヌインたちを拘束したという話も話題のタネになっていた。
 もっともそれは、ジェヌインが活動しやすくなるよう千頭が仕組んだものであるのだが、それを知る人は少ない。
 もちろん一部の勘の良い人たちは出来レースではないかと疑っているものの、決定的な証拠があるわけではなかった。


 俺はというと、この2週間ずっとアルカトラズの病院で手術や『回復魔法』による怪我の治療に専念していた。もっとも、左目だけは今の異世界の技術力ではどうにもならないと医者からキッパリ言われてしまい眼帯をすることになったが。
 それが今日、退院の日を迎える。

 「わーい! マリンさーん!」
 「あ、ダメでしょ、ちゃんと横になってなきゃ」
 「えー、ほとんど怪我治ってるから平気だもん!」
 「もう、ミカちゃんってば」

 退院した俺は、マリンと共に同じ院内にいたミカのもとへとやってきていた。

 俺たちが病室へ入るなりミカがベッドから飛び起き、マリンにじゃれつき始める。マリンはミカの頭をヨシヨシと撫でる。
 二人とも笑顔で幸せそうだった。

 「マリンから元気だとは聞いてたが、ここまでとはな。あの時死にかけてたのが嘘みたいだ」
 「え、なになにーショウマ。もしかして私のこと心配してくれてたのー?」

 ミカが俺の方へ近づいてきて、ニマニマしながら顔を覗き込んでくる。

 「そりゃあな。大事な俺のパートナーなんだし心配するだろ」
 「……えへへ、そっかぁ。心配してくれてたんだあ」
 「な、何だよ。そんなにニヤニヤして」
 「べっつにぃ」

 とか言いつつ、ものすごいニヤつき具合だ。もしミカに犬のしっぽでもついてたらブンブン振ってそうだ。

 「あ、そうそう」

 さらに俺のそばへと寄ってきてかと思えば、耳元で囁いてきた。

 「私がいないからって、夜マリンさんを襲ったりしたらダメだよ」
 「……バカ」
 「あたっ!」

 呆れてミカの頭にチョップを入れた。
 後ろではマリンが「何の話をしてるんだろう?」と首を傾げている。

 「ったく、ミカはいつもすぐ……ん?」
 「…………」

 ポカンとした表情でミカが俺を見ていた。
 てっきり「殴る事無いじゃん!」とか言われるかと思ったんだが。

 「わ、わりぃ、強くやり過ぎたか?」
 「あ、ううん! そうじゃなくて、いつものショウマなら顔真っ赤にして恥ずかしがってるところだったから、意外だなあって思っただけ!」
 「あー……俺も怪我治ったばかりだしな、調子が上がってないだけだ」
 「そっかぁ。うんうん、いろいろ大変だったし、仕方ないよね」
 「おう、正直まだ疲れが取れてないんだ」

 ミカが首を上下に振って頷くのに便乗して俺も頷いた。


 *


 ミカと団欒のひと時を過ごした後、俺とマリンはメシュがいる病室にも顔を出した。
 ちょうどそこにジェニーもいて、二人と話す流れになった。「俺様とジェニーの時間を邪魔するな!」とメシュは平常運転で相変わらずだったな。ジェニーもいつも通りのんびりしてたし。
 ただ「知世を倒した後に、幼い女の子見なかった?」っていうジェニーの質問はよくわからなかったな。逃げ遅れてた子でもいたんだろうか……。


 ともかく、二人の無事も確認した俺たちはフィラディルフィア東区にある我が家へと帰って来ていた。
 ガラガラと、引き戸を開けて一ヶ月ぶりの我が家を見渡す。見渡すといっても玄関と4畳半のスペースしかない狭い家だが。

 「思ってたよりも綺麗だな」
 「ショウマ様がいない間、頑張ってお掃除しましたから」
 「大変な目にあったばかりだってのに、無理してないか?」
 「いいえ、このくらいなんて事ないです。それにまた3人で暮らせると思ったら居ても立っても居られなくて」
 「……そうだな、また一緒に暮らせるな」

 俺がマリンに笑顔を見せながら言うと、マリンも笑顔を返してくれた。
 こんな些細なやり取りが幸せに思えて、同時に名残惜しく思ってしまう。

 「ショウマ様。退院祝いに、今日の晩御飯はショウマ様の好きな唐揚げですよ」
 「お、そりゃいいな。入院してる間、マリンの唐揚げがずっと食いたくてたまんなかったんだよな」
 「ふふっ、喜んでもらえて良かったです。早速準備しますね、ショウマ様はゆっくりして待っていてください」

 マリンは家に上がると冷蔵庫から食材を取り出し始めた。
 俺も言葉に甘えて、丸い座卓の前で胡坐をかいてくつろいだ。


 *


 マリンが調理をしている間、俺はずっと話を続けていた。
 家に帰る途中で見た街の様子とか、これから王国がどんな風に変わっていくのかとか。
 実は俺がいた世界ではこんなのが流行ってたとか。こんな物があったとか。
 マリンとありふれた会話をたくさんした。
 彼女と過ごす時間はこれが最後になるから。

 「お待たせしました」

 座卓に料理が運ばれてきた。
 千切りされたキャベツに唐揚げ。ご飯。味噌汁。それぞれが、湯気と共に食欲をそそる匂いを立ち昇らせていた。

 「「いただきます」」

 俺とマリンは向かい合って座ると、箸を手に食べ始めた。
 いの一番に唐揚げを口に運ぶ。
 カリッとした食感の後に、肉汁が口の中に広がる。

 ……美味い。

 ご飯を食べて、味噌汁を飲む。
 身体が芯から温まってくる。

 ……やっぱりマリンが作る料理は美味いなあ。

 箸が進み、どんどん口に頬張っていく。
 一口食べる毎に、日常を感じる。
 昔はなんてことないと思っていた日常。それが今ではすごく幸せな日々だったんだとわかる。
 一口食べる毎に、日常を思い出す。
 マリンやみんなと過ごしてきた他愛のない日常。
 今はもう無い、ありきたりで普通だと思っていた日常。

 「美味い、な……」

 目から感情が、溢れてくる。

 「ショウマ様っ」

 マリンが急に立ち上がったかと思えば、俺の側へやってきて横から抱き締めてきた。

 「大丈夫ですか? 何か嫌なことを思い出しましたか?」

 顔を胸に埋められて温もりを感じる。
 身も心も、全部が彼女に寄りかかってしまいそうになる。
 でも、

 「……違うんだ。久しぶりに食べたマリンの料理が美味すぎて感動しちゃっただけで。ごめんな、心配かけて」

 俺は昔みたいに笑ってマリンから離れた。

 「……そう……ですか……」

 マリンが表情に暗い影を落とした。
 胸がズキンと痛む。
 またあの頃と同じ顔をさせてしまった。


 *


 夜。

 あの後、俺とマリンは話が弾まないまま就寝の時間を迎えた。
 互いに布団を敷いて床に入る。

 明かりを消してしばらくすると、マリンが隣の布団から侵入してきて俺の腕にしがみついてきた。
 スースーと寝息が聞こえるから起きてはいない、相変わらずの寝相の悪さだ。
 そんな彼女の寝顔を間近でジッと見つめる。

 「……まったく、本当に困った女の子だよ。無防備にこんな事されて、一体こっちがどれだけ我慢したと思ってるんだか」

 マリンに拘束されている腕をゆっくりと静かに抜き取る。
 油障子から入り込む月明かりを頼りに、俺は布団から起きてゴソゴソと活動を始めた。
 部屋の隅に置いてあったリュックを開けて、そこへ必要になる物を入れていく。

 衛生面的に着替えはそこそこあった方がいいか。水筒も入れて。それに食材調達の時に短剣があると便利だな。あとは……。

 座卓に置かれた長財布が目に留まる。
 俺のためにマリンが作ってくれた財布だ。
 これから行く先では使わない事がハッキリしてるけど、彼女との思い出を一つくらい持っていきたい。
 俺は財布をリュックに入れた。
 そして黒いポンチョを羽織りリュックを背負って土間に出た。

 その際、棚の上に置かれた写真立てが視界に入る。
 懐かしいバミューダの祭りで撮られた写真だ。
 ミカやジェニーたちに囲まれてる中、俺が情けなくマリンの隣でアタフタとしてる。

 「……こんな事もあったな」

 その思い出と別れを告げるように、写真立てをそっと伏せさせた。

 マリンの方に顔を向ける。

 『私に、甘えてくれますか?』

 辛いな。
 本当は言いたくない。
 でも、俺は君を怖がらせてしまったから。俺の手は汚れてしまって君の手を握れないから。
 言うね。

 「俺は、君に甘えられない」

 引き戸を開けて、家を出た。


 冬の凍てつく寒さが服の上から刺してくる。
 遠くからフクロウらしい鳴き声が聞こえてきて、頭上では満月が暗闇にポツンと存在していた。

 行くか、と俺が道に沿って歩き出そうとしたところ、道の脇に誰かいるのに気づく。
 
 「こんな夜更けにどこへ行くつもりだ? ナベウマ」

 オルガが家の壁にもたれかかっていた。

 「……まさかとは思うがアンタ、人ん家の前でずっとそうしてたのかよ」
 「退院したお前さんが今夜家を出なければそれで良かった。俺の単なる思い過ごしで、俺が不審者扱いされるだけで済む話だからな。……だが、お前さんは家を出てしまった」
 「何を勘違いしてるのか知らないけど、ハイキングに行くだけだ。ずっと病室にいたもんだから外の空気を吸いたいんだよ」
 「つまらない嘘はやめろ。責任感が強いお前さんのことだ。これからどこへ行こうとしてるのか、おおよその見当は付く」

 オルガが壁から離れ、俺の前に立つ。

 「ナベウマ、お前さんがこの世界にやってきた日に俺が言った事を覚えているか?」
 「……ああ、覚えてる」
 「それでも行くのか?」

 「行く。行って俺は――

 サァッと風が流れ、落ち葉が舞った。

 「いくら止めようとしても無駄だ。これはもう決めた事だ」
 「……確かに俺の言葉は無駄だろうな。素直に聞いた試しが無い。だがな、お前さんにとって大事な人の言葉ならば話は別じゃないか?」

 「行かないでください」
 「――っ!」

 後ろからマリンの声が聞こえた。
 ……何で、寝ていたはずじゃ。

 「俺でも見抜ける事を、お前さんの一番近くにいるマリンが気づいていないわけがないだろう」

 「ショウマ様……きっと、自分のした事に責任を感じてるんですよね。でも、ショウマ様は何も悪くない。だって、ショウマ様はただ私達を助けようとして戦ったんですから。そのおかげで私もミカちゃんも、市川さんも救われて――」
 「マリン」

 俺はマリンの優しさを止めた。
 そして、マリンの方を振り向きもせず言った。

 「もう俺に、構わなくていいから」

 「ナベウマ!!」

 オルガが俺の腕を掴もうとしてきたが、それよりも早く俺はジャンプして家の屋根に登った。
 そのまま二人の方に顔を向けずに、屋根から屋根へと飛び移っていき、最後には壁を飛び越えて街を飛び出した。
 マリンが泣きながら俺を呼んだ気がしたが、きっと俺の頭が作りだした"都合のいい声"だ。


 西へ、独り平原を走り風を切る。
 過ぎ去る空気が俺から熱を攫っていく。
 口から白い息が漏れる。

 寒い。
 けど、今の俺にはお似合いだ。
 最低な人間に成り下がった俺に、温もりなんて赦されない。優しい世界に浸るなんてあり得ない。
 自分の行いに対して責任を取る。残りの人生、それを果たして死んでいけ。
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