俺のチートって何?

臙脂色

文字の大きさ
上 下
170 / 172
第四章   ― 革命 ―

第166話 君の感情にふれて僕は 後編

しおりを挟む
 「……サマ…………ショ……」

 何だろう……声が……聞こえる。

 「ショウマ様!!」

 高く澄んだ声の必死の呼びかけに、閉じていた目を開ける。
 すると、愛しい人が目に涙を溜めながら俺の顔を覗き込んでいた。

 周りに視線を泳がせてみればそこは謁見の間で、俺は床で横になっている状態だった。
 どんな経緯でこうなったのかわからなかったが、どうでも良かった。

 「……マリン。やっと会えたな」
 「っ!」

 俺が微笑んで言うと彼女は涙を流しながら、ぱぁっと嬉しそうに笑った。
 うん、この顔だ。この顔が見たくて、俺はここまで来たんだ。

 「良かったっ!」

 カバっと覆い被さるように、マリンが俺に抱き着いてきた。

 「ま、マリン?! って、イタタタ!!」

 久しぶりに彼女の温もりを感じ嬉しくなるが、同時にアチコチの傷に響いてメチャクチャ痛い。

 「あ、ご、ごめんなさい!」

 マリンは慌てて離れる。
 ホッしたような、残念なような。

 「目ぇ覚ましたかと思ったら、早速イチャつき始めやがって」

 横からディックがやってきた。
 
 「い、イチャ……」

 マリンが恥ずかしそうに頬を染める。
 俺も同じ様に顔が熱くなるのを感じた。

 「アイリスが『回復魔法』である程度は治癒したとはいえ、生きてるのが不思議なくらいダメージ受けてたんだ。お楽しみはもうちっと後にしてしばらく休んどけ」

 「お、お楽しみってお前はすぐそういう……まあいいや。それよりも俺、空で気絶して真っ逆さまに落ちたんだよな。よく死ななかったもんだ」

 「あ、それはディックさんが空から落ちてくるショウマ様を受け止めてくれたからですよ」

 「え、そうだったのか」

 「結果的にな。一番最初に飛び出したのはマリンだ。ったく力が無いクセに危ねーマネしやがる」

 「う……すみません」

 マリンが申し訳なさそうな表情をして俯いてしまう。
 俺も一言言いたいところだけど……。

 「ディックのやつの言うことなんて気にすんな。今はまた会えたことを一緒に喜ぼう」

 俺は彼女の笑顔を消したくなくて、そんなちょっとクサイ台詞を言った。
 するとマリンは顔を上げて「はい!」と元気よく返事をして笑ってくれた。


 「ディック! 能力で確認しマーシタが、ルーノールの反応は動かないままです! ホントのホントに倒しちゃったみたいデース!!」

 アイリスが興奮気味に語る。

 「だとさ。やれやれマジにあのルーノールを倒しちまうとは。お前はどこまでも底無しだな。とにかく、これで戦いは終わりだ。俺たちの勝利でな!」

 俺たちの勝ち……やっと終わったんだな……やっと元に戻るんだ……マリンとミカとまた一緒に過ごして……たまにオルガがやって来て……そんな暮らしがまたできるんだ…………。

 とんでもなく懐かしい平穏。
 もう忘れかけてしまいそうな感覚だったけど、ようやくまた思い出せそうだ。

 「ショウマ様」
 「ん?」
 「助けに来てくれて、本当に、ありがとうございます」

 ……礼を言いたいのは俺の方なんだけどな。
 何度も負けると思った。でも、その度に君の声が闇に溶けかけた俺を引っ張りあげてくれた。

 俺は真っ赤な世界を思い出す。
 あれが何なのか、マリンは知っているのかもしれない。
 けど、今はいい。
 この穏やかなひと時を、ゆっくりと味わおう。
 俺はそう思った。




   キ ミ の い か り は そ の て い ど な の ?




 「――!!!!」

 心にドス黒いモノが注がれた。
 ドクンッと心臓がいきなり飛び跳ね、冷めかけていた血がまた熱くなっていく。

 ……何で、だ! もう終わっただろ! 俺たちの勝ちで! なのに!

 「ぐ……」
 「どうしました?」

 苦しそうに胸を押さえる俺を見て、マリンが不安そうにする。
 どうにかしてこの熱から逃れようと、もがいて体を横に向けた時あの女の顔が見えてしまった。
 この戦いの元凶。カトレア女王。
 俺は、両手足をガクガクと震わせながらボロボロな身体を強引に立たせた。

 「ショウマ様?! まだ立つのは無茶ですよ!」

 マリンの制止を無視し、俺は足を引きずって前に進む。

 「カトレアさん、これでアナタは私に逆らえなくなりました」
 「くっ、忌々しい『絶対服従』とやらか」
 「安心して下さい。決して苦しめるような行いは致しませんし、アナタの代わりに魔人から人類を守って――」

 フィオレンツァの目が俺と合う。

 『止まりなさい』

 『読心』で思考を読まれたんだろう。すぐに俺のやろうとしてる行いを防ごうとしてきた。
 だが、俺は止まらない。
 それを受けてフィオレンツァはあり得ないものを見たような顔をした。

 「――『絶対服従』が、通じていない? これまでも刀柊さんやモンデラさん、『絶対服従』の下でも動ける実例はありましたが、これはその比じゃない……完全に私の命令を無効化して……っ! まさか、cheatチートで刻み込んだ能力が変化しているのですか?!」

 「渡辺!!」

 騒ぎに気づいたディックが前に駆け込んできて俺の両肩を掴んだ。

 「お前……カトレアを殺そうとしてやがるのか」

 その問いかけに、刺すような目つきで「そうだ」と答える。
 カトレアはかつて自分を虐めていた連中と同じだ。何の罪も無い人たちを安全圏から甚振って悦に浸ってやがるんだ。こんな人間、死んでもらうしかないじゃないか。

 「バカ! これ以上の殺しは無意味だ! もう勝負はついてんだよ!」

 「勝ち負けの問題じゃない。あの女には責任を――筋を通してもらう」

 「だからって、殺す必要はねーだろ!」

 「ある。アイツが一体どれだけの人々を苦しめてきたと思ってる? アリーナで人同士を戦わせて。能力のために人に性行為を強いて。兵器として利用するために人の一生を牢獄に閉じ込めてきたんだ。生きる資格なんて無い」

 「オメェの気持ちもわかるが冷静になれ! ここでカトレアを殺せば、余計な反感を国民から買っち――」

 「どけ!!」
 「うっ!」

 俺はディックを突き飛ばした。

 「こ、こいつ! 死にかけの体でなんて力出しやがる! エマ! アイリス! 渡辺をカトレアに近づけさせるな!!」

 「は、はいデース!」
 「ああもう、急にどうしたってんのさコイツは!」

 エマとアイリスが同時に飛び掛ってくるが、

 「「 うわっ! 」」

 二人とも手首を掴んで投げ飛ばす。
 そして、フィオレンツァの横にいるカトレアに殺意を向けた。

 「……殺したければ殺すがいい。覚悟など、とうの昔にできている」

 「よく言った」

 拳を殺意で堅め、一歩前に踏み込もうとする。
 そこへまた誰かが割って入ってきた。またかと、そいつを突き飛ばそうとした。

 「俺の、邪魔をするな!!」

 その人物はマリンだった。
 
 「――っ!」

 俺はハッとなって立ち止まった。
 マリンは俺から放たれた殺意に驚いて、身を竦ませていて……それから、あの目を向けていた。

 「あ……あ……」

 初めて好意を抱いた女の子から、あの目を向けられた俺は息ができなくなって後ずさりする。

 あの頃に向けられた眼差しと同じだ。
 クソな連中を物理的に黙らせた後、みんながその目で俺を見ていた。


 


 マリンはそれと同じ目をしていた。

 どうしてマリンまで、そんな目をするんだ……俺が……間違ってるって言うのか……。

 「わりぃが寝てもらうぞ!!」

 背後からディックの声が聞こえた後、頭に強い衝撃を受けて目の前が真っ暗になった。


 *


 「う……ぅ……」

 再び目を覚ますと、オレンジ色の空が見えた。
 夕焼けだ。

 ……ディックに殴られた箇所が痛む……さっきのは夢じゃない……。

 「あ……ショウマ様。目が覚めましたか?」

 横から心配そうに彼女が顔を出す。
 その距離はさっきの時よりも近くて、後頭部に柔らかな感触を感じる。
 俺はマリンに膝枕されていた。

 ……初めてマリンに会った時もこんな風だったな。
 あの時はすごく驚いて……それでドキドキして……ドキドキし過ぎてわけわかなくなってたっけ……なのに今は……ただ苦しい…………彼女の顔を見るのが辛い……。

 俺は逃げるように、マリンから身体を起こした。

 「しょ、ショウマ様。まだ起きるのは――」

 「アイツらは?」

 無意識にそっけなく、突き放すような態度で言ってしまう。

 辺りにディックやカトレアたちの姿はない。場所もアルーラ城じゃないフィラディルフィアの街のどこかの公園で、俺はベンチに座っていた。
 周りにはジェヌインのメンバーたちの姿がちらほら確認できる。

 「あ……その、皆さんは革命が終わった事を国民に声明する準備をするそうです。それでディックさんがまた暴れたりされたら困るからと、エマさんにショウマ様を仲間がいる北区にまで運ぶように言われてここに」

 「……そっか…………ごめん……面倒かけちゃったな……」

 彼女の方を見ないまま謝る。

 「いえ、ショウマ様のためなら……」

 ズキリと胸が痛む。
 縋りたくなるような優しい言葉。
 けど、その言葉もあの眼差しで塗りつぶされてしまう。


 「この人殺し!!」

 突然、子どもの声が響いてきて、そっちに顔を向けた。
 見れば7、8歳くらいの少年が革命軍の一人に石を投げていた。
 石を投げつけられた人物はどうにか少年を宥めようとするが、効果は無く少年はさらに石を投げる。

 「こ、コラ! やめさない!」

 少年の母親らしき人物が止めに入るが、少年はその母親の腕の中でなおも暴れ続けた。

 「何で父さんを殺したんだ! 僕たちが何をしたっていうんだよ!! 父さんは悪い事してないのに、何で!! 父さんを返してよお!!」

 嗚咽混じりに、少年が叫ぶ。

 俺は、泣きじゃくる少年の姿を目の当たりにして呆然とした。
 どこかで見たような姿だった。その叫びをよく知っていた。

 ”どうして自分がこんな目に合わなければいけないのか。自分が何か悪い事をしたというのか”。

 ……俺だ。
 過去の辛い時期に、何度も心の中で叫んでいた言葉だ。
 その言葉が今、俺に向けられている。

 「あ……ああ……」

 気づいてしまう。
 自分が今日、何をしてきたのか。
 自分を正当化して、知らないフリをして、見ないようにして、罪の無い人たちを傷つけた。

 「……同じじゃないか……」

 俺はこの世で最も嫌悪する人間たちと、同じ行いをした。

 目から一筋の涙が零れていくのを感じる。

 その涙を拭って、山の影に沈もうとしている夕日を眺めた。
 ……遠い。
 本当に遠い場所に来てしまった。
 もう俺は、あの日々には帰れないんだな。


 「……なぁ、母さん……今日……たくさん人を殺したよ……」






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

モブです。静止画の隅っこの1人なので傍観でいいよね?

紫楼
ファンタジー
 5歳の時、自分が乙女ゲームの世界に転生してることに気がついた。  やり込んだゲームじゃ無いっぽいから最初は焦った。  悪役令嬢とかヒロインなんてめんどくさいから嫌〜!  でも名前が記憶にないキャラだからきっとお取り巻きとかちょい役なはず。  成長して学園に通うようになってヒロインと悪役令嬢と王子様たち逆ハーレム要員を発見!  絶対お近づきになりたくない。  気がついたんだけど、私名前すら出てなかった背景に描かれていたモブ中のモブじゃん。  普通に何もしなければモブ人生満喫出来そう〜。  ブラコンとシスコンの二人の物語。  偏った価値観の世界です。  戦闘シーン、流血描写、死の場面も出ます。  主筋は冒険者のお話では無いので戦闘シーンはあっさり、流し気味です。  ふんわり設定、見切り発車です。  カクヨム様にも掲載しています。 24話まで少し改稿、誤字修正しました。 大筋は変わってませんので読み返されなくとも大丈夫なはず。

処理中です...