俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第163話 絶望来たる

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 「「うわあああぁぁぁ!!!」」

 横からディックたちの叫び声が聞こえる。
 多分、俺から溢れ出した黒い風に驚いてるんだろう。

 この黒い風が、何なのか。
 決まってる。
 これは、俺の怒りだ。
 身体中の血が沸騰しそうなくらいの熱に、『絶対の意思アブソリュート インテンション』が応えているんだ。

 「カトレアァ……」

 俺は歯噛みして、クソッタレ女王を睨む。
 それに対して、女王も怯まず睨み返してきやがる。

 「いい加減にしろよ……お前はどこまで――……いや、もういい」

 イカれてやがる。人でなし。クソ野郎。外道。と、罵倒の言葉が湯水の如く口から吐き出されそうになったが、それを敢えて飲み込んで抑えた。

 「どうせ何を言っても無駄だろうから、もう何も言わねぇ。ただこの世から消え失せろ」

 「貴様が渡辺か。ディックよりも生意気な口を利く者がいるとは驚きだ。だが、理解しておるのか。お前のパートナーの生殺与奪の権は私が握っておるのだぞ?」

 マリンに宛がわれていた短剣の切っ先が首筋に容易く入り込み、血が流れ出る。
 それを見た俺は、身体中の血管が破裂しかける。

 「……ショウマ様。私は平気です。ですからどうか、そんなに辛い顔をしないでください」

 マリンはそう言うと、笑顔を見せた。身を震わせながら。
 ああ……君はいつもそうだ。
 本当はすごく怖がっているはずなのに、君はそうやって笑うんだ。
 それが眩しくて尊く思う。
 だから許せない。
 その眩しさに集る害虫共が、死ぬほど許せない!!!

 身を焦がすほどの意思に、黒い風がさらに荒れ狂って城の外にまで漏れ出る。

 「わ、渡辺! 落ち着けって言ってるのがわからねーのか!!」

 ディックが何か言ってるがどうでもいい。
 優先すべきはあのゴミをどうやって片付けるかだ。

 「渡辺のヤツ聞いちゃいねぇ!! ――ってこんな時に『精神感応テレパシー』?! ったく空気読めよ! 一体どこのどい――って千頭!! ……んだとぉ?!!」

 ディックが騒がしくしていると、城の外の景色の中に動く点が視界に入った。
 点はみるみる大きくなっていく。何かが真っ直ぐここに向かってきていた。
 謎の物体はカトレアの横を音速で横切った後、謁見の間の中央に落ちた。


 *


 「とりあえずディック君には伝えたが、まずいことになった」

 千頭が苦虫を噛み潰したような顔をするので、オルガは食いつかずにはいられなかった。

 「そろそろ何があったのか教えてもらえるか?」

 「昨日の作戦会議でも言いましたが、あの男が来たら僕らの敗北になるんですよ。ですから僕のパートナーであるアヤメに動向を監視してもらっていたのですが、先程の地震をキッカケにここへ向かい始めたそうです」

 あの男。
 オルガは作戦会議で千頭が言っていた内容を思い出し、その男が誰なのかすぐに特定する。

 「アヤメや他メンバーたちがヤツを止めようと試みましたが、完全に無視されたようです。その後連絡を受けたローレンスが戦闘機3機を向かわせましたが、3機とも一瞬で撃墜されたと。まったく一周回って笑っちゃいますよ。生身で戦闘機を落とすなんていくら魔法がある世界とはいえ、同じ人間とはとても思えない」


 *


 騒々しかった謁見の間は、その存在が現れたのと同時に水を打ったように静まり返った。
 目の前に現れた存在は男。背には立派な金色の装飾が施された盾と剣がある。赤毛のオールバックに、ちょび髭を生やし、白い鎧で胴体を覆っている。鎧には無数の傷があり、それが歴戦を思わせた。

 俺は、この男を知っている。
 俺をアルカトラズにぶち込んだ張本人。
 人類最強の男、ルーノール・カスケードだ。

 ルーノールはこの場にいるメンツをそれぞれ一瞥した後、俺を見下す視線を送ってきた。
 オルガと同等の大きさの体躯であるが故、見上げる形で俺はルーノールを睨む。

 「……『疾風に勁草を知る』。などという言葉があるが、あの時のわっぱがそれとはな。キツネに化かされた心境だ」

 淡々と、ルーノールが話す。
 けど、コイツはただしゃべってるだけじゃない。話しつつ、いつでも俺の攻撃に対応できる姿勢を取っている。まるで隙が無い。

 「ルーノール! 何故修行を置いて、ここへ舞い戻った!」

 これまで動揺を見せなかったカトレアが初めて声を荒げた。余程コイツがここにいるのが予想外らしい。

 「今しがたの地鳴りに胸騒ぎを覚え、馳せ参じた次第。命令に背いた罰は後ほどお受けいたしましょう。今は眼前のネズミを駆除することが先かと」

 「フン、貴様が来ずとも勝てたものを。まぁ良い。ルーノール、逆賊共を始末せよ」

 「仰せのままに。しかし、その前に一つ頼みがございます」

 ルーノールがカトレアの方へ顔を向ける。

 「その娘を放してはいただけませぬか?」

 「……何だと?」

 カトレアの眉がピクリとひくつく。

 「娘を解放するようにと、そう申し上げました」

 「貴様……誰に向かって――」

 「娘を解放しろと言っている!!」

 怒鳴り声とともに、強力な威圧感が辺りに衝撃波の如く広がった。
 カトレアはみっともなく尻もちを着き、マリンは人質としての役割から解放される。

 俺はルーノールの考えが読めず混乱した。
 それは、あの女王様も同じだった。何が起きたのかわからず、唖然としている。

 「誰に向かってだと? 人質を取ることでしか勝利を得られぬ者など、王ではない。ただの臆病者よ。自らを王と言い張るのであれば、それに相応しい振る舞いをすることだ」

 「……フフフッ」

 緊迫感が漂う中、その空気をぶち壊す者の笑い声が後ろから聞こえた。
 フィオレンツァだ。

 「懐かしいですね。私も女王の頃によくアナタに窘められたものです」

 「フィオレンツァ、ウヌは初めから人類を守る事を諦めていた。人類を捨てていた。今更ここへ何の用がある」

 「もちろん、人類を守りに戻りました」

 「…………フン」

 しばらくフィオレンツァを不愉快そうに見た後、ルーノールは鼻を鳴らした。

 「確かに25年前のウヌには無かった光が瞳に宿っているようだが。その光は何によってもたらされた?」

 「その子です」

 フィオレンツァに言われてルーノールが俺に視線を移した。
 俺が光? フィオレンツァは何を言っている?

 「この童が、光だと?」

 「はい。彼こそ、全人類を滅亡から救う希望の光です」

 「…………」

 ルーノールは黙り、俺を品定めでもするみたいに顎に手を当ててジロジロと見てくる。

 「ならばその光とやらに問おう。ウヌは何故にここまで来た?」

 「勿体振って何を言い出すかと思えば、決まってる。大事なモノを取り返すためだ。そんでもってこの腐り切った国をぶっ潰す」

 「……これが希望だと? 長い時を地の下で過ごし惑乱したかフィオレンツァ。この童の瞳に映っているのは闇だけだ。身から溢れるこの黒い風と同様のな」

 「言ってくれるじゃねぇか。ならテメェら王国はどうなんだ。自分らが光だとでも言うってのかよ」

 「無論、そうだが?」

 「何を当たり前の事を」とでも言いたげな様子で嘆息し、話を続ける。

 「数ヶ月前に転生してきたばかりの童にはわかるまい。この25年で、人類がどれほど力を付けたか。我々は正しい道を歩んでいるのだ」

 ……正しい?

 俺の脳裏に城の地下で見た光景が浮かんだ。
 アリーナ制度の犠牲になった人々。
 薄暗い牢獄の中で目隠しされていた少女。
 ただ『階層跳躍レベルジャンプ』の能力を持っているからという理由だけで、心を傷付けられた市川たち。
 そして……マリン……。

 「……テメェらがやってきたことにのどこに……正しさがあるってんだ!!!」

 「木を見て森を見ていないだけだ。何事においても、前に進むにはそれだけ糧が必要なのだ」

 「ふざけんな!! 人類を救う為に人類を犠牲にするなんて話あってたまるか!!」

 「ならば、どうする?」

 「決まってる、テメェを倒して革命を成す!! 誰もが笑って暮らせる世界にしてやる!!」

 「よかろう」

 ルーノールが背にあった剣をゆっくりと引き抜いていく。
 剣を鞘から引き抜くという動作だけであるにも関わらず、凄まじい重圧が俺に降りかかってくる。

 「手にしたい未来があるというのならば、力を示すがいい」

 俺も両拳を握って一歩前へ出る。


 戦う寸前。
 そこにディックが叫んだ。

 「バカ頭冷やせ!! マリンが人質から解放された今なら『絶対服従』できるだろうが! フィォレンツァ、お前もさっさと二人を服従させろ!!」

 「……いいえ、ディックさん。私はこの戦いに一切口を挟みません」
 「はっ?!」

 ニコニコしながら言うフィオレンツァに、ディックが驚愕する。

 「むしろ私はこの状況を待ち望んでいました。さぁ、渡辺さん。私に見せてください。アナタの力を」

 フィオレンツァが一体何を考えているのか、俺にはわからなかった。
 だが、それで良かった。
 コイツらに降伏なんて甘えを許す気は微塵も無かったから。

 俺は指の骨を鳴らす。

 「人類守護神ルーノール・カスケード。テメェにも人の苦しみを教えてやる。だから途中で泣き喚いて逃げるなよ」

 「フン、その威勢。どこまでもつか見物だな」

 「安心しとけ。10秒経つ前に、決着が着くからよおおお!!!」

 俺は一気にルーノールへの懐へ飛び込み、渾身のストレートを繰り出した。
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